覚悟を決める第10話
退院の希望が受け入れられないことに悲しみを覚え、その様子が逆に退院を遅らせるという負の循環に陥っていた矢先にお見舞いに来た校長先生に頼んだのは、私を殴ってしまった少女の様子を確認する事であった。もし謝りたいなどと言っているようなら会わせてほしいとも。
それがどうしてこうなったのか。床に頭を押し付けられる少女に、その頭を押さえつけながら自分自身も床をすり減らさんと土下座する母親。憤怒の表情を浮かべているのはマイマザーに加え校長先生や担任の先生である。
「誤って済む問題じゃないことはわかっております。言われればいくらでもお支払いいたします」
空気が。
「ごめ、んなさい、ごめん、なさい、ごっ、めんなさい」
胃が。
「謝罪して、お金払って、それで優君にケガさせたことが帳消しになるわけないじゃない!」
「安藤君が言うから連れてきたけれど、本来なら謝るどころか同じ地域に居る事すら有り得ないんですよ? わかってますか?」
「うふふ、ふふふふふ」
恐怖。今感じている感情に名前を付けるならそれ以外は無いのではないだろうか。自然と身体が強張り、冷や汗が流れる。無論それはその原因にとってみれば別の理由によるものに思えるらしい。
「優君震えてるじゃない! やっぱり会わせるなんて有り得なかった!」
そうじゃない、違うんだよママンなどという軽口が叩ける雰囲気ではなかった。というか不用意に口を開けば声がかすれる危険性すらあった。だがこれ以上このままでは更に取り返しのつかない所まで勝手に話が進むだろう。腹を括るほかなかった。
「母さん、少し静かにしてて」
「!」
そもそも私は彼女を怖がっていないし、怒ってもいないのだ。むしろ私のせいでここまで追い詰められていることに罪悪感を感じなければきっとそいつは悪魔か何かだろう。たとえこの世界ではそれが普通の事だとしても。
「僕は、怒ってないです。怖がってもないです。でもちょっとだけ痛かったです」
「「「「っ!」」」」
余裕がない彼女以外の大人が息をのむ。これから私がすることは正直に言えば私の良心を削るもののこの世界の常識にしてみれば甘いという他ない、いやそれ以上の何かである。ただ許すだけではダメ、私以外の周囲が勝手に禍根を作り彼女たちを迫害する。
「だから、許してほしかったらこれから一生僕の事を守ってください」
「ごめ……へ?」
いったいどの口が言うのだろうか。不注意だったのは私も同じで、中身を考えれば非は私にあるといってもいいのに。一生を捧げろなどと、どれ程までに上からの目線なのか。それでも、一番穏便に事が片付くのは私が特別扱いする事で。
近寄って、手を伸ばす。何が起こったか分からないという顔で頭を押さえていた手から解放され、こちらを見る顔は酷いもので。伸ばした手に差し出される手は酷く震えていて、それでも降って湧いた奇跡を掴もうとおそるおそる伸ばされる。
「僕から離れず、僕のいう事を聞いて、僕の盾になってください」
「ぁ……はいっ! はぃ!」
負い目が私にあるのなら、私が背負うことになるのは当然で。重なり合った手から伝わる熱は、私から見れば守らなければいけない対象で。それをこんな手段でしか行えない自分に感じるのは言葉に纏め難い負の感情。
使い捨ての奴隷にするという宣言にも似た屑の所業。せめてと笑顔を向けたところでその醜悪具合は変わらない筈が、しかし何故だか言われた当人に浮かぶ表情は救いを得て喜びにむせび泣くように見えるのは私がそう望んだからそう見えているだけだったのだろうか。




