5.うん、ついでです
教室から数メートルしか離れていない手洗い場も、今の僕には遠く距離を感じる。
先程から気遣うだけではない視線をチラチラと向けられているが、歩調を合わせて隣を歩く以外はこれといった手助けは必要ないため司馬くんと二人、無言で歩いていたらすぐに手洗い場に到着した。
休み時間毎に教室ではしゃいでいたのに。借りてきた猫のような大人しさだ。
気にせず石鹸で先ほど司馬くんにパン屑を飛ばされた辺りを入念に洗う。
手を拭きながら隣を伺えば、少し逡巡したのち同じように手を洗い出した司馬くんが遅れて泡を洗い流すところだった。スマホで時間を確認すればお昼休みはまだ十分にある。そろそろ頃合いかな。
「僕的にはサタシバだと思ったんだけど、もしかしてシバサタだったりする?」
「は?…………はあ!?ちょ、おま、なに言って……うぉ!?」
驚いて手を振り上げようとしたその手は、ボタボタと水と泡が垂れ落ちたことでまだ手洗い途中であったと思い出し動きが止まった。洗おうか振り向こうか何度か逡巡を繰り返す司馬くんの顔は真っ赤である。
「泡がまだ付いてるよ」
「あ゛あ゛ぁ!?っクソ!」
「ック……」
期待通りの見事な慌てっぷり!
ヤバイ、なにこれちょー楽しい!
「あークソッ!片瀬、お前何言ってんだよ!何のことだかわかんねぇよ!」
「赤い顔して言われても。それにカップリングに疑問がない辺り、黒でしょ」
「だあぁぁー!どっから気付いてた!?ってかお前もだろ!」
バシャバシャと乱暴に手を洗い終え、振り向き様に指を指される。水滴が飛んでくることを予測して顔の前に手をかざせば、簡単に回避できた。
「ソレは僕の妹だよ。僕は理解があるだけ、僕自身はフツーだから。真顔で凝視してなければ確信持てなくて手洗いだけで終わってたよ」
「マジか!!」
両手で頭を掴み天井を仰ぐ司馬くん。結局自分で墓穴掘ってたわけだよ。僕も半信半疑だったけど、こちらをガン見するあの顔は独特で分かりやすい。
「ま、誰かに言いふらすとかはないから安心して。で、実のところどうなの?サタシバで合ってる?」
「ねぇよ!」
「あ、逆だっ「どっちもねぇって!!」えー」
「ってか俺にそーゆー展開いらないから!」
「それ、そっくりそのままお返しするよ。僕ノーマルだから」
半眼になって見返せば視線を逸らされた。自分だって僕と恵とでそう見てたくせに。
「俺だってノーマルだ!てかアレは誰だって勘違いするだろ!」
「誰も勘違いしないしアレはわざとに決まってるじゃん。司馬くんハメるための」
「やっぱそうか!」
叫んで、司馬くんは本日二度目となる絶望ポーズを披露した。
「そろそろ戻ろうよ。司馬くんうるさくて目立ってるし」
「誰のせいだ!」
「え?自分の妄想爆発させた自分のせ「知ってる!」だよね」
あぁ、人をからかうのがこんなに楽しいだなんて初めて知った気がする。これならこのむさい男子高生活も乗り切れそうだ。
行きと違って途端騒がしくなった司馬くんと教室に戻り中断していたお昼を再開。
弁当からはハンバーグが消えていた。うん、知ってる、あげるって言ったしね。
僕と司馬くん以外の三人はほぼ食べ終わっていて、片付けたそばから出てきたお菓子にはちょっと驚いた。
え、どんだけお菓子持ってきてるの?休み時間の度にお菓子食べてたよね?
「またお菓子食べるの?」
「りっちゃんも食べようよ!あ、ガムにする?飴もあるよ」
ちょうだいとは一言も言ってないのに僕の前に積まれていくお菓子の山。朝もらったクッキーがまだ残ってるんですが。
「……ありがとう、これとこれ貰う。あとはいらない、クッキー食べるから」
ガムと飴だけ貰いあとは押し返す。食べてもいいけど、これ毎日続けてたら絶対太る。代謝のいい男子は太りにくいのかもしれないけど、女である身としては甘い誘惑でしかない。
「片瀬!これやるよ!食べてみ?」
前に座る司馬くんがパンを食べ終わったのかカバンからお菓子を取り出す。だからみんな、常にお菓子常備してるとかおかしくない?しかも司馬くんが取り出したお菓子って……。
「それワサビ味だよね。わかってて食べさせようとしてるよね。うん、いいよ、お礼に明日“あまちか”持ってくるから」
「……あまちか?何だよそれ」
「…………え?知らないの?」
えーー、うそだー。あの極甘飲料を知らないの?
確認したところ、恵もナギも佐武くんも、もちろん司馬くんも知らなかった。え、地味にショック。
田舎のお婆ちゃんからの不定期便に必ず入ってる物……飲み物なんだけど、そう言えば売ってるの見たことないかも。え、まさかご当地的なローカルなものなの?
「何だよそれ。お菓子?」
「激甘シロップ飲料」
好んでは飲まないけど、たまに無性に飲みたくなるんだよね。一時期ハマって飲んでたのをお婆ちゃんに好物と勘違いされて以来、よく買ってきてくれる。着色料がハンパない、物凄く甘くて、一度飲み出すと飲み切るまで口を離せない、保存が効かないシロモノだ。
「げ!いらねぇよ、んな得体の知れないモノ。こっちのお菓子やるから!な!?ほらコレ!」
身の危険を感じたのか、慌てて交換してももう遅い。“あまちか”を飲ませることは決定事項だよ。
「うん、ありがと。お礼に明日“あまちか”あげる」
「いらねぇって!」
その様子を見るに司馬くんは甘いものが苦手なのか?あ、チョコレートは食べれるんだ。なら極端に甘い“あまちか”が飲みたくないだけか。ま、決定事項だけど。
そんなやり取りをしていたら、司馬くんの隣に座っていた佐武くんに不思議そうに見られた。
「……ずいぶん仲良くなったね?何かあった?」
「なんもねぇ「司馬くんの趣味に僕が理解を示しただけ」おい!」
「……あぁ、なるほど。アレね」
「そう、アレ」
「え!なになに?あれって何?」
お菓子を頬張りながら僕と佐武くんを交互に見るナギは、……口元にお菓子のカスを付けている。気付こうよ。
指摘して取ってやればありがとーと元気よくお礼を言ってお菓子に齧り付き、またカスを付けて……ってオイ!
「マンガの事だろ?自己紹介のとき言ってたし。……律、ナギのそれはほっとけ。食い終わるまでキリがない」
呆れてナギを見ていたら恵に放置するよう言われた。確かにキリがない。女子力高いのに食べ方が雑って……と思わなくもないが、まぁ男だし仕方ない。少しでも男っぽい部分がないと勘違いされそうだし、雑なだけで食い散らかすような汚さではないから、まぁ、大丈夫か。まだ許容できる範囲かも。
それにしてもマンガが趣味ってことはカミングアウトしてるんだ。ジャンルまでは知られてなさそうだけど……佐武くんは知ってそうだね。
「ね、佐武くんはこれどう思う?」
「ん?」
スマホを操作して佐武くんに画面を見せれば、彼は一瞬目を見開いたのち画面から視線だけを外し僕を見る。
「どこでコレを?」
食いつきは上々かな?
覗き見防止を貼っているから佐武くん以外に画面を見られる心配はないけど、横にうるさい人がいるから覗き込まれる前に画面を消す。
案の定、画面を消した直後に覗き込んできた司馬くんは何も写っていない画面に眉をひそめた。
「……おい、今の何だよ?」
「司馬くんには関係ないよ。……佐武くん、いる?」
「……貰おう」
「おい!なんの取引だよ!?ヒデ!てめぇ教えろ!」
「司馬は気にしなくていいよ。片瀬、番号教えて」
「うん。あ、ナギも教えてよ」
「うん!いいよ!」
「ついでに司馬くんも」
「俺はついでかよ!」
うん、ついでです。
文句を言いながらもポケットからスマホを取り出すあたり、やっぱり司馬くんは面白い。
ぽちぽちと三人分のアドレスを登録して、無料メッセージアプリを立ち上げ佐武くんに画像を送る。
一部の人たちに需要があるかと思って撮っておいた、先ほど赤面していた司馬くんの画像だ。早速役に立ってくれた。
「……律、楽しいか?」
「ん?」
隣にいるのにメッセージを送ってきたナギに返事を返していれば、恵にそんなことを聞かれた。
呆れられたかな?と思って見れば、違ったらしい、恵の顔は真面目そうだった。もしかして心配してくれてた?
そう言えば登校した時はバレないか、馴染めるのか、すごく心配してたっけ。いつの間にか忘れていたけど。
「うん、すっごく楽しい!」
今のところこのグループ内でだけど、楽しいことには変わりない。
恵も恵なりに心配してくれてたみたいだし、少しでも負担を減らしてあげたいと思い楽しさ全開の笑みを向ければ小さく笑われ頭を力一杯撫でられた。
「ちょ!恵!」
ボサボサになった髪を手ぐしで治しながら恵を恨みがましい視線で見れば、
「ならいい」
「!」
え、なにその顔、不意打ちすぎる。
そう言えば恵ってイケメンだった。ヤバイ、今の微笑み撮っとけば良かった!
「け、恵!もっかい笑って!」
「……ヤダよ」
「そこを何とかぁ〜!」
粘って粘って、……結局、写真は撮れなかった。残念、絶対妹あたりが悶えてくれそうな構図だったのに。
残念ついでに目の前でニヤけていた司馬くんの足は思い切り蹴り付けておいた。また腐った変換してたな、この腐男子。
「りっちゃん!僕と写真撮ろうよ!」
膨れっ面で机の上を片付けていたら、その頰をお菓子を頬張ったナギに潰された。ブッ、と空気が抜ける。
「……いいよ」
要望通り口元にお菓子のカスを付けたナギとツーショット写真を撮り、ついでに佐武くんにアプリメッセージで指示を出して司馬くんを背後から羽交い締めにした二人のツーショット写真も撮っておいた。
“あまちか ”はゴム風船に入ったジュースです。地域限定らしいです。




