4.腐った変換
昼休み。
さすが私立なだけあってこの高校には食堂がある。しかし、足が治るまでは教室でご飯だよ!とナギに押し切られてしまい、今現在教室で机を突き合わせて弁当をつついている。
えー、食堂行くの楽しみにしてたのに。
それなりの広さがある食堂だけど、ツワモノ揃いの男どもが押し寄せるらしくよたよたと松葉杖で歩いていると危ないらしい。足が完治するまで絶対ダメ!と頑固なナギにお預けを食らって意気消沈。……残念だ!
リハビリ頑張って早く治してやる!と心の中で密かに誓った。
授業が終わったと同時にクラスの半分ほどが教室を出ただろうか。食堂へ行ったりお昼を持って別の場所へ向かったり購買へ向かったり。教室には、弁当や途中のコンビニで買ってきた食料を広げる生徒が残っているくらいだ。
登校初日、午前中の様子を見て感じたことは、インパクト大なナギのおかげでこのクラスでわ…僕の存在は確実に薄らいでいる、ということ。ヤッタネ。でも、松葉杖をついているから廊下を歩くと好奇な目で見られる。目立つもんね、松葉杖。それでも女だとは誰も思っていないだろう。
しかし、ここで一つ問題が。
入学して二週間も経っていれば、クラスの中でちらほらと気の合うもの同士が固まりグループが出来上がっている。わ、僕は必然的に恵と同じグループに入れさせてもらってるけど、これが問題で。
病院で会った時から感じていたけど、恵はどちらかというと何もしていなくても目立ってしまうタイプだと思う。柔和な伯父さんには似ておらず、騒がしい子供を叱りつけていた怒った恵のお母さんにとても似ている。似ている部分が怒った顔って言うのもアレだけど、でも本当に似ているのだ。だって恵母の怒った姿は怒られていたはずなのに見惚れてしまうほどカッコ良かった。子供の頃は子供同士騒がしく暴れ回っていたので集まりの度に怒られていた。そして多分あれが私の初恋だった。
そんな恵母の息子である恵が彼女に似ているのだ、カッコ良くないわけない。しかも見惚れた怒った時の顔と似ているのだ。何もしていなくても同じ顔をした男の子がいるというだけで私の胸はトキメ………………かなかった。ただ似ているだけでは私のハートは簡単に揺れ動くことはなかったようだ。
そして一人称がまた戻っている!十五年間女として生きてきたからそう簡単に呼称を変えることができない!これはもう、慣れるまでは出来る限り一人称を省いて話をした方がいいかな。でもそうすると中々慣れない気もする。……悩ましい。
……話が逸れてしまった。
まぁ、つまりは世間一般的に言えば恵はイケメンの部類に入る顔面偏差値だと言うことで。そんな恵の自称親友を名乗るナギも系統は違えど高い顔面偏差値を有している。他のメンバーもやはりそれなりの顔面偏差値もしくは存在らしく、半日見ていただけだがクラスではそこそこ目立っていた。一部を除いてうるさくも騒がしいわけでもなく、かと言って真面目すぎるわけでもなく。誰とでも対等に話せていたと思う。
女子だった頃の…僕は、そのグループから少し離れたグループだった。決して喋りづらいと遠巻きにしていたわけではなく、たまに話すことはあっても普段は話す内容がちょっと特殊で知らない人が聞くとチンプンカンプンになる話題だから離れていた。
知らず女子の頃よりもワンランク、ツーランク上のグループに入ってしまった今、このグループでの、僕、の存在はかなり浮いている。逆に目立っていないかが心配である。
見てくれが黒縁メガネだから、地味で暗いイメージのモブと恵たちのちょっと目立つグループとは色が合わないんだよね。どちらかと言うと今の、僕、の立ち位置は教室の隅で小声で弁当を突ついているグループがしっくりくる。話が合うかどうかは別だけど。
「へぇ、片瀬と喜多川って親戚なんだ?この学校に入ったのは偶然なのか?」
弁当を頬張りながらグループで仲良くお喋り。もとい、新参者への質問タイム。
窓際の自席で、壁に背をもたれ掛け教室全体を見渡すように座っている右横は同じく自席に座る恵が、左横にはナギが座り、目の前にはこの高校に入ってから知り合ったという司馬有紀くんとその左隣に佐武英人くんが座っている。この四人のグループに加えてもらった。
自己紹介を兼ねて恵と親戚だと言うことを話せば、芋づる式に怪我をして受験に失敗した経緯まで話す羽目となり、購買で買ってきたというパンを頬張った司馬くんに盛大に笑われパン屑を飛ばされた。
汚い。
飛んできたパン屑が汚くて眉をひそめたら、隣に座っていた佐武くんが司馬くんの頭を叩いて注意を促しなぜか佐武くんに謝られた。
なんだか出来の悪い息子とそのオカンみたい。そんな二人は中学からの仲だそうだ。
「……で、伯父さんにココ勧められて二次募集で入れた」
「あぁ喜多川先生な。恵と似てないよな」
「恵はお母さん似だよ」
「えっ!?恵のお母さん会ったことあるけどそんなに似てなかったよ?」
驚いた声を上げるナギに、普通ならそうだろうなと納得する。小学校からの付き合いなら、ナギも恵のお母さんに会ったことはあるだろう。でも怒られたことはないでしょう?
「怒った時の伯母さんにすごく似てる。ちなみに初恋だった」
「えっ!喜多川に!?」
何でそう捉える?
「……伯、母、さ、ん、に!腐った変換しないで!」
「あっ!お、いや、あー……スマン」
女としての発言なら解らなくもないが、今のは男としての発言だ。どこをどう勘違いした?しかも凄く悦に入っていた。
「……」
…………同じような喜び方をする人たちを、少数ではあるが知っている。その人たちに凄くよく似ている。……まさかね?
「司馬くん、手が汚れて洗いに行きたいから一緒に行こうよ?」
「へ?」
机の横に立て掛けておいた松葉杖を持ち立ち上がれば、隣に座る恵が見上げてくる。
「……俺が付き添うぞ?」
「大丈夫、司馬くんも手が汚れてるから一緒に行ってくる」
最初こそ渋っていた世話係も、なんだかんだ文句を言いつつ引き受けてくれる恵はとても面倒見がいい。でなければほぼ毎日病院に寄り勉強を教えてくれるなんてことはしないだろう。そんなだから親戚の集まりでもいの一番に小さな子たちに囲まれるのだ。恵のいるところに託児所あり、な状態で母親たちからは重宝されていた。
「恵はお昼食べててよ。すぐ戻るから。……ね?司馬くん?佐武くん、借りてくよ?」
「うん、どうぞ。司馬、ほらハンカチ」
「あ?あぁ……」
佐武くんは自分のポケットからハンカチを取り出し司馬くんに手渡す。それを当たり前のように受け取る司馬くん。……完全オカンと息子じゃねーか。
にしても、見た限りちょっとうるさくて騒がしい今時の男子高生にしか見えない。
「あ、恵。その肉巻きちょうだい」
「は?自分の食えよ」
「レンチンのハンバーグあげるから肉巻きちょうだい」
「……ったく」
彩り良い野菜を包んだ肉巻きは多分伯母さんの手作りだ。片や僕のハンバーグは見てわかる通り働く母のお役立てアイテム、レンジでチンの冷凍食品である。母が作る弁当に何一つ文句はないが、目の前に美味しそうなおかずがあるなら食べたい。
「ほら、」
そして呆れつつ要望に応えてくれる恵は優しい。
口元に箸で突き刺した肉巻きを差し出され一口で頬張る。美味い!
「ひゃぁ(じゃぁ)、ひっへふる(行ってくる)」
「気をつけろよ」
「気をつけてね、りっちゃん!」
二人の声に頷いて答え、真顔で固まったまま座り続けている司馬くんの椅子を松葉杖の先で小突けば、司馬くんは慌てて立ち上がった。
……うん、確定だ。




