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17.腐女子、スゲェわ

 

「律、これお願い」

「はーい」


 手渡された用紙を受け取り消しゴムをかけ続けること数十枚。用紙に描かれた内容を見るに、そろそろ終盤だ。

「花菜ー、ペン入れ終わったら休憩しようよ」

 そろそろ消しゴム掛けにも飽きてきたので休息を要求したい。


 私は今、来月上旬にある地方コミケのイベントに出すための友人の同人誌製作の手伝いに駆り出されていた。ちなみに締切前の最後の休日である。


 友人である彼女の名は吉江花菜。

 小学四年生の時にこの街に転校して以来の友人……親友だ。そして転校前のことも男子校に通っていることも、彼女にしか教えていない唯一事情を知る友人でもある。


 そんな彼女に私は昨日の夜、久しぶりに連絡を取った。お互いの近況報告が出来れば……と思って軽い気持ちで電話したのだが、そもそもそれが間違いだったようで。


 ……私はバカだ。迂闊にもこの時期の花菜に自ら連絡を入れてしまうなんて。

 昨日のナギとの会話に絆された自分が憎い。飛んで火に入る夏の虫じゃないか。


「いいよー。明日も手伝ってくれれば全然余裕で間に合うし!ホント助かるわー、最悪明日あたり連絡しようかと思ってたんだ!」

「あーそーですか……」

 結局手伝わされる事は確定していたのか。知りたくなかったよ、そんな事実……。


 それから黙々と消しゴムを掛けること数枚、ようやく作業の前半戦が終了した。

 去年の夏休み以来だな、この作業。春のイベントは入院中で手伝わなかったし。

 そう言えばその時は余裕で間に合ってたよね?受験が終わって直ぐだったのによく間に合ったな。


「春は余裕で間に合ったんじゃないの?何で今回はギリギリなわけ?」

「んー、それはほら、律が入院して当てにできないって事前に分かってたし?一人じゃいつものペースは間に合わないって分かり切ってたから、試験勉強の合間にペン入れまで済ませたわけよ。今回は律もいるし良っかなぁって。アハハ!」

 アハハじゃないよまったく。人の予定も確認しないで当てにしないで貰えるかな。


「そういえば実咲ちゃんは?手伝わなくていいの?」

「……花菜の手伝いができなくてもいいならミサを手伝うけど?」

「あ!今の無し!ナシナシ!実咲ちゃんの事だからもう終わってるよね?あたし待ちなだけだよね!?」

 首を傾げて見せれば慌てて弁明しだした花菜に、私は出かける前に妹の実咲から受け取った封筒をカバンから取り出す。

「夏休みも講習があるし、家では流星がいて騒がしいからね。コツコツと描いてとっくに終わらせてるよ」


 今年受験生の妹の実咲は、実質今回の同人活動が今年最後の参加になる。といっても、受験が終わった春のイベントからまた再開するし、合間に作業は進めていくだろう。一日中勉強漬けなど到底無理な話だし。

 花菜もそうだが、ミサの脳内も同じくらい腐っている。年齢制限は守っているみたいだけど、際どいギリギリのラインだ。今手伝っている花菜のこの原稿の内容も相当腐ってるし。


 というのも、二人とも今時珍しくはない腐女子な人種である。読むだけでは飽き足らず、描くようになった花菜の後を追うようにミサも描き始め、気付いたときには二人とも腐った沼にどハマりしていたのは懐かしい思い出だ。

 家に遊びに来て、気付けばミサと遊んでいた……ということが何度もあるくらいには花菜とミサは仲がいい。

 今回のイベントも二人合同での参加だし。


 彼女たちの好きなものに対する情熱は見ていて凄いと思う。

 その中の一つである自作のマンガは勿論、目当てのものを引き当てるまで引き続けるクジやグッズの購入などなど。

 毎月のお小遣いがいくらあっても足りない理由の大半はこのせいだろう。


 マンガや雑誌なんかはミサと出し合ったり、今でも花菜と貸し借りをしているから多少の出費は抑えることができるが、先ほど述べたようなクジやグッズに彼女たちの毎月のお小遣は注がれているのであまり意味はない。

 湯水のようにお金が消えていく様はなんとも儚く、ようやく引き当てた商品を手にしたときの笑顔は眩しくて。半歩後ろで見ていた私は幾度となく胸を撫で下ろしたものだ。

 例えそれが今では部屋の片隅に転がって薄汚れているクッションだったとしても。……ご利用は計画的に。


「はいこれ、中にお金も入ってるから後で確認しといてね」

「了解!」

 封筒を受け取った花菜は鍵付きの引き出しにそれを仕舞い。


「じゃ、行こっか!美味しそうなケーキ屋さん見つけたんだ!お持ち帰りして食べながら作業しよう!」

 ほう、良いね。ケーキ食べながら作業するの。来る前に買ってきたお菓子は食べ尽くしたし、ついでに他のお菓子や飲み物も買い足したいね。

「奢りだよね?もちろん奢りだよね?途中飲み物とか買い足したいんだけど、奢りだよね?」

「えー!印刷代でお小遣い飛んでくのに!イベント終わったらご飯もケーキもご馳走するから!今は見逃して!!」

 叫んでカバンを抱きしめる花菜。

 金欠苦学生あるあるだね。グッズ購入を控えたらいいと思う。そうすればデジタル機器が揃えられるのに。


 デジタルが普及したこの世の中、花菜もミサも未だにアナログ作業でしかマンガを描いていない。諸々の事情で設備を揃えるにはお小遣いが足りていないのが現状だ。

「私はそれほどでもないけど、やっぱりバイトはするべきかもねー。今までの消耗品代だけでもそれなりの機材買えるでしょ?」

「そうなんだよねー。ちまちま小銭を使うか、一気に大金を使うかの違いはあるけど、確実にそこそこの機材は買えただろうねー。……よし!ついでに求人誌も持って帰ろう!」


 そう言って意気込んで家を出た花菜が、容赦なく照りつける太陽に根を上げるのにそう時間はかからなかった。


 宣言したケーキ屋さんに辿り着いた頃には花菜はもちろん、私の額からも大粒の汗が吹き出ていた。

 格好なんて気にしていられないから途中タオルを取り出し、首にタオルを掛けながらケーキ屋さんまで自転車を漕ぎましたよ。ちょー疲れたしちょー暑い。お持ち帰りじゃなくてイートインしたい。


「……ね、花菜。暑いし疲れたから休憩がてらここでケーキ食べてかない?」

「ダメよ!ここで食べると律の学校の話が聞けないじゃない!どこで誰に会うか、誰が話を聞いてるか分からないんだから!」

「えー……。別に話すようなことなんて何も……」

「あんたになくてもあたしは聞きたいことが山ほどあるのよ!知ってるんだからね!方向音痴の律が毎朝イケメンと登校してること!」

「んなッ!」

 何だそれ!誰情報だよ!

「後でたーーーっぷりと吐いてもらうから覚悟しなさい。ほら、選びに行くわよ」

「うへぇー……」


 さっきまで暑さでへばっていたはずなのにスタスタ軽快に歩いて行く花菜の後ろを、暑さだけではない脱力感に見舞われながら私はとぼとぼと着いて行く。


 ……仕方ない、困った時のサタシバ頼み。新作写真を献上して司馬くんと佐武くんには尊い犠牲となってもらおう。

 ミサは勿論、ナーコ先生にもまだ見せていない完全新作だ。腐女子ゴコロくすぶる納得の一枚のハズ。

 司馬くんはどうでも良いけど、ゴメンね佐武くん!



 花菜がスライドさせて開けたドアから、店内の涼しい冷気が流れてくる。花菜にワンテンポ遅れて店内に足を踏み入れれば、そこは甘い香りと天国のような涼しさが広がっていた。


 ちょー涼しい。正に天国だ。

 外から見て分かっていたが、奥にイートインできるスペースが設けられている。お昼を少し過ぎた辺りの今、席は半分以上が埋まっている。

 あぁ、座りたい……。


「律!ボーッと突っ立ってないで選ぶわよ!やることはまだまだあるんだから!」

「人を当てにした作業段取りをどうにかしようよ……」

「何を言ってるのか分からないわね!あ!これ美味しそう!」

 ……まったく。


 こういう時は何を言っても聞く耳を持たないのは長年の経験で知っている。去年のミサもだいたい同じような感じだったし。今年はたまたま受験生ということで着手が早かっただけのことだ。


 気を取り直してケーキを選ぶ。

 ガラスのショーケースにはケーキは勿論、今の時期だからかゼリー的なケーキも陳列されている。それにショーケースの半分は和菓子だ。


「へぇ、ここって和洋菓子屋さんなんだ?」

「そう、昔は和菓子屋だったみたいで、何年か前に洋菓子も始めたらしいのよ。この前お母さんがここのケーキ買ってきて美味しかったの」

 喋りながらも花菜の目は獲物を見るような目つきでガラス越しにケーキを吟味している。指折り数えてるけど……何個買うつもりだろう。太るよ?


「…………あれ?」

 花菜から視線を外し、私もショーケースに目を向けケーキを見る。……見ていたのだが、なんだろう、デジャヴが。


 見たことのあるケーキが陳列されている。というよりつい最近食べたことがある。……学校で。

 全く同じ、というわけではないが、色合いも盛り付け方も似ているそれは、誰かが真似をしなければそうそうどこの店にも置いていないような代物だ。

「ねぇ花菜、この店の名前って……」

「ん?店の名前?伊瀬屋だけど。渋いよね。まぁもともと和菓子屋だったしね」

「……あぁ、うん、そうだね……」

 ………………マジか。


 通りで見たことのあるケーキが並んでいると思った。一個くらいなら偶然かな?と思わなくもないが、三個もあれば偶然ではないだろう。

 ……やばい、以前盛大に間違えた名前をまた間違えそうだ。伊○丹ならぬ伊瀬屋。


 あ!

 今更遅いかもしれないが、不審に思われない程度に辺りをキョロキョロと見渡し…………、良かった、姿は確認できない。いたら確実に挙動不審になっていただろう。

 今の私に知り合いと分かっていて他人のふりをするなんて芸当、出来るわけがない。今の姿はロングヘアーのカツラと細身のメガネで普段と出で立ちは違うが、挙動不審で即バレだ。もしくは変な子だ。


「律、決まった?」

「あ、まだ」

 花菜に急かされながらケーキと和菓子を一つずつ選び会計を済ませる。

 どれも美味しそうに見える中私が選んだのは、季節のフルーツタルトと夏季限定のポップが掲げられたマスカット大福。定番品のケーキも捨て難いが、季節物や限定と謳われているとついつい気になって手が伸びてしまうわけで。また買いに来なければ。


 距離的に遠くはないので自転車で来れる距離だ。だけどこの暑い中、家までの往復はやっぱりキツイ。それに自転車の振動でケーキが崩れてしまいそうだよね。

 ここは母か父に頼んで車を出してもらって買いに行くのが得策だ。……詰まるところ、暑い中外出したくないだけだ。だけど、次来る時は男装した方がいいかな?今みたいにいないかもしれないけど、それでも用心するに越したことはないだろうし。


 考えてみればここの最寄駅からいつも乗り合わせてるっけ。

 それにしても驚きだ。理人先輩の家ってケーキ屋さんだったのか。

 そういえば以前食べたケーキは理人先輩が作ったと言っていた。それが店頭に並んでいるということは、あれも理人先輩が作ったのだろうか?


「そう言えばもうすぐでしょ?流くんの誕生日。あそこもバースデーケーキやってるわよ」


 花菜の家へ戻る道すがら、近くのドラッグストアに買い出しにも行くのでゆっくりしている暇はない。照りつける太陽も最高潮の今、買い物はさっさと済ませなければと、滴る汗を拭いながら花菜と直列に自転車を走らせ世間話をしていたら不意にそんな話を振られた。


「あ、うん。九月だよ。ぼちぼちお店の候補探さないととは思ってたんだ」

 そう、花菜の言う通り再来月は十一歳年の離れた可愛い弟、流星の誕生日だ。誕生日のプレゼントは父と母が用意するけど、ケーキは私とミサの担当になっている。

 かなり歳が離れているせいか、流星が生まれてからは私たちの誕生日より豪華な誕生日会になっているのは致し方ない。というより、普段通りの夕食のデザートにケーキが出てきて、そこでプレゼントを手渡されるだけの簡素な誕生日なんて流星にはさせたくない。豪華にしないとね!


 今年は高校に進学もしたし、両親とは別にちょっとしたプレゼントが買えたら、と思っている。お小遣いの範囲内で買うのもいいんだけど、バイトをしてそのお金で……という考えも無きにしも非ずで。何がいいだろう。


「今いくつだっけ?三歳?」

「そう、九月で四歳になるの。デコレーションしてくれるならここで頼もうかな?帰ったらミサに聞いて…………理人先輩に聞いた方が早いか?」

 候補の一つとしてお店をミサに教えるとしても、どんなバースデーケーキがあるのかは理人先輩に聞いた方が確実かもしれない。


「ちょっと誰それ!kwsk!!」

 あ。

 ぼそりと呟いた言葉が前を走る花菜に聞こえてしまったらしい。耳聡く聞きつけた花菜は地獄耳だろうか。さすが腐女子。


「なんでもないから!それより前見てないと危ないよ!」

 すぐ前に向き直ったけど、後ろを振り向いた際の花菜の顔は嬉々としていた。……絶対教えたくないんだけど。絶対ネタにされそうなんだけど。

 その後もしつこく食い下がる花菜を適当にあしらいつつ、ドラッグストアで買い物を済ませて花菜の家へと帰り着き。


 始終私の話を聞き出そうと詰め寄ってくる花菜の気を逸らそうと、新作写真をチラつかせてみたものの珍しく食いつきが悪かった。どうあっても理人先輩の話を聞き出そうとしている。


 ……別に、もともと話をするつもりで連絡を取ったわけだから話してもいいんだけど。

 何というか、朝の登校を知られていたとは思わなくて。その相手と同じ人だと知れたら、花菜はどう反応するだろう。

 色々と勘ぐるかもしれない。何もないのは自分で十分に分かってはいるけど、だからといって花菜がそれで納得するとも思えない。なんたって腐女子だ。絶賛腐った漫画を仕上げている腐女子だ。私を男に変換してあれこれ妄想を膨らませるに違いない。

 こういった部分は腐女子も腐男子も大差ない。



 ………………結局、絶対無理だろう条件を突きつけて花菜を黙らせることに成功した私は、家に帰ってからちょっと可哀想だったかなと思い改め。

 一緒に登校している理由だけでも話そうかと思い迎えた翌日、眠そうな据わった目に、したり顔で仁王立ちする花菜に出迎えられた私は慄いた。


「……………………ど、どうしt「終わらせたわ。あたしは今から寝るから、チェックして十二時になったら起こして。良いわね?昨日言ったこと、守ってもらうわよ!」…………ハイ」

 眠くて仕方がないのか、有無を言わせぬ勢いに呑まれてしまってカタコトな返事しか返せなかった。


 ……というか、終わらせたのか。トーン貼りもベタ塗りも、私が帰った時点でまだ半分ほど残っていたはず。

 いつもの段取りであれば今日のお昼過ぎくらいに終わりそうな作業だったはずだ。

 …………だから、あえて提案したのだ。



 今日私が来るまでに終わらせたら聞きたいこと全部話してあげる、と。



 それを言った後の花菜は悔しそうにしながらも諦めたのか大人しく作業に取り組んでいた。

 ……絶対に話したくない、ってわけではないんだけどね。話したが最後、質問攻めにあうのが目に見えているというか何というか。

 腐女子好みの男子校ネタだから尚のことね。


 だから、あの時の花菜の態度を見るに正直諦めたと思っていた。

 ……思っていたけど、違ったのか。

 私が七時に帰ってからもずっと作業を続けていたのか。流石というか、執念というか……。


 ベッドに横になった途端、即寝落ちした花菜の横で私は出来上がった原稿をパラパラめくる。

 ……わーすごい、出来ている。

 急いで仕上げたのだろう、所々雑な部分はあるけど概ねいつも通りの仕上がりだ。

 すごい集中力。


 そういえば、たまに物凄い集中を見せる時があったな。集中力ある時の方が珍しいから忘れていた。

 とはいっても、その集中力もテスト前の一夜漬けや夏休み明け三日前の宿題くらいにしか発揮されていなかったからあってないようなものだったけど。

 それを今発揮するとか、花菜の行動力には驚きだ。それほどまでに話を聞き出したかったのか。


 改めて思う。

 腐女子、スゲェわ。




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