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②観察日記+α by伊瀬 理人


四月×日(金)

 二年に進級し数週間。ここ最近気になっている子がいる。

 放課後の図書室で、先週の頭からずっと来ている子。一年生。

 俺は部活でほぼ毎日図書室に出入りしている為、放課後に図書室を利用する生徒の顔は大体覚えている。といっても、入学したばかりの一年の顔はまだ覚えきれていないが。それでも彼のことを一度で覚えてしまったのは、特徴がありすぎたからだろう。

 足を怪我しているようで松葉杖を使っていた。それだけでも十分目立っていたが、それに加えてひょこひょこと歩く姿はなんだかペンギンみたいで。その姿が可愛くて、いつ見ても飽きない。

 本は三日に一冊のペースで読み進めているようだ。俺と同じ本好きな上に読むジャンルも似通っている。歩き辛そうに本棚を物色し、いつも隅の席で迎えが来るまで本を読むのが彼の日課のようだ。

 帰りは毎回部活終わりの友人が迎えに来ていた。見ている限り、怪我をしている事を抜きにしても随分と仲が良さそうだ。以前、帰りの時間が重なった際に見たときはおぶられて階段を降りていた。転ばないか心配で後ろで見ていたが、ふらつくこともなくスムーズに階段を降りていたのでその友達は鍛えているのだろう。体操着を着ていたから運動部のようだし、それ以前におぶられている彼が軽いのか。女子のような細さだった。


 それから数日して、彼とは委員会で一緒になった。

 時間より少し遅れて登場した彼は、相変わらずペンギンのようにひょこひょこと歩き辛そうに移動して隅の席へと腰を下ろした。端っこが定位置になってるな、あの子。

 彼とは何かと縁があるらしく、同じ班にもなった。ただ残念なことに、悪い意味で有名な仲田先輩とも同じ班になってしまい。……というか、三年に進級できたのが不思議な人だ。サボりは当たり前な上に隠れてタバコも吸っていたらしい。校内でも校外でも何度か揉め事を起こしているし、退学になっていないのが不思議なくらいだ。不思議ついでになぜ委員会に参加しているのかも謎だが、大方先生に言われて無理矢理委員会活動をさせられたか何かだろう。あの感じでは真面目に活動する気もないだろうし、こっちはいい迷惑だ。

 そんな彼は委員会初日にもやらかしていた。

 半分事故な部分もあるが、それにしたって対応が酷すぎる。その場では誤魔化したが、巻き込まれた彼――りっちゃんには申し訳ないことをした。謝ってはおいたが、謝りついでに名前をど忘れしたらしい彼を少しからかってみた。もちろん、可愛かった。



六月×日(木)

 先日、保育園から付き合いのある友人に深入りしすぎじゃないかと言われた。

 指摘されるくらいには話題に出していたし、自覚もある。なので友人が心配する理由も何となく分かっている。だけど今回はあの頃……中学の頃のように考えなしではないし、周りがうるさくなることもないと思う。


 小学校の低学年の頃から、俺は他の男子と比べて群を抜いて背が高かった。それに加え、年の離れた兄と姉には親以上に構われて育ち、兄も姉も早くに結婚して子供ができてからはその子たちの面倒もよく見ていたせいか、小さい子を見ると同じように構う癖がついてしまって。同い年なのはわかっていたが、背が低いせいか男女問わず甥っ子姪っ子と同じように接していたら、何人かの女の子たちに気に入られてしまった。

 それが面白くなかったのだろう、一部の男子が突っかかってきた。目立って何かをされる事はなかったけど、無視は当たり前、たまに持ち物が隠されることがあった。それを探すのにその女の子たちも加わることもあって、当たりは更にキツくなったが。

 最初こそ気にしていなかったが、それは最終的にクラス全員から無視されるといういじめにエスカレートしてしまった。

 後から聞いた話、突っかかってきた男子の一人が俺を気に入っていたらしい女子の一人を好きだったようだ。俺にはそんなつもりは全くなかったが、結果的に俺はその子からも無視されることになったのだからその男子にとっては良かったことなのだろう。

 学年が上がりクラスが変わっても、元のクラスメイトがいたことで俺への無視は完全には無くなることはなかった。唯一の救いは、無視という精神的な苦痛のみで肉体的な苦痛はあまりなかったことと、保育園からの友人――小澤有馬が絶対的な味方でいてくれたことだった。誰も味方がいなければ俺は不登校になっていたかもしれない。


 そんな有馬の誘いもあって、俺たちは地元では誰も選ばない一宮へ進んだ。

 中学の頃の俺を知る奴はこの高校では有馬以外にいないと思うが、別にバレても問題ないと今は思っている。他人の色恋に巻き込まれてボッチな中学時代を送ってしまったが、そんなことをいつまでも引きずっていてもこの先虚しいだけだ。同じ失敗を繰り返さないよう心掛けようと思ったし、第一、一宮は男子校だ。可愛い後輩を可愛がったところで横槍を入れてくる奴はいないだろうし、他人の色恋の巻き添えを食らうこともないはずだ。

 ただ、聞くところによると一部別の嗜好を持つ者もこの学校にはいるようで。

 有馬は俺がそれに巻き込まれないか心配しているようだ。何もないに越したことはないが、万一の時は何もできなかった中学時代と違って今の俺はあしらい方を知っている。絡まれたところである程度の対処はできるだろう。


 そんな有馬が指摘してきた後輩は、暗そうな見た目に反して何かと面白い子だ。

 小さくて、目立つことが嫌いで、人の名前を覚えるのが苦手で、電車の乗り換えができない子、片瀬律。そして方向音痴。

 りっちゃんと呼んだら嫌そうな顔をされたが、可愛いので仕方がない。

 そんなりっちゃんがなぜ通学に一時間もかかるこの高校を選んだのかは以前聞いたことがあるが、方向音痴なのにかなりのチャレンジャーだと思った。というより無謀だ。あの時、乗り換えを間違え、たまたま間違って俺に電話を掛けてこなければりっちゃんはどうしていたのだろうか。友達の恵くんと間違えたらしいが、反対路線だという彼は果たして迎えに来てくれたのか。心配になって少し強引に言って一緒に登校するようになったが、結果として良かったと思っている。


 そして先日は熱中症で倒れていた。今年は六月に入る前から徐々に暑さが増していき、梅雨らしい雨も少なく六月だと言うのに連日暑い日が続いている。

 そんな中、着ていない日がないのではと思うベストを毎日着用しているりっちゃんはもう少し自分の体調を気遣うべきだと思う。そんなだからエアコンが稼働する前に倒れるのだ。暑いと言いながらうちわを扇ぐのではなく、少しでも涼しい格好をしろと言いたい。見ているこっちも暑く感じるくらいだ。

 人の趣向に口を挟むつもりはあまりないが、脱ぎたくない理由があるのだろう。今度突っ込んでみようか。



七月×日(土)

 テストも終わり来週末からは夏休みに入る。

 相変わらずりっちゃんとは土日以外はほぼ顔を合わせている。

 委員会から始まった関係は流れで誘った部活に入部してくれたことで途切れることもなく、怪我が治り電車通学を始めてからは朝の登校から下校までほぼ一緒だ。ここまで誰かと一緒にいるのは保育園から付き合いのある有馬以外ではりっちゃんが初めてだろう。

 有馬とは同じ高校に進んだものの、ギリギリまで寝ていたいと言って通学時間が合わず一緒に登校するのは俺が寝坊したときくらいだ。放課後も部活に行く俺と違って趣味を優先する有馬は同じ図書部に入部したもののほぼ帰宅部と化している。

 二年に進級してからは生徒会の副会長に任命されたし、生徒会の仕事が忙しく趣味の時間が減っていると文句を言いながらも何かと忙しない放課後を過ごしている。

 そんなだから日中以外の朝と放課後はりっちゃんと一緒にいることが多く、一緒にいるところを見かけたらしい有馬には仲がいいんだな、と言われた。

 有馬からは以前も似たようなことを言われたが、俺が誰かを気に入るのは実はりっちゃんが初めてで。有馬は勘違いしているようだが、中学の頃は特定の人に深入りしていたわけではない。みんな同じように接していたつもりだったが、気付けばその中の数人の女子たちがいつも側にいるようになっていたのだ。それが有馬には深入りしているように見えたのだろう。クラスが違ったからかなり心配をかけてしまったようだ。

 同じクラスになった時は俺の巻き添えを食らって有馬も無視される対象にされてしまったし。悪いことをしたと思う反面、それでも変わらず接してくれた有馬には感謝しかない。


 有馬がりっちゃんと対面した、先週の全員参加の部活の日。その日の夜、メッセージアプリで《あれのどこが気に入ったんだ?》と送られてきた。……見た目は有馬と一緒なんだけどな。わざと暗く見せてる所とか。

 有馬の場合は暗そうな見た目に反して態度はでかいから、二年になって副会長なんてやる羽目になってるし。

 りっちゃんも見た目は暗そうに見えるけど性格は明るいし言い方も結構容赦ない。上級生や俺に対しては抑えてる部分はあるけど。

 だからどこがと言われても、そこも含めて全部としか言いようがない。

 小さいのはもちろん、人を頼ることに慣れていないところとか押しに弱いところとか感情がすぐ顔に出るところとか可愛いところとか。それ以前にきっかけは俺を見ても普通だったところだろうか。背が高いせいか、大抵の人は俺を見ると身構えたり気圧されたりしている。仲野先輩の態度が悪かったせいで相殺された感はあるが、その後に二人で話をしていてもりっちゃんの態度は変わらなかった。

 そんなりっちゃんに、後輩とも友人とも違う感情を抱いているのは確かだ。有馬に指摘されるくらいにはりっちゃんの存在が当たり前になっているし動向も気にしている。

 今回のことだってりっちゃんが望めば間に入って動いていただろう。体調を崩して倒れる前に気付くことができたのは良かったが、また同じ様なことが起こらないとも限らない。自分で、というりっちゃんの言葉を尊重して今回は話を聞くだけに留めたが、りっちゃんのことだからそれほど強い事は言えていないはずだ。

 体育祭の準備で何かと学校に行くことも多いし、今後の彼の動向には少し注意しておこう。


 そう言えば、体育祭でりっちゃんは女装コスプレリレーに出ると言ってた。りっちゃんのクラスとは同じ青組だし、衣装の調達は予算内で自分で用意するらしいから女装の達人を連れて少し口出しさせてもらおう。可愛いりっちゃんが見れるなら楽しみだ。




 *****



 目が覚めればよだれを垂らして寝ている甥っ子の顔が目の前にあった。背中には姪っ子の蹴りがヒットしている。驚く事はない、いつものことだ。

 時間を確認しようと、蹴飛ばされて離れた所に追いやられたスマホを手繰り寄せ画面を開けば、通知が届いていた。

「あー……、有馬からだ……」

 しかも昨日。時期的に急を要するものだったかも。夕食の準備や甥っ子姪っ子を風呂に入れたりでスマホを見ていなかった。

 本の読み聞かせをしてそのまま寝かしつけていたから、一緒に寝てしまったのだろう。

 寝起きの働かない頭でアプリを操作すれば、その文面に一瞬思考が停止する。

 《あいつホントに男か?》

「あー……」

 そういえば昨日、部活に向かう途中で有馬とぶつかったとりっちゃんが言っていたな。少し話をして別れたらしいけど。

 小柄で筋肉の少ない体型だし、触り心地も柔らかいからわからなくもないが……。

 鈍った思考のままガシガシと髪を掻き乱し、とりあえず返信のメッセージを打ち込んでいればタイミングよく有馬から着信がきた。

「もしもし?ごめん、昨日の今みt『そんな事より〆切に間に合わねー!今すぐ来てくれ!』……あーうん、準備して後で行くわ」

『助かる!待ってるからなる早で!』

 言うだけ言ってブツリと切れた電話を耳元から離す。

 ……締め切りって確か、今週の水曜って言ってなかったか?それに余裕で間に合うとか言ってた気もするが……。

 まぁ考えたところで間に合わず手伝うことの方が多い作業だ。昨日の夜も徹夜で作業していたのだろう。

 通話の切れた画面を見れば入力途中の文面が表示されている。

 これはもう送信する必要ないか。有馬の頭には今は締め切りのことしかないだろうし。


 《ネタじゃないんだから》


 文面を削除し、まだ寝ている甥っ子姪っ子に布団を被せて俺は出かける準備を始めた。



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