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16.……おい、今何考えてた

 

 どちらも歩くスピードを緩めず曲がった結果、小さい方が弾き飛ばされるのは自然の摂理である。


 その相手と頭一個分ほどの身長差があれば壁のような胸板に顔面を強打するわけで。

 ぶつかった衝撃はそこそこ強く、相手の体にバウンドした僕は数歩後ろによろめいた。


 あ、ヤバイ、転ぶ。

 足はもつれ踏ん張りが利かず、横は壁しかないから掴むところもない。あ、これ無様に尻餅つく未来しか見えない。

「危なッ!」

「ぅわっ……ぶぐっ!」

 と思ったら顔面強打だった。しかも二度目。


 さっきと違って今回は弾き飛ばされることはなかったが、二度の衝撃で眼鏡がズレた。……壊れていないだろうか。

「悪い!大丈夫か!?」

 尻餅をつく前に腕を引っ張ってくれたらしく、転倒は免れた。引っ張られた腕が痛んだけど、尻餅の痛みを考えれば全然マシだろう。ありがたい、感謝だ。


 ……けど、二回も顔面強打って。地味に痛いんだよ?胸板って言っても女子のように脂肪の膨らみがないから薄い筋肉の下は骨だし。

 女子的には標準の、百六十センチあるかないかの身長がこの時ばかりは恨めしく思う。


「大丈夫です、すみません前をちゃんと見ていませんでした……」

 ズレた眼鏡を外し、打ち付けた鼻を揉みほぐす。あ、良かった、眼鏡は壊れてなさそうだ。

「いや、俺の方こそ悪か……あ、お前いつも理人と一緒にいる一年か?」

「へ?」

 だれ?見上げるも…………ボヤけて見えない。

「目つき悪……」

 眼鏡をしていないから必然的に目を細めて見てしまっていたようで。確かに側から見ればメンチ切って絡んでる不良に見えなくもない。モブだから様にならないけど。


「あ、すみませ……あー……えせ……じゃなくて……」

 ボソリと呟かれた言葉に慌てて眼鏡をかけ直して相手を見れば、目元を覆う長い前髪に眼鏡の出で立ち、いつぞやの似非モブ先輩だ。……やばかった、うっかり『似非モブ先輩』と呼ぶところだった。だけどどうしよう、いつもの如くこの人の名前、覚えてない。何だっけ?…………確か……。

「………………………………副会長……先輩」

「…………何だその呼び方」

 苦肉の策で役職名に先輩を付けて呼んでみた。

 先輩には眉をひそめられたけど、なんだかコレ、意外としっくりくるかも。副会長先輩。


「いえ、それよりありがとうございました。お陰で尻餅つかずに済みました」

「あ?あぁ。俺の方こそ悪かった、顔大丈夫か?」

「……まぁ、はい。大丈夫です。副会長先輩こそ肋骨無事ですか?」

 見た感じ柔そうな体には見えないけど、当たりどころが悪いと簡単にヒビが入るし。

「お前ほどヤワじゃねぇーよ。んあー……、悪い、お前の名前『りっちゃん』ってしか知らねーわ」

「…………」

 気が遠くなる。


 それはアレか、理人先輩のせいか。

 ……所構わずりっちゃん呼びを広めないでください!理人先輩!!


「片瀬、です、副会長先輩。カ、タ、セ、です」

 大事なことなので二度言った。これ以上りっちゃんと呼ぶ人を増やしたくないし知られたくもない。


「あぁ……片瀬ね。俺は小澤だ。知っての通り生徒会の副会長なんて面倒な仕事押し付けられてるよ」

「はい、小澤先輩。お疲れ様です。疲れたときは甘いものですよ。……よければどうぞ」

 保健室に行けば先生たちと食べているお菓子がストックされてるけど、生憎保健室に行く前なので手持ちは教室で貰った飴や駄菓子くらいしかない。

「いいのか?」

「食べきれないので嫌いじゃなければ貰ってください。あ、間違ってもいつもお菓子常備してるわけじゃないですよ?これは貰い物ですから」

 ほぼ毎日、教室では休み時間毎にお菓子が広げられている。僕はたまにしか持っていかないけど、持ってなくてもおすそ分け感覚でお菓子が配られるから食べきれなくて増える一方なのだ。


「別にンなこと思ってねぇよ。これくらい普通だろ?」

 広げたカバンの中身を物色しつつ、先輩はいくつかお菓子をチョイスしていく。遠慮ないですね、良いですけど。

「……貰い過ぎか?戻した方がいいか?」

「いえ、構いません。むしろ貰ってくれた方が助かります」


 教室はエアコンが効いているせいか、夏だというのにチョコ菓子を持ってくる生徒は多い。食べきれずに持ち帰ることも多いけど、今の時期は帰り着くまでに確実に溶けてしまっているから貰ってくれるのであれば有難い。

「なら遠慮なく」

「チョコ系が多いので悲惨なことになる前に早めに消費して下さいね」

「あぁ、分かった」

 言ったそばから封を開け食べだした先輩に笑ってしまう。早めにっては言ったけど、今ですか。


「片瀬はこれから部活か?」

 余ったお菓子をカバンにしまっていたら口をモグモグさせた先輩にそう聞かれ。

「はい。先輩は帰るんですか?」

 先輩が部活に参加する姿は、以前集まった部活での一度きりだ。その日だってすぐに帰ってしまったし。……入部してる意味あるのかな?


「あぁ。俺は生徒会の仕事が終わって今から帰るところだ。そういえばお前、コスプレリレー出るんだったよな?来週担任から聞くと思うけど、衣装調達は予算内で各々が用意することになったから、とりあえず知らせとくわ。予算の受け渡しとかいくつか条件もあるし、詳しい話は担任から聞いてくれ」

「…………………………………………はい」

「……嫌そうだな」

「……えぇ、そりゃぁ、まぁ…………嫌ですよ」

 ここしばらく忘れていたのにこの仕打ち。あぁ、でも来週には鳴海先生から話があるなら今聞いてもどの道一緒か……。いや、どうせならこの土日はその事を忘れた状態で過ごしたかったかな。……もう遅いけど。


「俺が言うのもなんだが、お遊び競技だからな?そこまでのクオリティは端から求めてないし、求められてもいないぞ?」

「では副会長先輩に参加権を譲るので代わりに出てください」

「断る。男の女装は見て楽しむ派だから」

 だったら半端な助言しないでくださいよ!お遊び競技なのはわかってるし実際見る側だったら同じようなこと思ってただろうけど!


 あー、そういえば以前無理矢理頼み込んで女装させた時のナギもこんな気持ちだったのかな。ナギの場合はクオリティの高さが求められたけど。……今更だけど、ゴメン、ナギ。心の中で謝っておこう。


「…………なぁ。ひとつ、聞いていいか?」

「……はい?何ですか?」


 先程より若干低くなった声のトーン。

 理人先輩と同じくらいの高身長な副会長先輩を伺うように見上げれば、鬱陶しい前髪と眼鏡のレンズ越しに真っ直ぐこちらを見ている目が垣間見えた。……何聞かれるんだろう。ちょっと身構えてしまう。


「お前は理人のことどう思ってるんだ?」

 …………ん?

「……どう、と言われても……」

 抽象的すぎて質問の意味がわからない。普通に答えるならただの先輩後輩、

「ただの先輩後輩って返しはナシな?」

「ぅぐっ……」

 今正にそう返そうとしていたのに。

 え!?それ以外にどう返せと!?


「ただの先輩後輩ってのは今の俺たちの関係が正にそれだからな。毎日一緒に登下校してるお前らには当てはまらないだろ?」

 僕と副会長先輩がただの先輩後輩?そう言われればそうなんだろうけど……。毎日一緒に登下校していてもそれは同じなのでは?


「……一緒に登校してるのは、方向が一緒で、登校時間も一緒で、僕が乗り換えを間違えて迷子になったからですよ?」

「は?乗り換えって一回だけだろ?時間さえ間違えなければ小学生でも「ま・ち・が・え・ま・し・た・よ?」……そ、そうか……」

「はい」


 間違えるのが不思議でたまらない「は?」に、思わず眉をひそめてしまった。

 ……ケッ、所詮小学生以下ですよ。未だに校内でも迷子になりかけますよ。すみませんねー方向音痴で。


「で?」

「…………で?」

「……さっきの質問の返しだよ。お前が理人のことどう思ってるのか、って」

 え?それまだ続く?…………あ!もしかして!

「大丈夫ですよ!?理人先輩とは先輩が心配する様な関係ではな「ンな心配してねーよ!?」あれ?横恋慕的な意味合いじゃ?」

「違うわ!!俺たちはただの幼馴染みだ!!」

「おさななじみ……」

 理人先輩と副会長先輩が幼馴染み。……あ、なんかいいかも。

 口の中で反芻していたら自然とニヤけてしまった。……いかんいかん。


「……おい、今何考えてた」

「いえ、幼馴染みって言葉の響きが素敵だなぁと思っただけで別に何も」

「………………」

 何ですかその疑うような目は。

 別に小学生以下だと馬鹿にされたなんて思ってないですよ?

 それに、もしこの場に司馬くんがいたらもっと凄い妄想が脳内で繰り広げられていただろうし。この程度の軽い妄想で済んでいるのだ、感謝して欲しいくらいだ。


「…………悪かった、別に電車の乗り換えが苦手だからって馬鹿にしたわけじゃないんだ、誰にでも苦手なことはあるしな。……頼むから変な妄想しないでくれ」

「変な妄想ですか?……例えば?」

「……分かってて聞いてるだろ?さっきオマエが勘違いしたようなことだよ」

「勘違い?友達が構ってくれなくて淋しい思いをしてるのかなと思ったんですけど、それですか?」

「……本当にそう思ってるのか?……クソッ、何で理人はこんなのに構ってるんだ……」

 苦虫を噛み潰したような顔で呟かれても。


 まぁ、実際は幼馴染みだったけど、一緒に登校していない時点でベッタリな関係ではないからベタな嫉妬ネタは当てはまらないとは思っていたけど。

 いや別に、小学生以下と罵られたからじゃないよ?そんなことちっとも気にしてないから、うん。


「理人先輩は面倒見が良いから放って置けなかっただけですよ。僕、理人先輩には最初からお世話になりっぱなしですし。なので上級生の中ではよく喋りますけど……別にそれだけですよ」

「どー見てもそれだけじゃねーだろ……」

「え?」

「……いや、いい、何でもない。じゃー俺帰るわ。お菓子ご馳走さん」

「あ、はい。お気をつけて」


 片手を上げ去っていく副会長先輩の後ろ姿を見送る。あ、カバンに付いてるキーホルダー、某弓道アニメのキャラクターだ。好きなのかな?……じゃなくて。


 ……結局何だったんだろう?

 理人先輩に付き纏って迷惑掛けてるとか思われてたのかな?牽制……とまではいかないながらも、幼馴染みの理人先輩を心配して偵察された感じかも。最後は呆れてたみたいだけど。

 それよりあの人、冗談の意味を理解してたっぽい。もしかするとお仲間かもしれないけど、確かめる術も度胸もない。でもあのアニメは僕も好きだ。


「あ、ナーコ先生の所に行かなくちゃ」

 当初の目的を果たすため、僕は足早に保健室へ向かった。



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