14.誘導尋問じゃね?
知り合い歴一週間。
それでわかる相手の性格なんて、表面的な部分だけでたかが知れている。
それでもあえて言うとすれば、
人の話を聞かない、
思ったことがすぐ口に出る、
うるさい、
強引、
しつこい、
あとは……
なんだこれ、悪口ばかりじゃないか。
可哀想なので何か一つ良いところは…………素直、かな。
良くも悪くも素直。
うん、しっくりくる。
久々に見た顔の怖い理人先輩に、先程から見当外れなことばかり考えてしまう。
別に彼を擁護するつもりはないんだけど、どちらかと言えば自業自得なような気もするんだけど、なんだか庇いたくなるような心理が働いてしまうのも事実で。
それは多分、理人先輩の初めて人に向けた怒りを目の当たりにしたからかもしれない。戸惑ってしまった。
今までであれば心配されるのも怒られるのも、僕に向けられた感情でお互いで解決できることばかりだった。
今回初めて第三者が介入し、第三者抜きでは解決出来ない話になっている。
と言うよりは、理人先輩が首を突っ込んでいる形だけど。
何か対策を考えないと、と思っていたのも事実。
僕と彼の問題であって理人先輩を巻き込みたくない気持ちはあるけど、知恵を借りるくらいはできるだろうか。何よりすでに、心配をかけてしまっている。
しかし、なぜ理人先輩はベランダに出ていることを知っていたのだろうか。
恵かナギに聞いたのかな?
「誰かに、聞きましたか?」
「……知らない?一年の教室って第二教棟の三階の廊下からだと丸見えだよ」
「え……」
確かに学年ごとに棟が別になっているから、上の階から下はそれなりに丸見えだ。と言うことは理人先輩の教室は三階なのか。知らなかった。
「ずっと外に出てる訳ではなさそうだったけど、もしかして昨日も朝からあんなことしてたの?……さっきも聞いたけど、ここ最近幽霊部員だったヤツが足しげく部活に出てきてることが関係してるよね?」
「あー…………………………………………」
さっきは質問だったのに今は確認になっている。
理人先輩の言う通り、確かに今まで幽霊部員だった彼は全員参加の部活の後から毎日来るようになったし、よく喋りかけてくる。
本を読んでいようが作業をしていようがお構い無しに喋ってくるものだから、何度注意したことか……。それもあって庇う義理は全くないんだけど、だからと言って犯人扱いしてしまうのも……
「りっちゃん?」
「ハイ!きっと関係してます!」
理人先輩の真顔が怖い!
どこで気付かれたのだろう。黙っていたから?沈黙が肯定と取られてしまったのか?
「そっか……」
呆れたような、思案しているような、普段あまり見ることのない理人先輩の顔が見ていられない。悩んでいるなら少しでも力になりたいけど、その悩みのタネが自分だから何も言えないし……。
「……理人先輩、」
「なに?」
「…………怒ってます?」
「……怒ってるように見える?」
はい、見えます。
コクリと頷き恐る恐る顔を伺えば、そこには先程と変わらない真顔の理人先輩がこちらを見ていて。
て言うか、なんで理人先輩がここまで考えてくれるんだろう。
暑い中ベランダに出ていたところで、かくれんぼでもして遊んでいるとか普通思わないのだろうか。僕だったら思ってしまう。クラスの馬鹿さ加減を見ているから余計に。
だから食欲がないことにも気付けないし、気付いたところでお弁当を振る舞おうとも思わない。精々体調に気をつけて、と声を掛けるくらいだ。
理人先輩のように人の行動の理由を考えたり、体調を気遣ったり、まして食事を気遣ったりなんて。
家族でもない、ただの後輩になぜここまでしてくれるのか不思議でならない。
「なら、それはりっちゃんに怒ってるんじゃなくて自分に怒ってるだけだから気にしなくていいよ」
「自分に……ですか?」
他に気になることでもあるのだろうか。二年だし、進路のこととか?体育祭の準備も徐々に始まってるし、何かトラブルでもあった?あ、もしかして彼女とか?理人先輩カッコイイし、彼女くらいいてもおかしくn
「りっちゃん、多分それ違うから」
「え?」
それ?どれ?……あ、彼女?
「りっちゃん彼女いるの?」
「え?」
彼女?誰が?……自分が?
「りっちゃん、全部声に出てるよ?」
「え?……え゛?うそ、いつから、」
「いるの?」
「え?」
「付き合ってる人、いる?」
「…………いません、ケド……」
「そっか。まぁ冗談は置いといて、話戻すけど」
え?冗談だったの?
それにしてはえらく気迫があったような気がするんだけど……。あ、でもさっきより理人先輩の表情が和らいでいる。冗談で気が紛れたんならいっか。
「最近顔色良くなかったし、朝も眠そうだったから今日はお昼食べさせるために呼んだんだよ。ついでに不調の原因もわかればって思ったけど、大体想像してた通りだったかな。ちなみにアイツに何か言われたり、されたりしなかった?」
あぁ、毎朝一緒に登校していると普段との違いにもすぐ気付かれちゃう。逆に理人先輩の不調に気付けるのかって言われてもそれはその時になってみないと分からないけど。出来ることなら気付きたい。だって理人先輩は気付いてくれたんだから。
「アイツって……前……川、くんのことですよね?」
やっと顔と名前が一致してきた。まぁ、ここ最近毎日のように顔見てるから顔だけは覚えてしまった。
「うん、そう。ベランダに出てるのは彼のせいなんでしょ?」
……あれ、なんだか違和感がある。なんだろう、わからないけど、ちょっと気になる感じの違和感が……。
「ベランダは、確かにそうなんですけど、別に、何かを言われたりされたりした訳じゃなくて、何と言うか、何となくと言うか、落ち着きたかったと言うか……」
「ぶっちゃけ面倒で隠れてたってこと?」
「…………まぁ……はい。流石に毎時間来られると……」
「は?毎時間って、今週ずっと?」
「あ、いえ、それは昨日くらいからですけど……」
「でも、その前から何度か来てたんだ?」
「あ……はい、来てましたね……」
「外に出てたのも前から?」
「……いえ、それは昨日からです。日に日に頻度が多くなって……」
あれ、これって誘導尋問じゃね?
「来るだけ?」
「来る……だけです。話をしに…………あの、理人先輩?」
「ん、なに?」
気に掛けて貰えているのは嬉しいし悪い気はしないけど、これは自分のことだから自分で解決するのが筋だと思う。
とは言っても、もう既にお弁当を食べさせて貰って迷惑掛けてるんだけど。これ以上は自分でどうにかしなければ。
「お昼、ありがとうございました。心配もかけてしまってすみません。彼の事は、今日中に自分でどうにかしてみようと思ってます。理人先輩にこれ以上心配も迷惑も掛けられませんので!」
力を込めてお弁当箱を差し出し決意表明をしてみる。声に出して宣言しないとズルズルと先延ばしにしてしまいそうだ。面倒でも逃げてばかりでは問題は解決しない。
僕の宣言に理人先輩は一瞬呆けた顔をして、差し出した弁当箱を受け取りながら小さく息をつく。
「……理人先輩?」
意気込んでは見たものの、何の反応も返ってこないと急に不安になる。あれ、おかしなこと言ったかな?
「……別に、俺が気になって聞いてることだから迷惑とは思ってないけど……。まぁ、自分で、って言うならあえて口出しはしないで……、あー……」
「?」
言いながら理人先輩は顔を顰めて考え込んでしまった。
いや、あの、そんな深く考え込むような事態にはならないと思いますよ?毎時間来るのは迷惑だから止めて、と注意するぐらいですよ?
だけど理人先輩はとても心配そうな、真面目な顔で見てくる。……もっと真剣に考えた方がいいのだろうか。悩んでしまう。
「ゴメンりっちゃん、あえて口出しするけど、人気のないところで話をしない、無理だと思ったら絶対に一人で考えて行動しない、その時は必ず相談すること。わかった?」
「…………」
何か、得体の知れないものと対峙するかのような心配のされ様なんだけど……。
やっぱり真剣に考えた方がいいのかな?不安になってくる……。
「りっちゃん?」
話してる感じでは考えなしのバカ丸出しで、思ったことをすぐ口に出してるように見えるんだけど。
「……りっちゃーん?」
もしかして何か裏があるのだろうか。
「おーい、りーつー?」
……結局のところ、同性の考えですら分からないのに異性の男の考えなんて端から分かるはずないか。
「律!」
「ぅぇっ!あ!え!?」
頭に衝撃を感じて驚けば、理人先輩の顔が目の前にあった。……近いですね。身を引こうにも頭の両サイドを理人先輩にホールドされているので身動きができない。
「理ひ」
「聞いてた?」
「…………」
これって、結構際どい距離だよね。少し前に動けは触れられる距離。ノッポとチビだから、普段は理人先輩の顔を見上げることの方が多い。こんなに近くで顔を見たことないかも。
白くもなく、かと言って黒くもない健康的な肌の色。顔のパーツは整っていると思う。何がどう、と言うのは語彙力がないから割愛。総合的に顔面偏差値は高い方だろう。それに加えて中身もイケメン。神対応半端ないし。
考えたらこんなイケメンと出会えるの、奇跡じゃない?今までの人生の中で男子の友人なんていたことないから基準が分からないけど、クラスや委員会なんかで機械的に喋ることはあってもこんな他愛のない会話なんてしたことなかった。必然的に男女混合の班で給食を食べていてもお喋りは基本隣の女の子とだったし。
男子校で周りは男子ばかりの今、結構初期の段階で恥ずかしいとか喋りにくいとかという感情はどこかに置いてきてしまった。とにかく慣れるのに必死な部分もあったし。
あれ、これってもしかしなくてもドキドキするシチュエーション?面前にイケメンがいて、密室に二人きり。ときめき感じて恋に落ちちゃう的な?
…………こんなこと考えてる時点でドキドキはおろか、ときめきも恋の予感も皆無だ。男と偽わってるし理人先輩も後輩としか見てないし。
以前、ナーコ先生に言われて恋愛について考えたことがあるけど、知識はあれど絶対的な経験不足のせいかこれっぽっちもピンとこなかった。逆にベーコンとレタスの炒め物が……ゲフンゲフン!
男に慣れすぎて感覚が鈍った気もしなくもないけど、それでも女である以上、線引きは必要だと思う。……必要なのに、理人先輩はその線引きを軽く越えている気がする。圧倒的に距離感が近い。ここまで近いのは恵やナギ以外では理人先輩だけだ。
…………男子校パワー恐るべし。いや、この場合は理人先輩パワーか?
嘘をついているから後ろめたいけど……。
「……こんな時に何を考えてるのかな?」
「!?ひっ!ひひゃいへふッ!」
完全に意識が逸れていた!
頭を掴んでいた理人先輩の手が頭から頰にスライドしつねられてしまった。
ボーッとしていた僕が全面的に悪いけど、頰が痛いし理人先輩の視線も痛い。あぁごめんなさいぃ!
「ふみまへんひひとへんはい!」
「……甥っ子たちより手が掛かるね?」
そう言った理人先輩はつまんだ頰を引っ張りながら手を離し。
「っくぅー……」
うー地味に痛い。赤くなってそう。
ジンジン痛む頰の肉をグリグリと撫で回して痛みを和らげる。
「で、聞いてた?」
甥っ子たち以下の僕は理人先輩には逆らえないのかもしれない。
頰を摩りながらコクコクと首を縦に振り、肯定の意を伝える。
「はい、聞いてました……、えっと……人の多いところで、恵かナギに付いて来てもらおうと思います。二人と知り合いみたいで……」
確か同じ中学だと言っていた。全く知らない人を同行させるより、知り合いを同行させて少し口出ししてもらった方が話が早く済むかもしれないし。
「……そう言う事じゃないないんだけど……」
「へ?」
「うん、何でもない。それじゃぁ、絶対に一人で行動しないで。何かあれば俺も間に入るし、遠慮なく言って。いい?遠慮も、迷惑も、考えなくていいからね?」
目線を合わせ、子供に言い聞かせるように、ゆっくりと。
……うん、イヤイヤと暴れる弟と話をするときによくするやつだ、コレ。話をする前に逃げないように頰を挟んで頭を固定するんだよね。流石に今はそこまでされなかったけど(てかさっきされたけど)、それされたらお姉ちゃんの沽券に関わりそうだ。弟に顔向けできないよ。
「はい」
遠慮もするしもちろん迷惑も考えてしまうけど、理人先輩はそんな答えは望んでないんだろうな。ほんと、優しい。
色々考えて答えた僕の返事に、理人先輩はため息を吐く。
さっきからため息の嵐ですね。信用されてないからですね。ホントすみません。
「善処します」
「…………」
またため息を吐かれた。
…………言葉のチョイス、間違えたっぽい。