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13.え、うそ、嫁に欲しい

 

 あー暑い。

 日陰といえど本日も絶賛夏日和。キンキンに凍らせたお茶が手放せない。その内また熱中症で倒れてしまいそうだ。


 場所は教室のベランダ。

 窓際であっても直接外ではなく、どの教室にも窓側には狭い幅ながらもベランダが併設された作りになっている。

 そのベランダがここ最近のお気に入りの場所になっている。…………なワケないじゃん!!


 暑い日になぜわざわざ外に出なきゃいけないのさ!それもこれも全部アイツのせいだ!!


「あれー?また片瀬いねーの?」

「あー?トイレじゃね?ってかお前、毎回毎回来すぎだろ」

「ちょっとなー」

「伝言なら伝えとくぞ?」

「いや、いい、また来るわ」


 また来るのかよ……。正直ウザい。

 ウザいし暑い。

 朝カチカチに凍っていたお茶が午前中にもかかわらず半分以上溶けてしまうくらいにはウザい。

 何か対策を考えないと。


「行ったぞ」

「ん……」

 ガラッと窓を開けて顔を覗かせたのは恵で。

「大丈夫か?毎回隠れてたんじゃ身が持たないぞ」

 眉をひそめて今の状況を示唆された。

 そんな僕は恵の言葉に力なく頷くことしかできず。


 開けられた窓から教室へ戻れば、ジワリと滲み出ていた汗が一気に冷やされ熱が奪われた。

 あー涼しい。


 でもホント、何か対策を考えないと。

 ここ数日の彼の訪問頻度が半端ない。ほぼ毎時間の訪問である。と言っても、会って話すのはその内の二回ほどだけで、それ以外は今みたいに身を隠してやり過ごしている。それもそろそろ限界に近い。主に精神的に。


 何しろ暑いのだ。午後なんて地獄だ。たかが数分、ベランダに居座っただけで玉のような汗が吹き出てくる。

 日頃の運動不足が仇となったか、ジッとしているだけでも大半の体力が消耗され精神的負担が重い。




 彼のこの行動が始まったのはあの日からだった。

 全員参加で集まった部活の次の日。


 最初彼は、その日の僕の部活参加の有無を確認してきた。そして初めて、全員参加ではない部活に顔を出した。

 その次の日も、彼は前日と同じ質問をし放課後部活に顔を出した。脱幽霊部員となったらしい。

 週明けの三日目から教室への訪問頻度が増え、他愛もない会話を挟んでくるようになった。好きな食べ物とか、好みのタイプとか。何のために?とは思ったが、男子も女子も、会話の内容はそう大差ないのかなと思い正直に答えておいた。

 特に好みのタイプでは常識があって気遣いが出来る人、と。

 彼や司馬くんを見ていると切にそう思う。


 今日で七日目。

 五日目で訪問頻度の多さに辟易し、これまでの行動パターンから六日目となった昨日の朝はギリギリまで保健室で粘り、一限目と五限目終了後に会っただけで後の時間はベランダへ避難してみた。

 目論見通り、彼は毎時間姿を現した。


 今日は朝礼前にほんの少し話をしただけで、あとは今のところ全て身を隠している。


 救いは三組と七組、階が違うため移動にタイムラグがあること。隣のクラスだったら身を隠す前に訪問されていた。


 午後からはどうするか。

 次の授業が終われば昼休みに入りその後は体育だ、授業が終わるまで保健室に入り浸ることができる。

 昨日は先生に呼ばれていて、と誤魔化し今日はお腹の調子が悪くて、と理由付けするつもりだ。


 この訪問が来週から無くなればいいのだが……何故か全然そんな気がしない。

 来週末から夏休みに入り嬉しいはずなのに、何故だろう、嬉しさ半減、月曜の、延いては午後からの身の振り方が最重要になっている。


「片瀬……、大丈夫か?」

 眼鏡を外し机に突っ伏し、奪われた精神力をチャージしていた僕に声をかけてきたのは、意外にも司馬くんだった。

 ここ最近の僕に真っ先に心配してくれた恵やナギとは違って、司馬くんは当初ニヤニヤと傍観していただけで。避けるようになった昨日の午後辺りから、何か思うところがあったのかもしれない。


「大丈夫に見えるなら眼科行きなよ」

 突っ伏したまま答えた僕の投げやりな返事に、小さくゴメン、と答えた彼はそれ以上何かを言うことなく離れて行った。

 ちょっと言い方キツかったかな。

 チラリと腕の隙間から見た司馬くんは、佐武くんに頭を撫でられ慰められていた。……うん、大丈夫そうだ。


 それから再び突っ伏して目を閉じ、うとうとと船を漕ぎだした…………と思ったらポケットから振動が。

 短い振動が一回。何かの通知を知らせる振動だ。

 危ない危ない、マジ寝一歩手前だった。


 机に突っ伏したままポケットからスマホを取り出し通知を確認する。

 珍しい、理人先輩からのメッセージだ。


『昼休み図書室に来れる?』


 短い用件のみの文章に、同じく短い……と言うより了承のスタンプを送れば、直ぐ様『待ってる』との返事が届いた。

 何か用事があるのだろうか?

 分からなかったが、ナーコ先生に昼休み行けない旨の連絡を入れておいた。




「……お昼それだけ?」

 眉をひそめ怪訝そうな顔をした理人先輩に、なんだか居たたまれなくなる。


 図書委員の当番で飲み物を飲む以外は基本飲食禁止の図書室内で、唯一飲食の許されている奥の物置きのような部屋で今日のお昼として僕が用意した物はカットフルーツとゼリー飲料だった。


 ここ二、三日食欲がなく、昨日に至っては弁当を少し残してしまったのだ。

 作ってくれる母には申し訳ないし、どうせ残すくらいならと自分の食べれる分だけの物を朝コンビニで買った。自分でも少ないと分かってはいるが、食べれるかも分からない物を買って傷めてしまうくらいなら口当たりも良く多少腹持ちしそうなものを買った。が、成長期の高校生男児には絶対足りない量であろう。健康的な女子でもちょっと足りないかもしれない。


「…………」

 理人先輩の言葉に、ここに来る前に会った、例の彼に貰った惣菜パンを付け足してみる。食欲のない身としては食べたいとは到底思えないコテコテの焼きそばコロッケパンだ。

 買い過ぎた!と強引に押し付け去って行ったから返すタイミングを逃した代物で、後で恵かナギにでもあげようと思っていた。何なら放課後返しても良いかな、とも思っていたわけで。


「食欲ないのにそんなコテコテのパン、りっちゃんは食べれるの?」

「……無理です、ハイ」

 何故バレた。

 弁当ではない時点で食欲なしと見抜かれたのか。

「やっぱり食欲なかったんだ」

 違った。カマをかけられていたようだ。


「すみません……」

 取り出したパンを仕舞おうと手を伸ばす。しかし、それよりも早く伸びて来た手に、パン諸共今日のお昼ご飯を奪われてしまった。

「理人先輩?」

「ちょっと待ってて」

 そう言って部屋の隅に常設されている小型の冷蔵庫から取り出してきたのは小さめの保冷バッグだった。いつも使っている自分の可愛らしいキャラクターが描かれた保冷バッグと違って、無地でシンプルなカバンだ。


 待てと言われ、僕は大人しく椅子に座って待つ。

「……え?」

 そんな僕の前に、コトリと置かれたのは弁当箱だった。シンプル無地のカバンとは真逆の、某幼児アニメキャラクターが所々禿げて描かれた年代を感じる弁当箱だ。

「残しても良いから、そっち食べて」

 訳がわからず弁当と理人先輩を交互に見るが、結局意味は分からない。

 これは理人先輩のお昼ではないのか?と思っていたら自身の前にも僕の前に置いた物より一回り以上大きい弁当箱が置かれ。

「あ……の、」

 やっぱり理人先輩の行動の意味が分からない。

 もしかしなくてもこれは僕の分なのだろうか。でも今さっき、食欲がないとバレたばかりなんだけど。


「こっちでも良いけど、これだと放課後まで持たないでしょ」

 言って朝買った物を袋に仕舞われ。

「ここの冷蔵庫に入れておくから、放課後に食べたら良いよ」

 冷蔵庫へと仕舞われた。

 目の前には理人先輩が置いた弁当箱が残るのみ。

「食べようか」

 向かいの席に理人先輩が座った。


 いただきます、と言って蓋を開けた理人先輩に習い僕もいただきますと言って蓋を開ける。

「ぅわ……」

 サンドイッチだった。

 弁当箱に入っていなければお店で買ったのかと見紛う出来栄えだ。え、詰め替えたとかじゃないよね?

「理人先輩!良いんですか、こんな……」

「良いも何も、りっちゃんに作ってきたものだし。食べれないものとかない?」

「作った……んですか?……理人先輩が?」

 お母さんが作ったとかじゃなく?


 未だ手をつけていない僕と違って、理人先輩は一つ目を食べ終わり二つ目に手を伸ばしている。それによくよく見ると具材が違う。

 野菜中心な僕のサンドイッチと違って、理人先輩のサンドイッチはがっつり肉系の具材が多いし大きさもでかい。食パンを半分にしたものが理人先輩の一つなら、四分の一程が僕の一つ分だ。

 これってもしかしなくても手間かかってません?


「そう、俺が作った……んだけど、食べれない?」

「へ?いや、食べ……食べます!食べれます!いただきます!」

 再度手を合わせ、いただきます!

 最初に目を引いたフルーツサンドを口に入れた僕は、その後しばらく無言で食べ続けたのだった。




「ごちそうさまでした」

 美味しくいただきました。

 手を合わせ作ってくれた理人先輩に感謝する。

 ないと言っていた食欲がまるで嘘みたいだ。全て完食してしまい、嬉しいやら恥ずかしいやら。


 手製とは思えない出来栄えもさる事ながら、一番驚いたのはこれを理人先輩が作ったということだった。よくよく聞けば先週貰ったケーキも理人先輩作だそうで、忙しい家族に代わって普段の弁当もほぼ理人先輩が作っているらしい。

 え、うそ、嫁に欲しい、とは心の中で呟いておいた。

 そして自分には端から女子力なんて備わっていなかったのだと気付かされた。なるほど納得。


 そんな理人先輩は今、例によって例の彼に貰った処分に困っていた焼きそばコロッケパンにかぶりついていた。

 それなりに量があったと思われる自作のサンドイッチではどうやら足りなかった様で、購買に買い足しに行くと言う理人先輩を引き止めパンを進呈したのだ。


「食べもしないのに買ったの?これ」

 一口で四分の一が消えた。さすが男子。

「それは買い過ぎたとかで貰ったんです。いらなかったんですけど返す間もなく走って行っちゃって」

「ふーん……。ちなみにダレ、それ」

「…………前の「あぁ、前川ね」あ、ソレです」

 理人先輩すごい。言い間違ったのに言い当てるなんて。


「……りっちゃんさ、そいつと、休み時間の度にベランダに出てることと、何か関係あったりする?」

「……………」


 理人先輩って、実はエスパーか何かだったりするのだろうか。


 真顔で問いかけてきた理人先輩に、僕は視線を逸らしたら噛み付かれそうだな、と見当外れなことを考えてしまった。




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