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12.コイツの名は

 

「なぁ、お前三組のヤツだろ?」


 喋りかけてきたのは先程リレーの選手に選ばれていた子だった。とすると同じ一年の……誰だろ?名前知らないや。

「そうだけど、……何?」

「俺七組の前川。お前、松葉杖使ってたから何度か廊下で見たことあったんだ。目立ってたしさ。……ところでさ、」

 明るく人好きのする笑顔を見せていた彼は、辺りを警戒しながら最後の言葉だけ声を潜めた。

 理人先輩は今、さっきの似非モブ先輩と話しているため近くにはいない。


 内緒話?今日初めて会った君と内緒話する話題なんてないと思うんですけど。て言うか顔が近い。さっき女と疑われたからあんまり近づいて欲しくないんだよね。……と思った側から、

「へぇ、お前って近くで見ると可愛い顔しt「あ゛?なに?」……ごめん、なんでもない」

 とんでも発言をかましてきた。ぶった切ったけど。

 これが司馬くんだったら確実に蹴りを入れていただろうに、残念かな、見ず知らずの彼には憚れる。反撃されたら嫌だし。


「言いたいことはそれだけ?」

 今の言葉で彼への警戒心が強くなった。

 この姿でかわいいなんて、どこをどう見たら思えるのだ。理人先輩にも疑問だらけだが、言われすぎて最近では常用句のようになりつつある。それでも他の人から聞くとやっぱり違和感半端ない。


「違うって!ちょ、離れるなよ、喋り辛くなる!」

 警戒して椅子を引いて距離を取ったのに、その距離を縮められた。


 だから近いんだって!睨むように彼を見れば、悪びれた様子もなくチラチラとドアの方……理人先輩と似非モブ先輩がいる方を見ていた。そっちに何かあるの?

 分からず首を傾げる。


「なぁ、お前ってあの先輩たちと仲良いのか?怖くね?小澤先輩なんか副会長だろ?」

 ……言いたいことってそれなの?傾げていた首が更に傾いてしまった。斜め四十五度だ。


「副会長とは今日が初めましてだけど、り……伊瀬先輩はどこが怖いのか逆に分からない。何で?」

「え!?だってあのタッパだろ?羨ましいとは思うけど見下ろされてる感がハンパないっていうか……。それにあの人喧嘩強いんだぜ?喧嘩の仲裁には必ず呼ばれてるらしいし」

「へぇー」

「へーって、知らねーの?」

「知らない、初めて聞いた」

 衝撃(?)の事実である。


 そうか、理人先輩は喧嘩が強いのか。普段の理人先輩からは想像もつかない。

 普段は……本について討論したりたまに心配させたりたまに怒られたり。あれ、心配させて怒られてるのか。


 て言うか、喧嘩が強いといっても自ら喧嘩をしているわけではないのだから、怖いよりも寧ろ良い人なんじゃないの?

 怪我するかもしれない喧嘩に呼ばれたからと言って普通、仲裁に入りたいとは誰も思わないだろうし。


「で?」

「は?何が?」

「結局何が言いたいのかな、って。僕は今まで怖いとは思ってなかったし、今の話を聞いても怖いとも思わないんだけど。君が言ってることって人を見た目で判断してるってことだよね?見た目で判断したことを人と共有したいの?先輩たちを怖がって欲しかったわけ?」


 警戒して離れた際に置き去りにしてしまったケーキを取り寄せ、最後の一口を頬張る。


「い、いや、そーゆーワケじゃないけど……。なんかお前、地味な割に遠慮がないな。根暗そうに見えるのにはっきりした物言いだし」

「地味の根暗で結構。言いたいことも言えずにウジウジしてるよりマシでしょ」


 結局彼は何が言いたいのだろう。先入観で人を判断して、あまつさえ人を貶してくるって。地味で根暗だろうと、思ってても本人に言わないでしょ、普通。喧嘩売ってんの?


「あーでも何となく分かったわ」

 何がでしょう。

 ジト目で先を促す。


 何だろう、知り合って数分なのにすでに彼との会話に飽きている自分がいる。この少ないやり取りの中で彼に返事を返すのが面倒になるくらいには、正直どうでもいいと。


「何で喜多川たちと連んでんのか気になってたんだよ。だって全然タイプ違うだろ?まぁ一緒にいる橘もタイプ違うけど、目立つって意味では二人とも中学の時から目立ってたし。あ、俺あいつらと同じ中学な。で、一見地味で目立たなさそうなお前と高校入ってからよく連んでるの見かけてさ。お前怪我してたし、喜多川ってああ見えて面倒見良いからそれでかとも思ったけど、あの伊瀬先輩とも普通に仲良いみたいだし。何でかなーって思ってたんだけど、喋ってみて分かったわ。お前見掛け倒しだな!」

「…………殴って良いよね?」

「え!?何で!?」

「……人を貶してる自覚、ある?」

「え!?ないない、んなつもりねーよ!え、俺お前のこと貶してた!?」


 無自覚かよ。タチ悪い。自覚があって他人で妄想を始める司馬くんよりタチ悪……いや、司馬くんよりマシか。


「……そのつもりが無いなら、僕は構わないけど他の人には気をつけた方がいいよ。人によってはそのままの意味で捉えるだろうし、それで喧嘩になったことあるんじゃないの?」

「おー、なったなった!よく分かったな!」

 よくも何も、分かり易すぎだと思う。


 と言うことはあれか、その喧嘩の仲裁を理人先輩がしたってことか。それで怖いって思われた?どんな止め方したんだろう。


「きみ、言い方が直球すぎるんだよ。思ったことそのまま言っちゃうんだろうけど……ちょっとでいいから考えてから物言いなよ。素直すぎても却って損するよ」

 本当なら自覚して物を言った方が良いんだろうけど、僕もそうだけど人には向き不向きがあるからね。


 彼は性格が明るそうだから孤立するようなことはないと思うけど、だからと言って無自覚なまま社会に出てしまうと敬遠されてしまうかもしれない。少しでも自覚しないと。


「うーん、俺ってダメなやつ?」

「人の話を聞く気があるなら大丈夫なんじゃない?後はきみの頑張り次第だと思うけど」

「そっか!出来るかどうか分かんねーけど頑張ってみるわ!」

 投げやりな僕の意見に、彼はニカッと笑っい背中をバシバシと叩いてきた。……ちょっと、痛いんだけど。

「痛いから」

「あ、悪い。今までそんなこと言われたことねーから嬉しくて。お前いい奴だな!お前が女だったら惚れてるかも!」

「僕が女でもきみには絶・対、惚れないから」

「ソッコーでフラれたし!」

 ……え、冗談だよね?


 アハハと陽気に笑う彼を見るに……多分冗談かな。女と疑われている訳ではなさそうだし、女だったらってことだから同性愛って訳でもなさそうだし。

 でも先ほどのかわいい発言もあるし、少し距離を取っておこう。


「なんの話ししてるの?」

「あ……、伊瀬、先輩」

 似非モブ先輩と別れたらしい理人先輩が横からひょっこりと顔を覗かせた。

 そんな先輩の姿を見た彼の表情は少し硬く、心なしか声も硬く感じる。怖いと言っていたし、苦手なのかもしれない。

 だけどそんなこと、僕には関係ない。


「理人先輩って彼の喧嘩止めに入ったことあるんですか?」

「え?……あぁ、……あるかもね。喧嘩の内容までは知らないけど、相手の子がかなり怒ってて止めるのに時間かかったんだよね。あの時は焦ってつい手を出しちゃったけど」

 焦ってもそれを止めた理人先輩は凄いと思います。と言うことは普段は手を出さずに喧嘩を止めてるのか?

「どうやらその事で畏縮して、ちゃんとお礼を言えてないそうです。ね?」

「え!?」

 さっきのお返しで背中をバシッと叩いてやる。先輩たちが怖いです、なんて話し、いくら直球な彼でも直接本人には言えないだろう。言えればコソコソと僕に話しかけてなんて来ないだろうし。


 そもそも、理不尽に手を出されたのならともかく、助けてくれた人を見た目とその行動だけで怖がるのはどうなんだろう。間違っている気がする。そりゃ見るからに怖い人はいるけど、理人先輩は見た目だけで怖がられるような人ではない。身長があるから気圧される感じはあるけど、優しいんだから!


「ほら立って!」

 突然の僕の振りに、驚いた顔で僕と理人先輩を交互に見ている彼の背中を再度、バシッと叩き立たせる。

 本当に苦手かどうかは喋ってから決めればいいと思う!


「え!?あ、の、えと……あの…………、あの時はありがとうございました!俺の言葉が悪かったみたいで、アイツを怒らせたみたいで……。さっきコイツに俺の言葉が考えなしだって言われて、これからは気を付けます!すみませんでした!」

「うん、気付けたなら良かったじゃん。相手の子とは仲直りできた?」

「あ……いえ、それはまだちょっと……」

 緊張して硬くなりながらも言い切った彼は、理人先輩の言葉にしゅんと表情が陰り口籠ってしまった。


 その喧嘩がいつ起こったのかは分からないが、どうやらまだ仲直りはしていないらしい。

「そっか……」

 理人先輩もどう返していいのか分からないようで、視線が合うと肩をすくめられた。


 ……僕、余計なことしたかな。傷を抉ってしまったかもしれない。

「まぁ、何か切っ掛けがあればお互い誤解も解けるでしょ。時間はかかるかもしれないけど」

「そうそう、ドンマイ!」


 ちょっと罪悪感が湧いてしまって、誤魔化すように彼の背中を三度(みたび)バシッと叩いたら胡乱な目で見られた。

「なんかお前からの扱いがすげー雑なんだけど」

「そう?」

 雑なのは仕方ないと思う。君と喋ってると疲れるんだよ。

 そんな僕の心中を知らない彼は、諦めたようにガシガシと自分の髪を掻き乱し、何を思ったのかジッと僕を見てきた。

「けど……お前の言った通りかも」

「……なにが?」

「見た目で人を判断してるって。俺、喧嘩止めてる先輩しか見てなかった。だって俺は防ぐことすらできなかったんだぜ?それを交わして、逆に伸すってどんだけ強いんだよって。最後の方なんか先輩本気っぽくてかなり怖かったし。第一印象がそれだったから今まで怖いとしか思ってなかったけど、今話してみて、俺の勘違いだってわかった」


 なんだ、こんな真面目な顔もできるんじゃん。今までの言動でほぼ台無しになっているが、この姿だけ見れば真面目そうに見える。

 それに理人先輩の良さが分かってきたようで何よりだ。


「…………これって俺が聞いて良かった話?」

 当の本人からすれば複雑だろうが。

 困った顔で見られた。


「いいんじゃないですか?悪かったイメージが良くなった話ですから」

 多分彼は何も考えていないだろうけど。

「俺って怖がられてたの?」

「……みたいですね」


 改めて理人先輩を見上げて見れば、うーん、僕がチビなのも相まって確かに威圧感はあるかも。そう思いはするけど、怖くないことを知っているからそれはただのイメージに過ぎない。

 このイメージで彼のように勘違いしてしまう人がいるのだから、理人先輩も随分と損をしている。


「りっちゃんは?俺のこと怖かった?」

 今現在真顔で見下ろしてくる理人先輩がコワイです。……そう言うことではないですよね。


「常に不機嫌、もしくは怒っていて、理由もなく殴ってくるような、世界の中心は自分だって勘違いしてる人だったら怖いと思いますけど。理人先輩はそんなことしない人だって知ってますし、それに初めて会った時から理人先輩には助けられた覚えしかないので怖くないですよ。怖い人は転んだ人を助けたりケーキくれたりしません」

「……前半かなり具体的だね」

 そうかな?僕の中での怖い人や嫌いな人ってこういう人なんだよね。自分より下の者には何してもいいって思ってる人。


「例え話ですよ。実際の人で言えば、あの人……、えーっと……委員会の……同じ班の……」

 薄らボンヤリとだが姿形は思い出せる。忘れもしない、あれは理人先輩と初めて会った日だ。

 しかし、一度しか会っていない姿は思い出せても名前が出てこない。

「……三年の…………ひと」

 仕方ないか、二ヶ月以上前のことだし。


 そんな僕の記憶力の無さに理人先輩は苦笑いを浮かべ。

「仲田先輩だよ。りっちゃん、こいつの名前は?」

 抜き打ちテストのようなノリで僕の横にいる彼を指差した。

 こいつの名か。……コイツの名は、

「知りません」

 そもそも話し掛けられただけで自己紹介なんてしていない。

「は!?ちょ、教えただろ!」

「え?そうだっけ?」

 変なことばかり言ってくるからどうでもよくなって忘れちゃったかな?

「前川だよね?」

 おー、さすが、僕と違って理人先輩は覚えているらしい。一応部員だしね。幽霊だけど。


 言い訳ではないけど、一応よく会う部員の名前は覚えている。顔と名前が最近になってようやく一致してきたというオチはあるけど。

 小学校や中学校みたいに胸元に名札があれば自己紹介なんて必要ないのに、と思うのは僕が人の名前を覚えるのが苦手だからだろうか。


「はい!そうです!で?お前は?」

 彼の、先ほど理人先輩に怯んでいた姿はもうどこにもない。さすがと言うべきか、素直な彼は思考の切り替えも早い。

 そのことだけは褒めてあげよう、うん。


「え?教えたでしょ?」

「いやいや、教えてもらってないし!」

「そうだっけ?でも別に知らなくても問題ないでしょ?」

 現に会話は成立している。そして君の名前を知らなくても僕は全然構わない。

 それになんとなく、教えたくない。


「じゃー俺もお前のことりっちゃんって呼b「絶っ対ヤだから」じゃー名前!」

 何が楽しくて今日知り合ったばかりの同級生にりっちゃんなんて呼ばれなければいけないのだ。

「………………片瀬」

「おう!片瀬な!」

 渋々、名前を教えれば満面の笑みで名前を呼ばれた。


 くそー。なんだろ、負けた感がハンパない。男子校でこれ以上りっちゃん呼びを広めたくないから仕方なく名前を教えたが……なんだか弱みを握られた気分である。


「てかお前、伊瀬先輩からりっちゃんって呼ばれてんの?可愛いけど恥ずく……うおっ!?」

「それ以上言うと殴るよ?」

 手近にあった空の紙コップを握り潰し渾身の力で投げつけ。見事頭にヒットしたソレに、彼は驚いて声を上げ、身体を仰け反らせた。

「おい!?すでに被害にあってるけど!?」

「殴ってないし、コレは君が変なこと言うから投げただけ」

 当たったところで痛くないでしょ。

 ヒットしたらしいおでこの一部が赤くなっているが、凶器が紙である以上それ以上の被害はないはずだ。


 当たって弾き返ってきた紙コップの残骸を拾い、ケーキのゴミと一緒に捨てに行く。

 ついでに彼から離れよう。近くにいるとまた変なこと言われそうな気がする。

 て言うか、こいつ何も考えずに喋ってるよね?頑張るんじゃなかったの?


「半径二メートル以内に近付かないでくれる?君の近くにいると身の危険を感じる」

 ゴミ箱から遠回りして席に戻り、帰りの身支度を整える。


 今日は予定がある。そのことは理人先輩にも朝伝えてあるし、僕に合わせて理人先輩も一緒に帰ってくれると言ってくれたけど……今すぐこの場を離れたいから先に出てしまおう。


「理人先輩、僕先に出ますね」

「うん?あー、わかった、下で待ってて」

「はい。じゃーね、前田くん。さっき言ったことと頑張るって言った君の言葉、忘れないでよ」

 すぐ忘れるみたいだから期待はしてないけど、一応釘を刺しておこう。

「は!?ちょ、俺は前川だ!」

「ハイハイ真川くん。部ちょー!帰りまーす!お疲れでーす!」

「微妙に違うし!俺は前川だ!伊瀬先輩ッ、アイツ人の話聞いてない!」

 君に言われたくない。


 人を指差して理人先輩に抗議している彼を睨みながら図書室のドアを開けた僕は、次いで聞こえた理人先輩の言葉に若干抗議したい気持ちになった。


「それ自分で言っちゃう?二人ともそんなに変わらないと思うけど」

「ええぇ!?なんスかそれ!」

「そのまんまの意味だけど……」

「…………」


 こんなのと一緒にしないで欲しいとか、僕の方が数倍マシだとか。

 理人先輩の言葉に思うところはある。あるけど、人の名前を覚えられない自分には理人先輩に真っ向から抗議することができないのもまた事実。

 心中複雑な気持ちを抱え、僕は図書室を後にした。



 だから、僕はその後の彼の言葉を知らない。

 聞いていたら確実に殴って記憶を抹消していただろうに。


「あーやっぱり俺、アイツのこと好きかも」

「…………」


 だから、彼の言葉に理人先輩がどんな顔で彼を見ていたのかも、僕は知らない。




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