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11.似非モブ先輩

7と8の間に別話が挟んであるので話数がズレています。

 

 とぼとぼと足取り重く廊下を歩く。

 気分はドン底だ。最悪だ。


 だからだろうか。いつもなら当たり前のように開けている図書室の扉が、今は物凄く重い鉄の扉のように感じる。


 苦労して扉を開け、苦労して扉を閉めればその動作だけで体力の半分がなくなってしまったようだ。

 中から聞こえる騒がしい声もどこか遠くに聞こえる。

「はぁ……」

 自然と視線は下を向き、足元を見ているようで見ていない朧げな感覚。


 あぁ、嫌だ。ホントに嫌だ。昼間のテンションはどこに行ってしまったのだろう。お昼はケーキを食べて先生たちと女子トークして楽しかったのに。しばらくあのテンションには戻れそうにない。しばらくと言うより当分か。当分……夏休み中このテンションを引きずるのかな。……嫌だ。あぁいやだ。


「はよー」

 背後でガラッと扉が開く軽快な音と誰かの挨拶が聞こえた。

 あぁ避けないと。頭では分かっているのに反応が鈍っている今の僕と、扉を開けて入ってきた誰かの動きが噛み合うはずもなく……ぶつかってしまった。


「ぎゃ!」

 ぶつかると言うより弾き飛ばされた。

「うおっ!悪い、大丈夫か?」

 慌てた声が頭上から聞こえるも、ビタン!と叩きつけるように掌を床につき座り込んだ姿を見て大丈夫だと思える?

「…………」

 掌がジンジンと痛む。地味に痛い。あぁ、でも半分は自業自得か。扉の前で突っ立っていたんだし。

「おい!どっか怪我でもしたのか?」

「……え?」

 背後から声が掛かり、蹲る僕の真横に近寄ってきたその人が顔を覗き込んできた。……王道が。

「おーどーデスネ……」

「は?」

「あ、いえ、……何でもないです」

 ちょっと驚いただけです。

 あなたの姿に。


 寝起きそのままのボサボサの髪に目元が隠れる前髪、そしてメガネ。これがカツラで黒縁瓶底眼鏡だったら完璧な王道である。モブを目指して逆に存在感が出てしまっているような、そんな作為を感じる。

 まぁ、つまりは僕と同じ似非モブに見えるワケで。


 何もなければこの状況にテンションが上がっていただろう。残念かな、テンションだだ下がりの今、こんなに心惹かれるネタが目の前に転がっているのに中途半端に驚いただけでそれ以上の反応が出てこない。

 それほど数時間前のことがショックすぎて、これ以上頭は働いてくれないらしい。


「有馬ー?どーかした……りっちゃん?」

 入り口でもたついていたら、騒ぎに気付いたらしい理人先輩が顔を覗かせてきた。ほぼ毎日聞いている、のんびりとした穏やかな声だ。


「あ、理人、悪い。コイツとぶつかって吹き飛ばした。……立てるか?」

 最後の言葉は僕に向けられた言葉だろう、手を差し出してきた王道で似非モブな先輩らしき男子に力なく頷き、僕はその手を掴んだ。……掴んだのだが、やばい、立ち上がる気力がない。


「りっちゃん大丈夫?ゴメンね、コイツ図体でかいから。…………りっちゃん?」

 いつまで経っても立ち上がらない僕を不審に思ったらしい。理人先輩は椅子から立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。

「どうしたの?」

 その声は伺うような、陰りを帯びていて。


 あぁ、立ち上がらないと。心配を掛けてしまっている。理人先輩優しいから、これ以上余計な心配を掛けたくないのに。

 そう思うのに、体は縫い付けられたように床から離れる気がしないし力も入らない。

「おい、大丈夫か?」

「りっちゃん、具合悪いの?」

 左右双方から声が掛かる。


 ダメだ、胸の中にあるモヤモヤが溢れてしまいそうだ。

 ここに来る前に散々恵やナギに愚痴ってきたのに、まだまだ愚痴り足りない。あぁ嫌だ。面倒な子と思われてしまう。なのに抑えきれない。

「おい」

「りっちゃ」

「先輩!」

 二人の声を遮るように声を張り、掴んでいた似非モブ先輩の手を握りしめ、理人先輩の腕を鷲掴む。

「な、何だよ……」

「どうしたの?」

 片や気圧されて若干引きつつ、片や前屈みに顔を近づけくる。前者が似非モブ先輩で後者が理人先輩だ。


 うん、もういいや、面倒な子と思われたって。入学自体が面倒事だったんだから今更面倒の一つや二つ、変わりはしない。


 過ぎた事をグズグズと悩んでしまうのは自分の悪い癖だと思うし、こういう所が昼間、理人先輩に言われた女子っぽい部分なのだろう。女々しいと思うけど、やっぱりどうしても抑えられない。目立たず地味に過ごしたいのに、よりによって目立つ事をさせられるなんて!


「この学校の体育祭、変な種目が多すぎです。何ですか女装コスプレリレーって!」

 考えたヤツ絶対腐男子だ。間違いなくそうだ。断言できる。

「「あー……」」

「それな、」

 お遊び種目で募った中の一つなんだ。


 そう答えた似非モブ先輩の説明によると、集まった中から実行可能なものを残し最終決定を校長先生にクジ引きという形で委ね引き当てられた種目だそうだ。


 知るかよ!


 そして何でそんな裏事情に詳しいのかというと、似非モブ先輩こと小澤有馬先輩は生徒会の人らしい。しかも副会長。普段は生徒会の活動があるため部活には滅多に顔を出さない幽霊部員だそうだ。


 て言うか実行不可だろこんな種目。コスプレだけでなく女装って。誰得だよ。衣装はどこから調達するんだよ。

「……もしかしなくても引き当てちゃったんだね、りっちゃん」

 哀れむような気の毒そうな、なんとも言えない微妙な顔をした理人先輩が優しく背中を摩ってくれたが、そう簡単にこの気持ちは収まってくれるはずもなく。



 部活混合リレーの選手選びの為に集まった話し合いは、中盤辺りから延々と理人先輩に愚痴をこぼす愚痴り大会となっていた。

 聞き上手な理人先輩に調子を良くして、机をバンバン叩いたり床をドンドン打ち鳴らしたり、五月蠅くしていた自覚はある。

 だって仕方ないじゃないか。喋っているうちに段々とヒートアップしてしまったのだから。


 そんな僕を部長は、五月蝿い!と一喝して隅に行くよう追い立てた。

 ヒドイ!


 全員参加と徴収を掛けた割に足の速い部員にしか関係のない話だったのが悪い。タイムが遅いと分かった時点で話し合い開始早々にお払い箱扱いされてしまったから理人先輩に構ってもらっていたのに!



 話し合いの結果、図書部の部活混合リレーの代表は同じ一年のいかにも運動部!な体格をした子に決まった。


 部活混合と言う名の通り、運動部と文化部を混ぜてチーム分けをしたリレー競技である。

 二チームに分け、リレーで勝ったチームの部費にボーナスが上乗せされるため、運動部は勿論、文化部も力が入っているらしい。

 このために今回選手に決まった一年生のような屈強な部員を獲得していると言っても過言ではない、とは理人先輩の言である。


 とは言うものの、足の遅い僕には関係のない話なので絶賛ひねくれ中である。

 普段物静かな部長が嬉々として話をしている姿がまた勘に触る。人の気も知らないで。知らないだろうけど。


 ブーブーと最早何に文句をつけているのかわからない僕の愚痴に、内心嫌だろうに嫌な顔一つ見せない理人先輩は神だ。

 仕舞いには残っていたケーキを取り出し与えてくれた理人先輩の優しさが目に沁みた。

 例えそれが人の物であったとしても。


「あ!それ俺のだろ!」

 似非モブ先輩のケーキだったらしい。

 目敏い。隅の方で隠れるようにケーキを食べていたのに。

 と言うか、似非モブ先輩はやっぱり似非だ。こんなに存在感があって、しかも副会長やってるなんて、モブではありえない。


「別にいいだろ、お前いつも食ってるんだし。そんなに食いたきゃまともな意見聞かせろ」

 半分ほど消費したケーキを奪われないよう自分の方へ引き寄せる。

 前髪に隠れて判断し辛いが、ジロリと睨まれたような気がした。こ、怖くないもんね!理人先輩が食べていいよってくれたんだからね!


「いつも言ってるじゃねぇか、美味いって」

「それ以外の感想だバカ。美味いのは当たり前だろ。誰も不味いもん持って来ねぇよ」


 あ!そうだ。昼間のケーキの感想を頼まれていたんだった。

「りふぃとへんはい、こへ」

 モゴモゴと口にケーキを頬張りながらポケットから先生たちの感想を書いた紙を取り出す。

 ずらりと並ぶ感想の合間に自分の意見は少しだが……、まぁ三人分の意見としてはそこそこな感想が書き連なっている。ほとんどが褒め意見だ。


「お、ありがと。……うん、さすが女性の意見。参考になるね。有馬、お前もこれくらいの意見が出れば食わせ甲斐があるんだけどな」

 ピラピラと、感想を書き綴った紙を理人先輩は似非モブ先輩に揺らして見せる。

 だけど、当の似非モブ先輩の視線はその紙ではなく、その先にいる僕に向けられている気がするのは……気のせいだろうか?


「…………なぁ、こいつ、男……だろ?」

 気のせいじゃなかった!

 ちょっと理人先輩!今の言い方は誤解があると思う!『女性』と一括りにされてしまうと僕まで女性だと勘違いされちゃうよ!いや普通勘違いしないと思うけど!だってここ男子校!ボクちゃんと男子に擬態してる!……ハズ!


 なのに半信半疑ながらもまじまじとガン見されている気がする。

 見た目は男の形だけど、凝視されるとボロが出てバレてしまうかもしれない!見た目によらず似非モブ先輩怖い!


 ゴクリ、と唾を……頬張っていたケーキとともに飲み込む。お茶でも飲んで落ち着……あ、飲み物がない。午後からの出来事で意気消沈していたから来る前に買ってくるのを忘れた。どうしよう、ケーキのせいだけではない、嫌な緊張で喉が渇いてしまった。


「りっちゃんもお茶飲む?」

「あ、もらいます!」

 やった!疑いの視線を向けられたまま、図書室のある三階から一階までの暑い廊下を歩かずに済む。視線から逃れるには出た方がいいのだろうけど。暑い廊下と涼しい図書室、天秤にかければ涼しい図書室に軍配が上がるわけで。


「有馬達だけの意見じゃ参考にならないから、りっちゃんに頼んで先生たちにも食べてもらったんだよ。……有馬、そのメガネ度数合ってないんじゃない?」

「合ってるわ!お前が紛らわしい言い方をするからだろ!」

 あ、良かった。誤解……じゃないけど誤解が解けて。理人先輩、フラグ回収ありがとうございます。理人先輩が立てたフラグだけど。


 そしてお茶もありがとうございます。麦茶でケーキには合わないけど、全然文句はない。

「ったく……、じゃぁ俺今日は帰るわ。買い出しにも行きたいし。部長、この書類明日提出しときますね」

「うん、よろしく。じゃー今日の話し合いは終了!この後は部活してもいいし帰ってもいいよ〜」


 部長の号令と共に半数が帰り支度をして席を立つ。

 欠席者がいなければ図書部は全員で十名だ。多くはないけど少なくもない感じか。その中でも普段から活動している部員は半数ほどだけど。残り半数は記憶にないか今日初めて見た顔だ。


 そして、今こっちに近付いてくる生徒も今日初めて見る顔だ。

 …………え、何か用?



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