10.自重してください
結局、保健室まで理人先輩を付き合わす形となってしまい、お礼にゼリーと“あまちか”を進呈した。
甘い物のWパンチである。決して先ほどの意趣返しではない。断じて違う。
「じゃーりっちゃん、また放課後。コレありがとね」
ゼリーと“あまちか”の入った袋を掲げる理人先輩。“あまちか ”を貰って嫌な顔をしないのは今のところ理人先輩だけだ。奇特な人である。
「こちらこそありが「キャーなにこれ美味しそう!」「これ食べても良いの!?」……とうございます……」
理人先輩からの頂き物でみんなでどうぞ、と言ったそばからゴソゴソと箱を開封していた担任の鳴海先生と保健医のナーコ先生の歓喜の悲鳴が背後から被さった。さすが女子、甘いものには目がないね。声の高揚感がハンパない。
先生たちの声に理人先輩もクスクスと笑いを噛み殺している。
「伊瀬君ありがとう!感想はりっちゃんにバッチリ伝えとくからね!」
「はい、よろしくお願いします。……じゃ、俺行くわ。午後から遅れないようにね」
「はい、理人先輩も暑いですけど気をつけて」
手を振り見送り、ドアを閉めて鍵を掛ける。
室内のカーテンは前もってナーコ先生が閉めてくれているので、ドアの施錠は万が一誰かが入ってきて今からする事を見られないようにするためだ。来訪が分かれば隠れることができるしね。
「きっつー!」
制服のシャツをベストごと勢いよくたくし上げ、中に着ているナベシャツのテープを緩める。一気に胸の締め付けから解放され、はぁーと盛大な溜め息が漏れた。
脱ぎ方に色気が無いとは最初に言われているので今更気にしていない。先生たち曰く恥じらいが無いらしい。色気?恥じらい?おいしいの?そんなの気にしてたら男子校で生活なんてできないよ、先生。
「りっちゃんどれ食べるー?どれも美味しそうよ〜」
「えー、そりゃ勿論全部でしょ!全部をちょっとずつ!」
「よねぇ〜」
数種類あったケーキは見栄えも良ければ味も良く。大きさも考えて作られているのか、お昼を食べ終わった女三人の胃袋に綺麗に納まってくれた。
お願いされた感想は食べながら零していく言葉を聞き漏らさないよう、もらったメモに書き留めた。流石と言うべきか、先生たちの感想は細微でとても参考になった。ケーキ一つにここまで感想が出てくるのかと。
これが女子力か。それとも大人の女性だからか。
何にしても今も将来的にも、僕には真似できる気がしない。
「ところでりっちゃんの本命は誰なの?」
「…………は?」
弁当も片付けケーキのゴミも始末し、残り少ない時間はいつも通り女子トーク。
いつもなら先生たちの掛け合いにたまに口を挟む程度なのに、なぜ今日に限って僕の話題?何に刺激された?
「喜多川君?伊瀬君?意外性をついて橘君だったり?」
「え……は?何のこと、」
「そう言えば司馬君とも仲が良いわよね。見たわよ、司馬君に抱きつかれてるところ」
「キャーなにそれちょっと!詳しくっ!」
「ちょぉぉ!?詳しくもなにも、何でもないからー!画像見られるのを阻止してただけですって!」
どこをどう取ったら抱きついてるように見えたのさッ!て言うか鳴海先生は一部始終見てたんだから知ってるでしょ!腐女子のナーコ先生になんて爆弾を投下するんだ!ネタにされたらどうしてくれる!
「鳴海先生は事実を捏造しないで!ナーコ先生も!あからさまにガッカリしないでください!怖いわっ!」
「えーだってー。良いネタだと思わない?男同士のじゃれ合いって。せっかくの男子校なのにあたしそーゆーの見る機会って以外と少ないからさー」
僕女だから!その定義に当てはまらないから!それに男同士のじゃれ合いが日常茶飯事にあったらある意味怖いし、それこそ腐った展開を疑ってしまうじゃないか。
ナーコ先生に限らず僕だってほとんど見たことないから。
「マンガじゃないんだから、ナーコ先生が期待するような展開はほぼ無いですよ」
ホント腐女子の妄想は逞しい。うちのクラスの腐男子もだけど。
こんな話を保健室でしていること自体、健全な男子に申し訳ない。
「んもぅ!じゃぁ誰が本命か教えなさいよ!夏よ!?恋の季節でしょ!?りっちゃんにとってはココは選り取り見取りなんだから気になる人の一人や二人、いるでしょう?そしてあたしに恋バナを!萌えを!いるんでしょ?ダレ?協力くらいするわよ?」
ちょ、結局振り出しに戻ってる!せっかく鳴海先生が話を逸らしてくれたのに!僕!?腐った展開は起きないと言った僕のせい!?
「いないですって!」
「「え〜〜?」」
否定したのに二人して異論を唱えるとか。ナーコ先生だけじゃなく鳴海先生もか!
「バレないよう生活するのにいっぱいいっぱいですよ。それに協力って……。男だと思われてるのに何をどう協力するんですか」
「え〜?そこはホラ、男を好きになったんじゃない、お前を好きになったんだ!的な。それだったら女と分かった後でも付き合っていけるでしょう?」
「それってつまり、最初は男だと嘘ついて付き合うってことですよね?嘘をつかれてたって時点で幻滅しません?」
自分だったら……嫌かな。僕が男で、男を好きになって付き合って、相手が実は女でしたって。女だったんだから良かったじゃない、なんて思えない。例え必要な嘘であったとしても、嘘をついて付き合った時点で裏切られていた気分になるし、その事を後々まで引きずりそう。
「硬いわよ?好きになったらそれこそ些細な事のように思えるし、むしろ好きになってもらった方が受け入れてくれやすいと思わない?」
「そうね、一理あるわね。でもお互い両思いで付き合うのなら女と知らせた上で付き合えばいいじゃない?まぁ、その際誰かしらの立会いと口止めは必要になるだろうけど」
「公認カップルじゃない!その時はあたしも立ち会ってあげるわよ!」
「…………ナーコ先生って出歯亀ですね」
さすが腐女子と言うべきか、ただ単に物好きなだけか。絶対に頼みたくないな。まぁ頼むような事態にはならないけど。
「もー。せっかく面白いネタが転がってるのに何もないなんてつまらないじゃない。ホントに誰も気にならないの?」
ネタって……。
確かに見る側の立場であればネタとして十分面白い話かもしれないけど。
当事者として言わせて貰えば余計なお世話だ。言われて好きになるようなものでもないし、とにかくこの一年をバレずに乗り切ることの方が重大すぎて色恋なんて気にしていられない。気にするとすれば佐武くんと司馬くんの関係くらいか。
「ないです。誰がどう思おうと無いものは無いんです。もしあるとしても、それは今ではないってことです。諦めてください」
「なによー、そこまで全否定しなくてもいいじゃない。人と違う経験ができてるんだから楽しまないと。青春よ?高校生活なんてあっという間よ?」
「楽しんだ結果ボロが出たらどうしてくれるんですか。それこそ僕の高校生活が台無しですよ。自重してください、ナーコ先生」
そして鳴海先生は煽らないでください。ナーコ先生が暴走しかねない。かなり迷惑なんだけど。
「あーあ、結局あたしの楽しみは来月のイベントだけかぁ。合コンでも行こうかしら」
体重を乗せたことでみょーんと椅子の背もたれが外側に反り返る。
良いんじゃないですか?合コン。是非とも行ってください。
ナーコ先生美人なんだから彼氏の一人や二人、すぐに見つかりますよ。できることなら鳴海先生も一緒に参加して彼氏作ってきてください。そして僕のことは放っておいてください。
「……ナーコ先生もイベント参加するんですか?」
「あたしは読み専よ。面白そうなのを片っ端から買い漁る雑食なの。りっちゃんは参加するの?」
話している来月のイベントが同じイベントであるならば、だけど。時期的に多分同じイベントだろう。
「友人と妹の付き添いで売り子として参加する予定です。差し入れは受け付けてますので『花*花』の合同サークルで探してみてください。僕の女装バージョンが見れますよ」
基本休みの日に男装はしないし、家族や一人で出かける時はロングヘアのカツラを被っている。万が一学校の人と会って女装趣味があると思われたくない。女が女装してなにが悪い!
「あら、りっちゃんの女の子姿も気になるわね。差し入れ持って鳴海と行くわね!友達と妹さんの三人で良いかしら?」
「はい、三人です。ありがとうございます待ってます!」
やった!差し入れゲット!言ってみるもんだ。
やっぱり知らない人に一日中同人売ってるだけではつまらない。友人と妹も買い物で途中抜けちゃうし。
仕方ない。イベントしか楽しみのない可哀想なナーコ先生には特別に見せてあげよう。
「ほら、ナーコ先生。楽しみのない可哀想な先生には仕方ないので萌えを提供してあげます。感謝してこれ以上僕の詮索は止めてくださいね。約束できるなら送信してあげますよ」
「可哀想ってなに……ちょ!これ!なにこれっ!」
スマホをいじって画面を見せる。美人な顔をむくれさせて近付いてきたナーコ先生の顔が、画像を見た瞬間パッと華やいだ。おおー、色っぽい。素材がいいのでどんな顔をしても様になるなぁ。
そんなナーコ先生の反応に、興味をそそられたらしい鳴海先生も画面を覗き込んできて、驚きに目を見開いた。
「へぇー、あの二人ってそうなの?」
「それはご想像にお任せします。無用な詮索は野暮ですからね、先生たち。ナーコ先生、約束できますか?それともこんなんじゃ萌えませんか?」
「萌えるに決まってるじゃない!約束するわ!今すぐ送って!!」
丁重丁重。このサタシバの写真のおかげでこれ以上詮索されないのなら安いもんだ。普段から要らぬ追求をしてくる司馬くんの事だし、何より自分のことじゃないから良心はちっとも痛まない。良かったー、あの時司馬くんから死守しておいて。
「あら、もうこんな時間。りっちゃん、教室に戻りなさい」
ナーコ先生に画像を送信している最中に鳴り響いた予鈴に、鳴海先生は慌てて職員室へ戻って行った。
ウソッ、もうそんな時間!?戻らないと!その前にシャツを直さないと!時間が無い!
本鈴が鳴るまで残り五分。
せっかくの理人先輩の忠告も虚しく、教室に戻れたのは本鈴が鳴り止んだ頃だった。
何食わぬ顔で教壇に立つ鳴海先生に軽く注意され、隣の恵にいつも通り呆れられた。
ちょっと!半分以上は先生たちの詮索のせいじゃない!