9.女子っぽい
期末テストが終わった。
全力は出し切ったので、まぁ結果は考えないでおこう。中間と同じくらいを維持できているハズ。うん。
最終日だった今日は、午後からは通常通りの時間に戻る。と言っても、直ぐに授業というわけではなく、夏休みが明けた九月中旬ごろにある体育祭の予定を決めるそうだ。
クラスの大半は体育祭と聞いて盛り上がっていたが、僕を含めた残りの少数は盛り下がってしまった。え、だって暑いじゃん。運動音痴なわけではないけど、男と比べたら女の体力なんて底辺でしょ。加えて今年に入ってからまともに運動なんてしてないし。体育ですら未だ見学だし。
それに先日めでたく『病弱』の二つ名を頂いてしまった。というのも、今年は梅雨入りするなり暑い日が続きに続き。薄着ができない身としては最悪でしかなかった。
暑いし蒸れるしで早々にダウンした僕は、昼休みの度に冷房の効いた保健室へ駆け込み、時間ギリギリまで息抜きならぬ胸抜きを堪能。それ以外では体育の時間を保健室で過ごさせてもらう権利を勝ち取った。と言うか、ケチらず冷房を使ってくれれば問題なかったんだよ、きっと。
冷暖房完備なクセに使用は七月からとかケチっていたせいで、とうとう暑さにダウンした僕は終業の挨拶とともに意識が途切れてしまった。気付いた時は保健室のベッドで寝ていたという、人生初の気絶体験を経験したのだ。
軽い熱中症と診断され、倒れた時にぶつけたらしく額にはたんこぶができていた。地味に痛かった。
それにしても席替えで強制的に隣に配置された恵はさぞかしビックリしただろう。隣でぶっ倒れるって。
意識が完全に途切れる前に聞こえた恵の慌てた声がなんだか新鮮で、同時に申し訳なく感じた。ごめんよ。
その後、目が覚めれば既に放課後だった。にもかかわらず、僕は人に取り囲まれていた。
恵とナギと鳴海先生とナーコ先生、そして喜多川先生はまだ理解できた。秘密を共有する面々だし。それに加え、佐武くんと司馬くん、それに理人先輩がいた。前の二人は同じクラスだし、一応友人のカテゴリに引っ掛かっていると思うので心配して来てくれたのだろう。素直に嬉しかった。
だけど理人先輩に至っては用事があって教室を訪ねたら倒れたと聞いて来てくれたそうで。え、わざわざ来なくても!と逆に恐縮してしまった。……いや、まぁ、多少は嬉しかったけども。
思いの外元気そうな僕を見て、面々はホッとしていた。心配お掛けしました、ありがとうございます。
その日は連絡を受けて駆け付けてくれた母とともに車で帰宅。念のため病院で点滴を受け、その日はテスト勉強もそこそこに心配してくれた面々にありがとうのメッセージを送り夜更かしせず早く寝た。
翌日はいつも通り理人先輩と登校。
改めて心配を掛けたことに謝罪と感謝を伝えれば、少しでも体調がおかしかったら保健室に行くことを厳命された。はい、ご尤もです。でもただ暑かっただけなんですが……はい、気を付けます。
素直に頷いたら頭を撫でられた。恥ずかしかった……。けど、なんだか最近慣れてきている自分もいて戸惑いを感じている。頭を撫でられ慣れるとか、高一の、一応男としてはどうなのだろう。……悩ましい。
学校では前日倒れてしまったことから急遽、例年より数日早く校内でエアコンが稼働していた。教室限定でだけど。それでもかなりありがたい。
冷気に満たされた教室で勉強とか快適すぎる!帰るまで出たくない!ずっとこのままで!と思ってしまったのは致し方ない。それ程までに連日の暑さで皆へばってしまっていた。
倒れたことを知るクラスの皆からは大いに感謝された。良いってことよ。倒れた甲斐があった。
「りっちゃんいるー?」
昼休み。
胸苦しさを解放するために弁当を持って保健室に向かう準備をしていたら、教室の後方で呼ぶ声が聞こえた。
家でならともかく、学校でりっちゃんと呼ぶ人は限られている。その筆頭であるナギは今、他の友人らと共にお昼の準備をしているし、呼ばずとも彼は僕がどこにいるのか知っている。何よりあの声はナギではない。
案の定、声が聞こえた方を振り向けば教室を見渡していた理人先輩と目が合った。朝振りだ。
「あ、りっちゃん!お昼にごめんね。ちょっと良い?」
「理人先輩?……すみません、ちょっと待ってください!」
準備の手を早めカバンを背負う。
授業が終わってからさほど時間は経っていないのだから、理人先輩もお昼はまだ食べていないはず。教室で話すよりも歩きながら話した方がお昼休みを無駄にしないだろう。
「恵、それじゃ、保健室行ってくる」
「あぁ。気をつけて行けよ」
「うん」
隣の席の恵に声を掛けて理人先輩のいる後ろの扉から廊下へ出る。途端、むわっとした熱を孕み湿った空気が押し寄せてきた。
数日前に稼働した教室の空調は快適な空間を約束してくれているが、教室から一歩出た廊下は歩いているだけでジワリと汗ばむほどの温度だし、外は照りつける太陽が痛々しいほどの灼熱の地獄と化している。……おかしいな、梅雨明けはまだのはずなんだけど。今年の梅雨はどこに行ったのだろうか。
「あつ……理人先輩、お待たせしました。テストお疲れ様です」
「りっちゃんもお疲れ。ごめんね、呼び付けて。……どっか行くの?」
「あ、はい。ここ最近お昼は保健室で食べてるんです。買い置きでゼリーとかプリンを入れてて。理人先輩お昼まだですよね?早く戻れた方が良いかと思って、歩きながら聞きますよ?あ、ゼリーかプリン、食べます?」
カバンを背負った僕を不思議そうに見た理人先輩にそう説明すれば、クスッと笑われた。
「うん、貰おうかな。りっちゃん甘いもの好きだよね。この前もらった面白いジュースも極甘だったし」
「……もしかして理人先輩、甘いもの苦手でしたか?」
だったら以前進呈した“あまちか”は無用な代物だったかな?
「嫌いじゃないよ?むしろ好きな方かな。あれだけ甘いのは久し振りだったけど、まぁ普通に飲めたよ」
「ホントですか!良かった!うちのクラスでは一種の罰ゲームになってるので……。また持ってきますね!」
初めてだ、あの破壊力のある甘さに苦言を呈さないなんて。大体の人はもういらないって言うし、ナギですらギブアップしていたのに。
「甘党でも好き嫌いの分かれる甘さかもね。俺は慣れてるのもあるし、気にならないよ。またちょーだいね」
「はい!あ!用事あったんですよね?」
暑い中お昼も食べずにわざわざ来てくれたのに自分の話をしてしまった。申し訳ない。
「そうそう、今日の部活のことでね、今日は全員参加だから絶対来てねって部長からの伝言。まぁ言わなくても俺もりっちゃんもほぼ毎日来てるから大丈夫だろうけど」
「そうですね、行く予定です。でもわざわざクラスまで来なくても、電話でも良かったんですよ?」
「うん?伝言だけならそれでも良かったんだけどね、渡すものがあったから。伝言の方がついで」
はいこれ、と言われて差し出されたものを反射的に受け取れば、それはケーキ屋さんなんかでお持ち帰りで渡される持ち手のついた箱だった。ひんやりと冷たさを感じる。
「理人先輩?これ……」
「良かったらデザートに食べて。ついでに感想も教えてもらえると助かるんだけど」
「えっ、良いんですか?理人先輩は食べないんですか?」
「俺は……食べ飽きたというか、俺の感想では意味がないというか。保健室に行くなら先生たちにも食べてもらって感想聞いてくれない?男だけの意見だと美味いってしか言わない奴らばっかだから」
クラスの人たちも食べたのか。美味いということは味に関しては先輩たちのお墨付きがあるみたいだし楽しみだ。誰かの手作りかな?
「ありがとうございます。部活の時に感想言いますね。……でもあんまり期待しないでください、僕もそれほど語彙力ないので……」
美味しいものは美味しいと言える子だけど、それ以外だと食感とかかな?
「ある程度の意見で良いんだよ。先生たちから聞き出しといて」
よし、そうしよう。先生たちの方がよっぽど女子力あるし語彙力もありそうだしね。
それから話は夏休み明けにある体育祭の話になり。色別対抗は勿論、部活対抗なんかもあるそうだ。
「午後から体育祭の準備が始まるけど、体育館で色決めの抽選会するんだよ、りっちゃん知ってた?」
「へぇ、抽選で色を決めるんですか?何色あるんですか?」
各学年十クラスだからキリのいいところで五色かな?
「各学年二クラスずつで五色だよ。順位によって商品が出るんだけど、金券なんかも貰えるから毎年熱いらしいよ。俺は去年三位で二リットルのお茶が一箱だった」
「……それ、良い物ですか?」
「三位だからねー。一位二位が金券で高額な分、三位以下は質素かな。ちなみに去年の一位は食券五千円分と商品券五千円分だったよ」
へー。金欠な学生にとっては食券も商品券もありがたいよね。ありがたいし欲しいとは思うけど、でもなー。
「五色もあると接戦になりそうですね。でも僕、インドア派なので今ひとつ盛り上がれないかも……」
体力もなければ持久力もない、病弱の二つ名の通りひ弱で非力だ。リレーとかだと迷惑しか掛けなさそうだから、玉入れくらいがちょうど良いかもしれない。シュート率は低そうだけど。
「りっちゃんは足のこともあるし、言えば考慮してくれると思うけど?でも折角のお祭り事なんだから楽しまないと」
「……そうですね。一応、楽しみではあるんですよ?暑いだろうなーと思うと気が滅入るだけで……」
暑さ対策といっても冷えピタ貼ったり日陰に移動したりくらいしか思いつかない。お昼以外ずっと外だと死にそうだ。
「暑がりなりっちゃんらしいね。その割にはいつもベスト着てるよね?脱がないの?」
「!」
「ベスト脱ぐだけでも涼しくなるよ?」
……いや、まぁ、それはそうなんだけど。できることなら今すぐにでも脱ぎたいけども。
泳ぎそうになる視線をなんとか押しとどめ、それらしい言い訳を考える。
「む、無理ですよ。ベスト脱いだらひょろい体型が更にひょろくなるじゃないですか。理人先輩みたく鍛えてないので軟弱な体型を晒したくないんです。それに教室にいるとたまに寒く感じるのでやっぱりベストは必需品です」
納得してもらえるかは別としてこれが一番無難な言い訳かと思ったのに、なぜか苦笑いされた。あれ、どこか間違ったかな?
「……りっちゃんってたまに女子っぽいこと言うよね。うちの女性陣たちもそうだけど、りっちゃんも冷え症なの?」
「えっ!」
女子!?え、今の女子っぽかった!?しかもたまに言ってるの!?
理人先輩話しやすいからかな、気を許しすぎて言動が緩んでしまうのかもしれない。気をつけないと。
「……っと、はい、うちはみんな冷え症なんです……」
弟はまだ四歳だから関係ないし父も違うと思うが、母も妹も、クーラーを付けっ放しにしているとだんだんと手足が冷えてきてしまう。今のところ夜はタイマーで切るようにしているが、もっと暑くなれば朝まで付けっ放しになるので寒くて起きることも多い。うん、みんな冷え症だ!
冷え症のもっともな原因は運動不足なせいだけど、だからと言って運動しようとは……残念、思えない。
「そうなんだ?俺冷え症じゃないからわかんないけど、体調には気をつけなよ?また倒れたりしたら心配だし」
「……ハイ」
誤魔化せたのかな?
冷え症なのは本当の事だし嘘ではないけど、そう言えば男で冷え症ってあんまり聞かないかも。ナギですらクーラーの効いた教室にいても暑いって言うときあるし。冷え症男子ってもしかして以外と少ないのだろうか。
と言うか、当初の目論見通り無口なモブを通すべきかもしれない。関わりすぎるとボロが出てしまいそうだ。
「……気に障ったならごめん、失礼だったね」
急に無口になったことで気分を損ねたと勘違いしたのか、理人先輩に顔を覗き込まれて謝られた。撫でるのはもはや理人先輩にとっての標準装備となっている。
「りっちゃんかわいくて、つい」
うん?
謝ってるんだよね?
「理人先輩、それ謝ってます?」
「もちろん!」
笑顔で謝る人はいませんよ、先輩。
ボロは出したくないので仕方なくジト目で理人先輩を見るに留めておいた。