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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

果物ナイフで生きる理由

作者: TAKUTOJ

このページを見つけてくださってありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

  八つにカットされたリンゴの最後の一つを口に頬張ると、俺は口の中に広がる甘みとは相反する苦い顔を目の前にいる女に見せる。目には涙が溜め込まれて今にも頬を伝っていきそうだ。決壊まであと僅か。俺は病床にあり、此度は剥かれたリンゴを食べるために身体を起こしているところだ。


「なぁ~に感傷に浸ってんのよ! ただの風邪でしょうが」


  スコーンと叩かれた頭を擦りながら俺は今しがた暴力を振るった相手を睨みつける。


「いってぇなぁ!」


  幾分ドスを効かせたつもりだったが、目の前の暴力女には微塵も効果がなかった。


「しっかし、意外ねぇ、ナントカは風邪ひかないって言うのに」


  どうやら口も悪いらしい。いや、腐れ縁、幼馴染みというやつで、遠慮が無いだけだ。腕を組んで見下ろしてくる彼女の名はエリン。共に旅してきた仲間の一人で、ハルバートを得物にする騎士の家系で育った跳ねっ返りの戦士である。


  この薄暗い部屋にはエリンと俺しかいない。他の仲間は俺たちを残して狩りに出かけている。もう夕方に差し掛かろうとしている様だが、如何せんこの部屋は窓が無く、時間経過はよく分からないのだ。不安を煽るにはうってつけの場所だろう。


「早くよくなりなさいよ。こんな場所、長居したくないんだから」

「わかってるよ」


  紅色のショートにしたその綺麗な髪も、この陰湿な部屋では少し明るい茶色に見える。もったいないなと思った。外へ出て、風に当たって揺れるその美しい光景をもう一度目にする事は出来るだろうかと、思考は暗くなる一方だ。エリンは口では酷いことをたくさん宣うが、心配性で世話焼き。今日も今日とて悪態をつきながらも甲斐甲斐しく俺を看病してくれている。これのおかげで暗くなる考えも振り払う事を良しとしてくれる材料になっているのだ。心の中で感謝しつつも俺は目の前の世話焼きな暴力女に言った。


「エリン、俺が死んだらこの果物ナイフは俺と一緒に墓に入れてくれ」

「だから、ただの風邪でしょうが!」


  カッ、ビイィンと音がする。

  今度は果物ナイフが俺の顔の横を通過して壁に刺さり、刺さったところを軸にして上下に揺れていた。危ない。


  ガチャリ。


  音のした方向に目をやると、ドアから立派な髭をこさえたイケメンのドワーフが入ってきた。手にはトレイ。その中には二十本の果物ナイフ。なぜそれが二十本だとわかるのかと言われれば、それが俺の依頼品だからだ。


「できたのか!?」


  期待を込めてドワーフを見ると、彼は口端をニヤリとさせた。


「最高の仕上がりだな」


  トレイを手にしたままドワーフはドヤ顔を展開しつつも俺を気遣うという高度のコミュニティ能力を発揮した。その髭に似合わない爽やかな声が俺に放たれる。


「体調はどうだ?」

「バッチリだ」

「さっきまで死にそうな顔してたでしょうが!」


  嬉しさに任せて応えるとエリンが俺の頭を叩きつつ突っ込んできた。俺は肩を窄めてその場をやり過ごすことにしてトレイに目をやる。ドワーフは我が意を得たりという顔でその場に座り、トレイの中身を俺の見える位置に置いてくれた。


「二十本全部に?」


  俺の問いにイケメンは小さく頷いた。



 ▬▬▬一年前▬▬▬



  宿屋の一階にある酒場は今日も賑わっている。隅っこの丸テーブルには五人の男達が所狭しと置かれた料理を囲んで舌鼓を打っていた。その中の一人が巷で噂になっている情報を披露している。


「ダンジョンの麓に伝説の鍛冶屋がいる」


  というものだ。俺たちのパーティーもその噂の出処が気にはなっていたが、胡散臭いものも同時に感じていた。


  伝説の鍛冶屋。


  依頼した品は全て魔力を帯び、魔剣、魔槍、魔斧などなど、価値ある品に変わるのだとか。眉唾物の話だが、そこへたどり着き、帰ってきた者達は必ず魔武器を手にしていると言う。もちろん、生還者の方が少ない訳だが。


  魔武器を手にした冒険者たちは一躍実力を跳ね上げる。魔力を帯びた武器は体に巡る魔力の流れを活性化させ、所持者の能力を底上げすると言われている。そして、一度武器に認められると所持者は魔力の扱い方を体の髄から理解するらしい。例え武器が壊れても魔力の扱い方を忘れる訳では無いからだ。


  魔武器を一度登録されると所持者にしか懐かない。奪うことは出来ないのだ。奪おうとして略奪を働いた者も居るには居るのだが、重たすぎて持ち運べない物になるという。ならば所持者を殺せば解決するのか。所持者のいなくなった、未登録の魔武器はすぐに消える。だからこそ冒険者たちを燃え上がらせる。唯一無二の武器を手にするために。


  魔武器はダンジョンでしか手に入らない物とされている。だから俺たちも伝説の鍛冶屋の話に耳をそば立たせた。そしてひとしきり噂を聞いた後、リーダーに俺たち全員が目を向けた。茶髪をツンツンに立たせたスッキリした顔立ちの、二重のタレ目の童顔が我らのリーダー、マクスエル。彼は俺たち一人一人を順番に見やったあとボソリと一言。


「行きますか」


  ヨッシャー! と勢いつけて立ち上がったのは俺ともう一人の男ジョダン。大盾と拳で戦うという変わったコンセプトを持つコワモテだ。丸坊主に仕上げたその頭と低い声は顔の怖さを充分に補強しいている。俺も少しは見習いたいものだ。ハゲにはしたくないが。


  やれやれと肩を窄めているのは女性陣二人。口は悪いがパーティのマネージャー的存在の前衛戦士エリンに、家事が壊滅的なお淑やか系火力マジシャン、クリスティだ。


  リーダーの一言で伝説の鍛冶屋がいる北の大地、最古のダンジョンへと足を向ける事となったのである。最高だな。ついに俺たちにも魔武器を手に入れるチャンスが来た。北へ向けて準備が始まった。


  海を渡り、ノースガレリア最南端にやってきた。いやぁ寒い。新調したコートがこんなところで役に立つとは。俺たち五人は上陸するとすぐに北を目指す。ここ最南端は緑の国という変わった国だ。長居することは出来ない。俺たち人族は忌み嫌われているからだ。主に他の種族全てから。さっさと緑の国を迂回して森を抜け、人族が支配する地域へと入る。心なしか五人は五人とも安堵の溜息を吐いていた。緑の国の刺すような多くの視線と気配に身震いしたものだ。俺たちはきっと見過ごしてもらえただけなのだろう。帰りも心配の種は尽きない。


  王都へとやってきた。城門の兵士に冒険者の証を見せて入門すると、最初の貧民街を素早く通り抜け、一般街区で宿を取る。冒険者御用達のその建物は三階建ての大きめの宿屋『黄金色の温泉卵亭』。ロビーのすぐ横に食堂兼酒場の入口があり、反対側に階段、その先が各部屋だ。二階奥の二部屋を確保し、男女に別れて荷物を置くとすぐに食堂で合流する。冒険者ギルドへ情報を集めに行くのだ。


「マック、依頼は受けていくのか?」


  大盾のジョダンがリーダーマクスエルに質問をぶつけるのを俺は横で見つめながらも愛刀二十本を体のあちこちに装備していく。まぁ全部果物ナイフだが、何か?


  愛称で呼ばれたマクスエルはその可愛らしい顔とは裏腹に考え込んでいる様子で振り返った。


「うーん、どうしようか? 北へ行くのは良いんだけど、依頼の余裕は無いと思うんだよね〜。採取くらいしか受けられないと思うよ」


「それはどうしてかしら〜」


  なんとも間延びした、力の抜けた会話が展開され始めるが、リーダーと魔術師の間のとり方がよく似ているのである。平和でいいね、その空間だけ。リーダー曰く北に棲息する魔物達の強さが、尋常ではないとのこと。竜峰に近づけば近づくほどそれは顕著になるらしい。


  竜峰。ドラゴンが棲息するその峰には大陸最古のダンジョンがある。なんと入口は頂上付近。そこが第一層だ。下へ降りれば降りるほどに広がりを見せ、難易度が跳ね上がっていく、と言われている。しかし、攻略した者がおらず、真相は闇の中。まず入口に辿り着くのも困難である。


  そんな危険地帯に足を踏み入れるのだ。依頼に集中するあまり、命を危険に晒すのは得策ではない。既に危険なのだから。リーダーの説明に納得したのか、魔術師は「わかりましたぁ」と甘ったるい返事をして最後尾に戻っていく。


  冒険者ギルドから情報を仕入れた俺たちは一晩過ごしてからいよいよ北の竜峰へ向けて旅立つ。ワクワクが止まらない。浮き足立っている自覚はあるが、この感情を抑えるのはまだ無理だ。強くなりたい。俺の中に眠るあの血が叫ぶんだ。『リンゴの皮を早く剥こうぜ』って。うん、意味がわからん。俺のテンションはその位鰻登りに上がっているってわけだ。


  最初の難関に足を踏み入れた。樹海だ。


  目印を細かく付けて注意を払う。これを怠ると必ず迷うことになる。そして森に閉じ込められるのだ。真っ直ぐ進んでいるはずなのにどこかで同じところを回されていることにさえ気付くこともできなくなる。恐ろしい場所だ。こんなところで魔物に出くわすと方向を見失う危険があるのだ。俺は先頭に立ち、周囲を警戒しながら進む。


  狼の群れに出くわした。襲いかかってくる狼の最初の二頭の額に、全力で果物ナイフを投擲した。深々と刺さる果物ナイフを狼の額から強引に引っこ抜くと、俺はその使用済みのナイフを鞘に一瞬で収めて腰の皮袋に入れる。肩に収めていた三本目と四本目を取り出すと、逆手に持って狼に肉薄した。今度は弱らせるために立ち回る。


  弱らせると俺の仕事はとりあえず後続に任せることになるので、一旦終了だ。あとは勝手にやってくれ。もう余裕だろう。目印の確認を済ませて次の方向を決めると、俺はもうすぐ終わるだろう戦闘の様子をチラ見した。


  大盾でシールドバッシュをかましてノックバック効果を出す役回りのはずのジョダンはその技でトドメをさしているし、ハルバートの一振で二、三頭葬っているエリン。クリスティに至っては杖をかざした途端に狼達を爆散させていた。俺、要らなくね? と思っているのは俺だけでは決してない。リーダーも苦笑交じりだ。


  いくつかの戦闘をこなし、自然の罠を掻い潜り樹海を抜けることに成功した俺たちは大自然の圧倒的な存在に打ち震えた。澄んだ空気、流れる滝、湖の美しさ。その全てが新鮮で、樹海を抜けた感動など比べるべくもない胸の高鳴りを、高揚感を堪能していた。


「なんて美しい」

「ほんとね」


  口の悪いエリンでさえ、目を大きく開けて感嘆の声をあげている。思わず見惚れてしまったが、やはり紅色の髪は大自然の真ん中でも良く映えていた。


「ちぃっと、休憩するか?」

「そうだね。そうしよう」


  打診するとリーダーが即座に肯定した。俺は綺麗な方の、装備品ではない方の果物ナイフを取り出して、手と一緒に水洗いしてから果物を切り裂いた。当然のように果物に群がるメンバーに、エリンが果物を配るとそっと近寄ってきた。


「流石ね〜、ナイフ使い」


  フフとドヤ顔を向けて一番甘いであろう桃を取り出してエリンに与える。褒められたからではない。たぶん。


「ん~!! 甘い」


  眼福眼福。時折エリンは油断した顔を見せる時がある。いつもは騎士の家系の矜持か、戦士としての自覚かわからないが気を張っていることが多いのだ。そんな時にたまに見せる自然なエリンを見るのが俺の楽しみの一つだ。


「ところでよぅ」


  大盾のジョダンが徐ろに声を出す。全員が彼に目を向けると、ジョダンはさらに疑問を口にした。


「伝説の鍛冶屋って何処に住んでるんだ?」

「最古のダンジョンの麓って話だな」


  俺はすかさず答えたが、それでは満足できるはずもなくジョダンは続ける。


「ダンジョンは山だろぅ? 麓ってどの方角のどの辺りよ」

「それを探しに来たんじゃねぇか」


  ええぇぇ、というげんなりな声をあげたジョダンだったが、意外な人物からの介入があった。紫のストレートロングの髪をクルクル人差し指で巻きながら解放するのを繰り返していたクリスティだ。


「滝の裏に隠し扉があるんですって~」

「!?」


  メンバー全員が彼女を驚愕の顔で見返した。曰く、冒険者ギルドでリーダーが受付嬢から情報を聞き出している時にクリスティは魔剣持ちの冒険者に声を掛けられていたらしい。勧誘の話かと眉をひそめたが、クリスティはどこ吹く風で魔剣持ちを褒めそやしていたそうな。ポロッと口にした伝説の鍛冶屋の情報を彼女は聞き漏らさなかったのだ。思いの外あっさりと目処が見つかった俺たちパーティは本当にツイている。


  あの宿屋の酒場で聞いた噂話から十ヶ月、長い長い旅路でついに辿り着いた最古のダンジョン麓の滝裏の扉。びしょ濡れになりながら入った洞窟は生活感溢れる場所だった。いきなり俺たちを迎えたのは長い紐に掛けられたいくつもの洗濯物。革の製品が多いのも特徴的だった。


「すいませ~ん!! 鍛冶屋さんいますか~」


  なんとも間の抜けた声が洞窟内に谺響する。しばらくすると、奥から足音がだんだんと強く響いてくる。俺たちは少し身構えたが、現れたのはイケメンのドワーフだった。


「客か?」

「そのつもりです~」


  全くそのつもりがなさそうな返事をリーダーがしてくれた。しかし思いの外目の前のドワーフから警戒の色が取れたのがわかる。あの喋り方も役に立つことがあるのか、と心のメモにそっと刻んで、俺はイケメンをもう一度見た。


「よくここまで辿り着けたな……では、話を聞こう」


  イケメンドワーフはそう言うと踵を返して先に進む。俺たちは顔を見合わせてついて行くことに頷く。鍛冶場に辿り着くとドワーフは作業椅子に座り、俺たちを丸テーブルに並べられた椅子に座るよう促してきた。今から商談の時間だ。


「では、まず……。お前達は何者だ?」


  たっぷり全員を見回したあと、ドワーフは問うた。俺たちはこう答える。「冒険者だ」と。冒険者が鍛冶屋に来るのだから後は簡単だ。武器を打ってくれということである。ドワーフからは条件を付けられる。素材と食材、魔石を取ってくるように、との事だ。お金は役に立たない。こんな辺境でお金など生きる上でなんの価値も無いのだと突き付けられる。俺たちは自分の得物をそれぞれ見せて依頼した。


「必要素材は聖銀、魔銀、魔石……は武器の数だけ。黒鉄はまぁここにあるから良いが。そうだな、あと湖の底にある蒼水石を十個だ」


  耳慣れない素材を聞いて首を傾げる俺たちに向かってイケメンドワーフはすました顔で事も無げに言った。


「青いからすぐにわかる」


  と。だがこれに時間をかなり取られた。滝壺の底にしか無かったのだ。探し当てるのに十五日掛かったのだ。指定された素材を得るために掛かった時間も一月費やすはめになったから残り十五日で一年になる。滝壺に潜るのが俺の担当になったので、ゲンナリしながらも頑張った。もう少しで魔武器だ、と繰り返す俺はゾンビの様だったと、エリンから聞いた。


  十個目の蒼水石を掴んで、水から上がった俺の体調は激変した。体内の熱が上がり、節々に痛みを感じるようになり、寒気が襲ってくる。震えが止まらない。弱気になった俺はエリンにすがりついた。


「俺……死ぬのかなぁ」

「……!?」


  あまりの様子に最初はエリンも俺の頭を抱いて、大丈夫よ、と元気づけてくれたのだが、次の日から風邪だと判断されて扱いもいつも通りに戻ってしまった。解せぬ。


  しかし、エリンは俺の果物ナイフを手に取って、果物を切り分け、食べるのを手伝ってくれていた。流石、世話焼きである。こんな時思い出すのは少年の頃だ。風邪を引いた俺を看病してくれている母親の横にはいつも心配そうに様子を伺うエリンがいた。


  母の見様見真似で果物ナイフを手にしたエリンはぎこちない手でリンゴを一生懸命剥いていた。最初の大きさから半分以上体積を減らしたそれは、もはや姫リンゴの大きさだった。ハラハラしながら様子を見ていたが、エリンはやりきった。そして俺にリンゴを食べさせてくれたのだ。泣くほど美味かった。


  いつからか俺は同じようにエリンに果物を切り分けて食べて貰えるようにしようと心に誓った。こうして俺は果物ナイフを扱う面で誰にも負けない技術を手に入れた。皮剥き機と化した俺は家庭の救世主となり、母は料理助手を手に入れ、味付けの方に力を入れるシェフへと昇華したのである。実にどうでもいい。


  街にやってきた旅芸人の一団に衝撃を受けた。四本のナイフをジャグリングしている芸人がいたのだ。ナイフにそんな使い方があったとは! またダーツなるものにも興味を惹かれた。的に当てる感覚に快感を覚え、ハマった。何時しか二十本のナイフをジャグリングしながらダーツで手元のナイフを減らしていくという旅芸人も真っ青な技術を培っていた。極めつけは強弱の付け方にまで拘った。刃先一寸から柄の根元まで深く刺すのを十段階まで使い分けられるようにまでなっていた。


  魔物が街の近くを彷徨くようになると、自警団が対処した。騎士の家系のエリン一家は強制参加である。興味本位でエリンに着いて行ったら自警団に入らされてしまった。だがエリンがことの他喜んでくれたことに他ならぬ俺が喜んでいた。


  そんなこんなで昔を思い出しているとエリンも何かを思い出した様で突然笑い始めた。「なんだよ」とちょっと拗ねた口調で尋ねると彼女はさらに笑みを深めた。少しドキリとさせられる。


「甘えん坊なとこ、変わらないね」


  昔の優しい柔らかい口調が俺の胸を打った。口の悪いエリンはこの一瞬はなりを潜めている。たぶん俺は口をパクパクさせていたんだと思う。


「なぁ、エリン」

「ん? なに?」


  首を傾げてこっちを見るエリンに少し動揺しながらも、俺は聞きたかった事を口にせずにはいられなかった。


「お前、なんでハルバートの受け取りを俺のナイフと合わせたんだ?」


  そうなのだ。魔槍となるエリンのハルバートは他の仲間の武器と同じようにすぐに出来るハズだったのだが、俺の二十本の果物ナイフの完成まで受け取るのを保留している。自分の武器だ、すぐに手に取りたいハズなのに、エリンは受け取ろうとはしなかった。


「なぁに言ってんのよ。あんたが風邪で寝込んでるからお世話がいるでしょ。クリスティにお世話を頼んであげようか?」

「お前、俺にトドメを刺す気だな!?」


  壊滅的な家事事情のクリスティが俺の身の回りの世話をする様子をイメージするだけで風邪が悪化した。悪寒が走ったのだ。例えば、今、額に乗せられている冷たい布もクリスティにやらせれば口に当ててきて窒息死させられるに違いない。


「ま、そういう理由よ。受け取ったら最後、私も狩りに行きたくなるからね」


  茶目っ気たっぷりにウィンクしたエリンは、ここ最近何故か俺に優しい。


「ありがとな」


  少し目を逸らしてから再びエリンを見ると、彼女は顔を俺とは逆方向に向けていた。ただ耳は赤くなっている。


「魔装ってどんな感じなんだろうな?」


  魔装。魔武器を手にして力を身に着けた者の状態を指す言葉で、魔法装備や、魔道具の装備状態を指す言葉では無い。俺はお互いが照れたこの環境がいたたまれず、話題を自然に変更した。


「そうねぇ……マック達の話だと、生まれ変わったみたいだって」

「生まれ変わったことないからわかんねぇな」


  やれやれという気持ちを乗せて吐いた台詞は、エリンにも十分通じていたようだ。ふっと口端をあげたエリンは徐ろに立ち上がった。額の布を取り替えてくれる。


「とにかくあんたも早く治しなさいよ。私のためにもね」


  そう言ってエリンは部屋を出ていったが、その言葉に困惑を隠せなかった。エリンのために? あー、装備を早く手にしたいのかとも思ったが、これまで重ねてきた彼女との付き合いがそれだけではないことを俺はもう気付いている。聞こえたかどうかはわからないが、俺は小さく、ああ、と返事をした。


  早く良くなりたい気持ちが勝ったのか、熱は下がった。そしてようやく俺にも魔武器を手にする機会が巡ってきたのだ。


「最高の仕上がりだな」


  そう言って期待を高めたドヤ顔イケメンドワーフの言葉に俺は羨望の眼差しをトレイの上に鎮座する二十本のナイフに向けた。



 ▬▬▬帰り▬▬▬



  魔装状態の俺たちパーティーの帰りは予想以上に順調だった。全員が底上げされた力に浮き足立っている。油断大敵なのは百も承知だが、全能感が俺たちを支配していたのは事実だ。例えば俺は危険予測や察知能力が高まり、いつもの警戒の仕方だと過剰だと気付かされることが何度もある。クリスティの術も凄まじく、いつもの力で振るう杖の攻撃では素材が残らないくらい魔物達が塵と化したのだ。エリンのハルバートも言わずもがな。ジョダンのパンチで首が飛ぶ狼。マクスエルの杖で殴られた熊は真っ二つに体を割かれていた。明らかなオーバーキル。


  俺たちは冒険者。数多の危険に身を置く職業だ。魔装のパーティーとなった俺たちをこれから難易度の高い沢山の依頼が待っていることだろう。順調すぎる旅もこれで終わりだ。


  船に乗った俺たちはノースガレリアを後にした。恐れていた緑の国をあっさりと抜け、安堵の溜息をもう一度吐く。相変わらず人族には厳しい雰囲気をひしひしと感じた。能力が上がった俺たちはなおのことそれを感じずにはいられなかった。ただ、行きで感じた見過ごしてもらえたという感情は上書きされて、力ずくでも抜ける覚悟と自信が備わっている。


「ドワーフの兄ちゃんはえらくあっさり打ってくれたが、なんでだろうなぁ」


  船に揺られながら大盾のジョダンはそんな疑問を口にした。俺たち全員が感じた事を今になって振り返る。


「あそこに辿り着く事が一つの条件だったのではないですかね〜」


  相変わらず間延びした喋り方であったが、リーダーの返事は的を射たものだと俺も思った。だから頷いて同意を示す。


「それに~、素材集めもさせられたじゃないですか~。お金はいらん、なんて言ってましたが~、かなりの希少素材ですよ〜アレ。それだけで一財産あると思います〜」


  クリスティが珍しく饒舌だった。彼女もまた魔装によるほろ酔い状態なのかもしれない。魔術師が言うように集めさせられた素材は確かに希少価値の高いものばかりだ。例え魔武器にならなくとも強力な武器になる。魔銀と聖銀。どちらもミスリルと呼ばれる金属だが、性質の違うその二つは彼の鍛冶師によって一つにされる。合金という技術を最近覚えたということで、俺たちの武器にもそれを施してくれた。滞在中に訪れた他の客が持ってきたカタナという剣を見た時に、はるか昔の技術を思い出したという事らしかった。うんちくを語られたがさっぱりわからない様子の俺たちに、ドワーフはガッカリしたようだった。


  兎も角、強化され、魔力を帯びた俺たちのそれぞれの武器は期待の通り、魔装をもたらしてくれた。


「お前、そう言えば魔武器以外にも大量にナイフ頼んでたな? そんなに持ってどうすんだぁ」


  ジョダンが今思い出したという感じで俺に問う。


「俺は投げ専門だからな。無くしたら終わりだ。だからどんだけ持ってても不安なんだよ」


  その場の四人は納得しない。なんせ俺はこのパーティーで一度もナイフを無くしたことがないからだ。投げても回収を絶対に忘れない。どれだけ数があっても一つとして欠かすことは無いのだ。心配性なんだよね。あと貧乏性。どれだけ安く仕入れていようと果物ナイフは俺の生命線だ。


  四人は俺の台詞を聞いて呆れたようだ。魔武器の果物ナイフを二十本。ミスリル合金の果物ナイフを三十本。一体全体そんなに持ってどうするのか。装備するに決まってるでしょ? 体に巻き付ける革ベルトや腰のベルト、肩から腕にかけて特別性のガーターにも仕込めるようになっている。それに黒鉄だけの果物ナイフを十本。これは太腿やデイパック、調理器具などと一緒に入れている。


「そんなに果物ナイフがいいのか?」


  何、当たり前のことを聞いてるんだこのハゲは。果物ナイフが最強でしょうよ。そうでしょ? え? 違うの? 万能ですよ?


  理解が得られず俺は不貞腐れた顔をしていたようだ。エリンが俺の頭をポンポンと叩いた。俺には果物ナイフの適正しか無かったのだ。しっくりくるものが何も無い。自警団で色々な武器を手にしたが、俺には武器を扱う才能が無かった。


  悔しかった。


  笑われることもあった。


  役に立たないと溜め息を吐かれたこともしばし。


  そんな時、俺を慰めてくれたのは、果物ナイフとエリンだった。あなたにはこの才能があるじゃない、と手渡してくれたのだ。それから一心不乱にナイフの扱い方を学ぶ。投擲の才能が開花しだしたのもそのころで、戦い方を模索しだしたのもその頃だ。


  何時しか俺は人からアサッシンと呼ばれるようになった。不意打ち、気配の薄さ、敵場把握能力などが評価され始めたのだ。自警団の連中も俺を笑う奴はいなくなっていた。


  果物ナイフで生きる理由。


  適正と言ってしまえばそれまでだ。


  果物ナイフで生きる理由。


  俺にもたらした恩恵と言ってもいい。


  果物ナイフで生きる理由。


  それは、エリンが俺に与えた意味だ。


  生きる意味。誰のために生き、なんのために使うのか。エリンはそれを俺に教えてくれた。だから俺は果物ナイフをいつまでもこよなく愛する事だろう。


  果物ナイフ無双!


  うん、締まらない。だが、これが俺の生き方だ。

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