第一話
「お腹減った」
机の上で参考書片手にへばる私。さっきから、問題が解けなくて、困っている。
エアコンは、セットした。音楽をかけている。ペンもノートも買ってきた。
それなのに、全然進まない。
「そろそろ、休憩しようかな」
私が時計を見ると、時刻は11時になる所だった。
私、浦井山吹。18歳。今年、専門学校に入った私は、なかなか忙しい。学科は、調理で、趣味は料理。料理は作りたがりなのに、料理の腕はからきしで、両親泣かせの腕である。
今日は、父と母が、結婚記念日で出かけている。
ーそろそろ、お昼時だ。
私は、少し早めの昼食を食べることにした。
1階へ降りて、誰もいないキッチンに入った。
冷蔵庫を開けると、人参、小松菜、林檎、パン。卵と砂糖、しょうゆ、マヨネーズだけ。
私は、食器棚から、フライパンを取り出して、それを、IHクッキングヒーターの上に置くと、
電源を入れて、加熱のスイッチを押した。
卵を割り入れ、砂糖大匙1、しょうゆ大匙1加える。
オリーブオイル大匙1杯入れてなじませ、卵を割り入れておいたのを、フライパンに半分流しいれる。
固まってきたので、半分卵を折り曲げると、残りの卵を全部入れ、それも固まってきたら、卵を上手く巻いていく。
それから、出来上がった卵焼きをマヨネーズをくっつけたパンにはさんで、卵サンドの出来上がり。
ジューサーの方は、人参、小松菜、林檎をセットして、回すと、よく撹拌して、タンブラーに入れるだけ。
こうして、お昼ごはんが完成した。
「いただきます」
きちんと礼をして、食べ始める。
味の方は、私にしては、まあまあ。できれば、もっと材料が欲しい。
10分ほどで、全部食べ終え、2階の自分の部屋に戻る。
部屋の前まで来た時、部屋の中から冷気が出ているのに気が付いた。
ーさっき、消したはずなのに。
消したはずのエアコンが稼働している。
ー泥棒かもしれない。
私は、恐る恐るあとずさりをする。
その時、扉が開いた。
「あ、おかえり」
そこに立っていたのは、私の妹だった。
☆☆☆
「なんで、今ここにいるのよ」
私は、麦茶を妹に差し出した。
「今日、早かったんだ、学校」
妹は、麦茶をすすった。
中学2年の妹は、名前を鈴桐といった。目が大きく、幼い顔立ちをしていて、身長が低いので、よく小学生に間違えられる。妹と私の部屋は同じで、部屋の中央には、テープが貼られ、それで仕切っている。
「どうやって入ったの?」
鈴桐は、可笑しそうに笑った。
「ベランダから」
「よじ登ってきたの?」
私が、驚いて尋ねた。
「ううん。外にあった梯子かけてきた」麦茶を置いて鈴桐は答えた。「お姉ちゃんは、今何やってるの?」
「お昼ごはん食べてきた。鈴桐は、どうするの?」
私がそう言うと、彼女は床に置いた、プラスチックの袋を指し示した。
「さっき、コンビニで買ってきた。おにぎりとサラダチキン」
「そう。じゃあいいんだけど」
そうして、私はさっき取り残したノートの前に座った。
次の問題は、ベーキングパウダーだった。
ベーキングパウダーは、炭酸水素ナトリウムを主成分としたものだ。衣に、ベーキングパウダーを使うと、ふんわりと膨らみ、やわらかい食感になるのだ。
「ところでさ、さっきコンビニでお姉ちゃんの友達に会ったんだけど」
「誰?」
振り返らずに、尋ねる。
「友達の、田多さん」
「本当?残念だな、久しぶりなのに」
私は、顔を上げずに、独り言を言った。
田多理利は、私の小学校時代の友達である。中学校に入って、学区外だった為、理利は別の学校だった。
顔は丸顔、目は大きくて、眼鏡をかけていた。違うクラスだったが、身長は、私と同じくらいだったので、並び順でいつも顔を見合わせていた。
「そういえば、もう一人女の人いた。すごい美人の」
妹は、食べながら話しているようである。
その時、下から電話の呼ぶ音がした。
私は、急いで階段を下りる。
「ただいま、留守にしております」
間に合わずに、留守電に入った電話に、声が聞こえた。
「もしもし、私、理利」驚く私に、電話越しの花実の声が続く。「相談したいことがあるんだけど、今度会えない?」
私が、慌てて受話器を取る。
電話はツーツーと空しい音を奏でていた。
「どうしたんだろう」
私はなんとなく不安になって、受話器を見ている。
ぼんやりしていると、妹が下りてきた。
「お姉ちゃん、誰から?」
「うん、理利から」私は、妹の顔を見つめた。「相談したいことがあるんだって…」
「ふうん」と鈴桐。「お姉ちゃん、ところで…」
その時、2階からガタッという音がした。
―まさか
私たちは顔を見合わせて、こっそり、テーブルに歩み寄り、布を上げると、その下に隠れた。
音の主は、段々、階段を下りてきたようだ。
「まったく、手間かけさせやがって」
低い女の声である。
「まあまあ」男の喋る声が聞こえる。「さてと、何処にあるのだろう?」
不審な2人は、1階を物色しているようである。
私たちは、どきどきしながら、静かにしている。
「おっと」男が何かに気が付いたようである。「これだ、これだ」
人が動くような音がして、2人はドタバタと出て行く音が聞こえる。
そっとテーブルの下から出る、私と鈴桐。
「よかった」
女の声がして、見上げると、私の見知った顔でない男と女が立っていた。
「2人とも早くして」
男の方に手を引かれる。
「どなたですか?」
私は吃驚して、尋ねる。
「君の近所の小説家」彼は時計を見た。「時間がない、とりあえず、君らも来てもらおう」
私と妹は顔を見合わせた。
「分かった」と私。
彼らの話にのることにしたが、いったい何が目的なのだろう。
そんな謎をよそに、私たちは家を出て行った。