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荒ぶる魂にチョコを添えて

作者: まるだまる

バレンタイン企画の短編です。関西弁が苦手な人はごめんなさい。

少しばかり加筆いたしました。

 今日はバレンタイン。


 あの人に渡したい。この気持ちを伝えたい。

 もう何か月も前から考えていた。


 体育祭の時も、文化祭の時も、クリスマス行事の時も、勇気が出なかった。一歩が近づけなかった。


 ただ遠くから眺めていただけ。


 今日も足が震えてる。空気が乾燥して唇が渇く。

 寒さに震える手で、少しでも可愛いところを見せたいから、少しだけグロスの入ったリップを塗る。


 どうやって声をかけようか頭の中でシミュレーション。

 ――大丈夫。ただ渡すだけだもの。それ以上は望んじゃいけない。

 きっと、受け取ってくれるはず。

 きっと照れて、「ありがとう」って言ってくれるはず。

 

 そう、儚く思ってた――



「これ、貰ってください」


 待ち焦がれた彼に声をかけ、私は震える手で小さくラッピングされたチョコの入った包みを差し出す。


「知らない人から物を貰ってはいけませんと親から言われてるので」


 そう言って彼は足早に立ち去る。


『おい、兄ちゃんちょい待てや!? 

 今時なんじゃ、そのいい訳は。

 わしのことが気に入らんのやったら、最初からいりませんって言えや!』

 

 はっ!?――いけない。


 私の荒ぶる魂が目を覚ましかけてしまった。

 こんなところでお父さんの血筋が出てしまうなんて、いっそ縁を切りたい。

 

『ほう? わしを倒せるもんやったら倒してみい』


 おのれ妖怪、あんたなんか封印してやるんだから!

 こうして私は拳を握りしめて荒ぶる魂に殴りかかって――


 ――脳内で戦いをしている場合じゃない。


 つまらないことで時間を取られた。

 私は必死に彼を追いかける。

 良かった。彼の背中がまだ見える。

 今ならまだ間に合う。


 渡すだけでいいの。それだけでいいの。

 

「あの……度々すいません。これバレンタインのチョコなんです。お店で買ったものですけど、貰ってもらえませんか?」

「……どこのお店で買ったんですか?」

「駅前の百貨店の地下にある洋菓子屋さんです」

「ああ、結構な品数が揃ってるお店ですね。あなたお目が高いですね」

「いえ、そんなお目が高いだなんて」

「それじゃあ」

「はい、それでは…………ふふん♪ お目が高いって言われちゃった~♪ ――――ちっがああああああああああああああああああああああう!」


 思わず絶叫した私。

 

『おい、ちょい待てや!

 売ってる店だけ聞いておさらばってどういうことやねん!?

 人が何日も悩んで色々な口コミ聞いて厳選してきたチョコやぞ?』

 

 ――あああああああっ!!!


 またもや、荒ぶる魂が!!!


 素子、封印するの。

 荒ぶる魂を表に出てこないように封印するの!

 私は自分に必死に言い聞かせる。


 あの荒ぶる魂は世に放ってはならないもの。

 あれが世に放たれた日には私の人生が詰んでしまう。

 

「あの、すいません!!!」


 私は三度、彼に声をかける。

 もう半分やけだ。


「さっきから慌ただしい人ですね。僕は知らない人から物を貰えないと言ったでしょう」

「あの、私、同じ高校の2年A組の白雪素子しらゆきもとこと言います。明神大地みょうじんだいちさんにバレンタインのチョコを貰ってほしくて持ってきました」

「……初めましてというのもおかしい気がしますが、2年C組の明神大地です。同じ高校の人だったんですか?」

『おう、兄ちゃんわれの目は節穴か?

 今、わいは制服着とんねん。

 何か? コスプレや思てたんか?

 どう見ても同じ高校のやろが!

 いい加減にせんといてこま――』


 ――えい!


 ふう、これでしばらく荒ぶる魂は出てこないはず。

 ああ、いけない大地君が怪しげな目で私を見ている。


「……学校であなたと絡みはなかったと思うんですけど?」


 大地君は首を傾げて聞いてくる。いやん可愛い。


「……はい、おっしゃるとおりです。ずっと遠くから見てました」

「……遠くってどのくらい?」

「……通路からとかです」

「それ結構近いですよね?」

 

『うらぁっ復活や!

 おい、兄ちゃん比喩って知ってるか?

 ものの例えっちゅうやつやな。

 ほな何か? 遠く言うたらアメリカとか言わなあかんのか?

 そらおかしいやろ~。アメリカから見えへんわ。

 いくらなんでもそらおかしいでぇ――』


 ――――死にさらせ!

 

 はぁはぁはぁ――封印できたと思ったのに、まだ封印できていなかったか。

 

 というか、明神君が荒ぶる魂の反応するようなキーワードを出してる気がする。

 何というか、その突っ込みどころ満載なのは危険なのよ。

 これ以上長引いたら危険な気がしてきた。


「あの……貰って貰えないでしょうか?」

「……僕は貰ったらどうすればいいんでしょうか?」


『普通に食べたらええねん!』


 ――――おらあああああああっ!


 今回は早目に対処できたわ!

 この感じ忘れないようにしなくちゃ!


「……あの、実は僕。今まで貰ったことがないんですよ」

「え? もしかしてこれが初めて?」

「いえ、全部お断りしてたので」


『どんだけ呼んでくれんねん!!


 兄ちゃんそれ自分がモテモテやって言いたいんか?

 こっちはな、一生懸命少しでも可愛く見えるようにメイクまでしてんねん。

 わいの覚悟を切り捨てる気か?

 おう、やってみい、相討ちねらったるわ――」


 ――消え失せろ! 

  

 危ない。軽いショックで荒ぶる魂に自由を与え過ぎた。


 そっか、今まで全部お断りしてたんだ。

 そうだよね。学校でもモテてるもんね。

 じゃあ、私のも貰って貰えないのかな?


「でも、あなたは面白い人ですね? 今まであなたみたいな人見たことないですよ」

「え?」

「一人で凄い関西弁を使って一人芝居なこともしてるし」


 私は一気に血の気が引いた。

 もしかして…………とっくに漏れてた?



 …………終わった。



 …………私の人生詰んだ。



 私はフラフラとしながらも、この恋にお別れを告げようと彼に無理やりチョコを渡した。


「いらんかったら捨ててええから、これはうちのけじめやねん!」

 

 そう言うだけ言うて、うちは駆け出した。

 もう、うちと荒ぶる魂の融合は終わってたんや。

 

 縁を切りたいと思ても、体に染みついたもんは切りようがない。

 ガチガチの関西人であるおとんのせいでうちはいつも苦労する。

 ボケと突っ込みは基本やとか。

 関西人は人の言葉つかまえて話広げたらなあかんねんとか。


 そんなん知らんわ。


 空気が冷たい。もう日が沈む。

 このまま凍てついたろかな。


 うちの噂が高校中に広まるんも時間の問題やろ。

 もう、うちは高校で目立たんようにひっそりと暮らすしかない。

 

 今まで荒ぶる魂が暴れても表に出ることなんて、一度もなかったのに。

 何で今日やねん。何であの子の前で出るねん。


 そんなん――おかしいやろ。


 涙が止まらない。


 もう何もかもが嫌や。全然いいことあらへん。 


「……見つけた」


 聞いたことのある声に顔を上げると、そこには明神君がおった。

 随分と息を荒くして、彼の口からは白い息が上がっている。

 よく見れば制服からも湯気が見える。

 走って探し回っていたんやろか。


 誰を? ――どう考えてもうちやった。

 とことん嫌われたもんやな。

 まさか、追いかけてきてまでチョコ返すつもりかい。


「なんや? それ突っ返しにきたんか? あんたとことんうちを落とす気か?」


「あの、一つ聞きたいんですけど?」


「……うちにこれ以上何聞くねん?」


「……その、それって素?」


「はあ? あんたあほか? これがうちの素や。ガチガチの関西人のおとんのせいでこんな口調が癖になっとるわ。うちが今までどんだけ苦労してきたか分かるか? どんだけ関東の言葉練習してきたか分かるか? 分からんやろ。分かるはずがないねん!」


 最低や。完全に八つ当たりや。

 見てみい。明神君もびっくりしたような顔しとるわ。

 でも、ええねん。もう、どうなってもええねん。


「…………分かるで? ……僕もそうやから」


「へっ!?」


 明神君の口から出た言葉は、うちの耳によく馴染みのある発音やった。

 真似して使ったんやないと分かる、自然な関西弁。

 何で? 明神君生まれも育ちも関東やん。

 うちが驚いてるのを見た明神君は、「はぁ」っと、一つため息をついてだるそうに続けた。


「うちはおかんがガチガチの関西人でなあ。多分、あんたもおんなじやと思うんやけど。関西人はボケと突っ込みが基本やとか、土曜は吉本見なあかんとか、関西人は人の言葉つかまえて話広げたらなあかんねんとか、うちの前で関東の言葉しゃべったら家追い出すとか、小さいときから刷り込まれてるねん。人の事ほっとけや。うるさいちゅうねん。そんなん言うたかて、こっちで吉本やってへんちゅうねん。どこで見んねん」


「へ、へ? え?」


「は~、すっきりしたわ~。家以外でこんだけ話したん久しぶりや。……僕な、関東の女の子あかんねん。そら、話してきてくれるのは嬉しいで? でもな口調があかんねん。もうなんちゅうの? ぞわぞわするいうか。気持ち悪うなってくるねん。なんなん? あの子らの発音一体なんなん?」


 明神君が……あの大人しくて寡黙だった明神君が……同類?

 ほ、ほんまにそうなん? 荒ぶる魂がいたずらしてるんとちゃうの?


『してへんでー』


 まだ、おったんかい! あんた、うちと融合したんちゃうんかい!


『何でそんなんせなあかんねん?

 それよか、はよ聞かなあかんこと聞いたれや?』

 

 そうや、そもそも、なんで明神君はうちを追いかけてきたんや。

 チョコを返しに来たんちゃうんか?


「あ、あの? 言うてる意味と追いかけてきた意味がよう分からんようなってんやけど?」


「あんた、どんくさそうやから分かりやすく言うわ。あんたからのチョコ喜んで貰うわ。改めて自己紹介や。2年C組の明神大地や。生まれも育ちも関東やけど心は生粋の関西人や。こうやって関西弁で思いっきり話せる相手欲しかってん」

 

 そう言って、彼は私に手を差し出した。

 

『どやねん? わいのおかげちゃうんかい?』


 と、私の荒ぶる魂が問いかける。


 私は「そやね」と呟いて、彼の手を取った。 


 お読みいただきましてありがとうございます。

バレンタイン企画ということで、書き下ろしてみました。

2月14日追記

発音とか周りの環境に左右されるそうですね。

ところで、私にお嫁たんからのチョコが届きませんでした。

マジで忘れてたそうです。ちっくしょぉおおおおおお!  

  

  

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