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すれ違い姉弟  作者: 辻一成
第一章 それぞれの初日
9/9

第参話(姉サイド)

正直に言ってこの中等部でのスピーチについて私は少なくとも前向きでなはない。かといって断る正式な理由もないので仕方なく先生方の仰るまま承諾したのだ。このスピーチに私が前向きでないのは単純明快、影が聞くことになるからだ。私は小学生の頃から人前で喋る機会が多かった。というのも幼い時分、私はご多分に漏れず好奇心の塊のような子供だったので、小学校でなんでも挙手していたため、授業中での問題への解答を読み上げたり、授業中の制作物の発表等を積極的にしていたからだ。深くは語らないが、その流れで私は先生方から信頼を得られたようで、学級委員になり、さらに人前で公式に喋る機会が多くなったのだ。それを機に仕事で人前で話すことが多いという父や母にスピーチとは言わないまでもそれに準じたものの上手なやり方を教わったのだ。真面目に練習もしていたので、驕った態度だがあえて言うと、普通よりはスピーチが上手に出来ると思う。とはいえ、いくら回数をこなしても慣れないことはあるもので、私の場合それが影の前で話すことだ。大分前にお話した通り、今私は影とまともに話すことが出来ない状態にある。それはそもそも影の前だと意識してしまうのが原因であり、中等部の始業式でのスピーチには当然影がいて、それを知っている私はこれまた当然影のことを意識してしまうのである。それに、単純に私のスピーチを影に聞かれるのは恥ずかしいし、なんだか申し訳ない気分にもなる。普段からひどい態度をとっている私に、場の都合上仕方ないとはいえ「人に優しく」とか「仲良く」とかそういう自分が普段からできていないことをのうのうと語らなければならなくなってしまう。それを聞いた影はどう思うだろうか、とかきっと幻滅するのだろう、とか思えて、嫌になってしまう。そんな状態で上手なスピーチができるのかと不安にもなる。

そんな愚痴ばかり考えていたが、1度引き受けてしまったことを今更断ることも出来ないし、私が今すべきはとにかくできるだけ上手で、影に面と向かって言っても恥ずかしくないスピーチを全力でやりとげることだ。そう思い直して、それでもやっぱり重い足を中等部校舎へと向けた。

中等部と高等部の校舎の間には一応渡り廊下がかけてあるものの、そこまで行かずとも簡単に移動することができる。と言うのは、生徒会室が中高同じ場所を使うため、どちらにも出入りできるようになっているからだ。生徒会は基本的には全生徒に解放されているので誰でも出入りができる。このため、私たち生徒会はできるだけ私物を生徒会室に置けないという不便さもある(怜華先輩などはお構い無しに置いているけれど)。

明かりのついていない生徒会室を抜けると、高等部よりも構造上光が入りやすく、白い床や壁が光を反射して眩しいくらいの廊下に出る。落書きのあとがなく全体的につるつるとしている壁がなんだか可愛らしく思えるので、私は高等部校舎より中等部校舎の方が好きだ。暗いところにいるとただでさえ暗い性格が陽の光に耐えられなくなってしまう。

時間が不安だったので少し早足で体育館へと向かう。はっきりと中等部、高等部が別れているだけに高等部の生徒が中等部にいるというのは珍しく、生徒がいたら奇異の目で見られそうだがみなしっかり始業式の準備やクラスでの交流をしているようで生徒は1人も見当たらなかった。教室の前にあるぶつぶつとした画鋲をさすための緑色の壁をなぞりながら歩く。この感触は気持ちが良い。

体育館付近まで来ると、既にほとんどの生徒が体育館内に居るようで、ざわざわと声が聞こえてくる。体育館の周りは昔ペンキをこぼしたとかで汚い印象を受けるが、今見れば懐かしさに浸れるマークでもある。体育館前は入場待ちの生徒でごった返していたのでもう1階上へ向かい、ギャラリーの方から回ることにした。

体育館の通常入口は2階なので3階に上がることとなった。ここは階段の手すりが1部破損し、木がめくれている部分があったため補修の申し出をしておいたのだが対処が未だなされていなかった。これはよろしくない。後で先生方に問いたださなければ。

3階廊下、丁度陽の光が1番入ってくるあたりにトイレがある。音がしたかと思うと、そのトイレから女の子が1人出てきた。女の子もどうやら慌てているようだったが、私に気づくと

「おはようございます」

と挨拶をしてくれた。上靴の色を見たところどうやら2年生のようだ。影も2年生だし、同じ学園に通う生徒同士無下に扱う訳には行かない。それにこんなふうに普通に話しかけてもらえるのもあまりない経験だ。

「こんにちは」

できるだけ優しい声を心がけてみたり。

「あの、遠峰さんですよね!」

「ええ、そうですよ」

「聞いていたよりも綺麗で驚いてしまいました。」

「気を使わなくていいのに。」

「いえいえ、本心です!」

すごく良い子だ。是非影とも仲良くしていただきたい。

「あなた、お名前は?」

「高瀬秋音です!私、遠峰さんに憧れていたのでご挨拶させていただけただけでもとても嬉しいです。」

「私に憧れるなんて、物好きだね、秋音ちゃんは。あまり参考にしない方が良いと思うけど…」

「そういうところも含めてみんなの憧れの的なんですね…」

「うーん…っとそろそろ時間だ。ごめんね、お互い始業式に遅れちゃうでしょう。また会えたらお話しようね。」

「はい!」


回り道のおかげで思わぬ出会いをしてしまった。私に憧れるなんて変わった子だなぁ。高校生徒会の名前ってやっぱり中等部にも知られてるのか…。気をつけなければ。


 場面は変わっていよいよスピーチ本番。やっぱり人前に出るときは凛としていたいものだ。人目にどう映るかはわからないけど、自分で恥ずかしくないと思える姿を見せたい。たとえ虚栄であっても。

現在中等部の人数は全体で1000人弱だという。新学期初日だからほぼ全員がいるだろうし、その人数の前に立つことになるのだから自己満足でも自画自賛でもなんでもいいから自信をもてる要因が欲しいのだ。この学園に入学してはや4年、いくらたくさんのスピーチをしてきたとは言っても緊張はするものだ。今は頼れる生徒会メンバーも近くにいないことだし。

 さて、中等部に向けてするスピーチは高等部にしたものと内容に違いはほとんどない。中学生であろうが高校生であろうが生活していくうえで注意することに差などないからだ。もちろん表現に違いはあるが。今年私がするスピーチは正直自己啓発のようなものだ。つまり目標に向けた努力である。大したことではないが、実際に取り組むのは難しい問題だ。心の底から目標に対する飽くなき情熱が求められるし、目標を達成したあとのビジョンがなくてはたちまち立ちいかなくなってしまう。私の場合は影と仲良くなることが目標で、目標に対する情熱とは一種情動のような不純ではあるが純粋なものだし、目標達成後の私はずっと影とイチャイチャもとい協力しあって生活するという夢のような日々が見えている。己ができないことを他人に偉そうに言いたくはない。ここで高らかにこの種のスピーチをするということは公然に私は目標を達成する覚悟があるということを知らしめることを意味する。正直周囲の人を利用して己へのプレッシャーを強めようとしている感は否めないけど、実際目指すものがなんであれ大切なことなのでみなにも意志をしっかり持ってもらいたいというのも事実。そんな御託を並べ終わったところで、名前を呼ばれて壇上に上がる。階段を上るとき躓きかけたのは内緒。

 壇上から見る1000人弱の少年少女の姿は何度見てもやはり壮観だ。この中で影も私のことをみているのかと思うと少しドキドキする。でもここで影の姿を探し出してしまうともうスピーチどころではなくなってしまうのでなんとかこらえた。意を決し、小さく咳払いをしてマイクに向かってしゃべりだす。

「高等部生徒会長、高峰光です。今はこうして高いところからものを言っていますが、生徒の目線で学園の問題点を探し、考えることをモットーに日々活動しています。

 さて、あまり長い話には双方得がないので手短に。5分間だけ時間をいただきたいと思います。

この場にいる我々は今、学生としてこの場にいます。しかし、それはこの学園内にいるからであって、私たちの本質は学生ではありません。一度学園を出てしまえばそれぞれが個人として生活するわけです。私としては限られた学生としてのみなさんでなく、根っこのところにある個人として話を聞いていただきたい。今からする話は努力の話です耳に胼胝ができるくらい良く聞く話ではありますが、みなさんが今まで立てた目標は心の底からの目標だったでしょうか。本気になれる目標を立て、その目標に向かって己の身を削る、というプロセスは生半可なものじゃ意味がないし、つらいものです。先ず私は皆さんに目標を、一種己の夢だと思うものを心に決め、自分の存在意義なのだとおもえるくらい、図太いものをたてて頂きたい。図太いとはただ無駄に大きな目標ということではありません。自分自身をくじけそうになったときささえてくれる、ということです。これをやりとげるまでは死ねない、ってやつですね。その目標設定ができれば道が見えます。道のりは明日までかもしれないし、今年一年かもしれない。でも自分のすべきことが明確になっていくはずです。ただぼんやりと日々を過ごしていると、いつか必ず後悔する。恥ずかしながら私にもその経験があります。その愚かなタイムロスをしないよう、忠告させていただきました。大事なことはこれだけです。ただ指針となり、その道をたどっていけると思える目標をたてる。これをなるべく早く、今すぐにでも決め、これを決めてから好きなことをしてもらいたいと思います。多くは語りません。以上で私のはなしは終わります。自分のためになる一年を過ごしてください。」

 




 ふう、疲れた。今日の仕事という仕事はこれで終わりだ。特に帰ってからするころもないし一応生徒会室を覗いておこうかな。でも目標を掲げた一年の始まりだし、影を待ち伏せてみたりとか…。でもさすがにそんなこといきなりできない。恥ずかしいし拒否されたら怖いし…。とはいえそんな自分を変えるための目標なんだからここでしり込みしたらいけないのはよくわかっているのだけど。実際問題、いきなり姉の態度が急変したら相当怖いと思う。ただの姉だったら良いかもしれないけど散々いじめられてきた相手だからきっとよくない。私だっていじめっ子がいきなりやきそばパンを買ってきてくれたりしたらビビる。ということで生徒会室を覗いて帰ろう。生徒会メンバーもいるかもしれないし。

 かくしてまた真っ白な廊下を歩いているのだが、体育館での喧噪との落差からまた一層静かに感じる。昼に近づいてきたから日の光も強くなってきたし。なんとなくこの静けさは居心地が良いけれど。

 生徒会室前に来ると、中から何やら楽しそうな声が聞こえてきた。きっと先輩たちだろう。もうホームルームは終わったのだろうか。とはいえ特に何もないこの部屋で何をしているのだろう。あの人達が率先して仕事をするとはあまり思えないし。良くも悪くメリハリがついている人たちだからね。


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