第弐話(姉サイド)
私立光望学園において生徒会長始め生徒会役員は学校運営、主に行事などでかなり大きな役割を担う。中高一貫校ではあるが、もちろん中等部、高等部ではっきりと行事などは分けられており、高等部の始業式、中等部の始業式は完全に別々で行われる...筈なのだがなぜか私は高等部、中等部ともに始業式で生徒会長挨拶をしなければならなくなってしまった。正確に言えば私が去年高等部に進み、それから中等部の生徒会は3年間限定で廃止されることが決まった。そして私はなぜか1年生の身で、事実上学園全体の生徒会長となってしまった。正直荷が重すぎる。先生に問い質そうかとも思ったのだけど問うたところで何も結果は変わらないだろうから止めておいた。決して先生と話すことに慣れていなくて緊張してしまうから、とかそういう理由ではない。あくまで時間的効率が...。誰に対して言い訳をしているのだろう、私は。まぁ良い、とにかく高等部の始業式の準備を進めなければいけないのだ。幸い中等部の方は中等部の先生方が準備をしてくれるらしい。
さてさて、一旦学園の事情は置いておくとしよう。教室を出て気持ち早足で、またしてもなぜか他の生徒からの色物を見るような視線を受けながら体育館に着くと(早足だったのは視線から逃れたかったからだ。)既に他の生徒会役員は集まっていた。...と思ったが1人足りない...?珍しい、長を務めていおいて何だか嫌味のように聞こえるかもしれないが、私以外の生徒会役員は私より遥かに優れていて私が理想とするような人ばかりで正直私はこの生徒会に要らないのではないかと思わせるほどなのだが...。
「隙ありっ!」
「ひゃうっ!?」
声と同時に胸をまさぐられる感触。一応言っておくと私はこういう驚かすような行為とか、不意打ち全般に弱い。あかりは別だが。
「うーん、また成長したのか...おかしいな、春休みは2週間もなかったはずだけど...。このままじゃホルスタインも顔なしになっちゃうよ。」
「先輩、人の胸を牛と比べないでください。というか触りすぎです。もうやめっ」
止めて下さい...と言いかけた途端に触り方が一層激しくなった。
「とか言いながら喜んでるんでしょー?はぁ、良いなー良いなー、どうしたらこんなに大きくなるんだろーなー...」
うぅ、そろそろ辛い。もう止め...
「せいっ」
短く発せられた気合いの声とともに鳴り響く轟音、私の視界に長く結われたツインテールが飛び込んできた。と、同時に
「ぷぎゃっ」
という轟音に似合わぬ可愛らしい声を上げ、私の胸を好き放題にしていた先輩──生徒会書記、今年高等部3年生になった新垣遊佐先輩が地面に倒れ伏した。新垣先輩は何と言うのだろう。凄く頭が良い。私のように勉強ができるというより、いやもちろん勉強も出来るのだが何というのか、科学者的な頭の良さがある。頭が良いからこそ変わっていて先程のような奇行をすることもしばしば。容姿としては凄く幼い。うん、幼い。ツインテールは上の方で結われていて、そしてそれが凄く似合ってしまう。パッと見では絶対に高校生には見えない。本人は全く気にしていないように振舞っているけれど実は体が小さいことをすごく気にしていて、そう言われると結構ショックを受けるらしい。実は初めて私が遊佐先輩と会ったとき、小学生が校内に迷い込んでしまったのだと思い、小学生への態度で話しかけてしまった。激しく後悔と反省をしていた。最近ではもっとしてやろうかと思うこともある
「遊佐ちゃん、光ちゃんの胸が大きくて貴女が羨ましがるのは良くわかるけど、ちょっと度が過ぎるよ、光ちゃん、顔真っ赤にしてすごい顔になっちゃってたし...。」
「私そんな顔してましたかね...」
「うん、写真見る?」
「なぜ撮った、もう一度聞こう、なぜ撮った。」
「光ちゃん、怖い怖い。そんなキャラじゃないでしょ、貴女。」
「まぁ良いです、ともあれ先輩の、あぁ、遊佐先輩の暴走を止めてくれてありがとうございました、毎度のことですが、助かりました。」
「いえいえ、なんだか私の生徒会内での仕事がそればっかりになってきている様な気がしないでもなくて少し、いやかなり不安を感じているので今年こそはもっと私に事務的な仕事とか、生徒の統率役とかさせてくれても良いのにとは思ってるけどどういたしまして。」
この少し闇が今見えかけたけど基本的にお淑やかな態度をとる彼女は生徒会副会長、遊佐先輩とは幼なじみの九龍青葉先輩。すごくスタイルが良くて、私よりも身長も、なんだか言いづらいけれどとても珍しく胸も大きい。髪型はショートカット。先ほど遊佐先輩を倒した(?)のは彼女が嗜んでいたテコンドーの技で、その長い脚を活かしてかなりの実力をつけたらしい。噂では大会に出ると相手が棄権するレベル。髪を短くしているのも格闘技のときに邪魔になるかららしい。お淑やかな態度と全く似合わない。因みに本人は九龍という苗字がなんだか怖いイメージがあって嫌らしい。もちろん武道を嗜む者として遊佐先輩にもしっかり手加減をしていた筈...多分、きっと、うん、大丈夫...だよね?遊佐先輩ぴくりとも動かないけど...。だっ、大丈夫だね。うん。そういうことにしておこう。
「まあまあそんなのは置いといて、香ちゃんにも早く挨拶してきなさいな。」
これまた上品な声で青葉先輩が言う。
「今この人さらっと幼馴染のことそんなのって言った。」
「御託は良いから早く。」
怖い。この人怖い。新学期早々怖い。怖いので従っておこう。
「香ちゃん、おはよう。ごめんね、変なの (遊佐先輩)に絡まれちゃって。」
「おは・・・よ。だいじょぶ。」
新学期もいつも通りかわいいなあ。この子は。静かで。まともで。
「今失礼なこと考えてなかった?」
青葉先輩なんで分かるんですか。思考さえ読まれるなんて。
「なんとなくよ。なんとなく。」
「ほんとにすごいですね!私もテコンドーやろうかなあ!」
半ばやけくそである。
「あなただって十分強いじゃないの…」
「思考が読めるような特殊能力は持ち合わせていません!それに私はか弱い乙女なんです!」
「あの…あの、喧嘩…よくないと思います。」
消え入りそうな声で私たちの会話を諫めようとする香ちゃん。
「いや、喧嘩じゃないのよ。香ちゃん。だからそんな心配しないで。」
「何言ってるんですか先輩。香ちゃんが喧嘩だっていうんだから喧嘩なんです。そして謝ります。すみません先輩。」
「光ちゃん、いつもと性格違いすぎない?何かやなことでもあった?」
「しいて言えば新学期早々愉快な仲間たちの悪ふざけがすぎることです。」
「それ遊佐ちゃんだけじゃないかな、私をまきこまないでくれる?」
「あの,,,お仕事。」
「先輩、お仕事です。いつまで話してるんですか。しっかりメリハリはつけてくれないと困ります。」
「香ちゃんに対して甘すぎる私に対してきびしすぎないかなあ!?」
先輩が嬉しそうな悲鳴をあげたところで楽しいお話はいったんお終いにして、香ちゃんこと七瀬香ちゃんについてお話したい。このハチャメチャな生徒会において常に冷静に私たちを支えてくれている二年生。役職は一応会計となっている。今まで一応全員の役職を紹介してはきたが、少なくとも光望学園高等部生徒会において役職で仕事を分担することはない。私は恐縮ながら会長職なので人前に出ることが多いが、さまざまな指示はみな出し合っているし、会計としての仕事、書記としての仕事もみなでやっている。言ってしまえば、香ちゃんはコンピューターに弱いし、手計算も苦手としているので実際はあまり会計の仕事をしていなかったりする。その分、この生徒会の収拾をつけたり、仕事を明確にしたりとかなり大切なことをやってくれている。個々が仕事に忙殺されないのは香ちゃんのお陰だと思う。そんな香ちゃんだが、先ほどの言動からもわかるとおり、積極的に声を出したりすることが苦手なのだ。なのに生徒会に入った理由は中学生の頃から要職につき、その責任をしっかり果たしてきたということで周囲や教員から熱い推薦を受けたからだという。しかし、彼女が言うには「全部私の知らないところで決まってました…」
だそうだ。挙句、
「立候補なんてしてないのに立候補者名簿に名前がありました…」
とだけ言い残して生徒会選挙の演説舞台から姿を消したという伝説を残している。そんな彼女が無事(?)当選できたのはそもそも信任投票だったことと、彼女の行動は一種のパフォーマンスだと受け取られたかららしい。彼女自身は絶対に当選しないだろうという自信があったらしく、いざ生徒会の顔合わせの日には顔面蒼白、正に悲壮というような表情を浮かべていた。この話はもしかしたらいずれすることがあるかもしれない。何はともあれ、彼女は他のメンバー(私を除く)に比べ特異な点がある訳では無いが、持ち前の面倒見の良さと冷静さで私たちを支えてくれている。ここまで聞くだけでは不幸な優秀少女だが香りちゃんについてまだ述べなくてはいけないことがある。それは彼女が圧倒的「ゆるふわ」だということだ。まず髪型、ゆるふわのカール。まさにゆるふわ。かわいい。さらに150センチに満たない身長。眠たそうな目。愛らしい。そして性格に関して。基本的に冷静な彼女ではあるが、あまりにも不測な自体、たとえばホラーとかそういうのを見ると途端にダメな子になってしまう。普段の彼女は冷静沈着だと繰り返し言っているが、それだけではない。基本的に彼女には少し抜けているところがあるのだ。たとえば、何も無いところで躓いたりとか。俗ににいうドジっ子というやつだ。加えて、いつも眠たいらしくよくあくびをしている。仕事中に居眠りをしてしまうこともしばしば。そんなふうに公私のバランスが取れているから、とても関わりやすい。一見普通な彼女ではあるが、それは1種の才能だろう。
「光さん…玲華さんは先にマイクの準備とかしてるって…それで、ステージ裏にいると思います…」
「ん、ありがと。」
そう言って香りちゃんの頭をくしゃくしゃと撫でてあげると目を細めて私の手に擦り寄るようにしてきてくれた。本当に愛らしい。この可愛らしさは影に近いものがある。だからといってここで影と香ちゃんのどちらがかわいいとか比べるつもりは全くないけれど。
あまり仕事をしないと怒られてしまうのでステージ裏へと向かうべく、ステージの上方からかかった階段を登り、広すぎるほどのステージの袖へと向かう。この学園のステージは、初代理事長の意向でオーケストラが置けるほど広く作られている。実際にオーケストラが今でも年2回公演をしている。
ステージ袖から鉄製の年季の入ったドアはギギっと音を立てながらゆっくりと開いた。ステージ裏には、吹奏楽部や軽音部が使う楽器が所狭しと置いてあり、マイク等の放送機器はそのさらに奥にある。楽器を傷つけないよう、ずらしながら奥へと進むと既に仕事を終えた玲華先輩が長い足を組んで少し高い椅子に座っていた。座っているだけで絵になる麗人である。一見小難しいように見えるが、
「おぉ、光ー!おはよー!」
「はい、おはようございます。玲華先輩。」
「なに朝から疲れてんのさぁ、ほれ、シャキッとしなさい、シャキッと!」
そう言って私の頭を青葉先輩に負けず劣らず豊満な胸に抱きかかえる。先輩は楽しそうに笑っている。高校生2人がこんな風にじゃれあっている姿を見られたら恥ずかしそうだ…なんて思いするけどこう人に甘えることはないので照れ臭いが嬉しいものだった。駄目になりそうだ。
「光い、ふにゃっとしてるとこ悪いけどお姉さんに何か言うことは?」
「はっ」
我に帰った私に今度は少し意地の悪い笑顔を向けてくる先輩。こほんっとわざとらしい咳をついて素直に感謝の念を述べる。
「先輩、お仕事ありがとうございます。」
「そんなに堅苦しくなくても良いけどもう全然抜けないもんね、それ。良いよ良いよ、気にしなくて。光はあとで始業式のスピーチもあるしね。あの愉快な2人には軽くお灸を据えておくけど。」
2人とは恐らく遊佐先輩と青葉先輩のことだろう。香ちゃんには皆文句を言わない…というか文句のつけようがない。もう少し仕事に関しても抜けているところがあっても良いくらいだ。
「多分今日の始業式の準備とかはもう終わってるし早くこの狭くて暗い部屋から出ようよ。結構暑くてさぁ。」
「そうですね、失念してました。行きましょう。」
「敬語やめてくれても良いのになー。」
「難しいで…難しいね?」
「まぁ無理にとは言わないけど。」
玲華先輩はその名の通りどこか近寄りがたい、冷徹で、れど華やかな雰囲気を纏っている長身、痩身の麗人である。まさに女性の目標のような人。だがそのルックスに反して実際は非常に気さくで、誰とも分け隔てなく関わるような人だ。ただ、その態度から男子生徒からは「紛らわしい」とか「勘違いさせる」という苦情(?)が絶えないらしい。私でもドキドキしてしまう玲華先輩だ。期待してしまうのも無理はないだろう。私もこんな女性になれたら影と仲良くなれるのかな…なんて思ったりもする。
改めて玲華先輩のことを紹介しよう。氷洞玲華先輩、三年生で生徒会では会計を担っている。彼女もまた、その人望から多数の推薦があって生徒会役員になった人だ。香ちゃんと違って生徒会役員になることには乗り気で、選挙のときも凛とした態度が印象的だった。これは余談だが、今年の生徒会選挙は全て信任投票だった。というのもただでさえ生徒会役員など立候補する者が少ないうえに今年は特にレベルの高い選挙となってしまったので他の生徒は手を引くこととなったのだろう。この生徒会選挙を見守る私は本当に胃が痛かった。こんなにも素晴らしい人たちをあまつさえ自分より下の役職に迎えることになってしまうとは恐れ多いにも程があった。今でも私が入学式の日、理事長から生徒会長への推薦をいただいた理由が釈然としない。スピーチひとつで生徒会長という重要な役職を決めるほど理事長も浅慮ではないと思うのだが…。あぁ、もやもやするなぁ。
「光ーどした?」
「ひぇっ、いえ、なんでも!」
先輩がいきなり顔を覗き込んでくるものだから驚いて声が裏返ってしまった。その様子を見て先輩はまたニヤニヤしている。
「光は可愛いなぁ、全く。」
そんなことを言われると恥ずかしい。
「あふぅ…」
「顔、真っ赤だよ?」
「あんまりからかわないでください!」
「からかってなんかないのに。」
むぅ。掴めない人だ。
「あはは、怒んないでよー」
「怒ってなんかないでーす。」
「こいつぅ」
そう言ってほっぺたをつついてくる先輩。1つしか年が違わないのだろうか。圧倒的にお姉さん……というか大人に感じる。この人の前にいると自分がやけに子供に思えてしまう。そこに不快感はないけれど不思議な感じがする。
「で、いつになったらこの部屋から出るのかな?」
「あぁ!ごめんなさい。考え事してたんです。」
「全く。しっかりしてるんだかしてないんだか。ちょっと香ちゃんに似てるよね。」
「私はあんなに可愛らしくないです。」
「誰も可愛いとは言ってないんだけどなー。」
「っ!そんなことより!早く出ましょう!」
「顔から火が出そうだよ?」
「気のせいです!」
すぐにペースを持っていかれてしまう。いじわるな人だ。まったく。
「そろそろ時間なので放送してみんなに集まってもらいましょう!」
ステージ裏の部屋から出て、ステージにとどまったまま香ちゃん、伸びている遊佐先輩、遊佐先輩を踏んづけている青葉先輩に声をかける。
「はーい。」
と青葉先輩が普段より大きな声で返事をしてくれる。
3人にもステージに上がってもらい、全校のスピーカーに繋げたマイクで放送する。アナウンスも私の仕事の一つである。
「全校生徒のみなさん、おはようございます。そろそろ始業式が始める時間ですので、1年1組から順に、譲り合って体育館へと向かってください。」
こういう行事の際、光望学園では少なくとも私が入学した頃から、教職員はあまり手を出さないようにしているらしい。なんでも私たちがやるより生徒会に任せた方がうまくいくから、だそうだ。不満はないがそれで良いのだろうかと一抹の不安を抱かなくもない。とはいえ、このメンバーなので信頼を置かれているのだろう。何せみな超がつくほど優秀なのだから。私もほんとうにお世話になっているし、頼りにしている。
さて、放送に従ってみな体育館へと集まり、1年生から1列に並んでいく。自然と列が整うのはこの学校の質の高さからだろうか。仮にも自分が長を務めている学校のことなので、やはり誇らしい。肝心の始業式だが、司会は玲華先輩に。申し訳ないがその他の雑務は香ちゃん、いつの間にか復活した遊佐先輩、青葉先輩におまかせした。本来は私がしたかったのだが会長挨拶ということでスピーチをしなければなかったので間化せざるを得なかった。
校長挨拶等、特に問題なく始業式は終わった。私のスピーチもみなを退屈させることはなかったようで、拍手をいただくことができた。毎度毎度、本当にホットする瞬間だ。これで高等部の始業式は終わり、私はこのあとまたなぜか頼まれてしまったので中等部の方の始業式でもスピーチをすることになっている。
「お疲れ様ー光ちゃん。」
と青葉先輩。
「ほんとにいつもいつもスピーチ、すごいよね。」
と惜しげなく褒め言葉を頂いた。
「ありがとうございます。自覚はないんですけど…」
何度も繰り返したやり取りで謙遜しすぎるのも嫌味ったらしくなってしまうと思い、素直に喜びを口に出すことにした。
「うーむ、自覚がないってのも罪なものよねぇ。」
先輩はまったく問題にしていない表情で、セリフだけそう言って見せた。一応手も顎に当てて考えているようなふりをしてみせている。
「次は中等部でのスピーチでしょ?後片付けは私たちがやっておくから頑張ってやってきなさい。」
「はい、ありがとうございます。他のみんなにもお礼を伝えておいていただけると嬉しいです。」
ほんとうは一人一人に1度挨拶をしたかったが、明日も会うことになるし、時間に余裕もなかったので青葉先輩に言伝を頼んでしまった。
「はーい、任せておいて!じゃぁ、今日のところはこれでバイバイして。また明日ね。」
「はい、また明日!失礼します!」
こうして新学期初の私の仲間たちとの仕事は終わった。