92 冬知らずと吹雪
熊と言えば三毛別の熊嵐を思い起こしますが、熊のように冬は寝てすごしたいものです。
「サムウオって、どんなお魚なんですか?」
村の店で買った菓子が入った紙袋を大事そうに抱えたラウニは、宿に帰るなりホールで寛いでいたヒルカに駆け寄って尋ねた。
「寒魚?お店で聞いたのね。丁度良かったわ、今夜は寒魚のお料理にするからね。揚げ物から煮物までいろいろあるから楽しみにしていてね。今、ウチの人が下拵えしているわ」
ヒルカはラウニにやさしく答えた。
「明日でも釣りに行こうか?」
床に座り込んでビブの相手をしていたシャルが顔を上げてラウニに尋ねかけた。
「でも、難しいんじゃないですか」
ラウニが心配そうな声を上げた。
「この辺りじゃ、子供の冬遊びの定番だから、難しくないよ。道具も貸出し用があるし、今着ているコートの上に羽織る防寒マントもあるからね。ちょっとした山の上にあるけど、避難小屋もあるし、子供の足でも行けるから。そんなに心配いらないよ。」
ラウニの不安を払拭するようにシャルが明るく答えた。その声の調子が面白かったのかビブがキャッキャッと笑い声を上げた。
「でも、ビブちゃんにはちょっと早いかなー、来年一緒に行こうね」
シャルはビブに頬ずりしながらうっとりとした表情を見せていた。
「是非とも、お願いします。貴女たち、いいでしょ?」
ラウニはシャルの言葉に確信を得たのか、有無を言わせぬ調子でネアたちに尋ねてきた。
「ウチも楽しみだよ。いい経験になりそうだし」
ラウニの言葉にフォニーは元気良く答えた。一方ネアはちょっと考え込んでいた。
「釣ったその場で食べられるのかな・・・」
ネアの言葉にヒルカはクスクスと笑い声を上げた。
「せっかちな食いしん坊さんね。ええ、携帯ストーヴを持っていけばその場で焼いて食べられるわよ。釣れればね」
「姐さんたち、これは行くしかありません」
【これで酒が飲めれば言うことなしか・・・】
おっさん的なことを考えながら、ネアもラウニの意見に賛意を示した。
「あれ、レイシーさんとドクターは?」
フォニーはビブの母親の姿がないのに気づいてシャルに聞いた。
「今は、ドクターと一緒にお風呂に入っているわよ。ビブちゃん、もう少し待とうねー」
シャルがぴぷをあやしながらフォニーに答えた。
「仲が良いねー」
「私も・・・そうなれれば・・・」
先輩方は何かを想像している様でラウニは半ばあっちの世界に入り込んでいるように見えた。
「明日、お弁当作ってあげるから、シャル、ラウニさん達をガイドしてあげてね」
ヒルカの言葉にシャルは頷くと
「ビブちゃん・・・、明日は一緒に遊べないけど・・・、ごめんね」
ちょっと寂しそうにビブに語りかけ、ぎゅっと抱きしめていた。
ネアたちがホールでコートを脱いでいると、お湯でホコホコになったドクターとレイシーがニコニコしながら入ってきた。
「ビブ、おりこうさんにしていたかなー、シャルおねぇちゃんに迷惑かけなかったかな?」
レイシーは、温まった身体でシャルからビブを受け取るとその小さな身体を愛しげに抱きしめた。
「随分と毛艶が良くなったみたいですな」
ラスコーが厨房から出てきてレイシーを見ながらニタリと笑った。
「・・・」
ラスコーの言葉にレイシーはちょっと俯いて恥ずかしそうに視線を外した。
「相変わらず、お主は品がないのう」
レイシーを庇うようにラスコーの前に立つとドクターは呆れた様な口調でにらみつけた。
「図星かい?」
「お主、周りをちと見てから口を開け、ここにはまだ幼い子もおるんじゃよ」
ドクターはネアたちをチラリと見た。ラウニとフォニーはこのやり取りがさっぱり分からないといった状態でぽかんとしていた。ネアはため息をついて軽く頭を振って、呆れたようにラスコーを見つめていた。
「ちょっと、難しかったかな・・・、誰かさんを除いては・・・」
ラスコーは照れ隠しに笑いながらネアをチラリと見た。その時、いきなりラスコーが悲鳴をあげた。
「あ な た、お話があります、来てください」
ヒルカがニコリともせずラスコーの耳を引っ張って厨房に消えていった。
「ねぇ、ラウニさっきの話し、なんでラスコーさんが怒られたのかな、あのお風呂に入ったら、うちらも毛艶が良くなるよね」
フォニーがラウニの袖を引っ張りながら尋ねた。そんなフォニーに戸惑った様子を見せながらラウニは口を開いた。
「私にも分かりません。・・・ネアは分かりますか?」
ラウニはフォニーに答えると、いきなりネアに振ってきた。ネアとしては勿論、大人のやり取りの意味を知っているが、そこをそのまま答えると立場的に不味いと判断して、首をかしげてラウニ答えることにした。
「レイシーさんに聞いてみましょうか?」
真剣に考えながらラウニが最悪の行動方針を示したのを聞くとネアは彼女の袖を引っ張ってその行動をとめさせようとした。
「それだけは、絶対にダメ」
「本人に聞くのが一番だと思うけど、なんで?」
フォニーも不思議そうな表情でネアに尋ねてきた。ネアはちらりとレイシーを見て、彼女がまだ恥ずかしそうに俯いたままであることを確認すると
「ダメです。それより、さっき買ったお菓子を食べませんか。お茶はヒルカさんがポットに入れてくれているし、早く食べてみたいです」
何とか、話題をそらせるように行動を起こした。さっとテーブルに着くと手にした紙袋からさっき買ったクッキーやら飴玉を戦利品のようにその上に並べ出した。
「ヒルカさんの言うとおり、せっかちな食いしん坊だね」
「そうですねー、私も食べたいですから」
2人が乗ってきたのを確認するとネアは小さなため息をついた。そんなネアをドクターは遠目に見ながら、女神様が遣わした子は違うものだなと妙な感慨を持っていた。
「ビブちゃんもお姉ちゃんになるのかなー」
ネアが必死の努力を完全に潰すようなことをシャルが口にしたが、先輩方はさっき買ってきたお菓子に夢中になっておりその効果は発生しなかった。
翌日の朝、今まで鉛色だった空は、吸い込まれるような青になっており雪原が照らされて目に痛いぐらいであった。寒雀の如く着膨れした侍女たちは、慣れた様子で雪道をずんずんと進むシャルの後を滑ったり、時にはこけたりしながらついていった。裏の山の湖とはかつて火口だった場所に雨水などが溜まってできた火口湖であり、その火山の名残がネアたちが堪能している温泉であった。火口湖までの細いつづらおりの道には、既に先客がつけた足跡が数名分あり、その足跡をトレースするように1時間程度登ると河口を釜に例えるならその一角が割れたような場所に辿り着いた。湖はちょっとした球技場程度の大きさで一面凍りつき、その上に雪が積もっていた。
「ここがヨッゴの湖、充分な厚さの氷だから、乗っても大丈夫よ。でもね、奥のほうは下から温泉がわいていいて薄くなっているから行かないようにね。あそこにある打ち上げられたボートが目印だから」
シャルは対岸に打ち上げられ何とか原型を保ちながら半ば雪に埋もれているボートを指差した。
「先客がいるみたいですね・・・、あいつら・・・昨日の面倒臭い連中だ・・・」
ネアが湖の真ん中辺りで6名ほどの子ども達がやかましく釣りをしているのを見つけて目を細めてそれが何者かを確認すると吐き捨てるように呟いた。
「あ、アイツらね、この辺りの悪ガキどもだよ。気にすることはないよ。口だけで何もできやしないんだから」
シャルはネアの言葉に鼻先で笑うと、凍った湖の上を歩いて行き、真ん中あたりで肩にかけていた荷物を下ろした。
「この湖のほとり、さっき入ってきたところに避難小屋があるから、吹雪いて来たらあそこに避難するのよ。大人が20名ぐらい余裕で泊まれるから小屋って言っても大きいけどね。ラウニさん、その鞄に突き棒が入っているから、この氷にガシガシ差し込んで穴を開けるの。ちゃんと紐を手首に括りつけておいてね。そうじゃないと水の中に落ちちゃうから」
シャルは侍女たちにてきぱきと指示を与え、氷に穴を開けると小さな釣竿に仕掛けを付けて行った。
「これは、慣れが必要だからねー、あまり勢い良く振り回すとからまったりするから注意してね。もし、釣り針が刺さったら無理に引っこ抜かないこと、ちゃんと針の向きを考えてね」
シャルが一通りの注意事項を述べて、それぞれが釣り糸を垂らしだした頃、例の面倒臭い連中が目ざとくネアたちを見つけた。リーダー格の少年は犬族の少年に引かせたそりに乗って近寄ってきた。
「お、冬知らずがいるぞ」
昨日、そのネタでラウニをからかったリーダー格らしい真人の少年は飽きもせず同じネタを使ってきた。
「魚が逃げるから、黙ってて」
シャルが少年にキツイ調子で言うと、その少年はにたっと笑った。
「流石、混ざり物は言うことがキツイね。混ざり物と動物か・・・、丁度良い取り合わせだよな。しかし、そり犬すらいないとは・・・、ご苦労さん。おい、戻るぞ、さっさと引け」
少年は犬族の子に命令するとさっさとそりを引かせて自分達の釣り場に戻って行った。
「アイツ、絶対にモテないよ」
少年の態度にフォニーは牙をむいて吐き捨てるように言った。その横で、ラウニはじっと黙って釣り糸を垂れていた。
「ねぇ、ラウニ、腹立たないの」
フォニーはイラつきながらラウニに尋ねるとラウニは眠そうな声を出した。
「あんなのより、寒魚でしょ。アレは食べられないから・・・」
「そうね、しょうもないのに付き合ってていても時間の無駄だよね」
ラウニの言葉にため息つきながらフォニーも釣り糸を垂れた。その横でネアはそんな世間の動きにわれ関せずに静かに釣れる瞬間を待っていた。
「おい、大変だよ」
ネアたちを送り出してお昼の次官かと言う時、息を切らして犬族の男が宿に駆け込んできた。
「どうした?また、子供が出来たのか?」
呑気そうな声を上げてラスコーが厨房から手を拭きながら出てきた。
「出たんだよ。出たんだ・・・」
「もう産まれたのか」
「違うっ、冬知らずが出たんだ。でっかい足跡を裏山で見たんだよ。湖に繋がる道だ。シャルちゃんやお館の侍女さんたちも湖に行ってるんだろ、早く人を・・・」
犬族の男の言葉を聞いたとたんにラスコーの表情が険しくなった。
「分かった。いつもの連中を集めて武装させてここに集めさせてくれ、人手が揃ったらすぐに」
ラスコーが犬族の男に指示を与えている時にヒルカが買い物から帰ってきた。
「これから、天気が荒れるみたいよ。早くシャルたちに知らせないと帰れなく・・・、何かあったの?」
ラスコーたちの表情を見てヒルカの表情が強ばった。
「冬知らずが出おった。湖に向かっているらしい・・・。天気が荒れるのか・・・、避難小屋なら冬知らずも入ることは出来んから避難小屋に逃げ込んでいれば何とかなる。早く人を集めてきてくれ」
渋い顔で呟くラスコーの言葉を聞いてヒルカはその場に倒れそうになった。
「シャルが・・・、お館の子たちに何かあったら・・・」
ラスコーは泣きそうになるヒルカの肩をしっかり掴んでその瞳を覗き込むようにした。
「何も決まったことじゃない。あの子たちにはシャルがついておる。あのお館の子もしっかりした子たちだ。何とか切り抜けてくれるはずだ」
ラスコーとヒルカが深刻な話をしているところにワインで上機嫌になったドクターがやってきた。
「どうした、お主に似合わぬ深刻な表情で・・・、何かあったのか」
「ああ、冬知らずがシャルたちのいる方向に向かっているようなんだ。これから人を集めて助けに行く、すまないが、けが人が出たときには頼んだぞ」
ラスコーがいつものふざけたような調子ではないことに事の深刻さをドクターは悟った。
「わしも行くぞ、斧はいつでも持っておるからな」
「待ってくれ」
すぐさま斧を取りに行こうとするドクターをラスコーが押し留めた。
「怪我や寒さでやられたのを何とかできるのはお前さんしかおらん、ここは宿で待っていてくれ。ネアさんたちのことは、何が何でも助け出す」
「しかし・・・」
ラスコーとドクターが押し問答をしているうちに空は暗くなり、大粒の雪が横殴りで降ってきた。
「・・・これじゃ、他の連中も雪にやられる。俺一人でも・・・」
ラスコーはコートを手に取ると玄関先においてあった古い剣をつかんだ。
「お前1人が冬知らずに勝てるのか、アレをどうにかできるのか?わしも行くぞ」
ドクターが声を張り上げた時、黙っていたヒルカが大きな声を出した。
「冬知らずの前に、この雪でやられます。さっき、貴方言ったでしょ、あの子たちにはシャルがついているって。あの子は私がずっと魔法の手ほどきをしてきたのよ。危険なものの察知する能力もある。そして・・・、ネアさん、あの子も・・・」
「ヒルカ、お前の言うとおりだ。天候が回復次第、すぐさま助けに行く。そのためにしっかり準備をしないとな。風呂はいつでも入れるようにしておいてくれ、温かい食事もな・・・、あの子たち、きっと冷えきって、腹をすかして帰ってくるからな」
ラスコーは無理に笑顔を作ってヒルカにやさしく語りかけた。
「何か臭う・・・、これって獣の臭いかしら?」
ラウニが黒い鼻をヒクヒクさせ出したの時を同じくして横殴りの雪が降り出してきた。
「皆、道具をしまって、避難小屋に行くわよ。おーい、避難小屋に行くよ」
シャルは雪の降り方を見てすぐに危険であると判断して避難することにした。そして、ついでにあの連中にも声をかけた。
「お前らこそ、ぐずぐすしてるなよ」
少年達からも同じように逃げ込むことを告げる返事があった。
「これぐらいならお宿に帰るのではないですか」
シャルのあまりの危機感に戸惑いながらラウニが尋ねると、シャルは厳しい表情でラウニを睨みつけた。
「そんなことを言って、今までどれだけの人が亡くなったか・・・、大袈裟に怖がるぐらいがいいの。ここは、私に従って、生まれた時からここで生活しているんだから。だから、文句を言わずについて来て」
シャルはネアたちを引き連れて非難小屋に向かう時、正面から雪が叩きつける様に降ってきて目が明けられないような状態になってきた時、ラウニが声を上げた。
「獣の臭いがする。・・・熊かな・・・」
黒い鼻をヒクヒクさせて呟いた。
「あ、この臭い・・・、狼や狐や山猫と違うよ」
フォニーも鼻をヒクヒクとさせた。
「熊って、冬知らずが出たってこと?風向きからすると、このまま進むと鉢合わせになるわ」
シャルの表情が強ばった、そこにそりを引いたあの少年達のグループがやってきた。
「この先に冬知らずがいるぞ、こいつらが嗅ぎ取った、どうする?」
少年の表情には色濃く恐怖が滲んでいた。
「このままじゃ、避難小屋に行けないよ。でも、吹雪に巻き込まれたら・・・」
シャルと少年達の表情が強ばった。
「・・・このまま避難小屋へ行く。上手く行けば吹雪が止まるまで、仮に冬知らずが来ても安全に入られる。ただ、その前に冬知らずと鉢合わせになる可能性が高い。・・・シャルさん、冬知らずに遭ったら・・・、殺されるの?」
ネアはブツブツ言いながら気になったことをシャルに尋ねた。
「頭から齧られるよ」
「あいつら、容赦ないから」
シャルと少年の意見が不思議に一致していた。冬知らずの危険さを確認したネアは暫く考え込んだ。
「やる事は二つですね、一つは避難小屋に冬知らずに遭わないことに賭けて逃げ込む。もう一つは私たちが風下にいることを利用して、逆方向に逃げる。これをすると暫くお外で過ごす事になるけど、吹雪の避け方はあるから・・・」
ネアはシャルに己の考えを述べた。シャルはネアの言葉を聞いて暫く考えると
「風下の方向に逃げるよ。冬知らずはまだ、私たちのことに気づいていないはず。冬知らずをやりすごしたら避難小屋に入る。これでいいよね」
シャルはすぐに決断すると少年達に同意を求めた。
「あ、ああ、それでいいよ」
少年たちはシャルの剣幕に押されて曖昧な返事を返した。
「ネア、何か手はあるのですか」
シャルに提案したネアにラウニが心配そうに尋ねてきた。
「完璧じゃないですが、何とかやり過ごすことはできると思いますよ。シャルさん、さっき言っていた氷の薄いところって、私たちも歩けないのかしら」
「私らぐらいだったら大丈夫よ、それが何か・・・、さ、行きましょ。冬知らずがどんどん近づいて来ているよ」
シャルの言葉を聞いて何事か考えながらネアはこの群からはぐれないようについて行った。
平坦なお話しにちょっとした危機的な場面が生じてきました。
襲い掛かるのは、モンスターでもない熊、それても野生の動物はそれなりに危険な存在だと思っています。人も動物もそれなりに折り合いがつけられて生活していければそれに越したことはないのですが・・・。
今回も駄文にお付き合い頂き感謝しております。ありがとうございます。




