91 想定外とお約束
寒い時はお酒とお風呂と温かい布団が最高ですね。
これで、仕事に終われてなければ・・・です。
格安の宿代のからくりに上手い具合に嵌められたネアは、ラスコーが次から次へと尋ねてくる質問に答えていた。それは、車両の動く原理から、ラスコーがかき集めた遺物、カップラーメンのカップの欠片の正体についてまでと様々だった。互いに質問と回答に疲れてげっそりとしだした時、気力を振り絞ってラスコーが一枚の紙を見せた。そこにはネアか前の世界で病院やニュースなどで目にしたモノだった。
「呪いがあると去れる場でよく見かける紋様らしいが・・・、この神殿の周りに粗末な板らしきものに描かれていいるのが多くあったらしい」
ラスコーがもう一枚の絵を見せた。それは、四角い崩れた建物と崩れた中かから鉄製の骨組みがのぞいているものだった。そして、その神殿とされるものの近くには大きな崩れた煙突らしきものが描かれていた。
「・・・このマークが前の世界と同じ意味を持つとしたら、これは放射能標識です。ここは、絶対近づいてはダメです。このマークを見たらすぐにその場から立ち去らないと、最悪、死にます。すぐに死ななくても、病で苦しんで死ぬことになります。まさか、ここから持ってきたものなんてないですよね。持っていたら、鉛の箱に詰めて、誰来ない、水源もない所の地下深くに埋めて下さい」
ネアは身を乗り出してラスコーに警告を発した。その表情に恐怖の色が濃く滲んでいた。
「そ、そんなに危険なモノなのか。あ、この神殿の遺物はとてもじゃないが、手が届くようなシロモノじゃないから、持っちゃいないが。そんなに危険なのか?それと、これも危険であることを示す紋様なのか」
ラスコーはもう一枚、マークが描かれた紙をネアに見せた。それを見たネアの表情がさらに曇った。
「先ほどと同じように、同じ意味を持つとしたら、これは病気の元があるってマークです。ちょっとした風邪なんかじゃなくて、人に染って、確実に死ぬような危ない病気の元があるって印です。まさか、持っているなんてことないでしょうね。持っていたらすぐに燃やしてください」
「これも、持っていないが、そんなに危険なのか・・・、さっき見せた神殿の地下に見るだけで死ぬ、といわれているモノがあるらしいが、それも嘘じゃないってことか・・・」
ネアの剣幕に呪いだとかを与太話の1つと考えていたラスコーは戸惑っていた。
「さっき、ホウシャノウって言ったが、それは何かの魔法なのか、それとも強力な毒とか・・・」
「見えない光のようなものです。それは、身体を突き抜けて、目には見えない傷を大量に与えます。その傷は癒えることがありません。生きたまま崩れて行くようなものです。毒を消すことも出来ません。その毒がなくなるには恐ろしいほどの時間が必要です。一つの国が作られて、滅びるぐらいでは足りないかもしれません」
ネアの言葉にラスコーの表情は強ばっていった。まさか、それほどのものが実在するとは思ってもいなかったのである。
「では、徒に宝探しとして死人の国に探検に行くことは自殺行為か・・・」
「いろんな人を巻き込む恐れのある自殺ですね」
冷めたカップに残ったお茶を見つめながらネアは呟いた。
「まれびともその毒の光に負けるのか・・・」
様々な絵や文書が書かれた書類の束や書物を片付けながらラスコーは呻くように言った。
「生きているモノで勝てるものは、まずいないでしょうね」
「そうか・・・」
2人して黙りこくってしまった時、扉がノックされる同時に開かれた。
「ラウニちゃんとフォニーちゃんが早くネアちゃんに戻って欲しいみたいよ。忘れているかも知れないけど、もうそろそろお昼の時間よ」
元気良くヒルカが入ってくるなり、黙りこくっているネアにそっと手を差し出した。
「アナタ、ひょっとしてネアちゃんに酷いことしていないでしょうね。中身がどうであれ、ネアちゃんはまだ小さい女の子なのよ。おっさんの理屈でつき合わせるのは酷ってものよ」
ヒルカがネアの手を引いて立たすとラスコーに批難がましいことを口にした。
「でも、いろいろとお話しすることも、ここの宿代になっているって・・・」
ヒルカに手を引かれながら、ネアはラスコーを庇おうとしたが、それは逆効果となった。
「宿代の一部・・・、初めて聞きましたけど、ご隠居様の大切な人たちだから喜んでお受けしたのに、それを自分の趣味のために・・・、しかも脅迫するみたいなやり方、感心できません。後で、ゆっくりお話しましょうね」
ヒルカはにっこりしながらも、有無を言わせぬ鋭い視線をラスコーに投げつけるとネアを連れてさっさと部屋から出て行った。
「・・・ネアさんの話といい、ヒルカの小言といい、想定外のことがあるものだよ」
2人を見送ったラスコーは深いため息をついた。
ホールの床はまるで事務所荒らしにあったような状態になっていた。何かが乱雑に書かれた紙切れが雪原を作り、何故か何かが書き込まれた四角いタイルが磨かれた木の床に貼り付けるように置かれていた。
「『お部屋でかけっこ』をもっと楽しいモノにしようとしていたんだよ。でね、いいアイデアがいくつかあって・・・」
ネアを見るなりフォニーがニコニコしながら話しかけてきた。
「レイシーさんにも手伝ってもらって、いい感じなりました」
ラウニも満足そうな笑みを浮かべていた。その横で椅子に腰掛けたレイシーがにこにこしていた。
「こんなこと、初めだったから、とっても楽しかったわ」
「どこを変えたんですか」
フォニーのあまりの勢いに押されながらネアがやっと口を開いた。
「えーとね、今までのやり方だと、どこで戻るか、進めるかが決まっていたでしょ、だから、紙に書かなくても良いようにタイル書いて、並べるんだよ。するとね、ゲームするごとにコースが変えられるから」
フォニーが床に並べられたタイルを指差して自慢そうに胸をはった。
「フォニーが1人で考えたんじゃないでしょ。マス目をタイルにすることで、コースの長さを帰られます。何回もゲームしたい時は短く、長く楽しみたいなら長くって、です」
まくし立てるフォニーを脇にどけるようにラウニも説明を始めた。そんな風景を楽しげに見ていたレイシーがタイルが枝分かれして配置されているところを杖で指しながら話し出した。
「タイルにするとね、こうやって枝分かれさせて、近道に進ませたり、何かとトラブルが多いコースに進ませたり出来るの。それとね、タイルだと、カードの遊びのようにシャッフルして置いて行くとますます勝負が読めなくなって面白くなるのよ」
自分が知らないところで、適当に作った双六もどきが思わぬ進化を遂げているのを見てネアは驚いていた。とてもじゃないが、自分ひとりでは到底考えられないことが実装されていて嬉しい想定外だった。
「すごいです。とても面白くなったみたいです。あれ・・・、ビブちゃんは?」
ラウニ、フォニーと同じように楽しんでいるレイシーを見てネアは首をかしげた。
「ビブはね、シャルちゃんにみてもらっているから」
レイシーはテーブルから放れた質素なソファーが置かれている辺りを見た。そこには、床に座り込んだシャルがニコニコしながらビブと一緒に積み木遊びに興じていた。
「シャルちゃんはきっと良いお母さんになると思うなー」
レイシーの言葉を耳にしたヒルカはにっこりとした。
「うちの人は、シャルを嫁に出したくないみたいだけど、それを聞いて安心したわ」
「わしも、ビブは嫁にやらんぞ」
ホールの片隅で臨時の診療所を開いてワインを飲んでいる合間に時折訪れる患者の診察と処方をしていたドクターがむすっとした口調で割り込んできた。
「はいはい、そうですね。そうやってビブに嫌われていくんですね」
レイシーがニタリと笑った。ドクターはレイシーの表情をみると、わざとらしくカルテを紐解きだした。そんな様子をレイシーとヒルカがクスクス笑って見ていると、げっそりした表情でラスコーが入ってきた。
「昼の準備をそろそろしようか」
「もう終わって、後は出すだけ、後少しで、スープにもいい感じで火が通るわ」
ラスコーの言葉に取り付く島を与えずにヒルカは返した。
「そ、そうか・・・」
ラスコーはそう言うと気まずそうにカルテと睨めっこをしているドクターの横に腰をおろした。
「その表情からすると、やり込められたか・・・」
ラスコーの言葉に、フンと鼻先で笑った。
「お主ほどでもないわ」
「そうは見えんが・・・」
「・・・」
おっさん2人は互いにため息をついて黙り込んでしまっていた。反対に女性陣はそれぞれが楽しんでおり、おっさん達の憂鬱なんぞ気づきもしないし、しても気にしなかった。
「滅多に見ない雪景色ですから、ちょっと散歩に行きませんか」
食事も終わり、『お部屋でかけっこ』作成で散らかったホールを片づけ終わったネアとフォニーにラウニが夕食までの間にすることを提案してきた。
「それって楽しそう、でも、うちらの服じゃちょっと寒いんじゃないかな・・・」
フォニーがちょっと心配そうな声を上げた。ここに来るまでは馬車の中だったから、厚めのコートとセーターで何とかなったのであり、もしその格好のまま外に出たら雪景色を楽しむどころじゃなくなることは明らかだった。
「そうでした。もっと厚めの服を準備するべきでしたね」
ラウニが残念そうにこぼした、そんなやり取りを耳にしていたヒルカが彼女たちに声をかけてきた。
「防寒着なら一式あるわよ。昔、シャルが着ていたのでよければね。今から用意するから」
暫くすると、ヒルカは明るい色の防寒着をシャルと一緒に持ってきた。
「貴女たちの毛皮から比べると質は落ちるけど、天然モノの毛皮と水鳥の羽が自慢の逸品よ。コレ一枚着込んでいると寒さなんて大丈夫だから、でもね、吹雪の時は迷わずに近くのお家に逃げ込んでね。じゃないと道迷ったら、春まで見つけられないから」
しれっと怖いことを言いながらヒルカは侍女たちに防寒着を手渡していった。それは、膝まである毛皮を使ったコートで、それぞれ明るい発色のいい色をしていた。
「わー、きれいな色」
オレンジ色のコートを手にしたフォニーが驚きの声を上げた。
「私のも、きれいな色ですよ」
真っ赤なコートに袖を通しながらラウニがうれしそうに言った。
「この色はね、雪に埋もれた時にすぐに見つかるためなのよ」
防寒着の色に歓声をあげる侍女たちにヒルカはまた恐ろしいことをさらりと言ってのけた。
「吹雪いてきたら、すぐに戻ります」
ネアの言葉にヒルカは少し表情を固くした。
「違いますよ。近くのお家に入ってね。無理しちゃダメ、この村では皆そうしているから、遠慮することはいらないからね。この前の道を山のほうに行くと広場とお店があるから、お土産買ったり、雪遊びが出来ると思うわ」
何気に恐ろしい言葉を混ぜたヒルカの注意を背に侍女たちは真冬の外に意気揚々と出かけたが、すぐさまその意気はくじかれてしまった。
「寒いっ」
フォニーがブルっと身を震わせ、ラウニは眠そうに欠伸を連発し出した。ネアはと言うと防寒着の中で体毛を逆立てながら苦行に挑む僧侶のような表情になっていた。いつの間にか大中小と三つの人影は一つにくっつきながら広場までやって来た。そこには1学級程度の子供たちがそれぞれ思い思いに雪合戦をしていたり、雪だるまを作ったり、そりを引きながら元気な声を上げていた。
「元気だなー」
そんな子ども達を見て、ネアはぽつりと呟いた。
「そうですね。でも、身体を動かすと温かくなる・・・、はずですから」
ラウニはしゃがむと雪を両手で掬い上げた、それはケフの都で見るようなベタついた雪ではなく、握り締めてもサラサラと砂のようにこぼれて行くパウダースノーだった。
「こんな雪、初めてです」
そんな雪の様子にラウニは驚きの声を上げた。
「え、本当に」
フォニーもラウニを真似して雪を掬い上げてその感触を確かめた。
「これだと、雪玉は作りにくいです」
ネアは掬い上げた雪をタマにしようとしていたが、なかなか固まらずはぽらはぽと手袋をした指の間から雪がこぼれていった。
「これだと、雪像も作れませんね」
ちょっと残念そうにラウニが呟いた。ネアはまだ誰も踏みつけていない新雪を見ながら暫く考えていた。そして、やっと口を開いた。
「この上に水をまいて、固めてから切り出すと良いかもしれません」
「明日、ヒルカさんからバケツ借りて、お宿の前に作ろうよ」
フォニーが明日の行動を提案してきた時、ラウニは素早くフォニーの頭を庇うように腕を差し出した。
「っ」
次の瞬間、ラウニの掌に雪玉が握られているのをネアは確認した。
「誰ですか、不意打ちとは卑怯ですよ」
ラウニは雪だが飛んで来た方向にキツイ口調で呼びかけた。その呼びかけに応える様に今度は大量の雪玉が飛んで来た。
「くっ」
「よっと」
「・・・」
侍女たちは飛んでくる雪玉を叩き落としたり、身をひねってかわしていった。結局数十発の雪玉は侍女の誰も捉えることはできなかった。
「なかなかやるじゃん」
雪玉が飛んで来た方向からちょっと背の高い、ラウニと同年齢ぐらいの真人の少年がニタニタしながら歩いてきた。
「都からお館の侍女様が来ていると噂に聞いたけど、こんな子供だったなんて、な」
その少年は後ろに従えた少年達に同意を求めた。もちろん、その同意は大声で認められた。
「ここには、紳士はいないようですね。残念です」
ラウニは少年を睨みつけるようにして言葉を返した。
「げっ、フユシラズだよ」
フードから覗いたラウニ顔を見て少年は笑い声を上げた。
「なによ。フユシラズって」
少年の無礼な言動にフォニーが口を尖らせて少年に食って掛かろうとした。
「今度はキツネかよ。早く雪の中に頭から突っ込むのを見せてくれよ。この下に大好物のネズミがいるんからさー」
少年の言葉に彼の子分格と見られる少年達がいっせいに笑い声をあげた。
「姐さん・・・、この手の面倒臭いのは相手にしないのが一番ですよ。さっさとお店で今夜のお菓子やお嬢のお土産を捜しましょうよ」
むっとしているラウニとフォニーにネアは宥めるように声をかけて、袖を引っ張った。
「ネコは暖炉の前で丸くなってるんじゃないのか?それとも、ネズミが取れなくて追い出されたかな?」
少年たちはまた笑い声を上げた。そんな彼らをネアは哀れな生物を見るような目で見て、これ見よがしにため息をついた。
「さ、行きましょうよ。こんな所で突っ立っていても時間の無駄ですよ」
【グルトやブレヒト級に面倒くさいのがいるんだな・・・】
ネアはそう思いながら突っかかってきた少年を値踏みしていた。体格的にはグルトやブレヒト以上であるが、技術や頭を使うことに関しては彼ら以下と判断していた。しかし、配下からは結構信頼されているとも読んでいた。
「そうだね。折角のお休みだもんね。時間は無駄にしたくないよ」
「魂の浪費は避けたいものです」
侍女たちはげらげらと嘲笑う少年達を尻目に広場に面した大き目の店に入っていった。店の外では相変わらず少年達が大声で何か言っていたが、その内飽きたのかその声も聞こえなくなっていった。
「お嬢ちゃんたち、大変だったねー」
雑貨屋と駄菓子屋と薬屋が混ぜこぜになったような店内で店主であろう老婦人が優しく侍女たちに声をかけてきた。
「大丈夫ですよ」
こともなげにラウニが言うと、フォニーも
「ヘナチョコ君たちだもんね」
と言ってケラケラと笑った。ネアは店内に陳列されている商品を物珍しげに眺めていたが、ふと老婦人を見ると口を開いた。
「フユシラズってご存知ですか」
「そうだ、それ何か知りたかったんだよ」
ネアの言葉にフォニーが飛びついてきた。
「・・・ひょっとしてあの馬鹿ども、お嬢ちゃんを見てそうぬかしたんだね」
老婦人はラウニを見ると苦々しげな表情を浮かべた。
「お嬢ちゃん、悪く思わないでおいでよ。フユシラズ、冬を知らないってのは、冬眠しない熊のことなんだよ。特に身体が大きくて強い熊がそうなるって言われているよ。本当に失礼なガキどもだよ。こんな可愛いお嬢ちゃんを捕まえて冬知らずだなんて」
「そんなことですか。馬鹿馬鹿しい、冬眠できるならしたいものです。あ、これ美味しそうですよ」
老婦人の言葉を軽く受けながら、ラウニは篭に入った大きな歪な形のクッキーに目をとめていた。
「ほんとうだ、いい香りがする」
フォニーは鼻をひくひくさせてその香りを楽しんだ。
「山の恵みがつまっているみたい」
ネアは、キツネ色になっている生地のあちこちに顔を覗かせている色とりどりの木の実に目を奪われていた。
「都ではこんなモノが珍しいんだね。珍しいことと言えば、裏の山にある湖で魚釣りができるよ。厚く凍った氷に穴を開けて釣るんだよ。小さいけど美味しい、サムウオが釣れるから、ヒルカさんに頼んで料理して貰っても良いねー」
「「「美味しいお魚」」」
久しぶりの客なのか、親しげに話しかける老婦人の言葉にある美味しい魚に侍女たちは魚のように食いついていた。
ネアたちがいる世界は、ネアが前にいた世界と似ているようで違う世界です。
しかし、アブナイものは共通しているようです。
どこの世界にも絡んでくる面倒くさいのがいるというお約束です。
これは、種族の差別ではなく、ただ珍しいのにちょっかいをかけているだけだと思っています。
今回も、この駄文にお付き合いいただき感謝しております。