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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第8章 春
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87 お風呂の中で

レイシーは均整の取れた美女だと作者は思っています。温泉は、ここしばらく縁がありません。

ゆっくりと温かいお風呂に浸かっていたいものです。

 ネアは入浴の際に不思議に思うことがある。それは、

 【なんで、ここの連中はこんなに風呂に拘るんだろう?何より、この入浴の文化は自然発生なのか、それとも まれびと が伝えたのか?】

 である。さすがに入浴後に冷えた牛乳を腰に手を当てて飲むことまでは伝わっていないようであるが、それを抜いてもネアにしてみれば不思議なことであった。その疑問は、癒しの星明り亭の浴場に踏み込んだ時に更に強まった。浴場の中は温泉地でよく見かけるような岩風呂であり、外と内側を仕切る扉があってその外は同じような岩を組み合わせて作られた露天風呂だった。

 【既視感がするなー】

 先輩方と同じようにタオルで前を隠すこともせず、身につけている物と言えば、脱ぐことのできない毛皮のみであった。

 「お館のお風呂より大きいよ。泳げそうだね」

 フォニーが湯気のこもった浴室に入るなり嬉しそうな声を上げた。

 「泳いだらだめです」

 ぴしゃりとフォニーに指導するラウニの声も表情も嬉しげで

 「お風呂に入る前から温かい・・・」

 と、さっさと洗い場に陣取り始めた。獣人の入浴に関しては、身体の各部位を洗うための専用のブラシが数本、毛のない部分を洗うタオル、毛の生え際を整える剃刀(子どもは使用しない、と言うか危険だから使わせてもらえない)、石鹸と真人から比べると道具が多いのが特徴である。さらに、身体を洗うブラシにいたっては毛の硬さ、形、大きさと様々あり、自分に合うブラシを手に入れられるかどうかが入浴の質を左右する大きな要因と言っても言い過ぎではなかった。ブラシに関する拘りはネアぐらいの年齢でも持っていたりするもので獣人の生活から切り離せ無い物になっていた。


 「ここのブラシ、良い硬さです。しっくりきますね」

 うっとりした口調とは裏腹に、豪快な勢いで背中をこするラウニが目を細めた。

 「見て見て、ウチの尻尾、こんなに泡立って、尻尾だけ白狐になったみたい」

 フォニーが泡で丸太のようになった尻尾をラウニ楽しげに見せた。

 「いい石鹸ですよね。お館の石鹸は悪くはないですが、ここまで泡立たないですからね」

 フォニーの言葉にラウニは豪快にブラシを使いながら応えるとふと端っこで黙って黙々と身体を洗っているネアを見て、吹き出した。

 「ネア、いつの間に白猫になったんですか」

 ラウニの言葉にフォニーがネアを見てラウニと同じように吹き出した。

 「小さいイクルさんだー」

 「イクルさんはフワフワ、これはモコモコです」

 先輩方の言葉に少々ネアはむっとしたように答えた。

 「じゃ、タミーさんだ」

 フォニーが無邪気に言うと、じっと見つめていたラウニが

 「胸が・・・、子供じゃ仕方ないですね」

 ため息混じりに呟いた。その呟きを聞いたネアはちょっとむっとした感情を覚えた。

 【そっちも言えないじゃないか、これからだよ。これから・・・、え、大きくなるのを望んでいるのか・・・、ま、毒食わば皿までって言うからな・・・】

 ラウニの胸の言葉に反応したフォニーが漸く膨らみ出した己の胸を張って誇示するようにラウニに見せた。

 「もうちょっとすると、子供とは言わせないようになるから」

 「それなりにですね、少なくとも、コレぐらいにならないと」

 ラウニが天然の白いネックレスの下で確実に成長中の胸をこれ見よがしにフォニーに見せ付けてにっこりと笑った。ラウニの胸を悔しそうに見てフォニーが何か言おうとした時、浴場の扉が開いて、小さな子の驚きの声が浴場に響いた。

 「そうねー、大きいねー、温かいし、気持ち良いでしょ」

 きれいにタオルを身体に巻きつけ、ビブをしっかりと抱いたレイシーがそろそろと浴場に入ってきた。

 「レイシーさん、先にお風呂いただいています」

 ラウニがブラシを使う手を休めてレイシーに会釈した。

 「足元どうかしら?滑ると怖いから」

 足元を確かめるようにそっと歩くレイシーを見たフォニーが頭からお湯をザバリと被って泡を流すとレイシーの元に駆け寄った。

 「ビブちゃんをお預かりします。さ、ビブちゃん、おいで」

 「ありがと、フォニーちゃん、助かるわ」

 収穫感謝祭の時に面倒をみて貰ったのをビブは覚えていたようで、すんなりとフォニーに抱っこされた。

 「なかなか、踏ん張りがきかないから、こういう所は怖いのよ」

 レイシーは安堵のため息を小さくつくと、ハラリと身にまとったタオルを外した。

 「・・・」

 きりっと引き締まりながらも、女性らしい膨らみを持った肢体にネアは思わず釘付けになった。タミーほどの胸のボリュームは無いものの、均整が取れた美しいラインはとても一児の母とは思えなかった。

 「よっと・・・」

 レイシーは小さく気合を入れると洗い場の小さな椅子に腰をおろした。

 「あ、誰か、あそこの大きな桶を持ってきてくれるかな」

 レイシーの呼びかけに身体を洗い終えたラウニがさっと浴場の入り口にきれいに積んである桶の中から一際大きいものを取り出してきた。

 「ラウニちゃん、ありがとうね、じゃ、フォニーちゃん、ビブをこの桶に入れて」

 フォニーはレイシーの言うとおりにそっとビブを桶に横たえた。木の匂いが気に入ったのかビブはぐずることもなく仰向けでご機嫌に手足をバタバタと動かしていた。

 「・・・ついていない・・・」

 ネアはビブの股間を見つめて小さく呟いた。失って暫くたつが、どうしても心のどこかに引っかかっていて、それが咽喉に刺さった魚の小骨のように時折チクっとうずくのだった。

 「そうよ、ビブは女の子、ウチの人は付いていることを期待していたみたいだけど、ね」

 レイシーは、桶でバタバタするビブに微笑みかけた。ビブをちょっと宥めるように撫でると包帯で巻かれた左足にそっと手をかけ、膝の下辺りの留め金を外した。

 「気持ち悪いから、見ないほうがいいよ」

 レイシーはそう言うと、左足をそっと外した。

 「気にしませんから、お気遣いなく」

 「ネアは胸が気になるみたいだけど・・・、ね」

 ラウニが桶の中のビブに相手になりながらレイシーに答え、フォニーはレイシーに釘付けになっているネアをからかった。

 「こんなオバさんに見惚れるって・・・」

 レイシーはフォニーの言葉に思わず目をそらしたネアを見て笑った。

 「きれいだったから・・・」

 「ほめても、何もでないわよ。ビブが冷えないようにこの桶にお湯を入れてもらえるかな、まだ小さいから、温めのお湯にしてね。未来のお母さん」

 レイシーの「未来のお母さん」と言う言葉が気に入ったのか、フォニーとラウニは早速お湯を汲みに向かった。

 「ちょっと熱いかなー」

 「私はお水を持って行くから、フォニーはお湯をお願い」

 「承知」

 先輩方は嬉々としてお湯の準備をはじめた。そんな二人をネアはただ見つめるだけだった。

 「ネアちゃんは、赤ちゃんは初めてかしら」

 突っ立っているネアに身体を洗いながらレイシーが優しく声をかけてきた。

 「はい・・・」

 「そうなの、でも、将来お母さんになるんだから、今のうちに勉強しておいても損はないわよ」

 にこやかにレイシーが喋るのを聞きながらネアは複雑な気持ちになっていた。

 【赤ん坊どころか、子供すら縁がなかったのに・・・、それに女の子が全てお母さんになるなんて思いは、どこかの団体が耳にしたら、思いっきり叩かれるぞ、この世界には・・・、そんな団体はないのか・・・】

 「首の後ろをそっと持って、耳にお湯が入らないように気をつけて・・・」

 ネアはレイシーの指示にしたがっておっかなびっくりビブの行水のような入浴を手伝っていた。長年生きてきた中で始めての経験でも会った。前の世界では、子供は煩く、迷惑な存在としてしか認識しておらず、皮肉にも現在進行形で子供をしているネアには激烈な体験だった。

 【普通なら、あんだけ生きてきいたら当然経験することなんだろうな。仕事しかなかったんだな・・・、どれだけのことを俺は捨ててきたんだろうか・・・】

 お湯の中で無邪気に笑うビブを見ながらネアは複雑な思いに捉われていった。

 ネアがいろいろと物思いにふけっている間にレイシーはさっさと身体を洗い終えると慣れた様子で義足を装着して立ち上がっていた。

 「ラウニちゃん、先にお風呂に浸かるから、それからビブを渡してくれるかな」

 「はい、ビブちゃん、こちらにおいでー」

 ラウニは優しくネアからビブを受け取ると大事そうに胸に抱いて先にお湯に浸かっているレイシーにそっと手渡した。

 「ちょっと熱いかなー、でもいいお湯だよ」

 ビブはちょっと驚いたもののひしっとレイシーの胸に抱きついていた。

 「うちらも浸かろうよ」

 母子の微笑ましい動作を見つめていたネアとラウニにフォニーが声をかけた。

 「身体が冷えないうちに」

 ネアたちはゆっくりと湯に身を浸していった。その心地よい温かさに彼女たちは思わずため息やら、うなり声を上げていた。

 「気持ちいいねー」

 フォニーがうっとりと目を細めて身体を伸ばした。

 「温かさが身体にしみこんで来ます」

 ラウニもフォニーと同じように身体を伸ばした。ネアと言えば小さくうなりながら湯に浸かって、そっと身体を伸ばした。その時、思わず口から小さく「極楽、極楽」と言葉が出たことにネアはどきりとしていた。

 「ここのお湯はねー、傷にいいんだよ。大きな怪我をするとね、寒くなったり、冷えたりするとジクジクと痛くなるの。でも、ここのお湯に入るとね、暫くはそんなこと起きないのよ」

 レイシーがビブを優しく撫でながらこの温泉の効能について話した。

 「あらあら・・・」

 レイシーが喋っている間にお腹が空いたのか、ビブがレイシーの胸に吸い付いていた。

 「ルロさんが、お風呂に入りながら飲むお酒は最高だって、言ってたけど・・・」

 フォニーがビブの行動をみて呆れたような声を上げた。

 【いい湯に入って、あまつさえ美人のおっぱいに吸い付くとは・・・、うらやましい・・・】

 ネアは、自分の中のおっさんの部分が大きな声で「その場所を代われ」とビブに叫びそうになっているのを何とか押さえつけていた。

 「お母さんか・・・、いいなー」

 ラウニが母子の光景を見て少しさびしげな色を滲ませながらつぶやいた。そんな中、フォニーが湯の中で身をただしてレイシーに正対した。

 「レイシーさん、ずっと気になってたんだけど、その怪我はどうして・・・」

 「フォニー、なんてことを」

 ラウニがフォニーを叱りつけようとするのをレイシーはビブを抱いていないほうの手で押しとどめた。

 「気になるよね、貴女たちも同じような失敗をしないように・・・」

 レイシーは夢中でおっぱいを飲むビブを優しく撫でながら言葉を紡ぎ出した。


 それは、今から8年ほど前、今のご隠居様、つまりボルロが入り婿のゲインズに全ての家督を譲る行事の最中に起きた。

 王都での政争に巻き込まれ、僻地に流されたビケット家にずっと仕えていた家臣の一人がいつまでたっても自分が王都に戻れないのはビケット家にその責があると勝手に思い込み、それをさらに逆恨みが拗れさせ、焦りやら中央にいたいと言う思いがそれをさらに悪化させたのであった。

 そんな思いから、彼はビケット家をつぶせば何とかなるという、アクロバティックな理論を構築し、それを実行しようとした。そして彼は、小さじ一杯でちょっとした家が建つと言われるほどの毒を手に入れることに成功した。その毒は「腐毒」と呼ばれ、触れるだけでも、その場所から人体を壊死させて行く効能を持っていた。彼は、その毒を鏃に丹念に塗りつけ、行事が行われるのを待っていた。

 その式典は、ケフの郷の主たる人々が壇上にあがる盛大な行事で、当時騎士団員であったレイシーも騎士団長のガングとともに壇上でゲインズの警護にあたっていた。


 「とても立派な式典でね、奥方様もきれいに着飾って、本当にお姫様だったよ・・・、きれいだったわ」

 レイシーは遠くを見るような目で呟いた。

 「お館様が郷主の証である剣をご隠居様から拝受する時、お館様に矢が放たれたの・・・」

 レイシーはそう言うと言葉を切った。

 「ええっ、お館様を狙うヤツがいたなんて・・・」

 フォニーが驚いたような声を上げた。

 「信じられません・・・」

 ラウニはそう言うと押し黙ってしまった。

 「デルクみたいなのがいたんだ・・・」

 ネアはお館様を刺し殺そうとし、失敗し、惨めな最後を迎えた男の事を思い出した。

 「安心して、その矢はお館様には届かなかったから。団長がね、その矢を剣で弾いたんだよ。見事な腕だったよ。でもね、その弾かれた矢が・・・」

 レイシーはそう言うと左足の切断面をそっと叩いた。

 「凄い毒だったわ、とても痛くて、つま先にちょっと刺さっただけなのに・・・、つま先からあっと言う間に毛が茶色くなって、毛が抜けて・・・どんどん腐ってくるのよ。そこで団長が、毒が回る前に、私の左足を・・・・」

 レイシーはそう言うと手でモノを切る仕草をして見せた。

 「左足は失ったけど、命は失わなかった・・・」

 レイシーは、そこまで言うと、満腹になって胸から口を離したビブの背中をそっと叩いてゲップを促すとネアたちをじっと見つめた。

 「ここからが、大変だったの。足を失ったら、今まで見たいな踏み込みが出来ないし、長距離を歩くことも出来ないし、前のように軽く飛び跳ねることも出来なくなってしまったの。もう、剣士としてはダメになったような・・・」

 レイシーがちょっと寂しげな表情を浮かべた。

 「弱くなったら、辛いよ・・・」

 フォニーがレイシーの気持ちを読んだように呟いた。

 「その時はね、私はもう剣士としては生きられないから、それと団長が私を見る時、辛そうだったから、騎士団も辞めたんだ・・・、それまで、ずっと強くなりたいって剣の修行に励んできたのに、それが無くなった、足がなくても強い剣士はいるみたいだけど、私にはその域には行けなかった。剣士としての心が折れたのかな・・・」

 レイシーは寂しげに笑った後、柔らかな笑みを浮かべた。

 「でもね、今の私は、あの時の・・・、左足があった頃の私より強くなったと思っているの。あの時は、我武者羅に強くなりたかった。何で強くなりたいかなんて考えてなかった。・・・怖いことに、あの時は、死ぬことも怖くないと思ってたんだよ・・・、おかしな話だよね」

 「どうして・・・、剣士を辞めたんでしょ、どうして・・・、強くなったの?」

 フォニーは首をかしげた。彼女としては現在、診療所で看護師をしている姿が剣士より強いとは思えなかったのである。

 「足をなくしてね、弱い人の気持ちが分かるようになったの。何も出来なくて病室でウジウジしているときにあの人、ドクターがね、私の新しい足を持ってきてくれたの。その時、思ったんだよ。団長は命を救ってくれた、ドクターはレイシーを救ってくれるって。難しいかも知れないけど、大人になれば分かると思うよ。ドクターと結婚して、ビブが産まれて・・・、この子を守るためなら、なんだって出来ると思えるの。どんなきついことも、この子のためならって」

 そう言い切るとレイシーはビブに頬ずりをした。

 「剣士でいた時、本当に守りたいものなんてなくて、もし、名誉が汚されるようなことがあれば、自ら死のうなんて思っていたの。でも、本当の強さって、剣の腕だけじゃないって、知ることが出来たんだよ。剣の腕ならあの頃より弱くなっているけど、心はね、強くなったと思うのよ。じゃ、私はもう上がるね。今夜のキバブタのお鍋、一緒に楽しみましょうね」

 そう言うとレイシーはそっと湯から上がった。片手でビブを抱きながらもう片手で義足を履くとそろそろと浴室から出て行った。

 「そんな事があったんだ・・・、足をなくして強くなったって・・・・」

 フォニーはレイシーの言った言葉の意味を飲み込めず首を傾げていた。

 「身体が不自由になったから、心が強くなったのでしょうか・・・」

 ラウニもフォニーに似たようなものであった。

 「剣だけしか見えないより、今のほうがいろいろと見えるから、護るモノが出来たからかな・・・」

 ネアはそう言いながら、前の世界ではレイシーより突き抜けた生活をしていたんだと再認識した。それは、この世界でネアとしても同じようになるのか、と思った。

 【これは、チャンスなんだ。俺もレイシーさんのように何かを・・・、彼女は左足か、俺は・・・、真ん中の足か・・・】

 ネアはそう考えると苦笑した。先輩方はそんなネアに気づくこともなく、レイシーの言葉に首を傾げ続けていた。

駄文にお付き合い頂きありがとうございました。

今回は、レイシーの足についてちょっと過去のお話をさせてみました。

この件に関して、騎士団長は有能な騎士の将来を潰したと自責の念を持ち続けています。

ブックマークして頂いた方、評価して頂いた方、たまたま目を通してくださった方に感謝を申し上げます。

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