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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第8章 春
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86 冬の宿

RPGでよくある宿屋で一泊すると体力やステータス異常が回復するのは不思議でした。ひょっとして宿と言いながら病院なのではないかと思ったりしています。

 年を迎えての二日目は大きな行事が無い代償として、来客が途絶えることは無かった。走り回りたくてうずうずしているお子様達も増え、ネアたちはその対応に追われていた。

 「坊ちゃん、そこは危ないです」

 「尻尾を引っ張らないで下さい」

 「お菓子はここにありますよ。・・・取り合わなくてもまだありますから」

 と、ネアたちに心が休まる暇が無かった。

 「ネア、アレを使いましょう」

 昨夜、眠いのを我慢して作成した双六モドキを使おうとラウニがネアに提案した。

 「コマも多めに作っておいたから、多分大丈夫だよ」

 フォニーもラウニの提案に賛同した。

 「はい、では・・・」

 ネアはお菓子がかつて入っていた綺麗な箱から昨夜のうちに作成した双六モドキとコルク栓を再利用したコマを取り出した。

 「ここまではいいけどさー、どうやって遊んでもらうの?」

 双六モドキを床に広げるネアにフォニーが覗き込むように尋ねてきた。

 「まずは、私たちで楽しみます。できるだけ大袈裟に楽しみます」

 ネアは双六モドキを展開させながらフォニーを見上げた。

 「サクラ、と言うヤツですね」

 ラウニはそっとネアに囁いた。それにネアは頷いて応えた。


 「じゃ、誰からか決めようよ」

 食堂の隅でフォニーか大きな声を上げた。

 「私は・・・3です」

 ネアはサイコロを振って出た目をつまらなそうに言った。

 「次は、私ですね。それっ」

 ラウニがサイコロを振った。

 「4ですか、微妙ですね」

 ラウニは呟くとサイコロをフォニーに手渡した。

 「いくよーっ、えい」

 フォニーがさいころを振った。

 「よーし、いいよ、そのまま・・・、あーっ、1だよ・・・」

 フォニーはサイコロを睨みつけて頭を抱えた。

 「私が1番目ですね。それでは・・・」

 ラウニがサイコロを振るとサイコロは5の目をだした。

 「1、2、3、4、5・・・と」

 ラウニは昨夜作ったコルク製の可愛らしいコマを進めた。

 このようにしてネアたちが暫くワイワイとやっているとあちこちでウロウロしていたお子様たちがネアたちを取り囲んだ。

 「やってみますか?」

 ネアは興味深そうに覗き込む赤毛をツインテールにした同い年ぐらいの女の子に声をかけた。ネアの呼びかけに女の子は大きく頷いた。

 「どの子にしますか?」

 今度は様々な耳と尻尾を生やしたコルク製のコマを見せると、女の子は自分の髪と同じ色の尻尾のコマを選び取った。

 「私もいいかな・・・」

 「ボクも」

 ネアたちが気づくと自分達を取り囲むようにしてお子様達が興味深く双六もどきを覗き込んでいた。

 「そうですね。ここに、盤が四つありますから、四つ組をつくってください」

 「コマはここから選んでくださいね。欲しいのが重なったらサイコロ振って目が大きい人のものになりす」

 「ルールはサイコロの目の分だけ進んで、最初にゴールした人の勝ちです」

 ネアたちはお子様たちにルールを説明すると、後はかってにお子様達がゲームを開始し、細かなローカルルールを決めたりしながら大人しく双六もどきを楽しみ出した。その状況を確認するとネアたちは小さく安堵のため息をついた。


 お子様達が大人しくなったら、ネアたちは本来の仕事に専念することができ、ネアにいたっては例の勇者とやらの噂話に聞き耳を立て、仕事の片手間に情報の収集をやっていた。

 【・・・腑に落ちない・・・、勇者によって解放された街はどうなったんだ。まだ最近のことだから情報が伝わっていないのか・・・、それにしても・・・】

 ネアが難しい表情で給仕しているといきなりポンと肩をたたかれてびっくりして振り返るとそこには微笑みをたたえたエルマが立っていた。

 「お仕事する時は、スマイルよ。そんな表情はダメですよ。もし、この言いつけが守れなかったら・・・、ね」

 エルマはネアの肩に置いた手に力を少しこめた。ネアの小さな肩にはそれでも十分な警告となっていた。

 「は・・・、はい」

 ぞっとしながらネアは無理やり笑顔を作ってエルマに応えた。

 「よろしい、いい子ね」

 それだけ言うとすーっとエルマはネアの元から立ち去っていった。

 【気配が読めなかった・・・】

 ネアは引きつった笑顔を顔面に貼り付けながらその日の仕事を片づけていった。


 このような一日が3日まで続いて漸くネアたちにとって年始を祝える日々が始まろうとしていた。

 年始のお休みはネアが提案したラゴの村での温泉三昧という、侍女たちの年齢からすると渋すぎるツアーになっていた。侍女たちはお休みの前日から着替えやら日用品を鞄に詰め込みお小遣いの残額も確認しながらウキウキとした気持ちを尻尾に雄弁に物語らせていた。

 お休みの当日、早朝ネアたちは乗合馬車が出発する広場まで雪が積もった道を足早に歩いていた。暫く歩くと早朝の薄明かりの中、見覚えのある人影が二つ彼女たちの前を歩いているのにラウニが気づいた。

 「あら、あれひょっとして」

 「ドクターとレイシーさんだよ」

 ラウニの言葉にフォニーが目を凝らして人影を凝視して、その人影が彼女達のおなじみの人たちであることを口にした。

 「おはようございます」

 ネアたちは小走りに人影に近づくとドクターとレイシーに声をかけた。

 「おはよう、元気そうじゃな」

 「おはよう、あら貴女たちもお出かけかしら」

 ビブを抱き、大荷物を背負ったドクターが髭モジャの顔に笑顔を浮かべた。その横で小さな荷物を肩からかけたレイシーが杖をつきながら振り返ってネアたちをみつめた。

 「ラゴの村にお風呂に入りに行くんです。この季節はキバブタのお鍋がおいしいって」

 フォニーがレイシーの問いかけに楽しそうに答えた。

 「あら、奇遇ね。私たちもラゴに行くの。この季節、足が痛くなるから、ラゴのお湯で温めると楽になるから、あそこのお湯は傷にもお肌にも毛艶にもいいのよ」

 レイシーはそう言うと自分の左足をそっとさすった。

 「ビブちゃん、おおきくなりましたね」

 ドクターに抱かれているビブをラウニがのぞこんで微笑んだ。

 「最近はモノにつかまってなら立てるようになったぞ。それにな、ますますレイシーに似て来て、将来が楽しみじゃよ」

 ドクターは表情を崩してにこにこするとその肩をレイシーがつついた。

 「お話は馬車の中でもできます。さ、早く行きましょ。ビブも寒がっているし」

 寒さに毛を膨らませて対抗しているビブを目にしたレイシーはドクターを急かすとさっさと歩き出した。

 「うちらも遅れないようにしないと」

 ネアたちもフォニーに促されて馬車の停留所まで歩き出した。


 ラゴの村はヤヅの郷に続く街道から側道に入り、山間部に随分と入り込んだ所の山々に囲まれた小さな盆地の白い雪原の中に家々が肩を寄り添うようにして佇んでいる静かな村であった。鉛色した空から時折降る雪が音もなく降り、それが小動物たちがつけた足跡を綺麗に隠していった。ご隠居様が紹介してくれた宿に付いた時刻をお昼の食事の匂いが教えてくれていた。

 宿はどっしりとした木造住宅で、ネアにはどことなく懐かしく感じられるようなデザインになっていた。

 「今年も世話になるぞ」

 ドクターが宿のドアを開け、中に入るとロビーに居たちょっとふっくらしたスキンヘッドの老人に声をかけた。

 「ジングルかー、久しぶりだな、レイシー殿、昨年よりお美しくなられましまたなー、おお、その子がビブちゃんか・・・、お前さんに似なくてよかったなー。で、お嬢ちゃんたちがボルロから紹介された子たちだな。癒しの星明り亭にようこそ。こんな、何にも無いところじゃが、お家にいると思ってゆっくりしていっておくれよ」

 ドクターが声をかけた老人、名を「拡大鏡」のラスコーと言い、実際のところ禿げているおかげで実年齢より老けて見えるだけであり、年齢的にはご隠居様より6歳程度若いのであるが、本人はそんなことはあまり気にしていないようであった。

 「そこじゃ、冷えるから、こちらへ、温かいお茶を淹れますからね」

 ロビーの奥から白髪のエルフ族の女性が顔を出すと暖炉の前に手招きした。

 「ヒルカさんも変わらずお美しいのー、ラスコーには全く勿体無い話じゃ」

 ドクターはエルフの女性ににこやかに声をかけた。その言葉にヒルカは笑顔で応えた。

 「その言葉、お前さんにも言えるぞ。レイシー殿を娶るとは・・・、レイシー殿、前にも言いましたが、お心に何か大きなお悩みでも・・・、よろしければ、このラスコーがお力になりますぞ」

 ラスコーの言葉にドクターは苦笑し、レイシーはにっこりと笑った。

 「悩みが解決したから、この人と一緒になったのですよ」

 「こじれさせて無ければ良いが・・・」

 レイシーの応えにラスコーは深刻そうな表情を浮かべた。

 「ヒルカの言うとおり、暖炉の前へ、この季節、暖かいのが何よりのご馳走じゃからな」

 ラスコーに促されネアたちは暖炉の前のソファーに腰を降ろした。

 「・・・熊族のお嬢ちゃんがラウニさん、狐族のお嬢ちゃんがフォニーさん、猫族のお嬢ちゃんがネアさんじゃな。子どもには退屈なところかも知れんが、近所には年齢の近い子もおるから一緒に遊ぶのよかろう。部屋は2階に二つ用意してあるぞ。スィートルームがジングル一家、206号がお嬢ちゃんたちの部屋だぞ。鍵はこれじゃ、無くさんようにな」

 ラスコーは鍵をドクターとラウニに手渡した。ラウニが鍵をしげしげと見つめているとヒルカが湯気を立てているポットとカップ、お茶菓子を持って出てきた。

 「冷えた身体には温かい食べ物がいいですよ。このお菓子はこの秋とれた木の実を練りこんでいるんですよ。身体を温める効果のある木の実を厳選して、エルフ族の古から伝わる秘法で美味しく焼き上げていますから、街のお菓子に負けないと思っていますよ」

 クッキーに似たお菓子をネアたちにちょっと自慢げに奨めながらヒルカが差し出した。

 「お風呂はどこかな・・・」

 辺りをキョロキョロしながらフォニーが呟いた。

 「お風呂はこの奥にありますよ。でも、いきなり熱いお湯に入ると身体に悪いから、まずはここでお茶を飲んで身体を温めてから、寝巻きはお部屋に用意してますから、それに着替えてからね」

 ヒルカは優しくフォニーを諭すと今夜の夕食を作るために席を離れて行った。

 「今年は、女湯を充実させておるから、身体が温まったら充分に堪能しておくれ。ジングル、お主にはいつものままじゃ・・・、男にサービスしてもつまらんからな」

 「それが、客に対する物言いか?」

 「宿も客を選ぶわ、誰がむさ苦しいのにサービスしたがる?俺の顧客は女性だけじゃ」

 ドクターとラスコーがしょうもないことを言い合っている間にネアたちはレイシーの荷物をフォニーが、ビブをラウニが抱いてそれぞれの部屋に向かって、ロビーから続く階段を上がっていった。


 「うわ、真っ白だよ」

 部屋についてベッドの上に荷物を投げ出したフォニーが窓を開けて声を上げた。窓の外には白一色になった畑と黒々とした木々の姿をあちこちにごま塩を振りかけたおにぎりみたいな山々の姿があった。

 「本当に真っ白ですね。それより・・・、寒くなると眠くなるから・・・、窓を閉めてください」

 ラウニがベッドに腰掛けて窓を見て身を震わせた。ネアはその光景を懐かしさを感じながら見つめていた。

 【雪山か・・・、随分昔に訓練したような気がする・・・、いつだったかな・・・】

 虫喰いだらけの記憶に引っかかるものがあったのであろう。無言のまま雪山を見つめているとそれはラウニの言葉によって分厚いすりガラスの嵌った窓に閉ざされてしまった。

 「寝間着ってこれですね。・・・サイズはぴったり?、ご隠居様の手配かな」ベッドの脇のサイドテーブルにきれいに折りたたまれていた寝間着を身体に当ててネアは首をかしげた。

 「なかなか可愛いデザインですね。・・・あら、これ、奥方様の工房の作品ですよ」

 「あ、本当だ。私たちのが元になっているみたい」

 侍女たちがガヤガヤしているとドアがそっとノックされ、金髪のエルフ、見た目の年齢はタミーより少し若い感じ、の少女が入ってきた

 「お風呂の準備が出来ました。お風呂の道具、ブラシ、タオルはお風呂場にありますよ。その寝間着に着替えて来てくださいね。お夜食は寝間着を着たままでいいですよ。それと、おトイレはこの廊下の奥にあります。洗面所はその隣です。用事があればその紐を引っ張ってくださいね。それが私たちの呼び出しの合図になりますから」

 彼女はそう言うと軽く頭を下げて部屋から出て行った。

 「きれいな人ですね」

 「ヒルカさんもきれいだけど」

 ラウニとフォニーが互いの顔を見合った。ネアにいたっては心のおっさんの部分が騒ぎ出していた。

 【あんな子が居る宿なら、何も無くても泊まりにくるぞ・・・、お金と暇があれば・・・】

 騒ぎ出したおっさんの部分は現実と言う冷たく固いモノの前に塩をまかれた草木のように萎れていった。

 「さ、お風呂に行くよ。白に負けないくらいの毛艶になるんだから」

 フォニーはそう言うとぽいっとベッドから降りた。

 「そうですね、振り返って頂けるように・・・」

 ラウニは何かを固く決心しているようであった。

 「温泉はいいですからねー、雪見風呂だったら風流でいいだろうなー」

 ネアも浮かれながら、先輩方の後に続いた。


 「あの子がボルロが言っていた子なのか・・・、見た目は落ち着いた子のようにしか見えんが・・・、ヒルカはどう見る?」

 ラスコーは暖炉の前でお茶啜りながら独り言のように呟いていた。

 「魂の色が面白いですね。身体と違う魂の色、ボルロ様の言うとおりだと思いますね」

 ラスコーの言葉にヒルカが応えた。

 「わたしには普通の子どもに見えるけど」

 二人の言葉を聞きながら金髪のエルフの少女がつまらなそうに言った。

 「修行がまだまだね、シャル」

 「お母さんほど長生きしてないから」

 シャルと呼ばれた少女はちょっとふくれっ面になった。

 「修行と経験を積めばシャルもお母さんのような目を持てるぞ。こう見えても俺には1/4エルフ族の血が流れているから、血筋的にも問題はないと思うぞ」

 ラスコーの言葉に少女は苦笑しながら

 「街エルフで、その上混ざり物だよ。だから、あまり期待しないで、わたしはこの宿の看板娘としてやっていくんだから」

 そう言うとシャルはロビーから出て行き夜食の準備にかかりだした。

 「混ざり物か・・・、嫌な言葉じゃな」

 「穢れの民もそうですが、気持ちいいモノじゃないですね」

 ラスコーとヒルカは互いを見てため息をついた。 

まだまだ年始の行事が続きそうですが、さっさと宿に行かせました。(あれがさっさと言うものか?の突っ込みは辞めて頂ければ幸いです。)次は、前回できなかった、お風呂でのきゃっきゃっうふふ、と行きたいものですが、難しそうです。

この駄文にお付き合いいただいた方に感謝を申し上げます。寒くなってきていますが、身体には充分注意していきましょう。そうじゃないと仕事が間に合わなくなりますから・・・(泣)

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