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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第8章 春
92/342

85 気になる噂

来週は都合でupできません、と言うか、これから年末に向けてバタバタになります。

もし、このお話を楽しみにしている方がおられたら、すみませんです。

 年始のお休みの前に、年始の各種行事が控えていた。冬の盛りの月の1日になると、郷主一家はメラニ様の教会に詣で、この一年の繁栄と平安を祈る儀式、そして日の出にあわせて郷主である、ゲインズ・ビケットが郷の民に向けて年始の辞を述べ、その後ケフの郷のあちこちの村や街の代官や他の郷からの外交官、商工会、聖職者、騎士団長等々の所謂、エライ人たちの挨拶受けがある。お館の使用人たちは郷主一家の行事にあわせた衣装の準備、教会までの移動と護衛、年始の辞の会場の設営、年始の挨拶に来るエライ人たちへの接待、酒肴等の準備に追われることになる。これらの仕事は子どもであっても容赦なく襲い掛かってきた。とは言え、まだまだネアたちに出来ることは限られており、彼女達に割り振られた仕事は年始の挨拶に来たエライ人の酒肴の配膳とエライ人と一緒に来る小さな子供のお相手であった。

 年始にお館で振舞われる酒肴については、基本セルフサービスのような形態になっている。いつもなら使用人たちが使用する大食堂をきれいに掃除し、そこに大き目のテーブル、清潔なテーブルマット、小奇麗な椅子を配置し、挨拶に訪れた人たちがテーブルの上に置いてあるオードブルと酒を自由に飲み食いできるシステムであり、ここで挨拶に訪れた人たち同士の挨拶やら仕事に関する口利きやら嫌味の応酬やらが行われ、その傍らで小さな子供が身体にあわない大きな椅子に腰掛けて黙々とお菓子を食べていたり、走り回っていたりと下手なマーケットより騒がしい状態になっていた。


 「この瓶下げますね」

 ラウニは空になったワインの瓶をテーブルから左手に持っている篭に入れた。既に篭の中には3本の便が横たわっていた。

 「アツアツの揚げ肉、ここに置きます。熱いから注意してください」

 フォニーは香ばしい香りと湯気を上げている揚げ肉がてんこ盛りにした大皿を両手で重そうに厨房から持って出てくるとそっとテーブルの上に置いた。

 「尻尾は引っ張らないでくださいっ」

 その足元でネアは小さな子ども、自分もカテゴライズするとその中に入れられても不思議ではないのであるが・・・の相手をしていた。一人でも大変なのにそれが3人、イタズラ盛りの真人の男の子、引っ込み思案な犬族の男の子、活発すぎる女の子相手だから、ネアにとっては一人で機械化師団を相手にしているようなもので、無力感を味あわされていた。それぞれの両親は食堂での挨拶やらおしゃべりに忙殺され、付き人もその子の兄弟達に手を取られており、誰も彼らまで手が回らなかったのである。

 「年齢が近いから、お願いね」

 のタミーの一言で彼らの面倒をネアが見ることになったのである。短い間に尻尾を引っ張られること数回に及びネアは悲鳴を上げそうになっていた。

 「ねーねー、にくきゅうさわっていい、この子のにくきゅうは黒くてちょっと固いの」

 女の子がネアの許可を取る前に手を取りピンクの肉球をニギニギと触りだし、その横で犬族の男の子が

 「ボクのだって・・・」

 とちょっとベソをかきながら己の黒い肉球を見つめているし、活発の度が過ぎる男の子はまたネアの尻尾を引っ張ろうとしてくるし、ネアは己の堪忍袋が切れそうになるのを懸命に堪えていた。その気持ちはぶんぶんと勢い良く振られている尻尾が雄弁に物語っていた。

 【このままじゃ、ぶち切れてしまう、間合いを切って少し頭を冷やさないと・・・】

 ネアはそう思い立つと、女の子に独占されている手をさっと引っ込めて立ち上がり、ちょっと恥ずかしそうにしながら、

 「ちょっと、おしっこに行ってきます。ここで、お漏らしすると大変なことになるから」

 と言うとさっと部屋から出て行った。そして一目散にトイレに駆け込み個室に逃げ込むように入った。実際、自然の要求が大声に自己主張しそうな雰囲気であったので、子ども達に言った言葉は嘘ではなかった。

 「不便だなー」

 下着をずらしながら、立ったままさっと済ませられた昔を懐かしく思い出してネアは呟いた。この身体で身体能力が上がったこと、年齢から来る不調がなくなったことはありがたかったが、これだけはちょっといただけない気がしていた。

 「どう対応するか・・・、前の世界ならゲームでもさせおけば良かったし、DVDでアニメでも見させておけば大人しいだろうけど・・・、アナログで簡単に楽しめるもの・・・」

 ネアは自然の要求に応えながら考えていた。自然の要求に応えている時に何か閃くと言うのを耳にしたことがあったが、個室から出て手を洗い、食堂に向けて歩き出しても何も閃かなかった。

 「あー、コレなんか細工しているんじゃないか」

 どこかのお屋敷の若い真人の使用人が一緒に歩いている猫族の若い男に文句を言いながら手にしたモノを見せていた。

 「お前のツキが無いだけだよ」

 猫族の男はそう言うと手にした小、中入り乱れた銀貨をチャラチャラと音を立てさせた。

 「つまんね」

 真人の男は手にしたモノをポイと廊下の隅のくずかごに放り込もうとして、外してしまった。

 「!」

 真人の男がくずかごに投げ込もうとしたモノを見てネアは目を丸くした。

 「サイコロだ・・・」

 まさか、この世界にあるなんてと思ったが、この世界でも椅子は椅子として存在するし、コップもある、酒もある、前の世界と似ている所が大量にあることを思い出した。その時、何かが閃いた。

 「これ、もらっていい?」

 ネアは捨てられたサイコロを手にして若い男に尋ねた。

 「捨てようとしていたんだ。勝手にしろよ」

 その男はぶっきらぼうに言うとニタニタとしている猫族の男と歩み去っていった。

 「ありがとう」

 ネアはサイコロを手にすると、今度はルビクの事務室に向けて走り出した。そして、扉の前に立つと息を整え、そっとノックした。

 「開いてますよ」

 中からの声を確認するとネアはそっと部屋の中に入った。

 「おや、ネア、今は食堂でお手伝いしている時間じゃないのか」

 挨拶に来た人の名簿を作成しながらルビクはネアに尋ねた。

 「はい、お子様達のお相手しているのですが、お子様達を退屈させないようにと考えたから・・・、その、紙とインクとペンを貸してください。紙は大きいのがいいんです」

 「ははー、暴れん坊たちの相手か、それは大変だな、それぐらいなら、これを使いなさい」

 ルビクは壁に並んでいるロッカーの一つを開けて、中からちょっと黄ばんだ大き目の紙数枚と草臥れたペン、3割程度インクが残っているインク壷をネアに手渡した。

 「頭にくることがあるだろうが、ここは我慢だぞ」

 ルビクは優しくネアに言うと、再び己の仕事に戻った。

 「ありがとうございます」

 ネアはペコリと頭を下げると、道具一式を抱えて食堂に向けて走り出した。

 「お待たせしました」

 あちこちつまらなそうに動き回っている3人にネアは声をかけると開けている床にペタンと腰を落として紙を広げた。

 「遅いよ、一体どこまで行ってたんだよ」

 イタズラ好きの男の子が早速ネアに詰め寄ってきた。

 「女の子は男の子と違って、いろいろとあるんですよ。それより、ちょっと面白いことを思いつきました」

 ネアの言葉に犬族の男の子、活発すぎる女の子が集まってきた。

 「この紙にですね・・・」

 ネアはその紙にペンで右下に丸を描いた。そしてその中に「スタート」と書き込んだ。

 「で、こちらに」

 続いて左上に同じように丸を描いて「ゴール」と書き込み、それらを繋げるように蛇行する線を平行に二つ描いて行き、それをマス目に区切り、所々に進行方向の矢印と逆方向の矢印と数字を書き込んだ。

 「すみませんが、ビンの栓を四つお願いします」

 ネアはいたずらっ子に声をかけると男の子はさっと走って早速コルク栓を四つ持ってきた。

 「突撃ゲームみたいだね」

 犬族の男の子がネアの描いたものをみて呟いた。

 「突撃ゲームは知りませんが、多分それより簡単ですよ」

 ネアはいたずらっ子からコルクの栓を受け取ると、それらをスタートの位置に設置した。

 「いい感じにそれぞれ模様が違いますね。自分のコマを決めてください。決めましたね。それじゃ、一人一回サイコロを振ってください。出た目が一番大きい人が一番目です」

 多分、この世界にも双六に似たゲームは存在するのであろうが、即興で作ったことがお子様たちの心を掴んだのであろう。

 「あ、スタートに戻るだ。一番だったのに・・・」

 悔しそうにいたずらっ子が声を上げた。

 「へへん、私は三つ進む」

 女の子は嬉しそうにコマを進める。

 「一回休み・・・だ・・・」

 犬族の男の子がため息をつく、それぞれが即興で作ったゲームに集中しているので、ネアは尻尾を引っ張られることも無く、安心してお子様たちの面倒を見ることができたが、不味いことにネアのコマが一番進んでいた。

 「次は、私の番ですね、では・・・」

 ネアはさいころの出た目にあわせてコマを進める。そしてたどり着いたのは「スタートに戻る」であった。この結果にネアはほっと安堵のため息を小さくついた。

 【サイコロの出目が悪くてほっとするなんて・・・、接待ゴルフみたいなものか・・・】

 結局、ゲームの勝負は活発すぎる女の子が1位、犬族の男の子が2位、いたずらっ子が3位であった。この結果にいたずらっ子は少しむっとしていたが、ネアがコマを描いた紙を渡すことでご機嫌は直っていた。

 「面白かったよ」

 「またねー」

 「今度は勝つからな」

 と、三人が両親に手を引かれて食堂から出て行くのを見送ってネアは深いため息をついた。

 「疲れた・・・」

 ぐっと背を伸ばしている時、ネアの耳に気になる言葉が飛び込んできた。


 「南の方で、盗賊たちが随分と討伐されたらしいぞ」

 「騎士団でも動かしたのか?」

 「数人でやっているらしい、その中にやたらと強いのがいるようだ」

 「ああ、それ勇者様の噂ね」

 商工会長の奥さんが甲高い声でその会話に入り込んできた。

 「噂だけど、酷い統治をしていた代官を打ち倒して、街の人たちを自由にしたって聞いたわ」

 「この調子で、どんどんと悪いヤツを退治してもらいたいね」

 ネアは耳をそばだてて会話を聞いていた。

 【勇者があの男だとして、そんな善行をするヤツに見えたか・・・、しかし、そうであれば・・・】

 暫く、辺りは勇者の噂話で盛り上がっていた。

 【この世界に来て右も左も分からないのに盗賊を見分けることが出来るか?襲われたとしたら逆襲するが、それでも好き好んで態々盗賊を潰して回るか・・・】

 ネアはその場に立ったまま難しい表情で考え込んでいた。

 「ネア、ぼーっとしてないで、こっちで配膳を手伝ってよ」

 考え込んでいるネアにフォニーが声をかけてきた。

 「りょ・・・、はい、行きます」

 ネアは思わず、了解と言い掛けて、言い直し、すぐさま厨房に駆け込んだ。しかし、勇者についての疑問は影のようにずっと付いてきた。


 「やっと、終わりました・・・」

 最後のお客様が帰ったのはとっくに日が暮れた後だった。

 「ホールの鐘が7つ打った後、ここでお弁当と残り物をここで配ります。それまでに片付けと身の回りのことを済ましておいてください」

 エルマが颯爽と食堂に現れて手を叩いてその場に居た使用人たちに指示を与えた。

 「まだ、明日と明後日がありますから、でも、その後は年始のお休みが待っています。がんばりましょう」

 そういい残すとエルマはさっと食堂から出て行った。

 「流石、エルマさん、全然疲れが見えないよ」

 「年始のお参りから、お館様のお言葉の準備、お館様たちのお着物の準備、お客様の対応、私たちへの指示・・・、どれをとっても凄すぎます」

 フォニーとラウニはエルマの後姿を見送りながら互いの顔を見合わせていた。

 【明日になれば、もっと勇者について聞けるかも知れない・・・、あ、今日のうちに双六作っておかないと】

 ネアは既に明日のことを考えていたが、腹の虫が小さく悲鳴を上げたのに気づいて、切羽詰った空腹と言う現実と直面していた。

 「お風呂混みそうだから、さっと片づけましょう」

 ラウニがフォニーとネアに床掃除を指示し、自分はテーブルの上のごみや空き皿を片付けだした。


 「今日のご飯、美味しかったねー」

 「貴女はいつも美味しいでしょ」

 「今日は、特にだよ」

 部屋に戻って寝間着に着替えた先輩方が今夜の夜食についてあーだこーだといっている横で、ネアは白紙に例の双六を懸命に描いていた。

 「ネア、何しているの?」

 フォニーがネアの背後からネアの書いているモノを見て尋ねてきた。

 「サイコロ一つで遊べるゲームみたいなもの・・・、これやっていると、小さい子は動かないから・・・」

 ネアは今日あったことを手短に先輩方に説明した。

 「面白そうですね・・・、そうだ、このコマに・・・」

 ラウニはコルク栓を手にすると自分のキャビネットからリボンを数本取り出した。

 「このリボンをコルク栓に結んで・・・」

 ラウニはコルク栓にリボンを結びつけるとペンで目を書いた。

 「可愛いね、じゃ、これはどうかな」

 フォニーが小さな毛糸だまを数個取り出し、それを均等な長さで切ると、針を使ってコルク栓に一本ずつ取り付けていった。

 「尻尾つけました。そして、同じように・・・」

 今度は短い毛糸をコルク栓の頭に二つずつ、尻尾と同じようにとりつけると耳と尻尾の付いたかわいらしいコマが数個出来上がっていた。

 「姐さんたち、ありがとう、これで明日小さい子に尻尾を引っ張られなくてすみます」

 「そうだ、こんどラゴに行ったときに、そのゲームで遊びましょう」

 ラウニがコマを描き込んだ紙とコルク栓のコマを見て楽しそうに提案した。

 「いい考えだね、本当は今すぐにでもやりたいけど、もう遅いし、それに明日も早いでしょ。ねあ、それはその袋に仕舞ってベッドに入ろうよ。ちゃんと毛布をかけて、身体を冷やさないようにね」

 フォニーは半ば強制的にネアをベッドに入り込ませると、その上からそっと毛布をかけ寒くないように寝床を整えた。

 「ありがとう、おやすみなさい」

 にっこりするフォニーにネアは少し恥ずかしげに言うとさっと布団に潜り込んだ。

 【こんなことして貰うなんて、何十年ぶりかな・・・、いいもんだなー】

 ネアは、小さな幸せを思いっきりかみ締めていた。しかし、心の片隅では例の勇者についてのことが咽喉に刺さった魚の小骨のようにしつこく不安の声を上げていた。

 「さぁ、灯りを落としますよ。フォニー、ちゃんとオシッコしておいた?・・・大丈夫ね、じゃおやすみなさい」

 ラウニはフォニーがふくれっ面をするのを楽しげに見るとそっとランプの灯りを落とした。部屋の中には小さな火を灯し続けるストーヴの明かりだけになった。

ネアの耳にも彗星たちの噂が届き出しました。二人はいつか出会うことになるでしょう。その時、友情が生まれるのか、それ以外の何かが生まれるのかは・・・・、はい、お約束になります。

双六を売って一攫千金、なんて考えましたが、知性があれば文化的に同じようなモノが生じると考えています。

駄文に、お付き合い頂き感謝申し上げます。

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