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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第8章 春
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84 小さな楽しみと小物の楽しみ

春を待つのは辛くもどこか希望があるモノです。盲目の希望があるからこそ生きていけるのかもしれません。

 彗星たちがイーソンの街で好き放題やっていた頃、ケフの都でネアたちは早朝の雪かきに追われていた。

 「うちは、低血圧だって・・・」

 フォニーは欠伸をかみ殺しながら凍えた手に息を吹きかけながら文句を吐き出した。しかし、それに応える者はいなかった。いつもなら窘めてくるラウニですら、眠気と戦いながら懸命に雪をかいているし、ネアはいつもの如くただ黙々と作業に没頭していたからである。

 お館の比較的雪の量が少ない所である、玄関前がネアたちに3人に与えられた雪かきの区域であった。少ないといえども子どもには充分すぎる量であった。勿論、持ち場の雪かきが終えた大人たちが逐次助けに来てくれるのであるが、最初の内は彼女らのみでの作業となっていた。ケフの都に住んでいる者の定めとして、この冬の雪かきは避けて通れないものであった。

 起床して、朝食までの間に雪をかき、仕事を終え、夕食までの間に雪をかく、この生活が春まで続くのである。年迎えのお祭りは、ある意味これかずっと続くであろう雪かきの季節の始まりを告げる面も持っていたのである。


 「ありがとー」

 雪かきを助けてくれた大人の使用人たちにフォニーは元気良くお礼を述べた。いつもなら真っ先に声を出すラウニはまだ眠そうであった。

 「ラウニ姐さん、冬眠モードですか。随分辛そうだけど・・・」

 ちょっとした隙にこくりこくりと船を漕ぎ出すラウニを心配げにネアは見上げた。

 「大丈夫よ。ラウニはお昼前ぐらいには元気になってるから」

 フォニーがネアの心配を打ち消すように明るく答えた。

 「フォニーの言うとおりで・・・す。冬の間は・・・いつも・・・この調子・・・なんです・・・よ」

 ラウニが睡魔と闘いながらフォニーの言葉が正しいことを証明した。

 「熊族の中に・・・は、冬は眠・・・くてしかなくなる・・・人がいるんで・・・す。私のよう・・・なツキノワ・・・族はとくに・・・」

 ラウニは途切れ途切れに自分の種族の特性を簡単に説明するとノロノロとお館の中に足を進めだした。

 「スコップをしまっておきます」

 ネアは先輩方から雪かき用のスコップを手渡してもらうと、一人お館の翼側に建っている小屋にしまおうとした。

 「ここかな・・・」

 ネアはスコップを元にあった場所にきれいに雪を払っておこうとした時、何かが目に入ってきた。

 「おや?」

 何か紙切れのようなものが各種の掃除道具などが詰まった箱の間に挟まっているのを見つけて、ソレを取り出した。それは薄い本のような体裁のものだった。

 「・・・・、あっ」

 ネアが手にしたのは俗に言う、大人の絵本であった。線画で描かれたご婦人のあられもない姿がこれでもかと詰まっていた。本来なら真っ赤になって悲鳴でも上げれば良かったのかもれしないが、中身がおっさんなため、そんな反応をする気にもなれなかった。

 「どこの世界も同じなんだなー」

 一人、感慨深く呟くと、そっとソレを元の位置に戻した。

 「そう言えば、性欲って無くなったな・・・」

 元より淡白な性格だったために前の世界では犯罪者にならずにすんでいたが、この身体になってからは身体がまだ発達していないこともあり、そんなものは概念だけの存在となっていた。

 「あったとして、対象は男か、女か・・・」

 難しい表情で呟くとさっさと小屋を後にした。


 冬の期間のお館の生活は朝と夕の雪かきが通常の業務に割って入ってくるため、その分時間がずれたり、通常の勤務時間が短くなるとともに、ストーヴの燃料補給つまり、薪の手配などが発生してくる。蒔き割などはまだ幼いネアたちには任されていないが、これも使用人としては必須の仕事でありその内、ネアたちも鉈を振り回すことになるのである。お館の主要な部屋には地下にある巨大なストーブからパイプが引かれ、その中を熱湯を循環させることで暖を取っていた。しかし、その器用なシステムも使用人たちの部屋には届いておらず、使用人たちは各人で寒さ対策を講じる必要が生じていた。ある者は厚着、ある者はアルコールの摂取、ある者たちは寝床にまとまって入って暖を取っていた。寝床にまとまって入っていると往々にして間違いが生じることもあったが、寒さの前では些細なことであった。

 ネアたちはと言えば、単純に重ね着と小さなストーヴで寒さと戦う以外に手は無かった。もともと、獣人は天然の毛皮を身にまとっているため寒さには強いのであるが、それでも寒いものは寒かった。


 「ラウニ、年始のお休みはどうする?」

 ベッドの上で毛布を身体に纏いつけ、まるで瞑想する修行者みたいな形になっているフォニーがやはり同じような形になっているラウニに声をかけた。

 「そうですねー、ここでずっと眠っているいうのは?温かいし、お金もかからないし・・・」

 朝に比べて随分と元気になったラウニがぎゅっと毛布を身体に巻き付けながら答えた。

 「年始のお休み?あの、長いお休みを頂けるって聞きましたけど」

 ネアは初めて耳にする言葉に思わず口を開いた。勿論、ネアの姿も先輩達と同じであった。

 「冬の盛りの月の1日に新しい年が始まるの。普通のお家だったら、その日の3日ぐらい前から3日ぐらい後までお休みするんだけど、お館は新年の挨拶に来る人が多いからうちら使用人は3日ぐらいから6日ぐらいお休みをもらえるのよ。使用人が一斉にと言うわけじゃなくて、代わりながらお休みするのよ」

 フォニーが楽しそうな表情を浮かべながらネアの疑問に答えた。

 「だから、6日間寝てられるんですよ」

 ラウニが欠伸をかみ殺しながらうっとりとした表情で付け加えた。

 「・・・去年は本当にそれやったよね・・・、うちが誘ってもずっとベッドの中・・・」

 フォニーが去年のことを思い出してぷーっと膨れた。

 「あれは、流石に堪えました。ずっと眠るのも結構疲れるモンなんですね。獣人に冬眠は向かないのでしょうか」

 ラウニはちょっと残念そうな表情を浮かべた。

 「6日間ずっと、おトイレや食事は・・・」

 ネアの質問にラウニはちょっと顔をしかめ、フォニーはクスクスと笑い出した。

 「枕元にちゃんとビスケットとお水を準備してたよね。それとオムツもね」

 「そこまで準備して・・・、流石ラウニ姐さんです」

 【寝る気満々でやったんだ。と言うか、普通、そんなことしようと思うのか?それとも、獣人ならではの文化か精神性なのか?それとも、ラウニというパーソナリティの特質なのか?】

 フォニーの説明を聞いてネアは心の中で突っ込むと同時に様々な疑問が巻き上がった。

 「オムツは毎日変えてました。前日から食べる量を減らして・・・、オムツもせずにお寝小するよりマシでしょ」

 フォニーの言葉にラウニがむっとして言い返した。そして、意地悪そうに目を細めると

 「フォニー、年始のお休みの間の臨時の仕事を狙っているでしょ。そろそろデーラ家も募集を始める頃だし・・・」

 フォニーの計画を言い当てようとした。ラウニの言葉に一瞬フォニーがギクッと体を強ばらせた。

 「ラウニもさ、ずっと寝てていいの?ヴィット様のお家もそろそろ募集を始めるよ」

 フォニーも負けじとラウニに言い返した。

 「その手も有りですよね。6日間、ヴィット様と同じ屋根の下で・・・」

 フォニーの言葉を引き金に、ラウニはあっちの世界に旅立って行った。ニコニコしながら時折、ヌイグルミのブルンをぎゅっと抱きしめるを繰り返し出した。

 「行っちゃいましたね・・・」

 「うん・・・、で、ネアはどうするの?ミオウに行ったあの子に会いに行くの?」

 フォニーは興味津々でネアに尋ねてきた。あっちの世界に行っていたラウニも現実に戻ってきて、瞳を輝かせながらネアの答えを待っていた。

 「ラゴの村に行こうかなって、あそこまでは馬車も通ってるし、あんまり危険じゃないから」

 ネアは自分の中で立てていた計画について話した。前の世界なら、何故そうなったのかなどの経緯を各種資料を駆使して説明していだろうが、ここでは資料を作成している時間も、プレゼンに使用できるような装置もないので口頭で済ますことにした。

 「「ラゴの村?」」

 ラウニとフォニーが声をそろえてネアに聞き返した。

 「あそこに何があるの?小さな村だし、可愛いものもないし」

 「そんな所に行くぐらいなら、ここで寝ているのがいいですよ」

 二人が揃ってネアの行動計画を否定してきた。こうなるのはネアとしては計算すみであった。

 【俺が何年、エライさん相手にプレゼンしてきたと思っているんだ】

 ネアは二人に対してにっこりすると

 「ラゴの村にはいいお湯が沸いていて、ステキな温泉があります。そして、この季節、キバブタ(イノシシにと違うと言って、そうとも言い切れない、多分野生のブタ)のお肉が美味しくなって、冬野菜と煮込んだ鍋料理が絶品なんです。さらに、何とこの季節、周りに何もないからお客さんも少なくて、お宿の値段も安くなっているんですよ。温泉、雪景色、美味しい料理、しかもお手ごろな価格。私たちのお小遣いでも充分賄えます。それと、その温泉、お肌にいいのと、毛艶が良くなる効能があるそうです」

 立て板に水とばかりにネアはすらすらと、ラゴの村行きについて説明した。この様子に先輩方は目を丸くしていた。

 「・・・ネア、何故そこまで、詳しいんですか。まだ、ここに来て1年も経っていないのに・・・」

 ラウニがネアに真剣な表情で尋ねてきた。

 「女の子としての知識はからっきしなのに、なんで?」

 フォニーが幾分失礼な驚き方をしていた。ネアはそんな二人を余裕の表情を浮かべて見つめると

 「このラゴ行きの更に、凄い所は、ご隠居様に紹介していただいたことです。あの、ご隠居様がいい所だよって。だから、間違えはないと思っています」

 ドヤ顔で無い胸をはるネアに先輩方は驚きの表情を見せた。

 「キバブタのお料理・・・」

 「お肌と毛艶・・・」

 この二つの要素にあっちの世界に行っていたラウニも思わず身を乗り出していた。二人の頭の中から、美味しいモノを食べられて更に美しくなれる、の二つの要素が今までの彼女らの計画を押し出していた。

 「いかがですか?お嬢さま方、ここだけの話ですが、ご隠居様がお宿の方とお友達らしくて、格安にして貰えそうなんですよ。だから、私はラゴの村でゆっくりしようと思っています」

 ネアは己のお休み計画に先輩方がそれに乗るだろうと踏んでいた。

 「それは、私も行けますか?」

 「ネア、独り占めはずるいよ」

 ネアの読みの通りとなった。先輩方は思い人の屋敷での臨時雇いになって・・・、の淡い思いは現実的なものの前に瓦解していた。よく考えれば、その季節は大きな家は家族揃って避寒に出かけるのであって結局は留守番になるだけなのである。しかし、先輩方はひょっとしての部分に賭けていたとも言える。しかし、確実でないことより確実な方を選び取ったようであった。

 【年齢相応なのかな?】

 ネアは心の中で苦笑していた。

 「他に来る人とかいないの?バトさんやルロさんとか」

 フォニーがネアに聞くとネアの代わりにラウニが口を開いた。

 「お二人とも、実家に帰られるみたいですよ」

 「実家か・・・、うちらには・・・」

 フォニーがさびしそうに呟いた。確かにこの年齢で親も無く、頼れる人がお館の人だけと言うのは酷な話であった。フォニーの言葉にラウニの表情も少し曇った。

 【常は何も感じてないように振舞っていても、キツイよな】

 ネアは二人の様子をまるで保護者になったような気分で眺めていた。

 【そう言えば、家族に対する思いってあったかな・・・・、あ・・・】

 前の世界のことを思い出してネアは押し黙ってしまった。家族のことなんか爪の先ほども考えたことは無かった、実の親子と、兄弟のことなんて家を出る前から真剣に考えたことはなかった。そんなことだから、自分で家族を築きたいと思ったことすらなかったのである。そんな、自分の生活を思い返して、人として大きく欠損していたことを改めて思い知った。

 【取り返しのつかないことをしたんだな・・・】

 そう思い返し、ひょっとしたら作ることが出来たかも知れない自分の家族を想像してネアの表情も曇った。第三者から見れば、侍女たちが家族恋しさに曇った表情を浮かべているように見えるだろうが、ネアだけはその本質が異なっているのだが。

 ネアの一言で、侍女たちが年始のお休みをどう過ごすかが決定されたのであった。


 「そうすると、死人の国に、お嬢さまを真人にする秘伝があるって言うんだな。嘘じゃないだろうな」

 ネアたちが年始のお休みについて話をしている頃、トバナは自室のベッドの上で脂汗をかいていた。

 「あるじゃなくて、かもしれないだ。大体、あそこを詳しく調べたヤツなんていない」

 まるで他人事のように言葉を濁すトバナの腹に黒ずくめの男が拳を打ち込んだ、勿論充分に手加減したものであるが、トバナを苦しめるには充分であった。

 「げふっ、今のところ手にした情報はそれだけ・・・」

 「使えないな・・・、で、まれびとは?ヤツにお嬢さまを真人に変えられる力はあるのか?」

 黒づくめの男はさらにトバナに問いかけた。

 「アレに関しては、南のほうで野盗を退治したり、圧政に苦しんでいる街を開放した程度の話しかない」

 苦しい息の下、何とか手にした情報をトバナは口にしていた。そして、これでゴーガンとの約束は全部果たしたと思っていた。

 「来月までに、もっと詳しく調べておけ。次もこの調子だったら・・・、分かっているよな」

 黒づくめはそう言うと目だし帽で隠した顔をぐいっとトバナに近づけた。

 「これで終わりじゃないのか・・・」

 「手にした金の分の働きをしたか?・・・、それとこれは、今回の情報料だ」

 黒づくめの男はトバナのベッドの上に大銀貨1枚を投げた。それをすかさずトバナは両手で確保してぐっと抱きかかえるようにした。

 「言っておくが、俺たちがモンテス商会にこの事を話したら、どうなるかよーく考えておくんだな」

 黒づくめはそう言い残すと窓からひらりと身を翻して出て行った。

 「・・・金か・・・、いい情報になれば値段を上げることもできる・・・」

 痛む身体をさすりながらトバナの頭は金のことだけになっていた。


 「金しかないんだよな、アイツ・・・」

 窓から飛び降りたロクは目だし帽を取り、呆れたように呟いた。

 「簡単な生き方だよ」

 ため息つきつつ、あまりにも実りの少ない情報を持ってご隠居様の下に足を進めた。

彗星たちが殺伐とした生活をしているのに反して、ネアたちは雪国でのほほんと生活しております。ネアのチート能力はのほほんとした生活を送ることができることかもしれません。

駄文にお付き合い頂き感謝しております。

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