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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第7章 英雄
89/342

83 決別

そろそろ年末の足音が聞こえてきました。慌しくなる一方で、この駄文をupできる日も少なくなっていきますが、継続こそ力なり、と2年目を迎える予定です。

 南国とされるコデルの郷の春は早い、彗星が心配していた春まで何とかイーソンの街は持っていた。しかし、住民は逃げ出すか、冬の最中に寒さと空腹でくたばるかしており、その数は彗星たちが来る前に比して四分の一程度まで減少していた。その代わりと言ってはなんだが、ヒグスのような野盗やお尋ね者たちが集ってきており、彼らの集団は既に3桁に手が届くぐらいに膨れ上がっていた。彼らの誰も、それが右と左の区別が怪しいヤツまでコデルの街にはもう吸い上げるものが無い、後一舐め、二舐めていどで骨の髄がなくなることは理解していた。

 春の初めの月まで数日という晴れた朝に、ヒグスは手近の配下をかつての代官の執務室に呼びつけた。

 「この街には何も無い、出るぞ」

 空き瓶が散乱し、汚れた皿が乱雑に散らばる部屋の中でヒグスは退屈そうに口を開いた。

 「どこに?」

 いつもヒグスに影のように付き従っているフッグが口を開いた。この場で彼の声を初めて聞いたと言う者いるぐらい何も喋らない男からの質問であった。

 「兎に角出るんだよ。もう、ここには食うものも酒も女もガキかババア、尻尾の生えたのしかいねぇ、これはお前らがやった後ばらすからだぞ。もっと丁寧に使えばまだちょっとは残っていたのによ」

 ヒグスの言葉に彗星はぽつりと誰にも聞こえるような声で呟いた。

 「あても無く、この集団を率いて行くんだ・・・」

 彗星の言葉に、ヒグスの表情が強ばり、まくし立てるように声を張り上げた。

 「どいつもこいつも、勝手について来たんだよ。俺が頭を下げて頼み込んだじゃねぇよ。近所の町、ネデウとか近いだろ、あそこを襲って・・・、隊商を襲うのもいいなー。小さいことを気にしすぎなんだよ。何とかなるぞ」

 彗星はヒグスの言葉にため息をついた。この世界に来てどうしていいか分からない時に世話を焼いて貰った恩義はあるが、この男はこの集団を纏め上げる力量が無い、せいぜい数人の野盗のリーダーどまりであると考えた。この事はこの街に来てから徐々に強くなってきていた。

 「ヒグス様、このように為されては如何でしょうか。この街から離れた所だと、我々は悪い代官を追い払った世直しの集団と噂されているようです。この世直しの集団を利用してコデルの都に乗り込んでみては、郷主も無碍には出来ません。既に我々は多くの野盗を退治してきた功績もありますから」

 彗星の横に控えていたハイリが適当な行動方針をぶち上げたヒグスにおずおずと提案した。

 「英雄として凱旋か、それも悪くねぇな」

 深く考えもせずヒグスはハイリの案に乗った。一塊の山賊モドキの犯罪者で終わるかと思っていた己の人生に郷主、一国一城の主という考えもしなかったオプションが発生したことにヒグスは何かの光を診たような気分になっていた。

 「しかし、そのためには一つ問題があります。ここの住民たちは、貴方たちのやったことを見ています。残念ながら、決して英雄的ではありません。むしろ、犯罪者です。彼らがもし、どこかでこのことを話したら、ヒグス様、英雄として迎えられるのではなく、犯罪者として追われる身になります。どうすれば良いかは、もうご存知だと思いますが」

 ハイリは含みを帯びた笑みを浮かべヒグスを見つめた。

 「成る程ね、一国一城の主になるために、ちょっと協力して貰おうか」


 街の片隅で小さな雑貨店を営んでいるリス族の家長である父親が嬉しそうな表情を浮かべて実りの少ない仕入れから戻ってきた。

 「アイツら、明日の朝にここを出て行くらしいぞ。やっと普通の生活に戻れる」

 あの連中が代官となってからは、商品は悉く巻き上げられ、気に入らなければ殴られ、下手すれば殺されても文句は言えない状態がこの冬の間ずっとずっと続いていた。この店も殆ど売るような物は無く、今までの蓄えを少しずつ切り崩して何とか凌いできたのである。街の外に仕事を求めて出て行っても、戻ってくるときに通行料の名の下、殆どの稼ぎを巻き上げられるものだから、生活は苦しいどころの話ではなかった。

 「やっと春がくるのね」

 その妻もほっと安堵のため息を漏らした。今年、8歳と5歳になる娘たちも良くは分からないが、いい事が起こると思って表情を明るくしていた。

 「ただ、見送りのために広場に行かなくちゃならないそうだよ。アイツら出て行くんだからお安いものだろうがね」

 イーソンの街のあちこちで人々の顔に明るい表情が浮かんでいた。


 「見送り、ご苦労さん、この冬、お前らには随分と世話になった。で、出て行く前に俺たちからお前らに贈り物があるんだ。おい、お前、こっちに来い」

 ヒグスは広場に即席に作らせた壇上から大音声を張り上げ、この街のまとめ役となっている真人の老人を呼びつけ、壇上に上がらせた。老人はおどおどとした表情でヒグスを見つめた。

 「俺らが、お前らがこれから先、飢えることも、寒さに凍えることも無いようにしてやる」

 ヒグスはそう言うとスラリと腰に佩いた装飾だらけの剣を抜いた。そして驚愕の表情を浮かべる老人に

 「感謝するんだな」

 と一言投げかけると、そのまま大上段に振りかぶってから竹割のように老人の脳天に剣を叩き込んだ。奇妙な悲鳴と骨と金属がぶつかるような音を合図にヒグスの配下たちは剣を抜いた。勿論、彗星も。それからは一方的な暴力の嵐であった。老いも若気も、男も女も、大人も子ども分け隔てなく彼らは剣を振るっていった。何人かが反撃してきたが、それもヒグスが名も知らぬ配下が数名死傷した程度であった。広場に居た街の民をきれいにあの世に送ると、配下たちを率いてヒグスは街の建物を一軒一軒丁寧に回っていった。


 「隠れるのよ」

 街の雑貨商の妻は子どもたちを空になった箱に入り込ませ、そしてその上に他の空箱を積み上げてカモフラージュを試みた。末の娘はそんな母の姿を空き箱の小さな穴からずっと見守っていた。母親がやっと作業を終えた頃、ひょろっとした真人の男が店に入ってくるのを末の娘は隙間から見ていた。その男は母親が何かを言おうする前に剣を走らせてその首を跳ね飛ばした。胴体から放れた首が積み上げられた箱の一つにぶつかり、その拍子に中から小さな悲鳴があがった。その男はその悲鳴を聞き逃さなかった。ゆっくりと箱に近づいて、その蓋を素早く開けた。中にはおびえ切った上の娘がぶるぶる震えながらその男を見つめていた。男は上の娘をみつけるとにっこりと微笑み、先ほど斬り飛ばした母親の首を髪の毛を掴んで、まるでメドゥーサの首を掲げるペルセウスのように上の娘に見せつけた。上の娘は悲鳴を上げ、そして失禁した。男はその様子に顔をしかめると黙ったまま上の娘の頭をつかんだ。

 「獣が人の真似なんかするなよ」

 その男は一言つぶやくと、上の娘の頭をグイッと180度回し、そして力任せに胴体から引き違った。

 「この世界にはこんなのまだまだいるかと反吐が出る」

 一仕事を終えた男は唾を吐くとそのまま店の外に出て行った。

 「・・・」

 箱の隙間から一部始終を目撃した末の娘は泣き叫びたい気持ちを必死で抑え、その男を隙間から睨みつけていた。

 「ここの始末は終わったのですか、彗星様」

 店の外から若い女の声がした。末の娘は箱の中で、あのひょろっとした男の名が彗星であることを覚えた。この名前、絶対忘れるものか、末の娘は涙を流しながら幼心に誓った。


 昼ごろにはイーソンの街で動くものと言えば、ヒグスたち一行だけになっていた。

 「目撃者は始末した。後は、死人に口なしってな」

 返り血を浴びてあちこち赤黒く染まったヒグスが街のあちこちに転がる死体を見つめて満足そうに呟いた。

 「仕上げは、火をつけて、きれいに焼き払っちまえ、その方が清々する。どうせ、穢れの連中しかいないような街だからよ。おい、お前、そ、お前、コデルでやらかして、確か結構な賞金首になってたよな、ちょいとコデルの都について聞きたいことがあるんだよ」

 ヒグスは広場に居た傭兵崩れに気安く声をかけると、ぶらぶらと広場に戻ってくる配下たちに火を放つように命令した。暫くすると街のあちこちから黒い煙が立ち上がった。

 「ヒグスの郷主への第一歩か・・・」

 彗星は立ち上がる煙を眺めながらこぼした。

 「あれが郷主になることはありません。彗星様こそ、郷主以上の英雄になるべきなのです」

 彗星の傍らに控えたハイリがそっと彗星に告げた。

 「俺が英雄?」

 背理の言葉に面食らったように彗星が聞き返した。

 「しっ、声が大きいです。いいですか、彗星様、あの男と一緒に動いている限り、彗星様はどこまで行っても野盗でしかありません。英雄になるには何かを切り捨てる覚悟が必要となりますが、その覚悟はおありですか?この、ハイリ、彗星様が英雄になられることを望んでいることをどうかお心に留めて置いてください。彗星様がご決心なされたら、ハイリは彗星様のために全てを捧げてご協力申し上げる覚悟にございます」

 ハイリは彗星の言葉にそう返すと、彼の決心を促すかのような硬い表情で見つめた。

 「ああ、そうだな。アイツはどうも、高望みが過ぎている・・・」

 嬉々として配下たちにあれこれと命令するヒグスを見つめながら彗星は深いため息をついた。


 箱の中で少女は泣きつかれて眠ってしまっていた。そんな彼女の眠りを覚ましたのは煙だった。本能的にこのままでは死んでしまうと察した彼女は箱を蹴って、蹴って、箱の上に積まれていた空き箱もろとも自分の入っている箱を倒すことに成功した。あちこちに打ち身を作りながらも箱から出た彼女が目にしたのは、胴体と頭部が分離した母親と姉の姿だった。呆然と二人の姿を見つめているうちにも煙の勢いはどんどんと強くなってくる。あの連中がまだ居るかも知れない、そんな恐怖を追い払って、家の外に出た少女が目にしたのは夜空に煌々と火の粉を吹き上げる燃える街と、見知った人たちの物言わぬ姿であった。


 「我々は、世直しのために挙兵した、えーと、竜の・・・、竜の団である。この都での逗留をえーと、所望する」

 門番の前で飾り立てた馬から降りて、身に会わぬ派手な鎧に身を包んだヒグスがつっかえつっかえ門番の衛士に偉そうに告げた。

 「竜の団?、聞いたこと無いなー、それを証明するものは無いのか」

 門番としては当然のことを聞いてきた。その言葉を聞くとヒグスはフッグを呼び寄せた。フッグは両手に恭しく箱を掲げながらヒグスの傍らに立つとそれを彼に手渡した。

 「これを見てくれ」

 箱を開けるとそこには賞金首となっていた男の首が鎮座していた。昨日、気安く声をかけられた男の成れの果ての姿である。

 「こいつは、賞金がかかっていた・・・、強盗の・・・」

 あまりのことに門番たちが言葉を失っていた。

 「そいつの賞金をよこせは言わない。その代わり、我々を通してもらいたい。なんでも我々が悪政から解放したイーソンの街を襲った盗賊たちが今度はコデルの都を襲うと耳にしてな、そのために馳せ参じた次第だ」

 ヒグスはハイリが準備した台本通りに台詞を吐き出していた。その台詞は彼が滅多に使わぬ言葉が多く、言葉を発している本人が完全に内容を理解しているわけではなかったが、門番たちは彼の台詞を信用したようであった。ここで、真剣に身元を確認して、真面目に仕事していても給料は上がらないし、それだけの仕事の分だけの給料であるかと言えば、そうではないので門番たちの仕事もそれなりになっていた。

 「ご苦労」

 ヒグスは再び馬上の人となると配下を引き連れゆっくりとコデルの都に入っていった。


 「彗星様・・・」

 ヒグスの三文芝居を少し離れた所から見ていた彗星にハイリがそっとフルフェイスの兜を手渡した。彗星はヒグスが都で暴れてから増援として戦闘に入ると告げ、別行動をとっていた。人目のないところで彼は既に軽冑に着替えていた。それは、動きやすく、シンプルでどことなくヒーローショーに出てくるヒーローを思わせるデザインだった。

 「もう決めたよ。俺のため、否、お前のために・・・」

 彗星はハイリから手渡された兜を手に取るとすっぽりと頭から被った。

 「行ってくる」

 彗星はハイリにそう告げると歩いてコデルの都の門に向かって足を進めていった。


 「じゃますんな、ボケっ」

 ヒグスは乱れた隊列を作って都の大通りを郷主の館に向けて行進していた。それを郷主の親衛隊らしき騎士に止められ、馬上からその騎士に道を開けろを意味する言葉を投げつけた。騎士はその言葉に剣を抜いて応えたが、呆気なくフッグの斧で脳天をかち割られて永遠に沈黙してしまった。その騎士の死を合図にしたかのように、ヒグスいうところの竜の団の団員たちは一斉に抜刀した。そしてそれを呆気に執られて見ている人々に斬りかかった。大通りは一瞬にして阿鼻叫喚の場と化してしまった。無抵抗な人々に斬りかかる元野盗や追剥などの職業的犯罪者たち、街中でのテロのような奇襲は功をなし、駆けつける衛視たちも戦闘に逐次に加入するという悪手を執らざるを得ず、流れはヒグスの側にあった。そんな時、彼の背後でどよめきが起こった。

 「なんだ?」

 騒ぎのあった方向に目を転ずると、彼の配下を片っ端から斬り倒してくる鎧の男が目に入った。その剣筋は早く、そして重かった。

 「ふざけやがって」

 ヒグスは馬から飛び降りると鎧の男に向けて走り出した。走りながら剣を抜いてその男に切りかかろうとしたが、あっさりとかわされてしまった。

 「コイツ、彗星だ」

 フッグがヒグスと鎧の男の間に割って入って斧を構えた。フッグの体型からすると力押しのタイプと見られやすいが、実はそれ以上に彼は身のこなしが軽かった。しかし、彼の攻撃は全て鎧の男にかわされ、いなされ、受けられて何一つ相手に傷を付ける事ができなかった。空振りが続いて少し息を乱したフッグの様子を鎧の男見抜いたのか、素早い動きでフッグの眉間に深々と剣を突き刺していた。

 「・・・」

 鎧の男はヒグスに向き直ると兜のバイザーを上げ、顔を見せた。

 「お前、なんで・・・」

 その顔を見てヒグスは言葉を失った。呆然と鎧の男を見つめるだけだった。

 「アンタには、世話になった。何も知らない俺を助けてくれたことに感謝する。でも、俺にとってアンタは邪魔になったんだよ。それだけ」

 鎧の男はそう言うと立ちすくむヒグスを上段から斬りつけた。装飾の多い無駄に派手な鎧はとっくにその役割を放棄したらしく、ヒグスを護りきることができなかった。深々と斬りつけられ、石畳の上に斃れたヒグスの目に最後に飛び込んできたのは、うっすらと涙を浮かべた彗星の顔だった。

 「畜生が・・・」

 そんな彗星を恨みのこもった目でにらみつけながら、ヒグスの意識は暗い穴の中に落ちて行き、戻ってくることはなかった。

彗星君が新たな道を歩き出そうとしています。能力的には彼のほうが異世界転生モノに向いているように思われます。彼女も出来たようですし、それなりに充実し出してきています。

主人公のネアより動かしやすいような気がしますが、気のせいでしょう。彼もネアと同じくダンジョンに潜ることもしませんし、ギルドに登録に行くようなこともしません。そのような仕様になっています。

この駄文にお付き合い頂きありがとうございます。いつものように感謝しております。

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