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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第7章 英雄
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82 新たな道

ヒグスには元々人を動かすために必要な気配りや責任感はそんなに大きくありません。この群れはただ彗星の力にのみよって保たれている状態です。その彗星もハイリの尻に轢かれているようですが。

 ヒグスたちの群れは徐々にその構成人員数を増やしていった。相手の縄張りを奪い、奪いにきたのを返り討ちにし、隊商を襲い、小さな村々を襲撃し、構成人員数と正比例して死者の数も増えていった。しかし、コデルの郷はこれといった処置を取らず、未だに郷内の椅子取りゲームに興じていた。


 「そろそろ、寒くなってきたな・・・」

 コデルの郷はターレの地の南のほうに位置するとはいえ、寒風が身に染みる季節になっていた。ヒグスは寒風に身を震わせると誰に言うとも無くこぼした。しかも、ここは隊商がよく通る街道が見渡せる高台であり、風を遮るものはない。まだ昼過ぎだと云うのに寒さはきつく感じられた。

 「街を襲う?」

 ヒグスの隣に立って獲物を高台探っていたフッグがポツリと提案した。

 「街を襲ってたんまり金を手に入れて、どっか遠くの郷で冬をやり過ごすか。彗星はどうだ?」

 ヒグスはハイリと共に佇む彗星に声をかけた。彗星はヒグスの言葉をゆっくり解釈しながら口を開いた。

 「・・・キツイ戦いになる気がする・・・」

 あまり乗り気な素振りを見せず彗星は応えた。この群れの戦いにおいてはいつも斬りこみをさせられ、当のヒグスといえば虫の息になっているヤツらに止めを刺す程度である。小さな村でも囲いや掘を突破するのに結構骨を折ったのに、街なんぞ襲ったらこちらも無傷ではすまない。自ら剣を執らないヒグスには関係の無いことであるかも知れないが。

 「襲うより、乗っ取る方がいいと思いますよ。流しの傭兵団を装って街に入って、衛士を始末したら、あとはこっちのものです。春までその街でやり過ごしたらいかがですか?彗星様」

 ハイリは彗星の耳元で囁いた。ハイリの言葉に彗星は頷くとヒグスに対面した。

 「街を乗っ取る。傭兵団か隊商の真似をして入り込んで、衛士を始末する。その後は街の一番エライのを始末して、俺たちの街にする。春までいる、そこを基地にすること、できる」

 彗星は覚えた手の言葉を駆使してヒグスに己の考えを伝えた。行動をハイリと共にしてから、ハイリの熱心な指導のおかげで彗星の語彙も増えつつあった。

 「ソイツは面白ぇなー、どっか適当な街でも探すか。いい所ないか」

 彗星の言葉に大いに乗り気になったヒグスはニタリとすると早速獲物を探し出した。

 「イーソンの街が良いかと思います。あの街は警備は薄く、コデルの都からも適当に離れていますから、討伐対も来ないでしょう。街の周りはご存知のように農作地ですから、食べ物もあるでしょうから」

 ハイリはおずおずとヒグスに提案した。ハイリの言葉にヒグスはますます乗り気になっていった。

 「俺もイーソンは知っているが、どうしてお前がそんなに知っているんだ」

 ふと、何かを思ったらしくヒグスはハイリに尋ねた。

 「私を最初に買おうとしたのとあのウサギが商談をしたのがイーソンでしたから、結局、あのウサギと値段が折り合わなかったみたいで、その話はなくなりました」

 辛いことを思い出すように訥々とハイリはヒグスに説明した。

 「そうかい・・・」

 ヒグスの中の随分と萎縮した良心が不味いことを聞いたと小さな声を上げていた。

 「さて、お前ら、これからイーソンに行くぞ。そこで一暴れだ」

 ヒグスの言葉を聞いた盗賊たちは喚声を上げ、移動の準備に取りかかった。


 「通行証?、ああ、これのことだったな」

 高いが、あちこち崩れている石垣に護られたイーソンの街の門で傭兵のようないでたちの男が街の門を護る衛士と言葉を交わしていた。身分証の提示を求める衛士に傭兵のような男はいきなり剣をぬくとその衛士を突き刺した。それを合図にしたようにその男の後ろに控えていた一団が衛士たちに襲い掛かり、あっという間に衛士たちを物言わぬ物体に変えていった。

 「彗星、まだお前の力を借りる時じゃないから、気軽にしておいてくれ」

 剣についた血を払いながらヒグスは彗星に声をかけると、

 「騒がれる前に、見た連中を始末しろ」

 配下たちに命じた。配下たちは自分たち同じように並んでいた商人、旅人などを片っ端から斬り捨てていった。逃げるヤツは追いかけて、荷物に隠れたヤツは全ての荷物を一つ一つ開けて確認してから命令通り二度と騒ぐことがないようにしていった。これもそんなに時間はかからなかった。

 「門を閉めろ、逃げ出すヤツは殺せ」

 ヒグスは数名を門に残すと、街の中央の通りをこの街を治めている代官の屋敷に隊列を組んで堂々と行進していった。傍から見ればそれは、代官と契約した傭兵に見えたであろう。ヒグスは歩きながら傭兵団としてやっていくのもありかとふと思ったが、その考えを振り払った。そもそも、ヒグスは契約やら約束事なんぞの己の自由を縛るものは受け入れることはできなかった。ヒグスは常に自由でいたい、何にも縛られない、と言う信念に沿っていくうちに野盗になったようなものなのである。

 「誰だ?」

 ヒグスは、イーソンの代官の屋敷の門番の誰何に剣で持ってこたえるとずかずかと屋敷に入っていった。気づいた警備の衛士が斬りかかってきたがそれは、フッグの斧で頭をかち割られて沈黙してしまった。それを見た侍女たちが悲鳴を上げたが、ヒグスたちはそんな声を無視して、代官の執務室を捜した。あちこちで小競り合いがあり、その都度血が流されたが、血を流したのは全てイーソンの街の者たちだった。


 「よお、この街を頂くぜ」

 執務室の扉を開けたと同時にヒグスがその部屋の主である代官に気安く声をかけた。代官はぷっくりと肥ったというか浮腫んだような不健康そうな中年の男であった。

 「お、お前たちは・・・」

 代官は大きな椅子から立ち上がるとヒグスを睨みつけた。そして、次の台詞を吐こうとした時、その額にナイフが突き刺さっていた。そのため、彼の台詞は誰も聞くことができなかった。

 「まだまだ、腕は鈍ってなかったな」

 ナイフを投げたヒグスが代官の額からナイフを抜き取り、血を斃れた代官の服で拭いながら呟いた。

 「これで、この街は制圧したか・・・な、彗星、ここにやってくる衛士と善意の市民の始末は任せた」

 「分かった・・・」

 彗星は踵を返すと執務室から出て行った。その後をハイリが小走りに追いかけていった。

 「邪魔だ」

 屋敷から出ようとする彗星の前に3名程の警備の衛士が立ちはだかった。彗星は彼らに短く警告を発した。しかし、衛士たちは彗星の言葉に耳を貸さなかった。その代わり、剣を抜いて自らの意志を水星に示した。

 「だから、邪魔だって、言っただろうがーっ」

 衛士たちの真ん中を駆け抜けながら彗星は声を張り上げた。勿論、只走り抜けるのではない、走りながらもちゃんと連中の首を跳ね飛ばす仕事はしっかりとこなしていた。屋敷のホールに敷かれた絨毯が赤く染色されていった。

 「どいつもこいつもバカかよ」

 ブツブツ言いながら彗星は扉を開けるとそこには武装した衛士たちが十数人殺気を迸らせながら睨みつけていた。

 「武器を捨てろ、大人しく投稿しろ」

 一番、目立つ鎧を身につけた男、多分、衛士たちの長だろうと思われるゴツイのが大声で呼びかけてきた。

 「その言葉、そのまま返す・・・」

 彗星は血塗れた剣を肩に担ぐとふらふらと上体を遊ばせながらそのゴツイのに近づいていった。

 「武器を捨てろと言っている」

 長らしい男は、ゴツイのが身にあったゴツイ剣を抜くと大音声でよびかけた。しかし、彗星はその声に応える代わりに肩に担いでいた剣を素早く振り下ろした。その剣は今まで大音声を張り上げていた男の顔面をきれいに左右に切り分けていた。どさっと男が倒れると周りにいた衛士たちが半歩ほど後ずさった。

 「もっとか?」

 彗星は退屈そうに残った連中に声をかけた。

 「彗星様にも慈悲はあります。死にたくない方はその場で剣を捨てて下さい」

 彗星の背後からハイリが残りの衛士たちに声をかけた。その声に半数の衛士たちが従ったが、残りの半数は彗星に斬りかかってきた。

 「そうか・・・」

 彗星はわざとらしく肩をすくめると、大上段で斬りかかってくるのは股の下から救い上げるように切裂き、横払いには同じように首を横払いに切り取り、突きには柄での強烈な一撃で頭骨を砕いてそれぞれに対応していった。ひょろりとした身からは想像できない動きと力に戦意を喪失していた衛士たちは固唾を飲み込んでいた。

 「これで、終わりか・・・」

 面倒臭そうに彗星が確認すると、残った者たちはばね仕掛けの人形のように頷くだけだった。



 「そうですか。ええ、商売のネタになるのではと思っているんですよ」

 トバナは散々ゴーガンに脅されたので乗り気ではないが、様々な機会を利用してまれびとに係わる情報を集めていた。今日もワーナンのモンテス商会からの連絡員にお茶勧めながらにこやかに尋ねていた。

 「まれびとですか、まれびとかどうかは分からないですが、ずっと南のコデルの郷に次々と野盗を退治している連中が居るそうで、その中の一人が大きな体躯でもないのに、やたら強いらしくて、十数人を一撃で倒したとかの噂は入ってきていますね。最近の噂だと、悪政をしいていた代官をやっつけて街を一つ開放したとか・・・、既に勇者じゃないかと言われてますね」

 その男は薄いお茶を飲みながらトバナの問いかけに応えていた。

 「それだけの力があるのなら、どこかの郷、コデルの郷に仕官したんじゃ・・・」

 「それはないようですよ。・・・ごく一部で言われていることですが、正義の光が噛んでいるのではと言われていますよ。そうすると、彼は我々の味方、心強いですよ」

 その男は声を落として小さな声でトバナに話した。

 「そうですか・・・楽しみですね。それと、これも新たな商売のネタにしたいのですが、獣人を真人に変える方法ってあるもんですかね」

 トバナはどうぞと薄いお茶を相手の空いたカップに注ぎながら更に尋ねた。

 「難しい話ですねー、聞いたことは無いですが、ひょっとすると死人の国に残されているかもしれませんねー」

 薄いお茶を飲みながら相手は興味なさ気に応えた。その答えにトバナは少しがっかりしながら続けた。

 「死人の国ですか、あそこに行く連中なんているんでしょうかね」

 「さぁね、でも、うまくいけば、思いもしないお宝が手に入りますからね。どこかの金持ちを唆してやれば金は出すと思いますが、誰も行きたくないでしょうね」

 相手は死人の国については全く興味がないようであった。

 「あそこは、命がある者が行くところじゃないようですからね」

 流石のトバナも死人の国にはいくら大金を積まれても行きたくはなかった。

 「行けば死ぬ、生きていてもその命は短くなるって、心が死人になっている者しか行きたがらないですよ。我等がモンテス商会も手は出さない方針ですよ。今のところはね」

 相手はニタッ皮肉な笑みを浮かべた。トバナはその笑みを見ながら、ゴーガンに酷い目に合わさせるか、死人の国に行くこと、そのどちらがより不愉快なことになるかを考えていた。その答えはあっと言う間にはじき出された。

 「私もお断りしますよ、誰が行きたいのやら・・・」

 トバナはそれ以上死人の国について考えることをやめた。



 「流石、彗星様です。残党を一人でお狩りになるなんて」

 イーソンが陥落してから数日経った日、同じベッドに横たわりながらハイリが彗星に賞賛の声を送ってきた。一冬を過ごす事に決めたイーソンの街をヒグスが手中に収めたものの、まだまだ納得行かない、これが普通であるが、連中があちこちで騒ぎを起こし、既に数名のヒグスの配下がくたばっていた。彗星はヒグスに命じられるまま、そんな連中を片っ端から斬り捨てていったのである。毎日、返り血を浴びて帰ってくる彗星にヒグスはご苦労と言うだけで、彗星の働きに労うということは無かった。そして、ヒグスといえば、殺した代官が残した上物の酒を飲んでいるだけで、街の行政関しては何もしていなかった。明日の給金すら保証されない管理はさっさとこの街から逃げていっていた。また、裕福なモノもそれに倣っていた。しかし、街の住人の殆どがまだ残っており、機能しない街の機能をそれぞれが無言のうちに実施していた。残念ながらそれらの自発的活動もヒグスの配下たちの気まぐれな略奪や陵辱、いわれの無い暴力で春まで持つかは時間の問題となっていた。

 「春になればここを出るしかない」

 その認識は彗星も持っていた。思わずこぼした彗星の言葉にハイリはにこりとしながら

 「次はもっと大きな街を乗っ取りましょう。その時は良い考えあります。・・・彗星様、貴方はこのような生活をしているべき人ではありませんから」

 ハイリは意味深な笑顔を彗星に見せた。

 「どういうこと?」

 「秘密です。それより、私・・・」

 ハイリはいきなり彗星に抱きついてきた。その身体の温かさと柔らかさを感じているうちに彗星の疑問はだんだんと小さくなり、その代わり雄の本能が頭の大半を埋め尽くしていった。 

新たなワード「死人の国」なるものが出てまいりました。死人の国は海を隔てた向こうにある不毛の大陸と呼ばれている場所です。何故か誰も近づきたがらない場所です。調査隊が編成されて、冒険活劇となる予定は・・・・。

今回も駄文にお付き合い頂き、感謝しております。

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