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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第6章 事件
84/342

79 それぞれの準備

ご隠居様が動き出します。主人公より行動力があるような・・・、気のせいかな、多分そうでしょう。そういうことにしておきましょう。と、自分に言い聞かせております。

 年迎えのお祭りは本来、春の神様(大地母神メラニを指す場合が多い。)に目覚めを促す神事とされているが、暗く、寒い農閑期の気分転換としての側面が大きく、祭りにかこつけて雪合戦(対人関係の憂さ晴らしが主となる。)や大宴会(考えナシにやると次の収穫までの食べ物が大変なことになる。)、そしてケフの郷等で行われる雪像の作成が主なところである。

 年迎えのお祭りの祭神である大地母神メラニ(女神様、メラニ様と呼ばれることが多い。)を祭る教会には、ケフの郷である程度の影響力、財力のある家の女子が奉仕会と言う組織に属していた。その子どもたちにとっては面倒極まりないことであるが、自分の子どもが奉仕会に入会しているという事実は、その親のステータスを物語るものであり、当該者である子どもより親が熱心になることが常であった。但し、郷主やそれに連なる人々、貴族にとっては当然のノブレス・オブリージュであり、有無を言わさず活動しなくてはならない、結局のところ所属している子供達が幸せになるような要素はあまり見当たらない活動である。

 世の中、下を見ればいくらでも見られると言われるように、この活動も当の子ども達よりつまらない思いをする子どもたちがいた。奉仕会に所属する家などの使用人である。ただ、この活動も一つだけ良い面があった。誰も幸せになれないつまらない活動に引きずり出されるという同じ経験を積んだ使用者の子供と使用人の間に妙な連帯感が芽生えることである。とある伝説では、この活動に参加した侍女がその働きをお嬢さまに認められ、お付きとなり、挙句の果てにお供した舞踏会で貴族の御曹司に見初められ、玉の輿に乗ったというものがある。このため、この活動を例外的に楽しみにしている侍女がいることは否定できないが、その侍女ですら奉仕会の活動を純粋に楽しみにしているわけではなかった。

 男子のほうはといえば、大人の組織に組み込まれ下働きにこきつかわれるかわりに悪い遊びを教えてもらえる、大人の階段を上がせてもらえるという得点があった。



 「これで、床掃除は終わりましたね」

 初雪が降った後、いきなりのドカ雪で完全に白で埋め尽くされたケフの都の雪像が作られる中央の広場に程近い空き店舗の床を磨き終えてラウニがため息をつきながら床に座り込んだ。その言葉を合図にしたかのようにネアもフォニーも床に座り込んだ。しかし、まだ周りにはあちこちを磨いている次女たちの姿があった。

 「次は・・・」

 「ラウニさーん、こっちの窓を手伝ってー」

 よろりと立ち上がったラウニに能天気な声がかかった。ネアたちがその声の主を見ると、指先に息を吹きかけながらメムがニコニコと窓の傍に立っていた。声の主がメムと知ったフォニーは素早く辺りを見回し白い影がないか捜した。そして、捜している影が見当たらないことにほっとした。

 「フォニーさーん、お嬢様なら教会で会議中ですよー」

 そんなフォニーを察してか、メムはにこやかにフォニーに声をかけた。

 (この人、あんだけ空気読まないのに、こんな時だけ・・・、ひょっとして今までのは全て空気を読んで・・・、まさか・・・)

 「そうなんですか。いつもご一緒でしたから」

 フォニーはメムの言動に首をかしげながらにこやかに答えることにした。

 「仲が良さそうでしたからー、おしゃべりしたいことがあるかなーって思って」

 メムは窓を拭くために近づいてきたフォニーにニコニコしながら答えると、3人分の雑巾が入ったバケツをグイッと差し出してきた。

 「そう見えますか・・・、これで拭くんですね。ラウニ、ネア、さっさと済ませちゃおう」

 (やっばり、いつものメムだった。ウチの勘ぐりすぎかな)

 掃除に勤しむのはケフのあちこちから集まった侍女たちでその数、十数名である。年齢の頃は16歳ぐらいを筆頭に最年少のネアまでと大きさも種族もまちまちの面子であった。そんな彼女達が何故に掃除にいそしむかと言うと、この空き店舗は、明日から開始される雪像つくりの作業者への差し入れであるスープを作るための場所となるため、お嬢様方が鼠や不快なムシなどで作業を中断させないためと、少しでもやる気をそがないためである。レヒテやパルは特例で除外するとして、奉仕会で活動する大概のお嬢様方は我が儘であった。ある意味、奉仕会の入会条件が我が儘であること、と規定されているのではないかと噂されるぐらいであった。だから、場所の清掃も力を入れなくてはならないのである。

 「・・・フォニー姐さん、お腹空きませんか?」

 椅子の上に乗って窓を拭くフォニーのスカートの裾をちょっと引っ張ってネアが尋ねた。メムの姿を見つけてから、どこか落ち着かない様子のフォニーの気を紛れさせようと思ったのである。

 「そうだねー、もうお昼少し回ってるぐらいだし・・・、ラウニ、今日のお昼ってなにかなー」

 ネアの言葉を受けて、いつもの調子でラウニに尋ねるフォニーの姿を見てネアはちょっと安心した。

 「今日のお昼は、お弁当だと聞いていますよ・・・」

 フォニーと同じように椅子の上に立ったラウニが欠伸をかみ殺しながら答えた。

 「ラウニ、辛そうだね」

 「そう言えば、朝も起き辛そうだし、それ以外は何か眠そうだし・・・、ドクターに診て貰ったら・・・」

 フォニーの言葉に続けるようにネアが心配そうにラウニを見上げた。

 「・・・病気じゃないから・・・、熊族の多くの人が寒くなると眠たくなるのです。熊が冬眠する習性を持っているからじゃないからでしょうか・・・」

 再度、欠伸をかみ殺しながらラウニがネアに答え、心配ないことを伝えた。

 「猫も狐も冬眠しないから、寒いだけなんだ・・・」

 ネアは獣人の持つ特性が生活サイクルまでに影響を与えてくることを認識した。

 【これで、発情期なんてあったら・・・、どうなるんだ・・・俺・・・】

 もし、獣の特性がそのまま受け継がれるなら、この問題は避けられないように感じられた。そして、もし自分がその状態に陥ったとき果たしてどうなるのか、ネアは想像すると身震いをせずにいられなかった。

 「ネア、寒いの?それともオシッコ?我慢すると身体によくないぞ」

 身震いするネアをみのがさなかなったフォニーがさっそく突っ込んできた。

 「大丈夫です。お漏らしはしませんから」

 フォニーの言葉にむっとして言い返しながらネアは自らの身体が変わってしまっている事を再度思い出した。

 【前より、我慢が出来なくなったんだよな・・・、やっぱり、無いのはキツイ・・・、なにより寂しい・・・】

 ネアはそっと自分の股間を撫でた、そこには何も自己主張する存在が無かった。改めて無いことを思い知るといきなり寒さが身に染みてくるように感じられた。

 【寒いと縮み上がってたんだよなー】

 そう思うとますます寒さが容赦なく身に染みてくるのが感じられた。そんな思いを首を振って断ち切りながらネアは窓のサッシにたまった埃やらムシの屍骸を雑巾を使って掻き出していた。そんな時、いきなり元店舗だった建物の扉が開かれガタイのいい真人のおっさんが大きな荷物を抱えて入ってきた。

 「お嬢様方、昼飯・・・、お昼の食事だ。人数分はしっかりあるから、がっつくんじゃねぇーぞ。と言っても温かいうちにな。それと、今日はお館様のご温情により、おやつまであるからな」

 彼はそう言うと、大きな荷物・・・一抱えもあるような木の箱を床に降ろして蓋を開けた。そこには湯気を上げている弁当箱らしき物が詰まっていた。

 「お茶とおやつもあるからな。坊ちゃん、お願いしますよ」

 男の声にどこかで聞いたことがあるような声で返事があり、弁当の入った箱より幾分小さめの箱を背負ったルップが入ってきた。その後を真人の少年二人がお茶をこぼさないようにそっと大きなポットを持って続いてきた。

 「ルップ様・・・」

 灰色の影を見た途端、フォニーの動きが停止した。ただ、じっとルップを見つめるだけであった。そんなフォニーを横目にネアは三人分の弁当の確保のために他の侍女たちに負けないようにガタイのいいおっさんの元へ前進して行った。ルップは弁当の箱の横に自分の背負ってきた荷物を置くと追い紐を解いてその箱を開けた。そこには甘い香りが漂う紙袋が詰まっていた。

 「お疲れ様です」

 ルップはその紙袋を弁当を取りに来た侍女たち一人ひとりにその労をねぎらいながら渡していった。ネアにも手渡そうとしたが、すっとネアは身を引いた。

 「もう、持てないから、フォニー姐さんに渡してください」

 【これぐらいの気は利かさなくちゃ・・・ね】

 ネアの言葉に頭に?を浮かべているルップに微笑みながらネアは固まっているフォニーをちらりと見た。

 「失礼しました。ネア殿、私が・・・」

 ルップが三人分の紙袋を持ってフォニーの元に向かおうとした時、

 「坊ちゃん、それぐらいはっっつ」

 メムが何か言いかけてその場に蹲っていた。気を利かせたラウニが裏拳をメムに叩き込むのをネアはしっかり見ていた。

 【あの子、この場の雰囲気を読めないのか・・・、何回かあったけど、底意地が悪い子じゃないし・・・、天然系か】

 ネアは顔を抑えるメムを気の毒に思うと同時に呆れていた。そんな周りの様子をこれまた読めないルップが固まっているフォニーににっこりとしながら三つの紙袋を丁寧にフォニーの手を取りながら渡した。

 「フォニー殿、こんな寒い中、お疲れ様です。風邪など召されないようにご自愛ください」

 「あ、あの、ルップ様、勿体無いお言葉です。ありがとうございます」

 フォニーは発条が巻かれたおもちゃのようにいきなり動き出し、ルップに深々と頭を下げた。そんなフォニーにルップは軽く会釈すると、再び紙袋を他の侍女たちに配り出した。

 「・・・酷いよ、ラウニさん、いきなり・・・」

 メムはマズルを押さえながら涙目になりながらラウニを睨んだ。ラウニはそんなメムにため息をついた。

 「メムさん、フォニーの気持ちを考えてあげてくれませんか。もし、私が貴女を止めていなければ、貴女はフォニーに一生恨まれているかもしれません」

 ラウニは小声でメムに告げた。しかし、メムはここまで言ってもその本質が理解できず首をかしげた。

 「フォニーさんはそんな怖い子じゃないですよ。一番近くにいるラウニさんが何てこと言うんですか」

 明後日の方向に牙を向いているメムにラウニは呆れながらも優しく諭すことにした。

 「人の気持ちを読まないで動くと、メムさんが人から嫌がられるってことです。この調子だと、お友達がいなくなりますよ。ひょっとするとパル様からも愛想をつかされるかもしれませんよ」

 「うう、なんだか、良く分からないけど、それは嫌です。お嬢様に嫌われたら・・・、私、どうしたら・・・」

 メムは傍から見ても哀れなくらい耳を伏せて、尻尾を股の間に回して動揺していた。そんな姿を見たラウニはちょっと言いすぎたかな、と後悔を感じていた。

 「そうならないために、ラウニ姐さんがメムさんを止めたんですよ。あのままだったら、メムさんはお友達を確実に無くすところでしたから。私も一言多いみたいだから、気をつけないと・・・」

 落ち込むメムの袖を引っ張りながらネアが声をかけた。メムはネアを見つめると

 「小さい子に言われるぐらいなんだ。良く、お嬢さまから空気が読めていないってお叱りを受けるけど、そんなことだったんだよね。だから、フォ・・・」

 メムは何か言いかけて己の口を押さえた。続く言葉は「フォニーさんが相手のときは空気を読んで、気配りをしなくては大変なことになります、って言われていました」であったが、さすがのメムも全体を理解した訳ではないが、口にすると大変なことになる、と感じていたのである。これは、ほんの少しの進歩かもしれなかった。

 「食い終った弁当箱は、この中に入れて置いてくれ、カップはこのおやつの入っていた箱に入れて、その箱もポットも後で回収に来るからな。それまでに帰るなら、鍵はしなくていいぞ、そこの帽子かけにかけて置いてくれ、俺らが鍵は閉めておくからな。じゃ、がんばれよ。お嬢様方」

 ガタイのいい男はそう言うとルップを含む少年3人を従えて雪が舞い降る外に出て行った。

 「お疲れ様でした。ありがとうございました」

 掃除に来ていた侍女たちは声を合わせて礼を言うと男たちは手を振って答えた。


 「メムさん、一緒に食べようよ。メムさんのところからは、メムさん一人だけでしょ」

 掃除のためにテーブルの上に逆さに置かれた椅子を下ろしながら一人ぽつんと食事をしようとしているメムにフォニーが声をかけた。その言葉にメムの表情が輝いた。

 「ありがとう。一人きりだと寂しくてさー、フォニーちゃん、ありがとう」

 メムはそう言うとネア達の元に小走りで近寄ってきた。意識しているのか、していないのか、その尻尾は元気良くぶんぶんと振られていた。



 「検査、ありがとうございました」

 モンテス商会ケフ支店の店頭で地味ながらもしっかりした作りの衣装をまとった真人の男二人にトバナはにこにこと頭を下げていた。ネアたちが掃除をしている日、その日にケフ支店の会計に関する検査が行われていた。元よりナンスのしっかりした帳簿が残されていたこと、金庫の金も例の「地割れ」のゴーガンからせしめた金で難を逃れ、刺客「影なし」のゲレトを雇ったことについては、部下たちにかん口令を敷いたため、事無く終えることができたのである。この検査を乗り切ったことで、トバナはゴーガンからの依頼の件については頭の中から消えかかっていた。もし、思い出しても「現在、全力を持って調査中です」の言葉で事が済むと考えていた。


 「明日に彼奴を締めようと思っているんだよ」

 ボウルのお店の店頭でベンチに腰掛けながらナナの淹れてくれたお茶を飲みながら、誰もいないことを確認するとご隠居様はロクに声をかけた。

 「忍び込んで脅すんですか?」

 ロクは小声でご隠居様に答えると、そっとその横に腰掛けた。

 「そんな芸の無いことは面白くないね。実はね、アイツ、またいらないことを企んでいるようなんだよ。明後日の年迎えのお祭りの日の女神様の雪像にイタズラをしようとしているらしいんだよ。検査を受けるためのストレスがきつかったのかな・・・、酒場でブツブツ言っているのを聞いた人が教えてくれんたんだよ。だから、ちょいと精神的に追い詰めたいな、と思ってね。また、皆で、ネアにも手伝ってもらって、彼奴を締め上げたいんだよね」

 黒い笑みを浮かべるご隠居様を見てロクはちょっと息を飲んだ。

 「前回で随分と堪えているように見えましたけど」

 ナナが店の奥から出てきてご隠居様を見つめた。

 「あの手のヤツは、いくら普通にせっついても、調査中だ、とか、その内に答えますとかほざいて、のらりくらりと逃げようとするんだよ。だから、締め上げる。肉体の傷は癒えるが、心の傷はそうじゃないからね。ボクたちからせしめたと思っているお金がどれだけ高額だったかを思い知って貰わなきゃ」

 ご隠居様はお茶飲みほすとカップをベンチに置いた。

 「ナナ、あの「桔梗」のミーファの衣装を準備しておいてくれ。それと、バトとルロ、おまけにハチにも手伝って貰うつもりだから。前回は強面の恐怖、今度は精神的な恐怖に陥れてやるのさ。ロク、ナンスさん一家の古着、襟巻きとか帽子とか手袋をそれぞれ一人分ずつ準備しておいてくれ、明日の夜は寒い中の仕事になるからそれなりの準備を忘れずにな」

 ご隠居様はそう言うと、お茶一杯にしては十分すぎる金額の硬貨をベンチにおいてふらふらと盛り場の方向に歩いていった。そんなご隠居様の背中を見送りながらロクがポツリとこぼした。

 「どうなるか、分からないが、トバナにはちょいと同情するよ」

 その言葉を聞いたナナもため息をつきながら

 「ご隠居様を敵に回したんだからね、バカな男だよ」

 とこぼすと二人してブルッと身を震わせた。それは何も寒さのためだけではなかったようであった。


トバナ氏の災難、自ら招いたことですが、これは終わることはないでしょう。できれば、外連味たっぷりにやりたいのですが・・・、果たして出来るのか、と自問しております。異世界転生モノと言う手垢のつきすぎたテーマでやりだしましたが、チートなし、地位なし、力なしでは難しいと思い知っています。スキルも無ければ、レベルもない世界ですので・・・、そう言えば冒険者ギルドもなかった・・・、無いない尽くしですので、冒険者同士の模擬戦闘もダンジョンでのモンスターとの攻防もありません。そういう仕様です。

駄文にお付き合いいただいた方に、いつもと同じく感謝を申し上げます。

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[一言] 天然は周りが許しているから天然で許されるけど、もうここまでくると天然じゃなくて発達障害としか思えなくて周りが可哀想。
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