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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第6章 事件
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76 お別れ

新たなことが始まる時、何かが終わっている、それを繰り返して進んでいくんでしょうね。

 ネアたちが初冬の風を満喫していた時、鐘楼の鐘を叩くハンマーにつながっている鎖がジャリジャリと音を立てた。

 「そろそろ時間だよ。こんな近くで鐘の音を聞いたら暫くは耳がバカになるし、ネアみたいに耳のいい獣人なら大変なことになるから、さっさと降りよう・・・」

 クレドはネアたちを急かすと振り返って目に焼き付けるようにもう一度ケフの都を見つめた。


 「終わったよ」

 鐘楼から降りるとクレドはゴルグに声をかけた。

 「ああ、ご苦労さん、今回の分だよ」

 大儀そうに椅子から立ち上がるとゴルグはクレドに小銀貨を6枚手渡した。

 「あれ、いつもより・・・」

 クレドは枚数を数えてから不思議そうにゴルグを見た。

 「今日はきれいでかわいい花を連れて来てくれたからな。その分を含んで、だよ」

 ゴルグはネアたちを見つめてウィンクをして見せた。

 「・・・きれいでかわいい花・・・」

 ネアは前の世界では間違っても自分に対して投げかけられることのない台詞を耳にして戸惑っていた。

 【この場合は、素直にありがとうって言うのか、それとも、そんなことありません、って謙遜するのか】

 ネアが悩んでいる横でキャサが不思議そうにゴルグに尋ねた。

 「どこにお花があるの?」

 「昔から、きれいでかわいい女の人にはお花のようだ、って言い方があるんだよ」

 不思議そうな表情を浮かべるキャサにゴルグは優しく説明した。その説明を聞きながら、ネアは自分に大したリアクションは求められていないことを悟ってほっと一息ついた。

 「わたしもネアちゃんもきれいでかわいいって」

 満面の笑みを浮かべるキャサにネアはにっこりしながら

 「それはキャサちゃんだよ。きれいなお花は毛むくじゃらじゃないよ」

 ネアはそう言いながらそっとキャサの頭を撫でた。

 「嬢ちゃん、そんなきれいな白と黒の模様はこの年齢までそんなに見たことが無いよ。だから、嬢ちゃん、アンタも立派な花さ。二人とも将来が楽しみだよ。・・・俺が、あと30歳若ければなー」

 ゴルグはそう言うと、時の鐘をつくために鐘を叩くハンマーから伸ばされた紐が天井から下がっている操作室に入っていった。

 「そろそろ帰ろうか」

 クレドはゴルグから貰った小銀貨を皮袋に仕舞いこむとポケットにそれを突っ込んだ。

 キャサの手を引きながらクレドが優しくキャサに話しかけた。幼いながらもキャサはこの街の生活が今日で最後だと分かっているのか少し寂しげだった。


 「ご隠居様!」

 ナンス家に入ってのネアの第一声はそれだった。まさか、いるとは思わない人物に出くわして少し慌てて、侍女らしく深々と頭を下げた。

 「ネア、お帰り、クレド君とのデート楽しめたかな?」

 「ちがうよ」

 ちょっと赤くなりながらクレドがすぐさま否定した。

 【デートじゃなくて子守のような気がしていたんだけど・・・】

 複雑な表情を浮かべるネアにご隠居はニタッと笑った。

 「ネアにはまだまだ、早かったかな・・・、慣れてもないからね」

 ご隠居様はネアの表情を見て、自分のおふざけの一言が十分にネアに作用していることを確認すると妙な満足感を覚えた。

 「ねあ、帰ってきたのかい?ちょいとお昼の準備を手伝っておくれよ」

 家の奥からナナがネアに声をかけてきた。

 「はーい」

 この場からの取りあえず移動したかったネアにとっては渡りに船であったため、ネアの姿はあっと言う間に台所に消えていった。

 その日の昼食は、一家の大黒柱が不在となってから随分と慎ましい生活をしていたナンス家にとっては久しぶりのご馳走であった。キャサは勿論のことクレドまで物の見事な喰いっぷりを見せ、食後は動くこともできないぐらいであった。彼らを基準とするなら当日のネアは小食と言うこともできるであろう。

 食後暫くするとキャサがぐずり出した。満腹による睡魔に襲われているようで、その横でクレドも眠そうにしていた。

 「キャサ、お昼寝しようね」

 ナンス夫人がぐずるキャサに優しく語りかけたが、キャサはそれに素直に応じる気配はなかった。

 「ネアちゃんと一緒にいる」

 ネアの袖を掴むと、そのままがっつりと抱きついてきた。振りほどくわけにも行かず困惑の表情を浮かべるネアにご隠居様がにこやかに解決法を示してきた。

 「キャサちゃんと一緒にお昼寝しておいで、クレド君も一緒にどうかな?」

 ご隠居様の言葉にネアは頷くと、ぐずるキャサを抱えて彼女のベッドへと運んでいった。クレドは顔を赤くして首を振ると、

 「引越しのお手伝いします」

 と元気良く答えた。その姿を見てご隠居様はにっこりするとクレドの肩を叩いた。

 「じゃ、頑張って貰おうかな」


 ネアは遠くの方で人が動き回る気配を感じつつ、自分にがっしりとしがみついて寝息を立てているキャサを見つめていた。

 【孫が居るとしたら、これぐらいなのかな・・・、そう言えば誰かと一緒に寝るなんてどれぐらいしていなかったかな・・・】

 小さなキャサをみていると胸の奥からその存在を愛おしく思う感情が湧き出てくるのにネアは困惑していた。そして、前の世界であまりにも殺伐とした私生活をしていたことを思い出していた。

 【見も知らぬ世界に来たというのに、前の世界に未練を感じないということは・・・、それなりのヤツだったんだろうな・・・】

 キャサに対する愛おしさと少しばかりの後悔を感じつつ、ネアは眠りの中に沈み込んでいった。


 日が落ち酔うとする頃、やっとネアは目を覚ました。相変わらずキャサはしがみついたままであったが、その表情は安らかなものであった。ネアはそっとキャサの手を解くとそっとベッドから出た。居間に行くともうご隠居様の姿はなく、疲れ果てたクレドが椅子に腰掛けたまま眠っており、ナンス夫人は引越しの荷物をもう一度点検し、積み残しがないかを調べていた。

 「ネアちゃん、お目覚め?」

 微笑みながら話しかけてくるナンス夫人にネアはちょっと恥ずかしげに頷くと

 「お手伝いできることはないかと・・・」

 と、おずおずと申し出た。

 「ありがと、もう終わっちゃったから・・・、あのね、キャサがあんなに安心しきった表情で眠るなんて・・・、ネアちゃんの毛皮や肉球って魔法みたいなのかしらね」

 ナンス夫人はしげしげとネアを見つめると、手招きした。

 「?」

 手招きされるままネアがナンス夫人に近づくと、今度はナンス夫人に抱きしめられてしまった。

 「大きなネコさんみたい・・・、この手触りは・・・」

 ナンス夫人は、びっくりとしているネアの掌をそっと開くとそこにあるピンクの肉球をモニモニと触りだして至福の表情を浮かべた。

 「こんなにステキなモノを持っている獣人さんって、いいわね」

 ナンス夫人はネアをぎゅっと抱きしめて呟いた。

 「獣人の人たちを穢れなんて呼ぶ人たちは、この毛皮と肉球に嫉妬しているんだわ」

 ひとしきりネアの毛皮と肉球を堪能するとナンス夫人はやっとネアを解放してくれた。


 その日の夜食はナナが買ってきたサンドイッチで軽く済ますと教会の鐘が10回なる頃にドアがノックされた。ナナがそっとドアを開くとそこには黒装束のロクとその背後に同じような黒装束の男が数名、そして馬車が2台停まっていた。

 「お名残惜しいとは思いますが、お時間ですので」

 ロクはそう言うと、後ろに控える男達に手で合図した。それに応じて男たちは物音も立てずに荷物を手際よく馬車に載せていった。荷物が少ないためか、それは僅かの間で終わってしまった。荷物を馬車に積み終えると男たちはナンス夫人をもう一台の馬車に案内し乗り込むのに手を貸した。船を漕いでいたクレドとキャサは彼らにそっと抱かれて二台に敷かれた毛布の上にそっと横たえられた。

 「ネアは御者台に来てくれ」

 ネアは御者台で手招きするロクに頷くと、さっと飛び上がってロクの横に腰を降ろした。

 「さすが、獣人だな」

 ロクはネアの身のこなしに感嘆の声を上げた。

 「これくらいなら、お嬢もできますよ」

 「お嬢は、別格だよ」

 ロクはネアの言葉に苦笑しながら答えると、後ろの馬車に出発の合図を送った。後ろの馬車の御者台に居たナナがそれを確認すると御者に出発を促した。

 深夜、2台の馬車が音も立てずにケフの都を出発した。


 「ご隠居様が仰っていた荷物ですね。承知しました。お通りください」

 セーリャの関に馬車が着くとランプの光をかざした警備についている騎士団員がネアの姿を確認するなり、関の門を開いて馬車を通した。

 「計画通り進行中、こんな時こそ、注意しなくちゃな」

 手綱を握るロクが眠そうにしているネアに声をかけた。

 「常に、腹案を持って・・・、まずは任務を・・・、この場合はナンスさん一家をミオウに届けることが第一優先だから・・・、えっ?」

 うつらうつらしながらネアが口走る言葉にロクはちょっと驚いたような表情を浮かべた。ネアも自分が口にした言葉にどきりとしていた。

 【しまった・・・、おっさんの部分が出てきた・・・】

 「ネアちゃん、随分と難しいことを言うんだな・・・、本当に6歳なのか?」

 怪訝な表情で見つめるロクにネアは引きつったような笑顔で

 「6歳だよ。まだ毛も生えていないよ」

 と無邪気に答えて誤魔化そうとした。

 「獣人はそこには生えないだろう・・・、って・・・、ま、その内、ご隠居様からネアちゃんの正体について教えてもらえるだろからな・・・」

 腑に落ちないものを感じつつもロクはそれ以上突っ込むことをやめた。この行為は任務には全く無関係であると再認識したからである。ネアはロクの切り換えの速さをみながら、この男が何をしてきたのかますます興味を持つようになったが、これも、ロクの言葉を借りるなら「その内、教えてもらえる」と思い、自分も同じように切り換えた。


 夜通し馬車はミオウへと前進し、夜明けと共にミオウの都のケフの大使館前についていた。馬車の音を耳にしたナンスが大使館から飛び出し、馬車の荷台から顔を出した妻を見つけると馬車に駆け寄った。ナンス夫人は誰の助けもかりずに馬車から飛び降りナンスに飛びついた。その騒ぎで目を覚ましたクレドとキャサも父の姿をみつけると言葉にならない声をあげ飛び降りそうに名なったが、住んでのところでナナとロクに取り押さえられ、彼らによって安全に下車されるとまるで磁石に吸い付けられる砂鉄のように父親に飛びついた。ナンス一家は互いに抱き合って言葉も発せず肩を震わせていた。そんな姿をネアは遠い世界の出来事のように見つめていた。

 「家族か・・・、いいもんだな・・・」

 思わずネアの口からおっさんのような言葉が吐き出された。それを聞いたロクは怪訝な表情を浮かべた。

 「ネア、6歳なんだよな・・・」

 「そだよ」

 ネアは無邪気な笑顔を作るとロクに答えた。

 「そう言うことにしておくよ」

 ロクは肩をすくめると黒装束の男達に荷物を大使館に運び入れるように指示を下した。


 引越しはバトとルロの手伝いもあり、速やかに終わってしまった。ここからナンス一家の新生活が始まるのである。その様子をネアは少し寂しさを感じながら見つめていた。

 「ネア・・・、手紙を書くよ」

 家族を眩しそうに見つめるネアにクレドは近づくとそっと手を差し出した。

 「待ってるよ」

 ネアはクレドの手をぎゅっと握り締めた。

 「肉球って柔らかいんだね・・・」

 「そだよ、クマ族もキツネ族もオオカミ族もイヌ族もみんな温かく柔らかいよ。肉球でぷにぷにして貰いたかったら、獣人の人に意地悪しないこと」

 ネアはクレドににっこりしながら言うともう片方の手でクレドの頭をなでた。

 「さよなら、元気でね」

 ネアがしんみりといった時

 「ネアちゃーん」

 いきなり、背後からキャサが飛びついてきた。

 「ネアちゃんもミオウに住むんだよね」

 必死の形相でキャサはネアに尋ねてきた。それにネアはちょっと寂しそうにわらって答えた。

 「ううん、私はケフに帰らないと・・・、ヌイグルミのユキカゼも待っているし、ラウニ姐さんやフォニー姐さん、お嬢・・・、皆待ってくれているから・・・、ごめんね」

 ネアの言葉にキャサはしがみついたまま大声で泣き出した。ネアもそれに釣られて涙がこぼれてきた。

 【また、感情が・・・】

 こうなると暫く泣きじゃくることになるのは確実なのであるが・・・。

 「キャサ・・・ちゃ・・・ん、あ、あのね、私もつら・・・い・・・んだよ。でもね、また・・・会えるから・・・ね・・・」

 ネアは涙を堪えるように途切れ途切れにキャサに言い聞かせた。

 「ずっと、お友達だよ・・・」

 キャサはそう言うとやっとネアから離れた。

 「・・・、ネア、行こうか」

 手の甲で涙を拭いているネアに優しくロクが話しかけた。

 「別れは辛いからね。でも、これでお終いじゃないから・・・」

 ルロがそっとネアの肩を抱いた。

 「いい男と別れるのは辛いからね・・・、おねーさんも・・・」

 バトも必死で堪えるネアに言葉をかけた。

 「アンタの脳内の恋愛遍歴はいいから」

 ルロはバトの言葉を鋭く遮った。

 「ヒドイよ。私もそれくらい・・・」

 「はい、はい、じゃ、ネア、乗って」

 先に荷台に上がったルロがネアに手を差し伸べてきた。バトはルロの手に届くようにそっとネアを抱き上げてくれた。

 「ありがとう・・・」

 ネアはルロの手に引かれて荷台に上がると二人に礼を言った。

 「お嬢ちゃん、さよならは今度のお久しぶりへの前振りなんだぜ」

 居間までずっと無言だった黒装束の男の一人がネアに声をかけると、残りの黒装束も大きく頷いて、その言葉に賛意を示した。

 「・・・」

 ネアは二台に蹲るように座り込むと俯いたままでいた。そして、馬車が動き出すと同時に顔を上げた。

 「また、会えるから、それまで元気でね」

 荷台の中からネアは精一杯元気な声でクレドたちに言葉を投げかけた。これが、今できる精一杯だった。

 「ケフまで時間があるから・・・、辛かったらお話を聞くよ」

 バトがネアの背中をそっと撫でながら声をかけてくれた。

 「ケフに着いたら、美味しい物を食べてからお館に戻ろうね」

 ルロもネアを何とか慰めようとしてくれていた。


 「行っちゃった・・・」

 キャサが涙を母親に拭いて貰いながら呟いた。

 「きっとまた会えるから、それまでいい子にしてようね」

 キャサは母親の顔をみるとその胸に顔をうずめて悲しみを紛らわせようとした。

 「いい子と仲良くなったみたいだな」

 ナンスは己の傍らで馬車を見送る息子の頭をポンポンと軽く叩きながら呟いた。

 「あの子は将来、いい女になるぞ」

 それは、ナンスの全くの勘であった。それがあたるかどうかは神のみぞ知るであった。

 「しかし、酒を一緒に楽しむなら、あのドワーフ族の娘、ルロもなかなか良かった。あんなに美味しそうに酒を飲む人は初めて見たよ」

 クレドにはちょっと大人な台詞を聞かせながらナンスは馬車を見送っていた。

 「アナタ、あのルロって娘と・・・」

 ナンスの言葉を耳にした夫人がナンスの耳元で小さくささやいた。その声を聞いたナンスは慌てて

 「一緒にお酒を飲んだだけだよ」

 夫人の懸念を払拭しようと努めた。しかし、夫人の疑惑の視線がなくなることは無かった。

 「本当に?」

 「メラニ様に誓って」

 再会を果たしたその夜、ナンスは夫人からの質問攻めに会うことを覚悟した。 


 


やっと、ナンス一家が落ち着きました。この別れでネアは成長・・・と言うより、後悔を感じているようです。蔑ろにしたものが重要だったことに気づくのは、大概が全てが手遅れになってからなのですが・・・。

駄文にお付き合い頂いてありがとうございます。継続こそ力なり、と勝手に思いながら以後も続けて生きますので長い目で生暖かく見守って頂けると幸いです。

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