表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第1章 おはなしのはじまり
8/341

08 湧き水

これで、おはなしのはじまりの最期となります。

これからは、本格的なおはなしになる予定です。

(本当か?の突っ込みはスルーさせて頂きます。)

 とても、暖かな気分でいた。さんさんと照りつける陽光を浴びて、白と黒のブチ柄猫族の獣人の男が、畑を耕している。そこに、同じ様な柄の女の子が胸に弁当らしき包みを抱えてその男に何かを叫ぶ。するとその男は手を休め、その子供に優しく微笑み、足早に駆け寄るとそっと腰を落とし、子供と同じ目線になるとその頭をわしゃわしゃとやさしくなで始めた。大きな無骨な手であるが、とても暖かく、そしてやさしさが伝わってきた。


 薄暗い部屋の中で、野菜やら何かの肉が入ったシチューと素朴なパンが乗ったテーブルを家族らしき4人の猫族の獣人が囲んでいる。その内2人は、さきほどの白黒のブチ柄、もう一組はキジトラの女と、男の子である。質素ながらもおいしく、楽しい食事の風景であった。


 その猫の女の子は、深夜ベッドの上で怖い夢を見たのか、泣いていた。そこに、さっきのキジトラの女が現れ、泣きじゃくる女の子を優しく抱きしめた。


 どれも、とても暖かな夢だった。人の手は、仕事をして、他人を殴りつけるためにだけ存在するのではないことを初めて知らされたような気がした。


 いきなり、そんな思いを押しつぶすように暗く冷たい水のイメージが押し寄せ、全てを闇が塗りつぶした。



 「デルクのヤツ、最後の良心でしょうな、従った数名以外の兵たちを殺さず、牢に閉じ込めておくとは・・・。人を極力殺めたくなかった、そう信じたいものですな。閉じ込められていた連中は、多少疲れがあるものの、皆元気ですぞ。デルクのヤツには、痛み止めもせずに治療したもんじゃから、ずいぶんとくたばっておるぞ。それと・・・、あの子猫は・・・、信じられんことに、快復してきておる」

 日も落ち、昼間の戦闘の熱も冷めつつある時間に、ドクターは安っぽい調度品でゴテゴテと飾り立てられた代官の執務室で居心地が悪そうにしながら、郷へ、今回の戦の結果について、伝令に持たせるメッセージを書いているお館様に、驚愕の色が混じった声で報告していた。

 「普通なら、とっくの昔にくたばっておるのに、あの子猫はもう傷も癒えてきておる。後、二日もすれば普通に動けるようになると思う」

 「あの子猫は、死んだ・・・」

 お館様は、ペンを走らせている書類から顔も上げずに呟いた。

 「何を聞いたら、そうなる」

 ドクターは小柄ながらもがっしりした身体をお館様が執務している机に乗り出すようにして声を荒げた。

 「ガングを呼んでくれ」

 ドクターは納得いかないと首をふりながらも、騎士団長を呼ぶために執務室から出て行った。


 「女神様が遣わした子猫は死んだ・・・、と言うか、女神様の元に還ったことにする」

 お館様は執務室でにらみつけるように立っているドクターと騎士団長に何の感情も込めずに話した。

 「まさか、始末せよ、と言う・・・」

 「誰が、そんなことをしろと、命ずるのだ」

 騎士団長が強ばった声を上げたのに対して一喝するようにお館様は応えた。

 「あの子猫をこのまま郷に連れ帰ってみろ、女神様、つまり大地母神メラニ様を信仰している連中に祭り上げられるのがオチだ。そうなると、今度は正義の光の連中がちょっかいをかけてくるのは火を見るより明らかだろ」

 「・・・」

 ドクターと騎士団長はお館様が何を考えているのか理解しかねて互いの顔を見合った。

 「つまり、あの子猫はこのままだと、二つの宗教の信者から祭り上げられ、命を狙われかねない存在にならないか?」

 「子猫がナニかの偶像となるか・・・」

 「ドクターの言葉も一理ある、だがな、神秘的な存在であれば、王都の連中があの子猫を連れて行くことも考えられる。新たな宗教的シンボルになると面倒だからな・・・。あの子は非凡な考えを持っているようだが、この世界の理を全く知らん。そんな、子猫にあること、ないことを吹き込んで、モンスターにされると我々にも火の粉が降りかからんとは言えんからな」

 お館様は自分の考えを述べるとため息をついた。

 「大人達の勝手な考えからあの子を守るにはこれ以外はあるまい」

 「あの子の幸せのためにも、ですな」

 騎士団長が低く呟いた。

 「ああ、その通りだ。前はあの子が芝居の筋書きを作ったが、今度は我々が芝居の筋書きを作る。あの、女神様から遣わされた黒き毛並みの少女は使命を果たした後、女神様のもとに還った。」

 「黒き毛並み?」

 「そうだよ、ドクター、女神様が遣わした奇跡の子は黒猫だった。そして、今この関の病室で横たわっている子猫は、牢にとらわれていた関の兵たちの健康が確認できたドクターと護衛のルップが郷に戻る時、さ迷っている所を保護した、その子は、俺の館に引き取られる・・・。これが筋書きだ。それと、ガング、デルクは何か情報を吐いたか?」

 お館様は騎士団長を見つめて尋ねた。

 「郷のため、真人の幸せのため、などの正義の光の世迷いごとをうなされたように喚いております。それと、傭兵団の生き残りの話からすると、彼らの任務はケフの戦力を削ることが目的であったようで、ケフの街まで攻め入ることは考えていなかったようです。デルクは門を開けるためだけの駒だったのでしょう」

 「つくづく哀れな男だ。その黒幕は誰か分からんのか?」

 「それ以上のことは彼らも知らないようで・・・」

 ため息混じりに質問を発するお館様に、騎士団長は申し訳なさうに応じ、床に目を落とした。

 「引き続き、デルクから聞き出してくれ、ヤツの命より、情報が優先だ。気分のいい話ではないがな・・・」

 お館様は、窓から夜の闇に包まれたベクベ湿原を眺めた。湿原からは人間の営みなんぞ鼻にもかけない虫たちが目下の最大事である配偶者を獲得するために持てる力を振り絞って様々な鳴き声をあげていた。



 「・・・」

 柔らかな寝床で目を覚ました子猫は、ランタンのようなものがぼんやりと照らし出す梁がむき出しになっている見慣れぬ天井を眺めていた。

 【死ななかったのか、それともあの夢がまだ続いているのか】

 自分の置かれた状況を確認するようにそっと手を目の前に持ってきた。

 【肉球付きで毛むくじゃら・・・】

 さらに、確認するようにその肉球付きの手でそっと股間を撫でた。

 【やっぱり、無いのか・・・】

 軽い絶望感が忍び寄ってくるのを感じる。

 【これから、どうする?】

 見知らぬ世界で、慣れぬ身体、言葉は何とか分かるものの、話せる語彙は圧倒的に少なく、しかも非力な幼女の姿となっている。この荒々しい世界で生きていく上でプラスの方向に動かせる要素はあまりないようである。

 【あいつらの言葉からすると、人身売買も普通にあるようだし、もしかすると・・・】

 自分を刺し殺そうとしたあの小男の言葉からすると、自分はどうも変態系には人気がある姿形をしていることが窺い知れる。売られた後のことを想像すると絶望より恐怖を強く感じた。


 「目が覚めたようだな」

 医務室に子猫の容体を診にきたドクターは手袋を嵌めたような可愛い手をしげしげと見つめている子猫に気付き髭面に笑みを浮かべた。

 「あんまり無理をするな、傷は塞がっているようだが、臓物がまだ回復しておらんかも知れないからな。さて、お館様に報告するか」

 ドクターはその短躯をその場でくるりと翻して部屋から出て行った。


 「これから、郷へ、懐かしのケフの都に帰る。その前に諸君らに悲しい話をしなくてはならない。」

 スージャの関の郷側の広場に騎士団員を集めてお館様は大音声で馬上から語りかけた。

 「女神様が遣わしてくださった、あの黒い子猫の少女は、大いなる女神様の暖かな懐に還っていった」

 この言葉に、騎士団員の間にどよめきが走る。虜囚となった傭兵たちも互いの顔を見合って何か小声でかわしだした。

 「悲しいことであるが、もう、あの奇跡の黒い子猫はいない。虜囚となった者たち、君らに慈悲をかけるように嘆願したあの黒い子猫はいない。しかし、我々は彼女の遺志を継ぐつもりだ。彼女の心を裏切るようなことはしないことを望む。もし、裏切るようなことがあれば、女神様の慈悲に2度目はないと心してからにせよ」

 騎士団員、虜囚とも戸惑いを見せているが、そんなことを気にもせずお館様は言葉を区切ると、騎士団長をみつめて頷いた。

 「これより、騎士団はケフの都に向けて前進する。前進っ!」

 騎士団長はさっと片手を振り上げて、号令と共にその手を素早く振り下ろした。それを合図に騎士団は虜囚を引き連れて移動を始めた。



 「一足先に帰れていいなー」

 騎士団長の息子のルップは医務室の窓から帰る騎士団を眺めて呟いた。その背後からベッドの上で半身を起こした子猫が少し哀れみのこもった目で見つめていることには全く気付いていなかった。

 「君も、ケフの早く都を見たいだろ?」

 ルップは振り返ると、自分を見つめている子猫に声をかけた。



 「子猫よ、お前のおかげで助かった。それも、2度もだよ」

 昨夜、目を覚ました子猫のもとにお館様が駆けつけて口にした最初の言葉がこれであった。

 「いくら感謝してもしきれぬぐらいだよ」

 お館様は横たわる子猫に軽く頭を下げた。

 「気にしなくていいの」

 助けてくれた人たちに対するせめてもの恩返しと寝床と食事の謝礼だと言いたいところであったが、口にできる言葉素っ気のないものだった。

 「お前はそう言うが、俺達はとても感謝している、誰も死人が出なかった、これが何よりものことなんだ。俺達の郷は小さい、人も少ない、だからこそ一人の命も粗末にできんからな」

 お館様は微笑むとそっとゴツイ手で子猫の頭をそっと撫でた。

 「ところで、子猫よ、名前は思い出せたか?」

 お館様の問いかけに横たわったまま子猫は首を振った。

 「そうか、いつまでも子猫ではな・・・。そうだ、俺が名前を与えても良いかな?」

 その言葉に子猫は黙って頷いた。

 「・・・、いろいろと考えいたが、ネーアの泉で出会ったから、それに因んでネアとしたい。ネーアだと、いらん勘繰りをする連中もいるからな。子猫よ、今から、湧き水のネアと名乗るがいいぞ」

 「湧き水のネア?」

 ネアと名づけられた子猫は小首をかしげた。

 「わしら平民は姓を持たぬから、通名をつけるんじゃよ。わしの通名は修理屋じゃ。それに、通名まで付けてもらえるとは名誉なことじゃよ。普通なら身近な大人が適当に付けたり、自分で名乗ったりするもんじゃがな・・・」

 ドクターは顎鬚をしごきながら一人感嘆していた。

 「ネアよ、お前に守ってもらわなければならぬ事がある」

 ネアに妙に真面目な表情を騎士団長が話しかけた。

 「守ること?」

 「約束事だ。お前はドクターとその護衛のルップが帰る時に彷徨っているところ偶然出会って保護したことにする。泉から出てきて、我が騎士団を勝利に導き、虜囚に慈悲をかけ、お館様を身を挺して守った子猫は女神様の懐に戻った・・・、つまり死んだのだ」

 【俺が生きていて困ることが起こるのか?】

 騎士団長の言葉にネアは不思議そうな表情で応えた。

 「お前にその気が無くとも、奇跡の存在として祭り上げられることになる恐れが高い、そうなるとお前を自分たちの利益のために利用しようとす者、利益のために存在を消そうとする者が出てくるだろう。そうしないためにも、お前が普通の子供として生活するためにも、あの子猫は死んだことにするのが一番だと考えたのだ」

 騎士団長は、ややこしい事柄を何とか噛み砕いて説明しようと苦労していることを労うように、ネアは黙って頷いて理解したことを示した。

 【政争の道具になるのは面白くない、その上、常に危険があるなんて御免蒙りたい】

 「それとな、女神様が遣わしてくださった子猫は黒猫だからな。決して白黒のブチじゃないからな」

 騎士団長の言葉を補うようにお館様が言葉を繋いだ。



 「あの人どうなったの?」

 帰るのが遅れることになり、ため息をついているルップにネアがいきなり尋ねた。

 「デルクのこと?あいつなら手を切り落とされて、痛み止めなしで傷口を焼かれて、地下牢にぶち込まれたらしいけど」

 【裏切りの代償か、それにしても痛そう】

 ネアは、自分の命を奪おうとしたデルクの身に起こされていることを想像し少し身震いした。

 「助かる?」

 「さぁね、尋問が終われば・・・」

 ルップはその先は言わなくても分かるだろと言葉を濁した。それに対してネアも無言で頷いた。


 「アイツめ、くたばりおった・・・」

 医務室に入ってきたドクターは二人が見ているのも気にせずポケットから小瓶を取り出すと口に当てて中の液体を喉に流し込んだ。

 「くたばった?」

 ネアとルップが同時に尋ねると

 「薬も飲まん、飯も食わん、水すら飲まんではな・・・」

 【あの男、小心者に見えたが、そこまでの意思があったのか】

 「最後の最後まで、正義の光の戯言を口走りおって・・・」

 【洗脳されていたのか?】

 ネーアの頭の中に様々な疑問が沸き起こるが、それを言葉にすることができずため息をつくとともに諦めることに決めた。

 「辛気臭い話はここまで、ネアよ、お前にちゃんとした服を用意したぞ、これに着替えろ」

 ドクターは無造作に緑色の布をベッドの上に置いた。ネーアは、それを手に取り不思議そうに見つめた。

 「いつまでも、ワシの白衣を着ておるわけにもいかんだろ、着替えは自分でできるな」

 ドクターの言葉にネアは黙って頷いた。

 「明日の朝にはここを出るぞ。出る時はこの行李に入ってもらう。前に言ったように、お前は偶然わしらと出会うんじゃからな」



 【これはどうやって身につけるんだ?】

 翌朝、医務室でなんとか用意して貰った服を何とか身にまとったネアは下着を手にして固まっていた。

 緑色の質素なワンピースを試行錯誤の末に着ることには成功したが、下着だけがそうはいかなかった。

 それは、布の面積の小さい越中褌の親戚のような形をしており、どう考えても自分の知っている下着とはあからさまに形状が異なっていた。

 「下着の身につけ方も知らんのか?」

 あまりにも時間がかかりすぎるので部屋に入ってきたドクターが呆れたような声を出した。

 「ルップ、穿かせてやれ」

 ルップはドクターの声にぎょっとした。ドクターはそれを確認するとため息をついて

 「童貞には刺激が強すぎるか、小さいとは言え女子じゃからな」

 首を振ると、ネアの手にした下着を手に取り

 「この布が垂れ下がっているほうが尻の方、で、この布の上の穴は尻尾を通す穴、前で結んで、ここに布を後ろから持っていってはさむ・・・、分かるな。それとも、わしが直々に穿かしてやろうか」

 小さな布を手にして、イロイロと説明してから、ポカンと見つめているネアにドクターはからかうように言った。

 「分かった・・・」

 ネアはぶすっとしたままドクターの手から下着を取ると、その場で穿き出した。

 「お、お前、子供と言え、女子なら恥じらいと言うものを持て」

 「ーっ」

 ドクターもルップもくるりとネアに背を向けた。その焦りっぷりが面白くネアは小さく笑い声を上げた。

 「笑い声を初めて聞いた」

 「子供は笑顔が一番じゃ・・・、顔は見とらんが・・・」

 ルップとドクターは背を向けたまま呟いた。

 「穿けたよ」

 ネアの言葉にやっと二人は振り向いた。

 「ちょいと長旅になるが、荷馬車も一緒じゃから疲れりゃ乗れば良い」

 「雪崩のルップが護衛についているから、心配はいらないからね」

 ルップの言葉を聞いたドクターはすかさずに

 「それが、一番心配じゃ」

 ドクターは、しげしげとルップをみつめて肩を落とした。

 「わしも、それなりに戦えるんじゃよ。なんせ、ドワーフじゃからな」

 部屋の片隅に立てかけてある大きな斧を指差して自慢げに胸を張った。

 「腰を痛めないように」

 ルップも言い返す、その二人のやり取りをくすくす笑いながらネアは行李に身体を入れた。

 「ネアの準備はいいよ」

 ネアの言葉を耳にしたドクターは、まだまだなにか言いたげなルップを手で制して

 「そろそろ、出発するか」

 ルップに問いかけると

 「いつでも、出発できますよ」

 ルップは、間髪いれずに応えた。

 【ややこしいことに巻き込まれるのかな・・・】

 行李の中に身を沈めてネアはぼんやりとこれからのことを想像しようしたが、残念なことに、全く見当もつかないことを知るのに時間を要しなかった。

やっと、8話目にして主人公の名前が出てきました。

「湧き水の ネア」が彼女の名前です。

次からは新天地でのおはなしになる予定です。

(そうなるといいなーと思っています。)

ブックマークして頂いた方、目を通してくださった方に感謝します。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ