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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第6章 事件
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74 旅立ちのお手伝い

迫り来るドラゴン、今、フォニーが禁呪を発動させる。ラウニが必死の修行の末編み出した隕石乱れ落しが炸裂する、・・・・と言うことはありません。いつもながらの日常です。

 「ネア、またやったのね」

 ハサミ騒ぎの翌日、朝の挨拶の後、直したハサミを片手にニコニコしながら奥方様がネアに尋ねてきた。

 「え、その、成り行きというか。姐さんたちを護る・・・」

 ハサミをカシャカシャと鳴らしながらにっこりと見つめる奥方さまの気迫にネアは追い込まれていた。

 「何をちょん切るつもりだったのかなー」

 【曲がりなりにも女の子に言わせるのか?】

 ネアは内心突っ込みながらもポカンとした表情を作った。ここで赤面などしでかしたら相手の思う壺と考えたからである。

 「えーと、なんて言ったかなー、男の子のココについているヤツです」

 何の屈託も無く、ネアは己の股間を指差して奥方様に答えた。

 【かつて、ついていたモノなんだよな・・・】

 ネアは、もう存在しないモノに対して幾許かの寂寥感を感じていた。ひょっとすると、あの悪ガキ友に対するあの行動は嫉妬が心のどこかにあったのかもしれないと思いながら、神妙な面持ちで奥方様を見つめた。

 「随分と勇ましいわね。でも、もう少しお淑やかにしてね。ひょっとするとレヒテが面白がって真似してしまうかも知れないから。・・・ギブンの平和のためにも、お願いね」

 奥方様に優しく窘められ、ちょっと気落ちした表情で仕事に戻ったネアの袖をラウニが軽く引っ張った。

 「奥方様は、あの様に仰っているけど、私は助かりましたよ」

 ラウニは小声でネアに囁きかけた。

 「本当にちょん切っちゃえば良かったのに。あんなモノ見たくないよ」

 フォニーも小声でネアの行動を肯定し、さらに過激な発言まで付け加えていた。

 「なんで、あんなモノが付いているんだろうね。おしっこするとき便利かも知れないけど」

 フォニーが首を傾げる様子を見てネアは苦笑した。後、数年もすると嫌でも彼女たちはアレと対峙することになるのだから。

 「ヴィット様にもルップ様にも、若も持っているモノ・・・」

 あの襲撃を思い出して表情をしかめる先輩方にネアはポツリと呟いた。その呟きを聞いた先輩方の表情が強ばった様子はネアの想像以上だった。

 「そう・・・だよね・・・」

 「あんまり考えたくない・・・」

 それは、アイドルは排泄行為などしないと言い張る熱心すぎるファンの言動に通じるものがあるとネアは二人を見ながら思った。

 「ネアは落ち着いていましたけど、アレのこと、良く知っているんじゃないんですか」

 フォニーと顔を見合わせて何やら言葉を交わしていたラウニがネアにいきなり尋ねてきた。

 「えっ」

 ネアはその場に固まりそうになってしまった。かつて自分も持っていたなんて口が裂けても言えないし、知らないと言い切るしかないと決心した。

 「知らないです。だって、お館でアレを見ることなんてないですから。オムツを替えたこともあるビブちゃんは女の子だし・・・、ここにいる人みんな付いてないし・・・」

 ネアの言葉に先輩方はそのとおりだね、と頷いてくれたのを見てネアは安堵した。

 奥方様は彼女たちの無垢すぎる会話を聞きながらニコニコしていた。

 (私にもアンナ時期があったわねー)

 そんな中、いきなり執務室のドアが開かれご隠居様が姿を現した。

 「すまない、頼みがあるんだ。2・3日、ネアを貸してくれないか」

 ご隠居様は開口一番そう言うと自分の娘である奥方さまに神妙な面持ちで頭を下げた。

 「え、一体・・・、まさか、前回に味をしめて・・・ってことじゃないですよね」

 怪訝な表情でご隠居様をみつめる奥方様に対して真剣な表情のまま

 「ふざけて言っているんじゃない。ネアに手伝ってもらいたいことがあるんだよ。内容はまだ言えないが、決して疚しいことも、後ろめたいことも無い」

 少々強い口調で言うと今度はネアを見つめた。

 「これから少し、館を離れることになると思う。手伝ってくれるかな」

 いつに無くまじめな様子のご隠居様にネアはその場に立ち上がると

 「畏まりました」

 と直立不動で答えていた。ネアの言葉を聞いたご隠居様はそこでようやく笑顔になると

 「すまない、ネア前と同じホールの時計前、服装はそのままで良いよ。外出用のバッグと着替えがあれば何とかなる」

 ご隠居様は早口でネアに指示を出すと、入ってきたときと同じように突然出て行った。

 「勝手に決めて・・・、連れて行くなんて・・・・。ネア、それでいいの?」

 納得のいかない奥方様は自分の使っていた道具を片づけるネアに尋ねかけてきた。

 「私にしかできない仕事だったら・・・、私にしかできないから・・・、必要だと言って頂けることは光栄ですから」

 ネアはそう言うと奥方様にペコリと頭を下げた。

 「ラウニ姐さん、フォニー姐さん、ユキカゼをお願いします。あの子が寂しがらないように・・・」

 「気をつけてね」

 「ユキカゼだけじゃなくて、うちらも寂しいからね」

 「大丈夫ですから、では、行って参ります」

 ネアはニコリとして執務室から出て行った。

 「美味しいもの食べるのかなー」

 「貴女の気になるところは食べ物だけですか?」

 フォニーはラウニの言葉に少々むっとした。

 「じゃ、ラウニは気にならないのかしら」

 「気になります・・・」

 ラウニの言葉にフォニーはニタリと笑った。


 「ご隠居様、「桔梗」のミーファが今夜動くのですか?」

 ご隠居様に手を引かれたネアはご隠居様を見上げて尋ねた。

 「いいや、彼女は今夜は自宅でゆっくりしているだろうね。実はね、ナンスさんが見つかったんだよ。勿論、元気な状態でね」

 ご隠居様の言葉にネアは目を丸くした。

 「あ、ありがとうございます。これでクレドたちも安心できます。あの子達、喜びますよ」

 我が事のようにネアは喜んだ。そんなネアをご隠居様は目を細めて見つめた。

 「しかし、この郷に帰ってくることはできんだろう。彼がここに戻ると、トバナ氏にまたお店の金庫のお金を使わせることになってしまうだろうね」

 ご隠居様は軽いため息混じりにネアに告げた。

 「・・・一家心中に見せかけることもしそうですね。お店のお金使い込んで、それをトバナさんが後始末してくれた。でも悪いことをしたって思いっきり反省して、そのために・・、ですよね」

 ネアは良心の呵責に耐えかねると言いたかったのだが、生憎、この身体にはその言葉まだ無かったようであった。

 「すごく、黒いお話だね。しかし、無いとは言い切れないところが困ったもんだけど」

 ネアの言葉にご隠居様は顔しかめながら応えた。

 「ナンスさんの家族にはもうお伝えしてあるんですか。でも、戻って来られないとなると・・・」

 心配そうに話すネアにご隠居様は微笑みかけた。

 「その辺りは、ボウルのお店で話すよ」

 「また、あの方達が?」

 「ま、そうだね」

  ご隠居様はネアの問いかけに軽く答えるとネアの手を引っ張るように歩き出した。


 ボウルのお店には前回と同じ顔ぶれが集まっていた。

 「皆、知っていると思うけどナンスさんは無事我々で保護している。彼はミオウの郷でトバナ氏に極秘裏に命じられたこと、ミオウの郷の支店の適地を探すを実行中だったんだよ。家族にはトバナ氏から説明されると約束されていたようだが、あの有様だ。この事、ナンスさんが無事ミオウに居ることは家族には知らせていない。家族の動きでトバナ氏が感づくと、いらないことをしてますます自ら窮地に追い込まれそうだからね。それで、彼がケフから追い出されると、ボクがいらない誤解までされてやったことが全て無駄になっちゃうからね」

 ご隠居様はナナが淹れてくれたお茶を飲みながら、ざっと今知りえていることを集まったメンバーに話した。

 「では、ナンスさん一家にはどのように、このまま行方不明ということでいくんですか」

 コーツがご隠居様の説明を聞いて疑問を呈した。

 「いいや、奥さんや子どもたちには消えてもらうよ」

 ご隠居様が何気なく語った言葉にその場にいたものが息を飲んだ。

 「あ、ちょっと待ってくれ、始末するとかじゃないよ。こっそり、ミオウに行ってもらうんだよ。ナンスさん一家はミオウで生活することになる。既に住む場所や仕事も準備してあるよ。そうじゃなかったら、コーツにもロクさんにも動いてもらわないよ」

 「早とちりで良かった・・・」

 ネアは小さくため息をついた。

 「で、ロクさん、運び屋は連絡の合ったとおり、手配できていることでいいよね。どんな連中かな」

 ロクはご隠居の問いかけに姿勢を正した。

 「昔気質の運び屋です。口は堅くて信用できます。腕も立ちます」

 ロクの説明を聞いてご隠居様は満足そうに頷いた。

 「鉄の壁騎士団も、今夜荷馬車が門を出ることと関を通過することは徹底しています。手形は・・・、ネア殿に勤めて頂くことになりますが」

 コーツがロクの説明を引き継ぎ、そしてネアを見つめた。

 「ご苦労だが、いいかな」

 ご隠居様の言葉にネアはハイと答えるとともに大きく頷いた。

 「ミオウの準備はバトとルロがかかってくれている。ナンスさんはミオウの大使館常駐の管理人兼経費担当として働いて貰うことにしている。これで少なくともトバナ氏の視界からナンス一家は消える。あの男のことだから、深く追求することも無かろう。彼には家族はナンスを捜し旅に出たとでも言っておけば安心すると思うよ」

 ご隠居様はナンス一家の身の振り方を説明した。しかし、そこには当のナンスからの意見を聞くことなく、彼からすれば勝手に決められたことであった。

 「あの、ご隠居様、ナンスさんの家族はいつ旅立つんですか」

 ネアはご隠居様が一通り喋り終えお茶を飲みだしたときおずおずと尋ねた。

 「ネアには言ってなかったね。今夜だよ。だから、朝からネアに動いてもらっているんだ。これから、ナンスさん一家にご主人がぶじなこと、こんやミオウに引越しして貰うことを説明しなくちゃならない。ボクが行ってもいいんだけど、そうなると大事になりすぎて噂になりそうだし、で、ネアに行ってもらうよ。引越しのお手伝いも兼ねてね。それと、これからの事についてはいくらネアでも、子どもの口から出た言葉だから、そこはロクさんとナナさんに手伝ってもらうよ。この二人が居ればいくら悪ガキどもでも手は出してこないだろう、それに今日はハサミを持ってないからね。・・・ネアにはすまないと思ったが、早いうちに知らせるとあの目ざとい先輩達がネアに問いただしていくんじゃないかと心配だったからなんだ」

 ネアは今夜、計画が実行されることを聞いて驚きの小さな声を上げた。そして、ご隠居様が心配されることも尤もなことだと納得した。この身体になってから感情を隠すことが難しくなっており、目ざとい先輩方ならきっと何かあったと察して聞いてくるだろう。そうなった時、自分はどこまで黙っていられるか、そう考えるとネアに文句を言う理由はなかった。

 「引越しの準備は静かに、誰にも気づかれず、持っていくものは必要なモノだけ。家具だとか寝具はミオウで準備していることになっている。これには結構お金がかかったよ。この分の働きをトバナ氏がしてくれるかだが、できそうにない場合は、彼の金庫から出して貰おう。そのやり方はこれから考えるとして・・・、一息ついたらネア、ロクさんとナナと一緒にナンスさんの家に行ってくれ。折角できたお友達と別れるのは辛いが、そこは堪えてくれ、すまない」

 ご隠居様が年端も行かぬ侍女に軽く頭を下げるのを見て集まった面々はこの計画はご隠居様の道楽なんぞではない、と再度認識した。


 「おはようございます」

 ネアはナンスの家のドアをノックしながら声を上げた。

 「どちら様?」

 それに応じるようにドアがそっと開かれナンス夫人が顔を出した。

 「あら、ネアちゃん。こんな時間に何の用かしら。クレドもキャサもいるわよ」

 明るく応じる夫人にネアは真剣な表情で何をしに来たか伝えようとした。

 「ナンスさんがどこにいるか分かりました。それについてお話したいことがあります。詳しいことは・・・、ロクさんとナナさんがお話します。・・・他人に聞かれると良くないので」

 たどたどしく伝えようとするネアを見て夫人の顔から笑顔が消えた。

 「あの人になにか・・・」

 その時、ネアの背後に立つ、ロクとナナを見つけて夫人の表情は険しいものに変わった。

 「ご心配なく、こう見えても俺達はお館の命で動いている者です。ご主人についてお話したいことが幾つかあります。申し訳ないが、中で話をさせてもらえないですかね」

 ロクがぬっと前に出て軽く会釈すると夫人に今日来た目的を話した。

 「怖そうな人だけど、大丈夫。良い人だから」

 警戒する夫人にネアはにこりとしながら話した。

 「怖そうな人ね・・・」

 ロクの背後でナナが笑い声を上げた。

 「そんなに怖いかな・・・」

 ドアの前に立つ三人のやり取りと、ちょっと傷ついた様子のロクを見て夫人は安堵の息を漏らすとドアを開けた。

 「散らかってますが、どうぞお入りください」

 三人は軽く会釈するとナンス家の玄関をまたいだ。


 「あの人が見つかった・・・」

 「お父さん・・・、良かった・・・」

 ナンスが無事保護されていると聞いてナンス一家は互いに抱き合って喜びの涙を流した。ネアはそれをだまって眺めていた。

 【家族って・・・、俺がどこかに置き忘れてきた世界だな】

 前の世界で全く見向きも興味もなかったことであった。

 【いろいろと欠落していたみたいだ・・・】

 前の世界での生き方を思い返してネアはため息をついた。

 「それで、今夜、ナンスさんが居るミオウに行ってもらいます。急な話ですが、そうしないと妙な連中が勘ぐって、要らないことをしでかしそうなんで・・・」

 抱き合って涙するナンス一家にロクが言いにくそうに言葉を切り出した。

 「えっ」

 六つの目がロクを見つめた。

 「旦那さんが居るミオウには既に、お館からお家と仕事も準備されています。勝手なことですが、こうでもしないと皆さんの安全を確保できなくて、ごめんなさいね。引越しも誰にも気づかれないように、今夜、運び屋の荷馬車が来ます。それに乗せられるだけしか持っていけません。向こうで必要となるモノはお館で準備します。必要なモノをまとめて置いてください。私とネアでお手伝いします」

 ナナがロクの後をついで、ナンス一家が不安にならないように柔らかい口調で引越しについて話し出した。

 「ここまでしてもらって・・・、そう言えばミオウも獣人さん達が多い所よね。今度こそ、獣人さんのお友達作らなきゃ」

 ナンス夫人は泣き顔から表情を一転させて、新たな生活に向けて足を踏み出そうとしていた。

 

人権だとか政府の過干渉だとかはこの世界では無いようです。ご隠居様の独断に巻き込まれたナンスさん一家は良い迷惑かもしれません。しかし、そのツケの請求書はトバナ氏に行きそうですが。

駄文にお付き合い頂き感謝します。ブックマーク頂くことが何よりの励みになっております。

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