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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第6章 事件
75/342

70 取りこむ

お仕事の都合でおおよそ1ヶ月、upできませんでした。

もし、楽しみにしておられる方がおられれば、スミマセンでした。

決して、心が折れた訳ではありませんので・・・。


不屈とは折れた事がないという意味ではない!

折れてなお立ち上がる者を言うのだ!!(by 刀耳)

(私は簡単に0.3mmのシャーペンの芯より簡単に折れる、と自信を持ってます)

 トバナ氏の朝は早い。家賃の割には狭い集合住宅を後にするとまだ暗い道を歩き出した。守銭奴である彼がこのような集合住宅に住んでいるには大きな理由がある。この集合住宅の警備は下手な銀行より強く、またそれぞれの部屋の扉には鍵のほかに個人を認証する魔法まで施してある。これが、トバナ氏をして、ここに住まわせている理由なのである。元々、彼の生活の場はモンテス商会ケフ支店の支店長室であり、ここはあくまでもとある物の保管と寝る場所でしかなかった。

 そして、トバナ氏の早起きは彼の経済哲学から生じているモノであった。この季節、自宅にいれば暖房の費用がかかるが、店にいれば必要経費として己の懐は痛まない。彼はブルッと寒風に身震いすると背を丸めて早足に歩き出した。

 「!」

 あちこちに薄い氷が張り付いた石畳の上に黒い塊が落ちていることに気づくとその小さな目が鋭く輝いたように見えた。彼は辺りを素早く伺うと、その物体を拾い上げた。

 「♪ 」

 彼が手にしたのは、この世界で財布代わりに使われる巾着袋であった。それは、ずっしりとした重さで彼にこれが夢ではないことを雄弁に訴えかけていた。彼は再び辺りを伺うと素早くその巾着袋を己の上着のポケットに素早く仕舞いこんだ。

 彼の早起きの理由はつまり、このことなのである。昨夜に、気持ちよく酔っ払ったどこかの誰かがうっかり落とした小銭や巾着袋を手にするためである。これも、長年続けると結構良い金額となり、彼の自宅の金庫を賑わせているのである。

 「さて・・・」

 中の金額は、店についてからじっくりと確認することにする。店に着くまでのわくわくする感じがなんとも言えず彼に幸福感をもたらせていた。


 まだ、誰も出勤していない店の支店長室に入ると壁にはめ込まれている変換石をクルリと回した。変換石から流れ出た魔力は天井から吊るされた丸いクリスタルを光らせた。仄かに光る明りの元、彼はにっこりしながらポケットから今朝の収穫物を取り出し、その口を開けた。

 「ほーっ」

 中には中銀貨が数枚と大銀貨が5枚入っていた。この釣果に彼の顔はほころんだ。

 「? 」

 巾着の中には銀貨に混じって紙切れが混じっていた。彼はそれを取り出して広げた。


 『親愛なる、「膨らんだ財布」のトバナ様

  貴方が作った 穴 を埋める方法をお教えできます。ついては、今夜「リンガ亭」まで、1人で足を運んでください。そうでなければこのお話はなかったことにさせて頂きます。なお、お金は挨拶の品とでもお思いください。』


 その紙切れは、差出人の名前もない、丁寧な文字で書かれた手紙であった。

 「穴・・・、まさか・・・」

 トバナ氏の額に寒いにもかかわらず一筋汗が流れた。


 リンガ亭、それはケフの都でも札付きの悪所の一角に存在する。この悪所には何度か騎士団の手入れがあったが、いかがわしい商売は決してその光を失うことはなく、逆に燦々といかがわしい光を放っている場所である。穢れの民が住みやすい場所となればあちこちの喰いっはぐれた連中(穢れの民)も真っ当(穢れの民)な人々に混じって入ってくる。そして、そんな連中が提供するサービスを享受したがる好事家も少なからずおり、大きなことがない限り、ある程度は見逃されている、治外法権じみた場所に存在する、小粒かつ小汚い宿屋兼酒場がリンガ亭であった。

 その日、トバナ氏はいつもならダラダラと残業して自宅の光熱費を節約するのが常であるが、珍しく、店を閉じると共に自宅に舞い戻ったのである。彼の自宅は一人住まいをするには充分な大きさであったが、その大きさに不釣合いなモノが大きく部屋を占領していた。それは、装飾も何もない、堅牢性だけがウリのゴツイ金庫であった。トバナ氏は部屋に入ると小さなランプに明かりを灯して金庫のダイヤルにそっと触れた。この金庫は個人識別の複雑な魔法が施されており、彼しか開くことはできないようになっていた。この金庫一つでちょっとした家が建つぐらいであるが、購入する時にためらいはなかった。自分の金を安全に保管することは彼にとって何より重要なことだったからである。彼は金庫を開けると、今朝手にした銀貨を神経質に区分けされた引き出しにそれぞれ仕舞いこんで、帳簿に入金した数字を書き込んだ。この帳簿も入金しか記入されておらず、出金に関しては実際に発生していなかった。

 「よし、それと・・・」

 トバナ氏は金庫をそっと閉めると自分の上着を最も粗末な、と言っても彼は着る物にもそんなに金をかけるような人物ではないため、対して代わり映えのしない地味な色合いのコートを身にまとい、黒い目出し帽を被り、ポケットから巾着を取り出すと必要最低限の金額のみを入れた。この必要最低限と言うのも、彼の年齢、地位を考えれば少なすぎる金額なのであるが。しかし、このようなことに気を使うようなトバナ氏ではなかった。

 リンガ亭のある地域に入るにはそれなりの決意が必要である。治安が案外安定しているケフの都にあっても悪所にはそれなりの危険が伴う。トバナ氏は悪所に通じる通りに意を決して足を踏み入れた。

 リンガ亭はすぐに目に入ってきた。そして、幸運なことに彼は怪しい者どもと何人もすれ違ったが誰も彼に金品を要求してくる者はいなかった。


 「お待ちしておりました」

 リンガ亭に入ると、街角の女のようないでたちの女がにっこりとしながらトバナ氏に声をかけてきた。

 「こ、この手紙の・・・」

 口の中をからからにしながら彼は何とか言葉を吐き出した。

 「ええ、親分がお待ちですわ。あまり、お待たせするとお機嫌が悪くなられますから、注意してくださいね。これからご案内しますわ」

 女の言葉に彼の表情が引きつった。これから面会する人物はどうも堅気ではないようだと思うとすぐにでもこの場から逃げ出したくなったが、この恐怖より、検査で帳簿の穴を追及される恐怖のほうが勝っていた。この事が彼を薄暗い廊下を堅気とは思えない女について歩かせることになった。人相がよろしくない連中ががやがやと酒盛りをしている脇の階段をおっかなびっくりしながら上がると薄暗い廊下の両側に粗末な扉が並ぶ安宿の風景が目に飛び込んできた。時折、扉の向こうから男女の生物学的な営みによる嬌声がくぐもって聞こえてくるが、彼にそれを楽しむような余裕はなかった。廊下の一番奥の扉の前に腰にサーベルをさげた痩躯のカイゼル髭の初老の男が門番のように立っていた。

 「その男か・・・」

 初老の男は低いしわがれた声で女に声をかけると、彼女は頷いて応えた。

 「ご苦労、下がって良いぞ」

 初老男の言葉に女は軽く頭を下げてあわてるでもなくゆっくりと立ち去っていった。

 「武器を持っていないか、調べさせて貰う」

 緊張で価値こちになっているトバナ氏の身体をまさぐると初老の男は彼の耳元に低く囁いた。

 「妙な気になるなよ。お前の命で償うことになるぞ」

 「わ・・・かった・・・」

 脂汗をかきながらトバナ氏は答えると、初老の男は扉をノックした。

 「入れ」

 扉の奥からドスの利いた声が響いてきた。

 「失礼します」

 初老の男はそっと扉を開けると、固まっているトバナ氏の背中を蹴り付けて部屋の中に入れさせた。

 「お前が「膨らんだ財布」のトバナだな」

 蹴られた勢いで床に倒れたトバナ氏に彼の頭の上から声がかけられた。

 「そ・・・うだ・・・」

 ふらふらと立ち上がりながら彼は声の方を見ると白髪に髪と同じような白い長いあごひげ蓄えた老人がソファーに座ったままトバナ氏を見つめていた。

 「くだらない挨拶はなしだ。わしは、「地割れ」のゴーガン。イズマ地方でまとめ役をやっている。で、この子はわしの孫の「桔梗」のミーファだ」

 ゴーガンと名乗った男は隣の椅子に腰掛けている派手な服に同じような派手でひさしの大きな帽子を目深にかぶり顔が見えない少女を指差して紹介した。

 「穴を開けているらしいな。ごまかしは利かんぞ。わしは、お前の窮地を救ってやることができる」

 ゴーガンの話にトバナ氏は頷く以外にできなかった。

 「人を雇った金だな、確か・・・「偽り」の・・・」

 「そうだ、腕利きと言って偽りやがった。あの「影なし」のゲレトめ、金だけ持ち逃げしやがって」

 金の恨みとなるとトバナ氏は現在置かれている状態も忘れ、怒りをあらわにした。

 「「偽り」のジャッコを雇えばよかっただろうに・・・」

 ゴーガンは怒るトバナ氏に呆れながら声をかけた。

 「アイツを雇うには小金貨5枚もかかる。しかし、あのゲレトは4枚でいいと言ったんだ。だから、俺は・・・、誰でも安いほうがいいだろ」

 トバナ氏はここまでまくし立てると、ふと我にかえって再び固まってしまった。

 「わしは、安物には金は使わん。お前も安物なのか?」

 固まっているトバナ氏にゴーガンは値踏みするように声をかけた。

 「いえ、私は・・・、価値がある、価値がある男です」

 脂汗を流しながらトバナ氏は声を振り絞った。

 「そうか、では、お前を信用しよう。これから、話すことは他言無用。もし、誰かの耳に入ったら、二度と金庫に金を入れる楽しみを味わうことができなくなる、あの世でできれば違うかも知れんが」

 ゴーガンの言葉にトバナ氏はますます身体が固くなってきた。

 「で、他言無用の約束は守れるのか」

 ゴーガンの問いかけにトバナ氏は忙しなく首を上下させて約束を守れることを示した。

 「では、お前を信用しよう。わしには一人娘がおった。親のわしが言うのもなんだが、いい娘だった。だが、ある時、駆け落ちしよった。しかも、相手は穢れの獣だ。これほどの親不孝はないと思わんか」

 トバナ氏はゴーガンの言葉に頷くだけだった。

 「わしは手を尽くして娘を探した。探し当てた時、既に娘は不治の病に冒されておった。あの憎い獣はとっくの昔に流行り病でくたばっておったのが幸いなことだった。わしは跡取りがいなくなったものと思っておったが、孫娘が一人いたのだ。しかし・・・、ミーファ、帽子を取れ」

 ゴーガンの言葉に隣にいたミーファと呼ばれた少女が帽子を取った。

 「っ!」

 その姿を見てトバナ氏は息を飲んだ。そこには、ぴょこんと立った尖った耳、突き出た口吻・・・、つまり真っ白のネコ族の獣人の娘が両手に帽子を持ったまま、俯きかげんで寂しげな目でじっとしていた。

 「あの男め、死んでもわしに嫌がらせをしてくれおって・・・。いいぞ、ミーファ、帽子をかぶれ」

 少女は小さく頷くと最初のとき同じように目深に帽子をかぶり顔を隠してしまった。

 「分かっただろ。わしは、この子を真人にしたい。モンテス商会の情報網を使えば何か掴めるだろう。金に糸目はつけん。どうだ、乗ってくれるか。この事はくれぐれもお前一人でやってくれ。本店に報告したり、金だけ手にして動かない、なんてことは考えんことだ。常に見られていると思え」

 ゴーガンはトバナ氏を睨みつけて低く彼に仕事の内容を告げた。

 「これは手付金、小金貨4枚だ。これで充分に穴は塞げるだろ。くれぐれも口外するな、もし、わしに逆らったら生まれてきたことを後悔する目にあってもらうからな」

 ゴーガンは巾着から小金貨4枚を取り出すとトバナ氏の足元に投げた。

 「この「膨らんだ財布」のトバナ、必ずやご期待にお応え致します」

 トバナ氏はそう言いながら床にはいつくばって金貨を拾い上げると、コートをポンポンと叩いてその場に気をつけの姿勢をとっていた。

 「良き、結果を待っているぞ。結果が全てだからな。もう、話は終わった。帰っていいぞ」

 その言葉と同時に扉が開き、さっきの初老の男がトバナ氏の襟首をつかむと引きずるように部屋から連れ出した。

 「舐めたことをすると、償って貰うからな」

 初老の男はトバナ氏の耳元でささやくと、階段の方向に彼を突き出した。

 「さっさと行け」

 トバナ氏はまるでキツネに摘まれたような気分でリンガ亭を後にすると足早に家に戻っていた。


 「穢れの民を真人にする方法なんて・・・、聞いたこともない。しかし、やらんと・・・」

 ポケットの中の4枚の小金貨が彼が後戻りのできない道に踏み込んだことをしつこいように語り掛けていた。


 「しかし、あのびびり様は見ものでしたな」

 リンガ亭のゴーガンの部屋に入った初老の男は楽しそうな声を上げた。そして立派なカイゼル髭を顔からはがした。そこには「水晶レンズ」のコーツの姿があった。

 「しかし、刺客を値段が安いからと言って雇うとは・・・、なかなか興味深い人物だよ」

 ゴーガンと名乗った男は白髪の鬘を取り、あごひげも顔からはがした。そこにはご隠居様の姿があった。

 「笑いを堪えるのに苦労した・・・」

 帽子の少女が、街角の女風の女が手渡してくれた濡れタオルで顔を拭きながら呟いた。少女が顔を拭き終えるとそこには綺麗なハチワレ柄のネコ族の少女が思い出し笑いしながら現れた。

 「あたしも見たかったよ」

 街角の女風の意匠を剥ぎ取り、動きやすい服装になったナナが残念そうに笑うネアに声をかけた。

 「ご隠居様、アイツ、小心者ですよ。案外、簡単に回りにばれるんじゃないでしょうか」

 心配そうにご隠居様に話しかけるナナにご隠居様は笑いながら

 「だから、ロクさんに定期的に絞めてもらうことにしているんだよ。何はともあれ、これでモンテス商会に覗き穴を作ることができたんだ。少々、心許ないが、トバナ氏の活躍に期待しようじゃないか」

 ご隠居様が談笑している間に、いつの間にかコーツが準備していたワインを同じように準備されていたグラスにネアは注いでいった。

 「ネア殿にはこれを・・・、また脱ぎたくなったら大変ですからな」

 コーツはクローゼットからリンゴのジュースの瓶をネアに手渡した。

 「暫くは呑みません。大きくなってから呑むから・・・」

 あのことも知られているのかと、内心焦りながら、ここは子供らしくふくれっ面でネアは応えた。

 「大きくなってから脱いでもらったほうが、ボクたちはうれしいね。コーツ、そう思うだろ」

 「え、私に振られましても、男としては楽しみである、とお答えしておきます」

 ちょっとびっくりしたコーツはにっこりしながらネアに向かってグラスを捧げた。

 「男って・・・」

 ナナが少々不機嫌な口調でネアに声をかけてきた。

 「男だったら、しかたない・・・」

 ぽつりとネアは応えるとさっそくリンゴジュースに口をつけた。

 「・・・あんた、一体、いくつなの?」

 「6歳・・・」

 「それって、私たちの暦で数えてかしら・・・」

 「6歳」

 不思議そうに尋ねてくるナナにネアは頑なに6歳と答え続けた。

 「彼女がそう言っているから、そうなんだろうね」

 ご隠居様は楽しげにネアを見つめた。

 「女性に誕生日は尋ねても、年齢を尋ねるのはいかがなモノかと」

 コーツもそう言うとナナを見つめた。

 「私も、永遠の18歳、だしね」

 ナナはそう言うとクスクスと笑い出した。

あの、トバナ氏を取り込むことに成功したようです。

真面目な愚か者は組織にとって脅威になるということでしょうか。

今回はトバナ氏が大活躍でした。

散々待たしておいて、それかよ、のお叱りはご容赦ください。

駄文にお付き合いいただいた方に感謝を申し上げます。

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