69 「逆撫で」
やっとギルドの昇級試験です。ネアはEランクからDランクに昇級できるのでしょうか・・・、ごめんなさい。嘘です。いつものように淡々とお話は続いていきます。
来週もお仕事の都合でUPできそうにありません。
こんなモノでもお読みいただいている方々、ごめんなさい。
平日の使用人たちの朝は早い、だから夜更かしすれば辛くなるのは当然のことである。そして、それを身を持って証明してくれたのは、昨日それぞれの理由から寝付けなかったラウニとフォニーだった。自称、低血圧のフォニーの寝起きの悪さはいつものことであるが、特に本日は厳しいようで、あのラウニですら眠そうに目を半開きにしてホケーとしている有様であった。そんな二人を横目にしながらネアはいつもの如く淡々とベッドを整え、最近、少しなれてきたブラッシングに精を出していた。
ネアが仕事着に着替え終える頃、やっと先輩たちは大急ぎで身支度を整えていた。いつものようにおしゃべりしながらのブラッシングなどではなく、いつものようにキマる、キマらないの言葉も無く黙々と手を動かしていた。仕事着の尾かざりを付けるのも手近にある無難なものを選択する有様であった。
「ご飯行くよ」
ネアが身支度を整え終える頃、先輩方も身支度を終え、フォニーがいつものようにネアに声をかけ、その手を引っ張って食堂へと向かって行った。あの短時間で身支度ができることに、流石は年季が違うものだとネアは手を引かれながら感心していた。
いつものように奥方様の執務室を清掃し、朝のお茶の準備を終えた頃、奥方さまがレヒテを伴って執務室にやって来た。奥方さまへの朝の挨拶を終えるとネアはおずおずと奥方様に近づいた。
「あら、ネア何か用かしら?」
奥方様は小首を傾げながら値を見つめた。
「はい、実はお友だちのことでお話ししたいことが」
ネアがここまで言うと奥方様はにっこりして
「ええ、そのことは今朝、ヴィットから聞きました。ネアは心配しなくてもいいですよ。後は、大人に任しておきなさい。お友達思いのいい子ね」
ネアの頭をわしわしと撫でると自分の仕事に戻るようにネアに命じた。
「ネア、あのこと?」
サマードレスにつけるボタンをメモを片手に探しているネアにラウニがそっと声をかけてきた。ネアそれに頷いて答える事にした。それを見たフォニーが横から興味津々な様子で尋ねてきた。
「ネアのお友だちのお父さんが帰ってこなくなったそうですよ」
フォニーはラウニの説明を聞くと好奇の視線をネアに向けた。
「ネアのお友達?女の子?ひょっとして男の子かしら」
フォニーが目を輝かせながらネアに詰め寄った。そんなフォニーの勢いに押されそうになりながらもネアは
「お仕事中・・・」
とフォニーに答えると、ちらりと奥方様を見た。奥方様はちょっと困ったような表情で彼女達を見ているのに気づくと、彼女は視線でフォニーにそれを伝えた。勘の鋭いフォニーはそれで全てを理解した様で何もなかったように自分の仕事に取り掛かりだしたが、
「後で聞かせてもらうよ」
と、一言呟き、ネアを自由にしたわけではないことを宣言した。
【休憩時間に何を聞かれるやら】
平静を装いながらもネアは内心穏やかではなかった。そんなネアの窮地はとある人物により救われることとなった。午前のお茶の時間、ネアたちはお湯の入ったポットやちょっとしたお菓子の準備をそれぞれ手分けしてしていると奥方様の執務室のドアがノックされ、奥方様が応えるまでもなくドアが開かれた。
「お、いいねお茶の時間か、ボクもおよばれしていいかな? 」
いつものように軽い調子でご隠居様が部屋に入ってきた。
「お父様、何の御用かしら?」
奥方様が訝しそうな視線でご隠居様を見つめると彼はそんなことお構いなしに執務室の中央にあるテーブルについた。
「砂糖もミルクもいらないから、冷えるから熱いのが何よりのご馳走だからね」
ご隠居様はフォニーに淹れてもらった湯気がもうもうと上がるカップを暖を取るように両手でもって一口呑んだ。
「まさか、お茶のためだけに来られたわけじゃないでしょ」
奥方様の言葉にご隠居様は苦笑しながらそっとカップを置いた。
「今日一日、ネアを借りたくてね」
ご隠居様はネアを手招きした。
「お買い物ですか?ネアは大丈夫かしら?」
ちょっと心配そうに尋ねる奥方様にネアはにっこりして
「大丈夫です。でも、お嬢が・・・」
ネアは元気良く答えつつも、今、アルア先生に算数でしごかれているレヒテのことを気にかけて口にした。
「それは、私から言っておくわ。ネアは貴女と違って忙しいって」
奥方様はにっこりしながら気にする必要はないことをネアに伝えた。
「ネア、お茶を飲み終わったらホールに来てくれ、服はそのままでいいよ。美味しいお茶だったよ。ご馳走様」
ご隠居はフォニーに笑顔で告げると入ってきたときと同じように唐突に出て行った。
「ネア、後のことは任して下さいね」
「いいなー、うちも行きたいなー」
ラウニとフォニーはそれぞれネアに声をかけると羨ましそうに見つめた。そんな二人にネアは笑顔で応えるとお茶を飲み干して立ち上がると奥方さまに一礼して部屋から退出した。
「お待たせしました」
ネアはホールで時計を眺めているご隠居様に声をかけた。
「レディにはそれなりに準備が必要だからね、これぐらいはお安いものだよ。さ、出かけよう」
ご隠居様はネアにふざけて恭しくお辞儀するとそっと手を差し出した。あまりにも自然な動きだったため、ネアは思わずその手を握っていた。
「あ、申し訳ありません」
気づいたネアは手を離すとご隠居様に頭を下げたが、ご隠居様はそんなネアの対応に
「レディに手を差し出すのは礼儀だろ。ノリが悪いよ」
ちょいと不機嫌そうに言うと再びネアに手を差し出した。ネアはご隠居様の顔を見ると早く手を取れ、と目が訴えられ、おずおずとご隠居様の手を握った。
「では、出発だ。こうやって歩いているとデートしている・・・、どう見ても、お爺ちゃんと孫娘だな・・・」
ご隠居様は自嘲気味に呟くとネアの手を引いて館を後にした。
「ご隠居様、今日はどちらへ?」
ご隠居様に手を引かれながらネアは見上げて尋ねた。
「気になることの調査だよ。ネアのもう一つの顔が必要になりそうだからね」
ネアはご隠居様の言葉から、今日のお供が買い物の荷物持ちのような気楽な任務ではないことを悟った。
「このままボウルのお店に向かう。そこで、今日のことを説明する。それまでは気楽にしてなさい」
と、ご隠居様はネアに答えたが、ネアは不安が大きくなるばかりで気楽になんかできる状態にはならなかった。
ボウルのお店の扉は固く閉ざされ扉に「お休みします」と丸っこい文字で書かれた張り紙がされていた。ご隠居様はそんな張り紙なんぞ関係ないとばかりに閉ざされたドアをリズミカルにノックした。すると内側から同じようにリズミカルなノックが返ってきた。ご隠居様はそのノックの音を聞くと一呼吸してから再び先ほどとは少し違うリズムでノックすると扉はそっと開かれた。
「おはよう、入れてもらうよ。ネアも来なさい」
ご隠居様は扉を開いたナナに挨拶するとネアを扉の内側に引っ張り込んだ。
「おはようございます」
ネアは自分を見つめるナナに頭を下げて挨拶した。
「おはよう。・・・ご隠居様、ひょっとしてこの子が・・・」
ネアの顔をまじまじと見つめたナナがご隠居様に問いかけた。ご隠居様はそんなナナににっこりと頷いて答えるだけであったが、ナナは全てを承知したかのようにそれ以上は尋ねることはしなかった。
「奥へどうぞ」
奥に通されるとリビングテーブルにロクと見たことがないご隠居様と同じぐらいの年齢の男がついてお茶を飲んでいた。
「待たせたね」
ご隠居様はテーブルについている男達に声をかけるとネアに椅子をひいて座らせ、自分も空いている椅子に腰をおろした。
「はじめまして、「湧き水」のネアって言います。よろしくお願いします」
ネアは見たことがない老いた男に挨拶と自己紹介をした。
「貴女がネアさんですね。聡明なお嬢さんであると伺っています。私はヴィット様にお仕えしております。「水晶レンズの」コーツと申します。以後、お見知りおきを」
年老いた男はコーツと名乗った。その男は軽くネアに頭を下げるとご隠居様を見つめた。
「ナナも、席についてくれ、これから話すことは口外しないでくれ、特にネアのことについては、これはこの郷のためだけでなく、この子のためにも必要なんだ。約束してもらいたい」
ご隠居様の表情にいつもの飄々とした笑みはなく、真剣な表情であった。席についた一同はご隠居様の言葉に頷いて答えた。
「早速、本題から入る。事は、モンテス商会に大きく関わっている。コーツは知っていると思うが、モンテス商会の社員の「状差し」のナンス氏の所在が不明になっている。これに関しては支社長の「膨らんだ財布」のトバナ氏から捜索の依頼が鉄の壁騎士団に提出されている。ここまでは少なからずある所在不明者の話だが、街の噂ではナンス氏が商会の少なくないお金を持ち逃げしたとされている。ナンス氏の性格、これまでの行動からこのような事をするとは考えにくい、さらにトバナ氏からも持ち逃げに関してはなんら騎士団に話はされていない。トバナ氏の人となりは、一言で言えば「守銭奴」だ。そんな男が持ち逃げされて黙っているかな」
ご隠居様はここまで話すと集まった人々の顔を見回した。
「そして、面白い情報があるんだよ。近々、モンテス商会ケフ支店はワーナンの統括支店の監査を受けるらしいんだよ。で、所在不明のナンス氏だが、彼はケフ支店で金銭の出納を任されていたらしい、と言っても金庫の鍵はトバナ氏以外は持っていない、これであっているよね?」
ご隠居様はナナをみつめた。
「その通りです。ナンスさんはケフ支店に就職してまだ半年、金銭出納はしているものの現金は殆ど触らしてもらえなかったそうです。彼が扱っていたのはあくまでも帳簿の上のお金だけだったそうです」
ナナはご隠居様の問いかけに補足までして答えた。
「ボクはトバナ氏が横領して、その罪をナンス氏になすりつけたように思うんだよ。じゃ、トバナ氏は今までそんなことをしていたのか、何故お金が必要なのか・・・、ロク何か分かったことはあったかな?」
ご隠居様は腕を組んで黙っているロクに尋ねた。ロクは腕を解くと懐からメモを取り出して、それを見つめた。
「この、トバナって野郎は、守銭奴ではあるが、不法に金を手にしたことはないようですね。支店員の話じゃ、お世辞にも優秀って野郎じゃない、金の計算がキチンとしている、その面だけで支店長に抜擢されたと噂されてます。」
ロクはここまでいうとメモから顔をあげた。
「じゃ、何故お金が必要になったか、そこなんだが、以前、レイシーを襲った刺客、アレを雇ったためじゃないかと思ったんだよ。あれから、あの刺客について何か分かったことがあったかな?」
ご隠居様はコーツに尋ねるとコーツは身を乗り出すようにして話し出した。
「あの小男の名は、「偽り」のジャッコと呼ばれる、中の下クラスの刺客でした。子どもに化けたりして標的に近づいて始末する、それが彼のスタイルだったようで。お値段の程も中の下より少し下のお手ごろ価格になっていました。仕事の腕に関してはモノがモノだけに明確なことは言えませんが、それなりに成功しておったようです。ご隠居様、ここまで調べるのに随分と物入りでしたよ」
コーツはご隠居様に説明するとにこやかに不満を述べた。
「かかったものについては払うよ。いずれね。で、この事からボクなりに考えたんだよ。トバナ氏はジャッコ氏を雇うのに支店のお金を使ったんじゃないかなってね。しかも、上には内緒でね。すると監察の時にバレてしまう。そこで、支店員の特に出納を担当していたナンス氏につまらない役を割り振ったんじゃないかなってね。考えたくない話だけどナンス氏はもう・・・」
ご隠居様は、声を落として心配そうにネアを見つめた。
「それは、考えにくいですね。ナンス氏は3日前にセーリャの関を通過されていますから、あの関を抜けて行く所となればミオウの郷あたりに向かわれたと考えられるのでは」
コーツは不安の色を少し滲ませているご隠居様に新たな情報を提供した。
「あの性格だ。自ら手を汚すことはしない、新たに刺客を雇うにもお金がかかる。手っ取り早く追い払ったというのが自然に見えますぜ」
ロクはご隠居様の不安の元となっている要素を否定する考えを示した。
「ジャッコ氏を雇う以上のことはできないか・・・。ボクはモンテス商会の連中はあの女神様がお遣わせになった少女のことを知っていて支店員に襲わせたかなと考えたこともあったけど、あれはトバナ氏の判断だった。ジャッコ氏による襲撃も彼の判断とすると、刺客を雇って足を出した分を隠したくなるのは当然のことだな。ここからは誰にも話してはならない。コーツ、例え相手がヴィットであれも話してはいけないよ。いいね」
ご隠居様はそう言うとテーブルを囲んでいる面々をそれぞれ見回した。
「女神様がお遣わしになった少女とは、このネアのことなんだよ。それに、この子は見た目と中身は随分と違うからね。ネアが奇跡の子だと正義の光の連中に知られるととても厄介なことになるのは明白だからね。ネアについてはこれ以上のことは言えないけどね」
テーブルに着いた一同が無言で一斉にネアを見つめた。ネアは少しばかり居心地が悪くなって俯いてしまった。
「我々のほうで公に騒いでトバナ氏がこのケフから去っていくことは避けたいんだよ。彼は使いようによっては良い道具になってくれそうだからね」
ご隠居様は一同を見回した。
「ボクはトバナ氏をこちらに取り込みたいと思っているんだよ。彼には気取られないようにね。無能なヤツは最大の敵とも考えられる。だからこそ、彼にはケフに留まっていてもらいたいんだ。今までの話からトバナ氏がこの窮地を旨く切り抜けることは不可能だろう。少々気に食わないけど、彼を助けてやろうと思うんだよ。勿論、只じゃない、彼には我々の使える駒になって貰うけどね」
ご隠居様ここまで言うと手元のお茶を飲み干した。
「で、これから彼をはめに行こうと思っているんだよ。このためにもネアには協力して貰いたいし、ナナには準備まで手伝って貰ったからね」
ご隠居様の言葉にナナは驚きの表情を浮かべた。
「成金趣味の服やら、派手だけど品がない子供用のドレスってこのためのモノだったんですか」
「そう、このために時間がなかったけどお願いしたんだ。これから、何をするかは説明するけど、説明が終わったら、ナナ、悪いがお館までひとっ走りして凸凹コンビ・・・、バトとルロにミオウにナンス氏を探しに行くように伝えてくれ。ナンス氏を発見したなら速やかに報告、その場にて彼を保護するように伝えておくれ。いいかな」
ご隠居様の言葉にナナは畏まりました。と深々と頭を下げた。
「トバナ氏を我らの駒にする作戦の説明を始めようか。作戦名は「逆撫で」にする」
ご隠居様は懐から色々と書き込んだ紙を取り出してテーブルの上に展開した。
「逆撫での概要は・・・」
無能な味方は最大の敵、この考えの下にトバナ氏を取り込む作戦の実施に至る背景の説明に終始してしまいました。ネアを動かすつもりが、ご隠居様が頑張ってくれて・・・、ネアの影は薄いままです。
駄文にお付き合い頂き、またブックマークいただいた方に感謝します。