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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第6章 事件
73/342

68 先輩方の休日

先輩方のちょっと背伸びした一日です。

メムの空気の読めなさが酷いことになってしまいました。

この手のキャラは使いどころが難しいように思います。

 「あら、ネアじゃないですか?何かありましたか?ちょっと待っててくださいね」

 ラウニはネアの姿を見つけると奥のほうのテーブルについて休憩中の騎士団員たちにお茶を淹れてまわるとエプロンで手を拭きながら少し怪訝な表情を浮かべて警備本部の喧騒に飲み込まれそうに見えるネアのもとにあちこちに林立する騎士団員を器用に避けながら歩み寄った。

 「ヴィット様にお話したいことがあるの」

 ネアはラウニを見上げて訴えた。本来、騎士団長に侍女見習い風情が正式に直接面会しようとすればそれなりに面倒な手続きが必要となるのであるが、子どもであることを最大限に利用しようとネアは考えていた。子どもなら少々の無礼も見逃して貰えると踏んだのである。しかし、ラウニがこの場にいたため、彼女には話を通さなくてはならないと判断したのである。

 【ラウニのヴィット様に対する態度からすると、ダイレクトに行くと・・・、何をされるか、少なくともあらぬ嫉妬の犠牲になるのは避けたいし、なにより、レディになるための教育がこれ以上キツくなるのは何が何でも避けなくては・・・】

 「ヴィット様へお話?」

 ラウニの表情が少し険しくなり、ネアを睨むように見つめた。

 「お友だちのお父さんのことで・・・」

 「ひょっとして事件?」

 ラウニは訝しげにネアに尋ねると、ネアはその問いかけに頷いて答えた。

 「それじゃ、すぐに・・・、でもヴィット様に直接言わなきゃならないぐらいの?」

 この問いかけにもネアは頷いて答えた。


 「ヴィット様、お時間、少しよろしいですか?」

 ネアを引き連れたラウニが椅子に腰掛け様々な報告書に目を通しているヴィットに声をかけた。

 「ああ、いいよ。何か事件があったのかい?」

 ヴィットは報告書から目を上げると、仮面の奥の目を優しげに細めながらラウニを見つめた。

 「・・・」

 ラウニはその視線に悩殺されているようでその場で固まっていた。見かねたネアがラウニの短い尻尾をぎゅっと引っ張り現実の世界に戻そうとした。

 「うっ、ネア、何を・・・、あっ」

 自分の尻尾をさすりながらラウニはネアをにらみ付けたが、むすっとしているネアを見つめて本来しなくてはならないことを思い出して、姿勢を正した。

 「この、ネアがヴィット様にお話したいことがあるらしくて」

 ラウニはそっとネアの背中を押してくれた。ラウニの前に出たネアは精一杯のカーテシーで挨拶するとヴィットは口元を少し綻ばせながら軽く会釈を返した。

 「いきなりで、ごめんなさい。でも、お友達になった子のお父さんいなくなって・・・」

 ネアが何とか状況を伝えようと、5W1Hで報告を試みたが、何故か言葉には中々ならず、それを歯がゆく思いながら言葉を続けた。

 「そのいなくなった人は誰かな?」

 ヴィットは身を乗り出してネアを見つめた。

 「「状差し」のナンスさん。3日ほど前からお家に帰らなくなったって。でも、モンテス商会の人が騎士団には知らせたらしいけど・・・。それと、ナンスさんはお金を盗むような人じゃないって、ナンスさんがお金を持ち逃げしたって噂でお友達が困っているから・・・」

 何とかネアは己が知っていることをヴィットに伝えようとした。たどたどしく今一つ要領を得ないネアの説明を辛抱強く聞いていたヴィットは、傍らにおいていた鞄からファイルを取り出してページを繰り出した。

 「それは、モンテス商会のトバナ氏から一昨日に通報されているね。おかしいな・・・、トバナ氏は一言もお金のことは言ってないようだよ・・・」

 ヴィットは首をかしげながらネアを見つめた。

 「街の広場で子ども達が口々にクレドとキャサを詰ってたから・・・」

 ネアは昼に見た光景を思い出しながら、クレドとキャサのことを口にした。

 「その子たちはナンスさんのお子さんだね。ネアのお友だちはその子たちかい?」

 ネアはヴィットの問いかけにハイっと元気に答えて大きく頷いた。

 「で、ネアはなんでこの事を私に話してくれたのかな?」

 ヴィットは仮面の奥で微笑みながらネアに尋ねた。

 「ナンスさんの奥様とクレドから、このことについて奥方様にお話してほしいって頼まれて、奥方様にお話しする前にヴィット様にお話しておいたほうが良いと思って。いきなり、知らないことを尋ねられるとキツイから・・・」

 ネアの説明を頷きながら聞いていたヴィットはネアが話し終えると、鞄から紙とペンを取り出して何かを書き始め、それを封筒に入れると近くにいた騎士団員を呼び寄せ、その封筒を手渡した。

 「ご隠居様に、速やかに、頼むよ」

 部下に封筒を手渡したヴィットはネアを見つめると

 「良い情報をありがとう。奥方様にお話しする前に教えてくれてありがとう、ラウニも今日はお休みなのに手伝ってくれてありがとう、これは、ちょっと少ないけど、これでお菓子でも食べてくるといいよ」

 ヴィットは財布から中銀貨を一枚ネアに手渡すと頭を軽く撫でた。それを傍らで見ていたラウニから歯軋りのような音がしたのはネアの気のせいではないようだった。それが証拠にラウニの拳が硬く握られていた。それをネアは視野の隅に捉えた時、初めて奥方様の部屋に入ったときに感じたような殺気に似たような感触が全身を駆け抜け思わず尻尾の毛が逆立ってしまった。

 「ラウニ、お休みだったのに、朝からありがとう。あのクッキー美味かったよ。後は私たちでやるからね」

 ヴィットは仮面の奥で微笑むとすっとラウニに手を差し出した。呆気にとられたラウニがそれにあわせるように手を出すと

 「本当に、ありがとう」

 ヴィットはそう言ってぎゅっとラウニに握手すると椅子から立ち上がり、先ほどネアが伝えた件についてあれこれと部下たちに指示を下し始めた。

 「ヴィットさまに・・・・、握手して貰えた・・・」

 ネアは先ほどまで感じていた殺気じみた気配がいきなりなくなったことに首を傾げながらもいるかいない分からない神様とヴィットに感謝を捧げた。そして、自分の隣で放心状態で突っ立っているラウニの袖を引っ張って

 「お小遣い貰ったから、何か食べに行きませんか・・・」

 おずおずと声をかけた。

 「あ、そうね、折角頂いたのだからね、フォニーのお土産もいるし・・・、それにしてもヴィット様、かっこよくて、優しくて、ステキ・・・」

 ネアの声に現実の世界に戻ってきたラウニであったが再び、どこか別の世界に心が旅立ったようで忙しなく動き回るヴィットの背中をうっとりと眺め出した。

 【なにか、おかしなモードに入ったみたいだな・・・】

 ラウニを見上げてため息をついたネアはこの場からラウニをどうして連れ出せるかを暫く考えて

 「ヴィット様のご好意を無駄にしないためにも早く行きましょうよ。私、ちょっとお腹すいてきました」

 ネアの言葉にやっと我にかえったラウニはネアの手を取るとヴィットにとびっきりのカーテシーでお礼を述べた。それを見たヴィットはそっと片手を上げて応えた。そのおかげでまた別の世界に行きそうになるラウニを引っ張りながらネアは警備本部から足早に退散した。


 フォニーは至福の時間を味わっていた。目の前にあるのは様々な尾かざり、それもどこにも売ってない試作品や名のある職人の一品モノばかりであるためであった。なじみの尾かざり屋に頼み込み何とか手に入れた尾かくしの新作発表会のチケットはそんな苦労をきれいさっぱり忘れるぐらいの威力を持っていた。

 「お嬢さん、これをどうぞ」

 と、様々な尾かくし屋から試供品やら粗品を手渡され、フォニーはこれが夢なら醒めないでもらいたいと心底願っていた。そんな時、それが悪夢に変じてしまった。

 「フォニーちゃーん」

 いきなりフォニーは声をかけられ振り向くとそこには垂れた耳に赤いリボンをつけおめかししたメムが手を振っていた。

 「あら、メムさんも・・・」

 フォニーがそういいながらメムの背後に佇む白い影を見たとき表情が引きつった。


 『フォニーさんも来てるんだ・・・』

 パルはメムを引き連れて新作発表会で様々な尾飾りを見て歩いている時、見慣れた黄金色を見たときそっとその黄金色から視線を外した。向こうは気づいていないし、このまま知らない状態でいるのが一番だと思っていたのであるが。

 「お嬢様、フォニーちゃんも来てますよ。一緒に見て回りましょ」

 そんなパルの気遣いを全く空気が読めないメムがパルの意思を確認することもなく、フォニーに声をかけていた。パルは振り返ったフォニーの表情が一瞬強ばるのを見て深いため息をついた。メムはそんなパルやフォニーの間に流れる緊張感なんぞ全く感じることもなく強ばっているフォニーに駆け寄った。

 「うわー、かわいいの手に入れたねー、いいなー、お嬢さま、この尾かざり、ステキですよ」

 フォニーが手にしている尾かざりを見たメムは早速パルを手招きした。

 「フォニーさん、こんにちは、その尾かざりステキですね」

 パルはにっこりしながらフォニーが手にしている尾かざりを褒めた。

 「パル様、こちらからご挨拶を申し上げなくてはならないのに・・・、パル様、かわいいのをお見つけになったんですね」

 フォニーは笑顔を作りながら、メムの手にしたバッグの中に入っている尾かくしを見てパルに挨拶を返した。

 「今日は、いいモノが一杯だから目移りして大変です。では、フォニーさんも・・・」

 パルは互いにここは共に動かずそれぞれが見て回ればいいと判断して言葉にしようとした時

 「フォニーさんの尾かくしを見る目は確かなんですよ。この年齢でこれだけ目利きができるなんて人はそうはいないって尾かくし屋さんも言ってるぐらいなんですよ。だから、お嬢さま、フォニーさんと一緒に行きましょうよ、フォニーちゃん、ね、いいでしょ」

 主人の心情を全く理解していない侍女がフォニーにニコニコしながら強烈な提案をしてきた。

 「え、うちが目利きだって、そんなことないです。メムさん、それは・・・」

 いくら侍女が勝手に言っているとしても騎士団長の娘の前である、フォニーにその提案を断るという選択肢は与えられていない。また、侍女の責任はその主にあるためパルも簡単に提案を打ち消せなかった。

 『『なに、勝手なことしてんだよ』』

 声にこそしないが、フォニーとパルはニコニコしているメムに同時に心の中でつっ込んでいた。

 「わがまま(メムが勝手なこと)言って、ごめんなさいね」

 バツの悪そうな笑顔を浮かべてパルは軽くフォニーに会釈した。

 「いいえ、とても光栄なことです、喜んで(メムのおかげで)お供しますよ」

 俗に言う営業スマイルを顔面に貼り付けた後を同じような笑顔でついて行くフォニー、そして天真爛漫に尻尾を振りながら就いてくメムと言う奇妙な緊張感が漂う一行が再びブースを巡り始めた。


 「これは、なかなかいい素材を使ってますよ」

 フォニーはとあるブースで立ち止まり、シンプルなデザインの尾かくしを手にした。

 「少し、地味な感じがしますけど・・・、っ」

 パルの提案にふと答えてしまったパルは己の発言の不味さにはっと息を飲んだ。何とか言い繕おうとした時、

 「そう言えばそうかもしれませんねー、お嬢様」

 ここでも、空気を読めないメムが意識せずにパルを追い込んでいた。

 「そうですが、ここの作りはしっかりしてますよ。シンプルなモノは飽きが来ませんし、どんな服にも合うんですが・・・、すみません、服ごとに尾かくしを持っておられるような方に差し出がましいことを・・・」

 フォニーはそう言うと自らの非礼を詫び、頭を下げた。

 「そんなこと、な・・・」

 「お嬢様、意地悪お嬢さまみたいに見えますよ・・・」

 メムがこそっとパルに忠告した。

 『『お前は、何がしたいんだっ!』』

 パルに頭を下げながら、そんなフォニーに気にしませんよと応えながら、2人は心の中でニコニコしているメムにおもいっきりつっ込んでいた。

 何となく気まずい空気に包まれながら互いを無用に気づかう2人と全くそんなことに気づきもしない1人は一つのブースの前で立ち止まった。

 「ジン・ゴーロの作品だ・・・」

 綺麗な飾り台に鎮座している尾かざりを見たフォニーがポツリと呟いた。パルはフォニーの視線の先を見て息を呑んだ。

 「まさか、ジン・ゴーロが見られるなんて・・・」

 ジン・ゴーロ、真人でありながらも尾かざり職人である。その作品は華美ではないが華やかさがあり、しかもしっかりした作りで壊れにくく、使用されている素材も経年による色の変化も計算された超一品であり、尾かざり一つと豪邸一軒が同じ値段になるとも言われている。また、彼が作った蝶の意匠の尾かざりは、ふとしたはずみで空に飛び立っていったなどの逸話に事欠かない、尻尾を持つ者ならいつかは欲しいと思う尾かざりなのである。時がたつのを忘れてフォニーとパルはジン・ゴーロの作品を見つめていた。その傍らでメムが退屈そうにあちこちのブースの尾かざりをひやかしていた。

 「素材が違いますね」

 「デザインもいいけど、作りがしっかりしてます」

 「「ほしいなー」」

 フォニーとパルは期せずして同じ台詞を吐いていた。それに気づくと互いに顔を見合ってクスリと笑った。それからは、フォニーとパルの間に漂う緊張が少し緩和したように思われたが、それを間近で観察できる立場にあったメムはそれに気づくことは全くなかった。

 額の大小はあるものの、なけなしの小遣いを散在したという面ではフォニーとパルは共通していた。2人が満足して会場から出ると辺りは暗くなっていた。

 「暗くなってきましたね」

 会場の売店で買った大きなクッキーを齧りながらメムが空を見上げながらちょっと心配そうに呟いた。

 「私たちは夜目が利くからそんなに気にならないけどね」

 パルはメムの心配を杞憂であるとばかりにさっさと歩き出した。

 「パル様、日が落ちると物騒な人たちが動き出します。物騒な人の中に獣人もいることがありますから、注意しないと」

 フォニーはポケットの中のナイフを指先で確認しながらパルに注意を促した。

 「フォニーさんも心配性ですね」

 パルは立ち止まりフォニーたちを見つめると呆れたように肩をすくめて見せた。

 「フォニー殿の言葉は正しいよ。パルの白い毛は暗くなっても充分に目立つからね」

 パルはいきなり背後から声をかけられ飛び上がるようして振り向いた。そこには彼女の兄であるルップが少ししかめっ面をして立っていた。

 「遅いから迎えに来たんだよ。同じ方向だから、フォニー殿も一緒に帰りましょう」

 いきなりのルップの出現にフォニーはその場で固まってしまった。そんなフォニーにルップは微笑みながらそっと手を差し出した。

 「あ、ありがとうございます」

 ぎくしゃくしながらフォニーは差し出された手を握った。

 「兄様、私には?」

 ルップに手をつないでもらっているフォニーを見てむすっとしながらパルもルップに手を差し出した。

 「・・・仕方ないね、メムは大丈夫かい?」

 パルの手を取ったルップは取り残されたような形になったメムに声をかけた。

 「坊ちゃま、私はデーラ家の使用人ですから・・・」

 ルップの気づかいにメムは申し訳なさそうに応えた。そんなメムの言葉を耳にしたパルはルップから手を離すとメムに手招きした。

 「使用人の安全を守るのも主の務めです。大切なお友達を危険に晒すことはできません」

 パルはメムの手を引くとそっとルップの手を握らせた。

 『パル様には、やっぱり敵わないなー。でも、これは良いかも』

 フォニーはパルの行動に感心しつつも、この時ぞとばかりにルップの手をしっかりと握り締めた。


 その夜、お屋敷に戻ったラウニとフォニーが現実の世界に戻ってくるのは次の日の朝を待つしかなかった。その間、ネアは彼女達が繰り返す「ステキだった」とか、思い出したように「ニヒヒ」と笑いをこぼす回数を数えて暇を潰すしかなかった。

先輩方にもそれぞれ私生活があり、それぞれの思いがあることを拙いながらも書いてみましたが、

難しいことを痛感しました。

この駄文にお付き合いいただいた方にいつものように感謝を申し上げます。

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