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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第6章 事件
72/342

67 明るい一家の暗い事情

来週もまた都合によりupできません。こんなモノでもお読みいただいている方々、ごめんなさいです。

幸せそうな一家を突然見舞った不幸な事件です。


 ネアがわしわしとクレドの母親にもふられていると教会の鐘がお昼を告げた。それを聞くとネアの尻尾を執拗に触っていた手がピタリと止まった。

 「いけない、もうこんな時間」

 彼女は名残惜しそうにネアの尻尾から手を放し立ち上がった。

 「お昼のご飯よ。貴女もご一緒してね。家に獣人のお客様が来るのは初めてだから」

 彼女はネアを見つめるとにっこりして話しかけた。その目にはお昼のご飯に関しては拒否は許さないという彼女の意思が色濃くにじみ出ていた。奥方様のそれに似た迫力にネアは思わず首を縦に振っていた。

 【この世界の女性特有の能力なのか・・・】

 ネアは改めてこの世界が自分のいた世界と異なるように感じていたが、ただネアが前の世界で仕事以外の人間関係を無視していたため感じることもなく、それ以前にそのような状況になることがなかっただけの話なのであるが。


 クレドたちの家はケフの住宅街の外れにある石造りの3階建ての集合住宅の一角にあった。

 「ちらかっていて悪いけど、遠慮しないで」

 クレドの母親に手を引かれるようにネアはその中に入った。

 「お邪魔します」

 ネアはおそるおそるその中に入った。家の中は小奇麗に掃除されており、部屋の片隅の玩具箱、台所にある小さな食器がこの家には子どもを含む家族が生活していることを物語っていた。普通の風景かも知れないが、ネアにとっては珍しい風景に感じられた。前の世界では実の親ですら仕事の邪魔にしか感じず、子を為すどころか娶ることもなかったのである。そして、こちらの世界に来たものの、今の自分には家族も何にもないのである。ネアが今いる普通の家庭こそ、ネアにとって異世界であった。

 「ちょっと準備するから待っててね」

 クレドの母親はエプロンを身につけると台所にたった。

 「ネア、面倒臭いことに巻き込んでごめんね」

 正しく借りてきたネコ状態で居心地悪そうに椅子に腰掛けるネアにクレドがすまなそうに声をかけた。

 「私のほうこそお食事にお招きしてもらって、こんなこと初めてだから・・・」

 ネアは決して不快ではないことをクレドに伝えようとした。只、なれない環境に置かれて戸惑っているだけに過ぎないのであることを伝えたいと思ったが適当な言葉が浮かんでこず黙りこくってしまった。

 暫くすると香ばしい香りが室内に漂い、クレドの母親がホカホカと湯気上げる料理を持った皿をテーブルの上に置いた。

 「最近、ちょっと節約しててねこんなものしかないけど、遠慮しないでね」

 皿の上には炒められた野菜のかげに卵や肉か恥ずかしそうに顔を覗かせている、野菜炒めとは似ても似つかぬとも言い切れない料理が横たわっていた。しかし、それからは素朴ながらも新鮮な材料が持つ良い香りが漂っていた。その香りに思わずネアは唾を飲み込んだ。この身体になってからと言うもの、食事には2段階あることを知ったのである。まずは匂い、前の世界ではさほど気にもしなかったが、鼻の利くこの身体になってからは匂いが食事に関して重要な位置を占めていることに気づいたのである。

 ナンス一家の昼食はささやかながら心のこもった温かいものだった。ネアには前の世界を含めてもこんな気分になるのは初めてとも思われた。

 【つくづく思うが、俺は何のために生きてたのかな・・・】

 50余年生きていながらもこんな根本的なことに目も向けず、只ひたすらに仕事に殉じていた生き方に改めて疑問を持った。前の世界では、家族とは仕事に邪魔なものであり、それ以上でもそれ以下でもないと認識していたのであるが、この世界に来てからはその考え方もずいぶんと崩れてきてしまっている。滅多に来ないお客様にはしゃぐキャサ、初めて獣人とテーブルを共にする動物大好きなその母親、彼女らに戸惑いなんとか取り繕おうとするクレド、その状況を戸惑いながらも楽しいと思っているネア、一時の間、テーブルにこの家の主が失踪したという重い出来事は見えないように感じられた。


 「ネアにお願いがあるんだ・・・」

 食事が終わり、母親が食器を片付け洗いだし、それを幼いキャサが手伝い始めた頃クレドはネアに何かを決心したように話しかけた。

 「お願い?」

 「うん、父さんのこと。ボクは父さんが人のお金を盗むなんて信じられない。そして、どうしていなくなったのか、父さんはボクたちのことをとても大切にしてくれていたんだ。それが、どうして・・・。だから、お館様に父さんを探してくれるようにお願いして貰いたいんだ。今は父さんが残してくれたお金でなんとかやって行っているけど、それも続かない。お店の人に父さんのことを聞いても教えてくれないし・・・」

 そこまで言うとクレドはネアに深く頭を下げた。

 「鉄の壁騎士団にはお話したの?」

 ネアは頭を垂れるクレドに尋ねてみた。

 「お店のエライ人、ト・・・トバナさんだったかな、太ったハゲのおじさんが通報したと言ってたけど・・・」

 ネアはクレドの話を聞いてうーんと考え込んだ。モンテス商会は自分にとってあまり愉快な相手ではないことは身を持って感じていたからである。時折お使いで行った時の店員の対応、ワーナンでの噂、どれをとってもお世辞にも贔屓にしたいお店ではなく、ネアの心の中の嫌なお店リストの栄誉あるトップに名を連ねているのがモンテス商会であった。モンテス商会がこの世界のあちこちに支店を持っているとは聞いているが、ケフ支店が特別であるとは思っていなかった。


 そもそも、モンテス商会ケフ支店は、ターレの地全域で様々な商活動を行っている巨大な組織であるモンテス商会のヒエラルキーで言えば最も低い立ち位置に置かれている支店である。

 今では強大なモンテス商会ももともとは行商から始まっている。初代は薬の行商人で、「靴をすり減らす」ナビラと呼ばれた男であった。ナビラは郷の間にくすぶる衝突の火種の臭いを敏感に嗅ぎ取り、郷の間で発生する戦を見積もって様々な傷薬を事前に販売することにより富を得ることに成功した。そのようにして稼いでいたナビラはある程度の資金がたまると行商をやめ、王都に近いヨッティーマの郷に店を構え、代を重ねて徐々に巨大化していったのである。その商いのやり方は徹底的に行う情報の収集と分析に基づいて先行的に動くことが基本となっていた。現在でもそれは変わらず、ターレの地のいたるところの支店は情報を収集する上で欠かせないものとなっているのである。

 ここ、ケフ支店もその例外ではなくせっせとケフの情報をこの辺りの地域を統括しているワーナンの統括支店に送っているのである。但し、ケフの郷自体が然程重要な地域でもなく、その上、そこからの報告文書が薄い内容を少しでも味がついているように見せるための、無駄な修飾子の乱用、もったいぶった言い回しで占められているので、その書類はすぐさま文書保管庫の肥やしに成り果てていた。

 では、何故モンテス商会と正義の光がつるんでいるかと言うと、モンテス商会の3代目会頭が正義の光にかぶれてしまったからに他ならない、それだけのことである。しかし、表立って正義の光を名乗ると顧客の少なくない割合を占める穢れの民を手放すことになるので、そこは発言を控えていたが、自ずとその傾向のある者たちが社員となり常に正義の光との関係が噂されるようになっているのである。では、全ての社員が正義の光かと言えば、あくまでもモンテス商会の第一の目的は利益を上げることにあるため、能力によっては正義の光になびかない人材を雇うことは珍しくなかった。正義の光ではない社員の活動は商会としての商売に関すること以外は全くのノータッチとされている。


 「クレドのお父さんって、私みたいなのは嫌いだったのかな?ほら、尻尾もあるし毛むくじゃらだし」

 ネアは先が白くなっている己の尻尾を手に取るとクレドに見せた。

 「ううん、父さんは仕事の相手として大切なことは約束を守る人かどうかだって、だからその人がどんな姿をしていてもそれは問題じゃないってボクに教えてくれたんだ。ケフに来たのもモンテス商会のケフ支店が人を雇いたいって紹介してもらったからなんだ。父さんも母さんも皆、真人以外の人たちと仕事をしたり、遊んだりすることを期待していたんだ・・・。だけど・・・」

 クレドはそこまで言うとネアを見つめた。

 「だから、今日、ネアと会えたことはとても嬉しかったんだ。父さんがいなくなってから母さんはずっと沈んでいたけど、ネアにあったとたんにあんなに笑顔になったんだ。ネアにはとても感謝している、そんなにお世話になってながら勝手なお願いをして・・・ごめん」

 「私が少しでも役に立てたならよかった。それとね、私もここに来てからそんなに経ってないから・・・、でもクレドのお父さんのことは奥方様にはお話できると思う。きっと見つかるよ。お金のこともきっと間違いだったって分かるはずだから、ね、元気出して。お父さんのお名前を教えてくれるかな」

 ネアは落ち込むクレドの背中をそっとなでた。

 「父さん名前は「状差し」のナンス、背は低くて、髪はボクと同じ黒、左の腕に子どもの頃の火傷の後があるんだ。ネア、父さんのこと頼む、ボクのお願いだ。今日初めてあったのに、図々しいのは分かっているけど・・・」

 「ネアちゃん、ごめんなさい。私からもお願いします。どうか、お館の誰かのお耳にこのことを届けて下さい。そして、ウチの人を見つけてお金を盗ってないことを証明して頂きたいのです」

 いつの間にかクレドの母親もネアに頭を下げていた。

 「そんな丁寧にしてもらわなくてもいいです。分かりました。私から奥方様にナンスさんが大変なことに巻き込まれていることをお話します。きっと、奥方様、お館様、ご隠居様たちが解決してくださりますよ」

 ネアは不安そうなナンス一家を前に少しでも不安を取り除けるようにとはっきりと彼らのお願いに応えた。

 さて、このナンスが何故モンテス商会に入社したのかとなるとその原因はナンスのあまり人を疑わないという性格に行き着いてしまう。彼は常々、息子に約束を守ることが大切と説き、そんな相手しか商売の相手とみなすなと言っているものの、彼の基本的なスタンスは「殆どの人は約束を守る」と言うある意味楽天的な思い込みであった。だから、元から真人以外と商売をしたいと望んでいたナンスにとって、モンテス商会ケフ支店の求人は当時務めていた商店より給金が良いことと、真人以外が多く居住するケフの郷は魅力的であり、それを無視するという話はなかった。支店長で守銭奴のトバナですら彼の能力を買って雇ったのである。その彼のモンテス商会ケフ支店での彼の立ち位置は店の経理担当として経理を一手に引き受けてはいるものの、支店長のトバナの方針で金庫の鍵は渡されず、また現金にも触れさせてもらえず、現金の入出に関してはトバナの言葉を全面的に信じる以外になかった。そこは、元からのあんまり人を疑わない性格がマッチングしていたとも言える。また、中途入社であり穢れの民に嫌悪感を示さなかった彼はケフ支店で行われる正義の光の活動に関しては何も知らず、知る気にもならなかったのは不思議でもなんでもなかった。そんなナンスがある日突然、支店の金を持ち出して姿をくらましたと噂されるようになったのがネアの目の前にいる一家が遭遇した問題なのである。

 食後のお茶を終えた後、渋るキャサに「また来るからね」と肉球のついた手でその頭をそっと撫でるとネアは昼食をご馳走してもらったことに感謝の意を捧げてナンス一家を後にした。


 「さて、どうしたものかな・・・」

 お館の方向に歩きながらネアはこの件に関してどう対処しようかと考えていた。いきなり奥方様に言ってもその後トップダウンであちこちで話が大きくなってナンス氏に危険が及ぶ事態も考えられた。子どもらしく子どもの使いに徹するならそんなことは大人に任せれば良いのであるが、中身がおっさんで、前の世界で散々おエライ人たちに振り回された経験がある以上、ネアが子どもの使いで終わらせるということはなかった。

 「ヴィット様はご存知のことかな。まず、ヴィット様に相談させて貰おう」

 ネアは歩きながらブツブツと独り言を呟くと、マーケットの開かれている広場に向けて小走りに駆け出した。


 「警備の本部は・・・」

 マーケットに着いたネアは人ごみに押されながら警備本部らしきものを探した。その時、ふと見知った顔を人ごみの中に見つけ走り出した。

 「ゴッシュさん、こんにちは」

 たびたびお館の警護にあたる騎士団員に声をかけた。

 「おっす、ネコのお嬢ちゃんもお買い物かい?」

 ネアに声をかけられたゴッシュは衛士の制服のままニコニコとネアに敬礼をしてみせた。

 「まぁ、そういうところかな・・・、ゴッシュさん、警備本部・・・、ヴィット様がどこにおられるのですか?」

 ネアはゴッシュを見上げながら尋ねると、ゴッシュは身をかがめてネアに視線を合わせてくれた。

 「警備本部は、あっちの元カフェだったところにあるが・・・、前のこともあるから、このゴッシュ、お嬢さんをエスコートさせて頂きます。では、お手をどうぞ、さあ、こちらへ」

 ゴッシュは仰々しくネアに頭を下げるとネアの手を取って歩き出した。

 「ネコのお嬢ちゃん・・・、ネアだっけ?、のおかげでマーケットの警備が強くなったから万引き、置き引き、ポン引きは随分と少なくなったよ。でも、割引は前のまんまだけどな」

 自分でうまいことを言ったつもりなのであろう、ゴッシュは自分の言葉で笑った。ネアも愛想笑いでゴッシュの言葉に応えることにした。

 人ごみを掻き分けやっとのことでネアは警備本部に就くとゴッシュに飛び切りの営業スマイルで礼を言うとそっと本部の扉を開いた。中は小さなトラブルに巻き込まれた人々が受付の衛士にいかに自分が非道な目にあったかを説明している姿があちこちにあり、その奥のほうに仮面をつけた人物がどっしりとスツールに腰をかけていた。

 「ん?」

 そんな慌しそうな中、衛視達にお茶をいれたり、散らかった床を掃除したりする黒い影にネアは気づいて目を凝らした。

 「ラウニ姐さん?」

 素敵なヴィットの傍にいたいラウニは自ら進んで警備本部の雑用をしていたのであった。

 【いきなりヴィット様に話しかけると、ラウニが面倒なことになるだろうな・・・】

 ネアは一呼吸を置くと

 「ラウニ姐さん、お疲れ様です」

 元気良く、忙しなく動きまわるラウニに明るく声をかけた。

この事件の黒幕は誰かはもうバレバレですが、今しばらくお付き合いお願いします。

子ども(?)が主人公だとどうしても動きが制限されるようで、S&W M29を構えてぶっ放しながら事件を解決できればそれはそれで爽快なのですが、この世界に44マグナムどころか357も9パラもないのでこの手の解決はできそうにないです。

駄文にお付き合い頂いた方に感謝しております。

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