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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第6章 事件
70/342

65 一人のお休み

ネアの初めての一人で過ごす休日です。先輩方はそれぞれ忙しいようです。

 黒曜日、多くの勤め人たちが楽しみにしているお休みの日である。ネアたちも例外なく、前日の茶曜日の夜から少々浮かれていた。先日、己の身の上を話して以来少し塞ぎ気味だったラウニも何とかもとの状態に戻りつつあった、そしてその夜は戻った針がさらに振り切られるほどご機嫌だった。ニコニコしながら、しかも鼻歌交じりで明日着ていく服とそれに合わせた尾かくし、短い尻尾が魅力的に見えるように吟味を重ね、手にした物からさらに吟味し、時折

 「これ、似合っているでしょうか? 」

 とネアたちに尋ねてきた。このような問いかけには未だにネアはどのように答えていいか分からずにいたが、何か答えようと口を半開きにしたままフリーズしていた。そこにフォニーがあごに手をあてていかにも何かの専門家のようなポーズをとりながら徐に口を開いた。

 「お嬢さん、その服の色には明るい色を合わせてアクセントをつけるというのはいかがでしょうかな?お嬢さんの服は地味・・・、オーソドックスなタイプですからな。それとさ、ラウニが元気になってよかったよ・・・。で、ネアはどう思う?」

 フォニーはちょっと気取った口調でアドバイスすると、うれしそうにラウニを見つめ、そして口を半開きにして固まっているネアに情け容赦なくふってきた。

 「あ、・・・んー、その、えーと、ちょっと目立つのがいいかと・・・」

 ネアは背中につめたい汗が流れるような感触を久しぶりに味わっていた。この身体になってから獣人は毛の生えている場所には汗をかかないというのを身を持って知っているにも関わらずである。この感覚は、若い頃、自分が作成した書類に上司から決済を貰う時、ねちっこく重箱の隅を突くような質問を食らわされた時以来であった。

 「ネア、もうちょっと、女の子らしさを身につけようね」

 フォニーは冷や汗をかきながらしどろもどろに答えるネアを厳しい目つきで見つめた。

 「明るい色ですね・・・、これはどうでしょうか?」

 ラウニは冷や汗をかいているネアがその視界に入っているのか怪しい様子でブツブツいいながら、尾飾りを一つ手にしてフォニーに見せた。浮かれていても適材を見抜いているところは流石であった。

 「・・・明日、何かあるの?」

 そもそも、何でラウニが浮かれているか見当がつかないネアがおずおずとラウニに尋ねた。その様子を見てフォニーが大きなため息をついた。

 「明日はね、ヴィット様がマーケットの警備隊長に上番されるの。普通はさ、団長が自ら警備隊長なんてしないんだけど、明日の当番の人がね、病気で動けなくなったのよね」

 「心優しいヴィット様は、他の団員が折角のお休みを潰さないでいられるように自らお勤めになれるのです」

 ラウニは夢見る乙女の如く、虚空を見つめながらうっとりと呟いた。

 「そこは、分かったけど・・・、どうしてお洒落を?」

 ヴィットが警備隊長に上番することと、ラウニの浮かれっぷりの関連性がさっぱり見当がつかないネアが首をかしげながらフォニーに尋ねると、フォニーはその日最大のため息をつき、がしっとネアの肩をつかんだ。

 「この子は・・・、あのね、昨日、おやつにクッキー食べたよね?」

 「おいしかった・・・」

 「あれはね、ラウニが作ったの。それは知ってるよね?」

 ネアは鋭い目つきで睨みつけるフォニー勢いに負けて頷くのが精一杯だった。

 「あれはね、試作品、本命は、あそこにあるもの。誰のためのものだと思う?」

 フォニーはラウニの小さな机の上に可愛い布でラッピングされた、これまた可愛らしいバスケットを指さした。

 「・・・差し入れ?・・・ヴィット様に?」

 口頭試問を受けているような気分になり、あまり多くない語彙から適切と思われる単語を選択しておずおずと口にした。

 「ここまで来て、やっと分かるとは・・・、ネアってさ、妙なコトは鋭いけど、うちらには普通のことが分からないのねー。面白いといえば面白いけど、ねー、ラウニ、ネアの立派なレディになる教育をもっと厳しくする必要があると思わない?」

 フォニーがさらりと恐ろしいことを口走ったのを聞いてネアは身を固めた。

 「そうですね。あまりにも・・・、女の子らしさがありません。ちょっと教育方針を改める必要がありますね」

 ラウニが今まで浮かれていた表情を一変させて身を縮めて固まっているネアを見つめてさらに恐ろしい言葉を口にした。

 「随分と女の子らしくなったと思うけど・・・」

 自らを弁護するようにネアが呟くと

 「もとより、女の子らしくではなくて、ネアは女の子なのよ。男っぽいって言われている子より、ううん、男の子より男っぽいもんね」

 呆れたような視線を送りながらフォニーがネアを攻め立てた。 

 【この台詞、聞く人が聞く人だと、女性差別だ、セクハラだって、騒がれるよ・・・】

 ネアは項垂れたままフォニーの台詞に心の中で反論していた。

 「それぐらいで、慢心しているようだったら、ダメですね。まだまだレディには程遠いです」

 ラウニもフォニーの考えに全面的に賛成のようだった。

 「・・・フォニー姐さんも差し入れ?」

 ネアはなんとか話題を変えようとフォニーに自分の中でできる限り女の子らしさを前面に押し出し、予備兵力も輜重も総動員しての決死の行動で話題を変えようとした。

 「なにか、わざとらしい」

 「女の子らしさの肝心なところを履き違えているように見えますね」

 ネアの目論みは見事なまでに撃破された。そのショックに思わず尻尾の毛が逆立ちそうになったのを必死で押しとどめるが敵は更に追撃してきた。

 「やっぱり」

 「カリキュラムの抜本的見直しが必要なようですね」

 ラウニとフォニーが互いを見て頷いているのを見たネアは、軍旗を奉焼し、暗号書を破棄し最後の攻撃を試みる、追い込まれた軍隊のように、決死の思いで言葉をつづけた。

 「フォニー姐さん、ルップ様も明日警備に就かれるの?」

 ネアの言葉にフォニーは振り向くと難しい表情を浮かべた。

 「ルップ様は黒狼騎士団だから、街の警備は本来の仕事じゃないの。明日はね・・・」

 フォニーは自分の机の引き出しを開けると綺麗な文様が描かれた封筒を取り出した。

 「これよ。明日は、何と、このケフの都で尾かくしの新作の発表と即売会が開かれるの。尾かくし屋さんに頼み込んでやっと手に入れたの。いいでしょ」

 フォニーはうれしそうに封筒をネアに見せびらかした。

 「ケフでそんな催しが・・・?」

 ネアはこんな片田舎でそのような展示即売会が催されるのが不思議に感じられて思わず聞き返してしまった。

 「こほん、んー、ネアはまだまだだね。このケフは織物、裁縫の郷よ。天下のお針子姫がおられる郷なのよ。それとね、ケフはうちらみたいな尻尾がある人が多いの。ワーナンみたいに真人が多いのが普通なの。だから、ケフでの尾かくしの展示や発表をするのは意味があるのよ」

 フォニーはもったいぶった咳払いをすると、ちょっと偉そうに説明した。

 「すごい・・・」

 「で、ネアはどうするのですか?私たちはそれぞれ用事でいないけど」

 ラウニがにこにこしながらネアに尋ねてきた。明日はネアにとって先輩方から解放される貴重な1日であることに漸くネアは気づいた。

 「図書室で・・・」

 「流石、お嬢のお勉強に付き合うんだ」

 ネアが言葉に言い終わらぬうちにフォニーがとんでもないことを言ってきた。

 「あまりにも、お勉強が捗っていないので、明日はアルア先生が付きっ切りでお嬢にお勉強させることになっているんですよ。多分、お嬢は忘れているかも知れないけど・・・」

 ラウニが事の経緯を簡単に説明した。

 「・・・図書室にいられない・・・」

 勉強に退屈したお嬢がどんな無理難題をネアに振ってくるか想像するだけでネアの尻尾の毛が逆立った。

 「お嬢のことだから、逃げ出して、多分、ここに来るね。すると、ここに残っていると共犯に仕立て上げられるよ」

 フォニーの言葉にネアは明日はお館にいないことが一番良い行動方針であると判断した。

 「街を散歩しようかな・・・」

 街をプラプラと散策して、どこかよさげな所で食事して・・・、とネアは自分の行動を考えた。

 「マーケットに行く時は十分に注意するんですよ。ネアはマーケットでちょっとした有名人なんですからね」

 ラウニが心配そうにネアに注意を促すと

 「俺のほうが喧嘩が強い、なんてバカが喧嘩吹っかけてくるかも知れないからね」

 「注意します・・・」

 【どこの世界にも一定数のバカは存在するんだな】

 ネアはどこの世界の真理も根っこはしょうもないことで共通しているんだろうなと思って苦笑した。


 黒曜日当日、早朝からラウニはブラッシングに余念がなく、フォニーも尾かくしをなかなか決めきれずに腕を組んで己のコレクションを睨みつけながらぶつぶつと言っているしで、ネアが彼女らに取り入るすきは存在していなかった。慌しく動き回る先輩方をネアはベッドに腰掛けたまま不思議そうに眺めていた。

 【恋におしゃれか・・・、俺には縁がないと思っていたけど、絶対、何か振ってくるぞ、この子たちは】

 今夜あたり、自分のキャパシティを越えるレディ化教育が実施されると考えるだけでネアはうんざりとした気分になってきた。先輩方は何とか彼女たちなりに何か納得したらしく、いってきます。の挨拶もそこそこに部屋から飛び出ていった。部屋に一人残されたネアは大きく口を開けて大欠伸をすると背伸びした。その姿はまさしく寝起きの猫を思わせるものであった。それからゆっくりと身なりを整えると事務室に今週のお小遣いを貰うために足を運んだ。

 「お、今日は一人か、初めてじゃないのか?」

 ネアが一人で事務室に入ってきたのを見てルビクがネアに声をかけた。

 「おはようございます。姐さんたちはそれぞれ用事があって先に出かけました」

 ネアは簡単にルビクに説明しながら受け取りの帳簿に自分の名前をサインし、中銀貨1枚を手渡してもらった。

 「妙なのに絡まれるなよ」

 「気をつけます」

 ルビクの忠告に素直に答えるとネアはお館の使用人の通行門で手形を衛士に示しながら出ようとしたが、こでも一人で出るのかと尋ねられたのであった。この郷に来てからと言うものの買出しなどのお使い以外で一人で外に出たことがなく、今日がはじめての一人での外出となったのである。

 「・・・どこに行こうか・・・」

 ネアはお館を出ると足を止めて暫く考えて

 「兎に角、ボウルのお店に行って、お茶でも飲みながら考えようかな」

 と、独り言を呟くとボウルのお店のある方向に足を進めた。

 「こんなモノがあるのか・・・」

 お店に向かう途中、通りに面した商店のしょーウィンドウや露店の品物をしげしげと眺めながらネアはゆっくりと歩いた。いつもなら、先輩方に手を引かれて興味があっても無理やり引き立てられていたのが、今日はそんな事が全くないのである。

 【これが、自由ってやつかな】

 ネアは何十年ぶりの何もない休日を満喫しようと決心した。前の世界ではすることがないから仕事をしようと言う考えであったが、こっちの世界に来てからは夜は強制的に寝床に入れられ、休みの日は先輩方のショッピングや食い歩きにつき合わされるはで、どちらにせよ休日を思うままに過ごす事はなかったのである。


 「こんにちは、温かいお茶を一つと、このクッキーを一つ頂戴」

 ボウルのお店にやっと辿りついたネアは店の奥で暇そうにしているナナに声をかけた。

 「いらっしゃい、あらネアちゃんお久しぶり、あれ、今日は一人なの?」

 ナナは店の奥から出てきて一人で店の商品を眺めているネアに声をかけてきた。

 「うん、今日は姐さんたち忙しいみたいだから」

 「この辺りにはそんなにいないと思うけど、変なのに注意するんだよ。ネアちゃんみたいな可愛い子なら、家に飼いたいなんてバカに目を付けられるかも知れないからね」

 ここでも、一人でいる理由と注意しないとの忠告を頂きネアはちょっとうんざりしかけた。しかし、普通に考えれば6歳の女児が一人でウロウロしているのが危険じゃないかと言われれば否定することはできないのが事実であり、うんざりしつつもネアは身を引き締めることにした。

 「はい、お茶とクッキー、ゆっくりしていきなよ」

 ナナはお茶の入った素焼きのカップとクッキーの乗った素焼きの小さな皿を手渡した。

 「ありがと」

 ネアはそれを受け取ると早速カップに口をつけた。マズルの横から飲むやりやすいが品がないといわれる飲み方をせず、真人のように正面からである。

 「今日は何をするんだい?」

 こっちの世界に来てから毎日のように鍛錬したおかげでマズルがあっても普通のカップから何とか飲めるようになったネアにナナはニコニコしながら尋ねてきた。

 「考えてる・・・」

 ネアは困ったように答えると、ナナは少し思案してから

 「この通りをちょっと行くと広場があるんだよ。そこにはさ、ネアちゃんぐらいの年齢の子が一杯いるから行ってみるといいよ。お友達ができるかもしれないよ」

 通りを指差してネアに広場の方向を教えてくれた。

 「・・・お友達・・・」

 よくよく考えれば、前の世界にもそれほど親しい人物がいたような記憶もなく、こっちの世界に来てからもお館とお館に関係する人以外に会ったこともなく、ましてや友達といえるような存在が先輩方を除いているかと言えば首を傾げなければならないような現実にネアはドキリとした。

 「・・・その表情からすると、お館以外の子どもと遊んだことないみたいだねー、それを食べ終わったら、いい機会だから行ってきな」

 ナナは悩んでいるようなネアに元気良く声をかけ行動を促した。

 「そうする・・・、アドバイス、ありがとう」

 ネアはちょこんとナナに頭を下げるとクッキーにかじりついた。

 【この世界の子供たちがどんな遊びをしているか、何に興味を持っているか・・・、面白そうだ】

 ネアは何十年かぶりに好奇心がふつふつと湧いてくるのを感じたながら、忘れてしまっていた子ども心が少し騒ぎ出すのを感じていた。

  

影の薄いネアを何とか目立たそうとしていますが、灰汁がないようなので果たしてどこまで目立たすことができるか、力量不足が明るみになること間違えなし、の新章です。

評価いただいた方、ブックマークいただいた方に感謝を申し上げます。

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