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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第1章 おはなしのはじまり
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07 逃げ水

今回の敵との対決になります。対決と言ってもたいしたこと無い小悪党とのやり取りになります。

 戦の場ほど勝った側と負けた側の物事の流れが異なる差が大きいものはあまり無いであろう。


 「こいつらの親玉はどうなった?」

 お館様は生き残った敵兵を一箇所に集めている部下達を見つめている騎士団長に尋ねた。

 「申し訳ありません。ヤツならあそこです」

 返り血がついた篭手を嵌めた手で騎士団長は大地に横たわる屍を指差した。

 「人としてはいざ知らず、武人としては立派な男でした。策に嵌めることもせず、正々堂々と渡り合いました。残念ながら私では、生きたまま捉えることはできませんでした」

 騎士団長は少し肩を落として答える。その言葉にお館様はピクリと眉を動かして

 「我々は正々堂々と戦わなかったと言うわけだな」

 お館様は隣で申し訳なさそうにしている騎士団長に少々きつい口調でさらに尋ねる。

 「は、我々は敵と言えども、その・・・、卑怯と言うか、策と言うか・・・」

 問いかけに対する騎士団長の言葉は歯切れが悪く、言葉に詰まるとお館様の足元にちょこんと立っている子猫を睨みつけた。

 「俺は、お前をはじめ騎士団員が失われなかったことが何よりうれしく思っているのだ。卑怯者の名は俺が被る、お前は俺の命じたままに動いただけだ。それと、この子が言い出したことだが、それを使ったのは俺だ、全ては俺の判断だ、気にするな。・・・と言ってもキツイか・・・」

 お館様はそう言うと、横たわる傭兵団長の傍らに跪き、そっと手を合わせた。

 【敵に手を合わせるとは、この男、真の武人なのか?】

 子猫はお館様の傍らに小走りに駆けて行くと、同じように手を合わせた。

 「いつ見ても、大した腕だな。『漆黒の隙間風』の名はまだまだ健在だな」

 横たわる傭兵団長の亡骸を見下ろしてお館様はため息交じりの感嘆の声を出す。

 傭兵団長の亡骸に目立った傷は無く、鎧から赤黒い液体が流れ出ているだけだった。

 「しっこくのすきまかぜ?」

 子猫はお館様の言葉に首をかしげる。

 「騎士団長の得意技は、相手の鎧の隙間を確実に突くことなんだよ。今回は・・・、わきの下か・・・」

 「昔ほど思うように行かなくなりましたが」

 「ならば、引退か?」

 お館様はからかうような口調で騎士団長に問いかけ、徒っぽく微笑んだ。

 「まだ、まだ若い者には負けません」

 形だけ、むすっとして騎士団長は答えると

 「骸をここに集めよ。集め終えたらお館様に背格好が似たヤツを選んでおけ」

 斧を肩にかけた切込み隊長に命ずると

 「生き残った連中はどうするか・・・」

 先ほどの戦いで自ら剣を置いた者がひとかたまりにされ、血を吸った地面に座らされているのを見つめて呟いた。気の早い団員が降伏した兵から早速戦利品を取り上げようとしていた。

 【これは、いかんぞ。武装解除は当然だが、私物を取り上げちゃだめた。】

 子猫は、この世界の理ではなく、もとの世界の理で現在進行している事態を判断した。

 「だめ」

 怯える敗残兵から、財布を取り上げようとしている騎士団員の前に思わず飛び出て、相手を睨み付けていた。

 「一生懸命に戦った人をいじめちゃ、ダメ」

 武器や軍用装具以外の個人の財産を取り上げることはジュネーブ条約違反であると言いたかったが、口にできる言葉はやはり、子供の言葉であり、それ以前に、今身を寄せている組織が条約を締結しているのか、ここにいる者達がジュネーブ条約を知っているのか、の疑問を行動を起こしてから気付いたが、動き出した以上止めるわけにもいかない。

 「嬢ちゃん、俺達も必死で戦ったんだぜ、これぐらいの役得は当然だろ」

 真人の団員が子猫を見下ろしながらにらみ付ける。その隣にいた猟犬を思わせる獣人も無言で頷いた。

 【武人としての誇りは無いのか、それをやったら山賊と変わらないじゃないか・・・、それともここではこれが普通なのか】

 虜囚となった兵を見ると完全に怯えきっており、身体のあちこちから滲んでいる血が哀れさを強調していた。

 「だめ」

 今、口にできる言葉この一言のみであった。子猫は言葉の少なさを態度で示すように虜囚となった兵の前に小さな身体を仁王立ちにさせて団員を睨み返す。



 「お、こいつ、お館様に似た顔と背丈だな」

 地面に座らされている虜囚を汚いものを触るように確認していた大柄な真人の男が声を上げた。

 「何言ってんだよ。こいつ、まだ生きてるぞ」

 隣で紙に鵞ペンで書き込んでいる兎族の獣人が真人の男を咎めるように言葉をかけると、その虜囚を書き込んでいる紙から顔を挙げて確認した。

 「そういや、似てるなー、サクッと・・・」

 兎族の男の言葉が終わらないうちに子猫は虜囚の顔を見つめる真人の男の前に両手を広げて立ちふさがった。

 「だめ」

 子猫は必死に真人をにらみつける。

 「この人、降参した人、もう戦えない」

 子猫は懇親の力をこめて大声で叫んだ。


 「ほほー」

 子猫の行動を興味深く見ていたお館様は髭をしごきながら感嘆の声を上げた。

 「女神様の慈悲かな」

 「しかし、このまま見逃しては、士気に関わります」

 団長は渋い表情で部下達の行動を肯定するように答えた。

 「いや、ここは女神様の慈悲を持って、虜囚となった敵兵を拘束する。傭兵なら、雇い主から何らかの交渉があるやも知れん。・・・これは無い確率は高いと思うがな」

 お館様は腕組みをしながら団長にだけ聞こえるように己の考えを告げると

 「勇敢に戦った、我が騎士団員よ。俺は君たちの働きに深く感謝している」

 虜囚に襲い掛かろうとしている団員たちに大音声で語りかけた。

 「我が騎士団員の見事な戦いぶりを誇りに思う。そして・・・この度の戦いは大地母神メラニ様の加護も大きくあった。なにより、この戦いを勝利に導くために、そこの少女を我らにお遣わしになられた」

 団員とにらみ合っている子猫を指差した。

 「彼女は、女神様の慈悲を持って敵に対せよと我らに諭している。そこにいる敵兵・・・、憎いヤツラであるが、彼らもまた立派に戦った。彼らにも彼らの誇りがある、それを勝ったというだけで踏みにじることは、武人としてあるまじき行為であると俺は考える。」

 お館様はここで言葉を区切ると

 「彼らから取り上げられるものは、武器、書類、馬のみだ。これらは、一括して俺が管理する。もし、小銭でも欲に目がくらんで懐に入れる者、私憤で虜囚となった者を害する者は俺が許さん、それ以前に教えに反したことを女神様がお許しになられないだろう。死んだ兵も丁寧に葬ってやれ、ぞんざいに扱うと女神様と彼らから呪いを受けるものと思え」

 お館様の言葉に団員の手が止まった。虜囚たちに目に見えて安堵の色が浮かんだ。

 【良かった】

 お館様の言葉を耳にした子猫は安堵の大きなため息をついた。


 「お前、いい身体つきだな」

 騎士団長は虜囚から財布を取り上げようとしたものの、そのチャンスを不意にした大柄な団員に声をかけた。

 「あ、ありがとうございます」

 その団員はその場に直立不動の姿勢で応えた。

 「その身体を見込んで、命令する。その男の鎧、装具一式を身に付けよ」

 大地に横たわる傭兵団長の骸を指差して大柄な真人に命じた。

 「お、俺が、ですか・・・?」

 その団員は目に見えて嫌そうな態度を表したが、団長は気付くそぶりも見せず

 「早く身に付けよ。貴様、名は?」

 「『硬き石』のクルザックと言います」

 「身につけたなら、クルザック、その男に成りすますのだ。この作戦で重要な役割だぞ。決して見破られぬようにせよ」

 騎士団長に直々に命じられたクルザックは先ほどまでの嫌な表情を投げ捨て、うれしそうな表情を浮かべて横たわる傭兵団から血に濡れた鎧を外しだした。

 「俺にも武勲を立てるチャンスが来たかもな」


 「死んでいても気持ちの良いものではないな」

 お館様は死んだ敵兵の首級を切り落とす作業を見つめながら呟いた。子猫が言い出したことであっても、己が決心して部下に命じたことである。責任を持って全てを見届けることが己の職責であると己に言い聞かせた。

 「・・・」

 難しい表情を浮かべるお館様の横で黒狼騎士団の団旗を持った騎士団長が複雑な表情を浮かべている。

 「団旗を準備しました」

 切り落とした首級を団旗で包むのであるが、どうしても気が乗らない。

 「騎士団の旗は使わん、俺の旗を使え」

 「え、それは・・・、その・・・」

 「構わん、俺の旗で包め。それの方が説得力があろう」

 ぴしゃりとお館様は逡巡する騎士団長に言いつけると、己の旗を近くにいた団員に持ってこさせた。

 「コレで包め。それと、全てが終わったらこの男も丁寧に弔ってやってくれ、敵でありながら、我らに手を貸してくれるのだからな」

 【この場合は、首を貸すになるんじゃないのか】

 子猫は一連の凄惨な作業を見て、気持ちが悪くなりながらも心の中で思わず突っ込んだ。




 「あの男もついにくたばったか。ははは、酒がうまくなるぞ」

 スージャの関の代官、デルク・ヌビスは遠眼鏡で傭兵団が森から出てくる様を関の物見櫓から見てうれしげな声を明けだ。傭兵団長は誇らしげに長槍を掲げ、その先にあのくそったれな男の旗が風呂敷のように何かを包んでいる。旗に滲んでいる赤いモノから察するとそれは首級であろう。自分を辱めたあの男はついに胴体と頭を切り離されたのである。因果応報である。

 「不粋で酒臭いあの傭兵も役に立つもんだ」

 自分の横に控える同じように喜色満面の兵に同意をともめるように声をかける。その兵は笑顔で頷きその言葉を肯定する。

 「さて、迎えに出てやろう。あんなヤツでも労ってやらんとな」

 デルク・ヌビスは笑みを堪えることもせずに、貧相な身体を楽しげに揺らしながら傭兵団長を出迎えるために門へと向かった。

 

 【これは、無断で通過することは難しいな】

 子猫は遠目にスージャの関を改めて見つめ、心の内でつぶやいた。

 広大なベクベ湿原の中洲に建蔽率ほとんど100パーセントで建てられた巨大な門のような関であるスージャノ関を相手に気付かれずに通過するのは不可能に思われた。ただ一つの方法を除いては。

 「顔を上げるな、バイザーは下ろしたままだぞ。臭くても我慢しろ。裏切り者を誘き出す重要な役なんだぞ」

 傭兵団員の鎧を着込み、形だけ荒縄で縛り上げた子猫をいかにも無理やり歩かせているように見せながらお館様は長槍を掲げるクルザックに声をかけた。

 「インキンとか、ミズムシにかかりそうです」

 クルザックは情けない声を上げた。

 「兵站の連中が迎えに来ました。アイツらを関からは見えぬ場所に連れて行かせます」

 雑兵に化け、長いマズルを無理やり兜に押し込んでいる騎士団長がくぐもった声でお館様に告げ、部下達にさっと手を振って声を出さずに命じた。

 笑顔で迎えに来た30人ばかりの兵站を扱っている傭兵団員が驚愕の声を上げる前に騎士団員は関から見えぬ形でその腹に短剣をあてがった。

 「騒ぐな、お前たちの親玉はもう助けに来ないぞ」

 


 「いい働きだったぞ。俺からも君らのスポンサーに伝えておくぞ。それにしても、あの男がこんな姿になるとは」

 関の前に着いた傭兵団長の前に、この場とは全く場違いな「王都好み」と言われるゴテゴテと装飾された衣装を着込んだデルク・ヌビスがちょっと眉をひそめながら長槍の先の包みを見てご機嫌な声を上げた。

 「これが、吉兆の子猫か?なかなか、上玉だな。これなら都の変態どもにいい値段で売れるぞ」

 縛られた子猫をちらりと見るとさらにうれしそうな声を上げた。


 「えらくご機嫌だな。デルク・ヌビス」

 「誰だ」

 いきなり、声をかけらてデルク・ヌビスは辺りをきょろきょろと見回した。

 「久しいな、元気そうじゃないか」

 並んだ傭兵団の中から兵が一人前に進み出た。 

 「傭兵風情が生意気な・・・」

 その傭兵を睨みつけて、次の言葉を発する前にその傭兵は兜を脱ぎ捨てた。

 「俺の顔を忘れたってことはないな」

 声だけは親しげだが、その目は獲物をまさに捕らえようとしている猛獣の目つきであるお館様が言葉を続けた。

 「お前の父親の働きに報いるために、その職に就けたのは俺の誤りだった。誰に唆された。」

 デルク・ヌビスはお館様の言葉にその場に跪いた。

 「この郷のために思っての行動です。この世界は真なる、無辜の民のためにのみあるのです。お館様、目を覚ましてください」

 がっくりと項垂れて切れ切れの言い訳のような言葉を必死に紡ぐ。

 「お前が一人でそこまでできるとは誰も思ってはいない。お前が思うほど、お前は聡くない」

 デルク・ヌビスに従っていた兵もその場で剣を捨てて、両手を挙げて降参の意思を示している。

 「誰からも相手にされていないようだな」

 「・・・」

 デルク・ヌビスはお館様の言葉に手を硬く握り締めることしかできなかった。

 「俺は悲しいぞ」

 お館様は哀しげな目でデルク・ヌビスに近づき無理やり立たそうとした。

 「黙れっ!」

 近づくお館様にデルク・ヌビスは叫ぶと隠し持っていた短剣を抜き腰だめにしてお館様に走り出した。


 【マズイ】

 デルク・ヌビスの動きを見た子猫は深く考えることもなく、形だけ縛っている縄を解くと、持てる力をすべて使って駆け出した。

 「!」

 騎士団長は傍らを何かが通り過ぎるのを感じると同時にデルク・ヌビスの凶行を目にした。早く、止めなければと思ったが一瞬逡巡してしまった。


 「道連れにしてやる」

 お館様ことゲインズ・ビケットの顔に驚愕の表情が浮かび上がるのを見て、デルク・ヌビスは少し満足感を覚えた。どちらにせよ、逃げようもなく、助かる見込みは無いのである。俺を辱めたこの男が自分より1秒でも先に死ねば自分の勝利であるとも考えた。


 「ぐぶっ」

 痛いとか派手な悲鳴が出るかと思ったが、口から出たのは無理やり吐き出された息の音だった。

 【目測誤ったな】

 子猫はデルク・ヌビスに体当たりで停めようとしたが、この身体は思った以上に大きく動いてしまい、短剣とお館様の間に割り込む形となってしまった。

 痛みと言うより、強烈な衝撃が小さな身体を貫いた。スージャノ関の門の前の木道を風に吹かれた枯葉のように子猫は転がり、俯けに止まるとその下から血が湧き出てきた。


 あの時と一緒だ。騎士団長は転がる子猫と、当ての外れたデルク・ヌビスを見て己に叱責した。

 「ーっ」

 気を取り直してお館様を襲おうとしているデルク・ヌビス、それを打ち払おうとして剣を抜くお館様を確認すると、一陣の黒き風となり、短剣を構えるデルク・ヌビスに襲い掛かる。

 「殺すな!」

 お館様が鋭く命じる。その言葉を理解すると

 「っ!」

 目にも留まらぬ速さで剣を振りぬく、まさしく風が吹きぬけたような動きであった。


 「犬がっ」

 飛び掛る騎士団長を目にしたデルク・ヌビスはこの言葉を発し終える前に、短剣を握った右手が冷たくなったように感じた。

 「あっ」

 短剣を確認しようとしたが、そこには短剣は無く、さらに右手も手首から先がなかった。そのことを確認した後に激烈な痛みが右手に走った。

 「俺の手を」

 左手で右手を押さえるが、血がどくどくと鼓動にあわせて吹き出てくる。

 「畜生・・・」

 流れ出る血を見て悪態をつき、これの原因となった騎士団長をにらみつける。彼の野望は右手と同じようにもう手の届かぬものとなったことを悟った。そこに見えていたのに、すっと逃げ水のように彼の手から全てのチャンスが消えうせていくのを彼は感じた。


 「お前には、うんざりだ」

 いきなり、お館様の声にその方向を見ると、全く表情を浮かべていないお館様がまさに殴りかからん状態でいることに気付いた。そして、強烈な衝撃を顔面に感じ、その後すぐに彼の意識は深い闇の世界に落ちていった。


 「ドクター、子猫が刺された。俺を庇ったんだ、助けてやってくれ」

 子猫は、お館様が、怒鳴っているのを遠くに聞きながら意識がどんどん薄くなってきているように感じた。

 「助けてやるぞ。安心しろ」

 子猫は、温かい、大きな手で抱えられながら、妙な安心感を感じた。

 「お、やかたさま・・・、無事で、・・・良かった」

 子猫はこれだけ言うと意識を手放した。

ブックマークを付けてくださった方に感謝します。

7話になっても、主人公の名前が出てきませんでした。

と言うか、主人公が主人公してないです。

次こそは、主人公らしい動きをさせるつもりです。

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