63 ラウニのこと
GWが仕事で埋まってしまいました・・・。ネア達の世界に労働基準法はありませんが、過労でくたばる事はよほどのワーカーホリック以外はいないと思います。そのネアも、最近はまったりと過ごしているようです。人間らしく働くということはこの上ない贅沢なのかもしれないと思ったりしています。
「フォニーには少し話したと思うけど、ネアは初めてだから・・・、これで私のことが嫌いになれば仕方の無いことです。言い訳することはできませんから・・・」
ラウニは神妙な面持ちのネアとフォニーを前にして姿勢を正した。そして、お茶を一口呑むと重々しく口を開いた。
「ネア、取り換え子って聞いたことがありますか?」
ラウニの問いかけにネアは首を振って答えた。
「取り換え子とは、親とは似ても似つかない子供が産まれることなんです。・・・私の母さんと父さんは・・・真人でした・・・」
ラウニは搾り出すように言うとまた、お茶を一口呑んだ。
「子どもは両親のどちらかの姿で産まれるのが普通なんです。でも、時々遠いご先祖様・・・、私のノ場合は曾爺さんが熊族の獣人だったらしくて・・・、父さんからは実の娘として見てくれる事がありませんでした。父さんが母さんを見る目は・・・、未だに忘れません。村の人たちも・・・。ネア、お母さんから・・・、何でアンタなんか産んだんだろう、って泣きながら叩かれたことありますか?物心ついた時に、村に私の居場所はありませんでした。だから、私、レイシーさんが赤ちゃんを産んだ時、素直におめでとうと言えませんでした」
ラウニはそこまで言うと、俯いて暫く言葉を捜すように黙っていた。ネアはラウニの空になったカップに無言でちょっと冷めたお茶を注ぎいれた。
「ネア、ありがとう。私は、畑のお仕事が無い時は、いつも村はずれの森で一日隠れるようにして過ごしていました・・・。あの時までは・・・」
ラウニはそこまで言うと大きくため息をついた。
「・・・ラウニ、言いたくなかったら、いいんだよ」
辛そうなラウニを見かねてフォニーが声をかけた。ラウニはフォニーの気遣いに首を振って答え、そして食いしばった口を無理やり開いて語り出した。
「盗賊の集団が私の住んでいた村を襲いました。今から思うと騎士団も居ない、守るモノと言えば丸太で作った粗末な壁だけ・・・、開拓中の村だったのでしょうね。私は、村の方向から煙が上がるのを見て、走って村に戻った・・・、けど・・・、逃げる人に押し流されて・・・母さんを見つけられなかった。村に近づくと、あちこちで悲鳴・・・、血だらけの・・・」
ラウニは固く目を閉じ、唇を震わせた。閉じられた彼女の目の前にはあの時の惨劇、血塗れの死体、切り落とされた手、見開かれた目・・・、幼い女の子が見るにはあまりにも惨すぎる景色が色鮮やかに展開されていた。
「盗賊たちの目を盗んでお家に戻ると・・・」
フォニーがそっとハンカチを差し出し、ラウニはそのハンカチで涙を拭った。
「血、血まみれの母さんが・・・、その上に盗賊が乗っていて・・・、気づいたら」
ラウニは顔を上げるとフォニーとネアを見つめて
「これからはフォニーにも話していないことです。私の本当の姿の話です。・・・私は、気づくとその盗賊の背中を落ちていた剣で貫いていました。・・・ネアより少し若い時にもう人を殺しているんです。その盗賊が声を上げて・・・、そいつの仲間がお家に、大切な私のヌイグルミを踏みつけて・・・、母さんの大切にしていたカップを割って・・・、その時、母さんが私を見た・・・、そして、逃げてって言った。私の中で何かが爆発したんです。そこからは・・・、気づくとヴィット様に抱きしめられていました。私はヴィット様の腕に噛み付き、爪を立て、大きな怪我を負わせていました。初めての狂戦士化でした。ただ暴れる私をヴィット様はしっかりと抱きしめてくださって・・・」
ラウニはそこまで言うと、カップのお茶を飲み干した。
「騎士団が盗賊を追いかけていたそうですが、間に合わなくてすまないって、ヴィット様が私に・・・、その時、私は何人かの盗賊を手にかけていたそうです。自分も傷だらけになっていました。良く見ると毛皮の下にまだ傷跡があります。フォニー、ネア、私の手は汚れているんです。私は強暴で危険な子なんです」
フォニーは涙を流し、俯くラウニの背中を抱きしめ、涙声で
「仕方ないことだよ。仕方ないこと・・・」
と言うのが精一杯だった。ネアは身を乗り出して俯くラウニを見上げるようにして
【何て声をかければ・・・】
と言葉を探ったが、口から出た言葉は
「大丈夫・・・」
の一言だった。
ラウニの語った後、侍女たちの部屋は静まり返り、消灯の時間でもないのにそれぞれがベッドに潜り込み、ヌイグルミをぎゅっと抱きしめながら目を閉じることとなった。
【ヴィット様か・・・、もし、彼が結婚したらラウニはどうなる?でも、彼女は容外を気にしているし、・・・面倒臭い上に重たい子だな・・・、仕方ないけどね】
ネアはラウニの行き先を心配している内にいつしか眠りの海に沈んでいた。
ラウニが重い話をしている時、鉄の壁騎士団本部に近いこじんまりとした屋敷が団長であるヴィット・マークスの住まいであった。こじんまりとしているとは言え、独り者であるヴィットには広く感じられていた。ワーナンでの出来事をお館様に報告するため、文書にまとめ終えると書斎のベランダに部屋着のまま出て星空を背負ったラマクの山々を見つめていた。そして、誰も周りにいないことを確かめるとそっと仮面を取り外した。仮面の下からは酷い火傷で引きつり見ようによればうろこのない半漁人ともエリア51で暗躍しているとされる地球外の生物にも似たような、少なくとも夜にいきなり出くわすと退治されそうな顔と重い皮膚病を患った犬のようにあちこちにちょろちょろと毛の生えた火傷だらけの頭がそこにあった。ヴィットは大きな手で己の頭と顔面を撫でると小さなため息をついた。
「ため息は、不幸を呼び込むと申しますぞ。ヴィット様」
ヴィットの背後に温めた酒が入ったマグカップをトレイに乗せ微笑みながら声をかけた。
「コーツか、まだまだストーキングの技は健在のようだね」
コーツと呼びかけられた男、年の頃はご隠居様と同じぐらいで額が大きく後退したがっしりした容姿で、ヴィットが幼い時より執事として働く傍ら、時折いろんなところに忍び込んで情報収集したこともある切れ者である。
「まだまだ若い者には負けませんぞ。それより、ヴィット様、最近エルフ族とドワーフ族の凸凹娘たちを見かけませんが?」
コーツはカップをヴィットに手渡しながら尋ねた。
「彼女たちなら侍女の制服に着替えて、ご隠居様のところで新たな任務についているよ」
ヴィットは不思議そうな表情を火傷だらけの顔に浮かべた。
「あの子達なら、良きマークス家の嫁になれると思っておりましたが」
コーツは残念そうな表情を態々大きく見せて芝居じみたため息をついた。
「ああ、賑やかでいい子たちだが、こんな所に押し込めておくのは勿体無い人材だよ。それに、私はこんな面相だよ。残念ながらマークス家は私の代で終わりだよ。亡くなった父上、母上には申し訳ないけどね」
ヴィットは肩をすくめて乾いた笑い声を上げた。
「しかし、このマークス家が不在となれば、誰が鉄の壁騎士団を纏め上げるのです?」
コーツは他人事のように構えるヴィットに詰め寄った。
「今、後継者を育てているところだよ。もう、世襲でこのような役職を続ける世ではなくなってきているよ。仮に私に子ができたとしても、その子がこの任につくに相応しいとは限らないからね」
「しかし、ヴィット様・・・」
「この話はここまでだよ。そんなことより、今回、護衛に行ったのだが、じわじわと正義の光の連中がワーナンを浸食しているように見えた。このまま行けば、フーディン様も危険な状態になり得る公算が大きくなる。ケフに大量に難民が入り込んでくることも考えられる。また、このケフでも勢力を伸ばそうとするかも知れん。幸いなことに我がケフのヤツラの窓口はあのモンテス商家のトバナ氏だからね。彼らからすれば取るに足らん郷なのだろうね」
「・・・正義の光については、ケフの各町、村に密偵を送り込んでいます。今のところこれと言った動きはありませんが、ただ気になることが・・・」
コーツは眉をひそめて現状を説明した。
「気になること?なんだねそれは?」
ヴィットが月に照らされた火傷で歪んだ顔をコーツに向けた。慣れていない人なら悲鳴を上げるかも知れないような場面であるが、コーツは顔色一つ変えずヴィットの問いかけに答えだした。
「まれびとが来たようです。今のところどこの勢力にも属していないようですが、このまれびとに対して正義の光が何らかの働きかけをする、しているのではないか、と言う噂があります」
コーツの答えにヴィットは暫く考えて口を開いた。
「敵に回すと厄介なことこの上なしだな・・・、まれびとを倒すのは難しそうだね」
少しうんざりした調子でヴィットが感想を述べると、コーツはその言葉に頷いて賛意を表した。
「伝説では、大きな郷の軍隊を総員でぶつけても勝てなかったとありますが、真偽のほどは・・・」
コーツの言葉にヴィットはクスクス笑った。
「巨大すぎる力はコントロールが難しいよ、まれびとが誰に牙をむくかなんて、まれびとで無い限り分からないよ。しかし、何らかの手段を用意しておくことは必要だな。まずは、そのまれびとの情報を集めてくれ、多分、ご隠居様はもう動かれているだろう。ご隠居様の助力してくれ。この屋敷のことは若い衆でなんとかやっていくからね」
ヴィットの言葉を聞くとコーツは深々と頭を下げて了解したことを告げ、その場から立ち去った。
「まれびとか・・・、困ったものだ」
独り言を呟きながら己の手をさすった。そこには深い傷の後がくっきりと残っていた。
「・・・、あの子も随分と大きくなっていたなー、あれだけ辛い思いをしたのだから幸せになってもらいたいものだよ」
星空を背負ったラマクの山々を見上げながら、ヴィットはその山に住まうといわれる古き神に心の中で祈りを捧げていた。
「イクル、起きてる?」
フーディンの屋敷の一角、使用人の中でも上位であるイクルは小さいながらも個室を持っており、そのドアをクコリがノックしながらのんびりとした声をかけた。本来なら、使用人であるイクルを自分の下に呼びつければいいのであるが、今夜はそうではなかった。
「あ、奥様、どうぞ、むさ苦しいところですが・・・」
白い寝間着姿のイクルはクコリの声を聞くと素早くドアを開け、彼女を招き入れた。シンプルな寝台と文机、飾り気の無いクローゼット、それぞれが誇り一つなく綺麗に配置されていた。この部屋で唯一生活感があるとするならば、寝台の上に鎮座しているモフモフの白猫のヌイグルミだけであった。
「これ、差し入れね」
クコリは自分で焼いたクラッカーとワインボトル、グラスを二つを野の花を挿した一輪挿しの乗っかったテーブルの上に置いた。
「今日は、何の御用でしょうか?」
イクルは命ぜられるまでもなく、クコリが持ってきたグラスにワインを注ぎながら尋ねた。
「モーガの秘蔵っ子たちのこと。今回もお稽古してあげたんでしょ」
「ええ、レヒテ様も込みで」
イクルは眩しそうにランプの明りを見ながら答えた。
「熊の子、ラウニちゃん、あの子、自分の力をコントロールできるようになったのかしら?」
クコリはクラッカーをつまみながらランプの明りを眩しそうに目を細めて眺めているイクルに尋ねた。
「自ら狂戦士化できるようになりましたが、狂戦士化後の動きがまだまだ雑ですね」
イクルは自らグラスにワインを注ぐと一口咽喉に流し込んだ。
「フォニーちゃんは?」
「色々とトリッキーな動きを試みているようですが、まだまだ荒削りです」
「新顔の、えーと、ネアちゃんはどうだった?」
「年齢に似合わず、どこか戦い慣れた様な気配を持っていました。何か妙な気配のする子でした」
クコリはイクルが淡々と述べるモーガの幼い侍女たちの評価を一通り聞き終えると
「姉様が手元においておきたい理由が明確なのはラウニちゃんだけか・・・、狂戦士を野に放ってなんて置くと誰が悪用するか分からない。フォニーちゃんは、あの身のこなし方や立ち居振る舞いが侍女のそれらしくないのよね、・・・敢えて言うならどこかのお嬢様みたいな雰囲気があるし、ネアちゃんは不思議な子ね。あの年齢にしては随分と落ち着いているようだし、モノの見方も子どもらしくないように思えるわ」
クコリとしては、何故姉があのような幼い侍女を手元に置いておくのかが前から不思議でならなかった。直接尋ねてもいつもはぐらかされてしまう。普通なら、孤児ならそれなりの施設に入れるのが順当な処置なのであるが、あの3人はそうではない、何か裏があると思っているのであった。
「ラウニちゃん以外はこれと言った理由は分かりませんが・・・、モーガ様やゲインズ様が何の考えもなくあの子たちを手元に置いておくとは思えません。時間はかかりますが、徐々に探っていこうと思っています」
目を細めたままイクルが侍女たちの謎について考えを巡らせているクコリに考えを述べた。
「確信は持てませんが、あのネアちゃんは、大きな力を持っていると踏んでいます。あの子の中には何か別の存在があるようにも感じられます。全くの私の勘ですが、心配は要らないと思います。あの子の中心はビケットへの忠義にあると見ていますので」
イクルの言葉を聞いてクコリはニコリとした。
「あの年齢で忠義者ね。姉様も素敵な子を手に入れたみたい。できるものならウチに引き抜きたいくらいよ」
「多分、と言うか絶対に無理ですね。よほどのことが起きて、あの子がビケットに愛想を尽かさない限りは」
「そうね。では、幼き忠義者のますますの働きを祈って、乾杯しましょ。乾杯」
「乾杯」
クコリとイクルはグラスを重ねると中身を一気に流し込んだ。それからは、今度の新作ケーキについてのブレインストーミングとなり、イクルが眠りに落ちたのは真夜中が少し過ぎようとした頃であった。
モーガが何故、ネアたちのようなまだまだ半人前の侍女を手元に置いているか、妹のクコリの視点から考察してみました。
それと、ラウニですが、ヴィットへの想いは只の憧れ以上です。非常に重く、湿度の高い思いです。一歩間違えると大変なことになるかも、な状態かもしれません。
今回も駄文にお付き合い頂き、あまつさえ評価まで頂き恐悦至極です。
読んで頂いた方にいつものように感謝しております。




