62 傷
今回は少し短めです。
ケフには全員無事に帰郷できます。つまり、イベントが発生しなかったということです。
血湧き肉躍るような冒険は・・・いずれあると思っています。
行商と言う名の情報収集活動を終え、ケフの郷一行の帰郷の朝となった。ネアたちが迎えに来てくれたお館の男衆や騎士団員とともに馬車に荷物を積み込んでいる時、少々騒がしいことが発生した。
昨日、ひっ捕らえられ何だかんだと尋問されたベルケスは憔悴しきった状態でワーナンの衛士に縄で引かれながら馬車の脇を通り過ぎようとした時、バトとルロに出くわしたのであった。
「この、嘘つきが!」
ベルケスは二人に向かって怒りの表情もあらわに吼えた。
「何のことかしら?」
「何を怒っているのかしら?」
バトとルロは棒読みで言葉を口にすると互いを見合った。
「俺は何もかも喋ったのに、お前ら手一つ握らせなかったじゃねーか、嘘つきめ、男の助平心を弄びやがって」
衛士は喚きたてるベルケスを拳で黙らせると、バトとルロに軽く一礼してベルケスを引きずるように連れて行った。
【酷いことするなー、それにしても、こちらに何かの情報を喋った様だから、あの男・・・、可愛そうに・・・】
ネアは荷物を積み込みながら引っ立てられていくベルケスに心の中で合掌していた。
荷物も積み終え、ケフの一行が馬車の前に整列してカスターやその妻、娘、使用人たちに別れの挨拶をしていると、イクルが列中から出てそっとネアの前に立ち、しゃがみこみ細めた目のままネアを見つめると
「ネアちゃん、貴女はとんでもないことができる力を持っている。この世界の理から少しズレているからこその力みたいね。だから、その力を丁寧に育てて下さいね」
「・・・お見通しですね。ええ、精進していきます」
イクルはネアと小声で話を交わすと優しくネアの頭を撫でて、立ち上がった。
「鍛錬を欠かさないようにしてくださいね。次の稽古での成長を楽しみにしています」
ニコニコしながらラウニやフォニーに伝えると軽く一礼して立ち去ろうとした。
「イクルさん、気をつけてくださいね。あんな連中に負けないで下さい」
昨日の事件や獣人に投げかけられた心ない言葉を思い出し、イクルを身の上を心配したラウニはイクルの背中に声をかけた。
「絶対、また稽古をつけてくださいね。約束ですよ。それまで・・・、気をつけて」
ラウニに倣ってフォニーもイクルに声をかけた。二人の声にイクルは振り返るとニコリと笑みを浮かべてキレイなカーテシーで応えた。
ケフの一行がワーナンの都から出る時、ちょっとしたいざこざが発生した。門を守る衛士たちが高圧的に首輪やブレスレットを提出するように命じたため、ネアが思いっきりメダルの表面を引っ掻いて傷をつけたためであった。
「おい、何をした!」
ネアの行為を見た衛士がネアに詰め寄った。
「首輪を外しただけ」
ネアはきょとんとした表情で衛士を見上げた。勿論、メダルに傷を入れたのは事故ではなく故意であるが、そこは敢えて知らない風を装った。
「外しただけでこんなに傷がつくわけがない。からかうのもいい加減にしろ、このガキをひっ捕らえてお仕置きして礼儀を教育する必要があるようだな」
衛士はネアの襟首をつかむと衛士の詰め所に引きずって行こうとした。ネアは敢えて抵抗することなく衛士の為すがままにされていた。獣人とはいえ小さな女の子を乱暴に扱う大の大人と言う構図を作りたいがためであった。
「待ちなさい、その傷は昨日、つけられたものですよ」
ネアを引きずる衛士にレヒテが声をかけた。
「この者は、故意に・・・」
「いいえ、昨日、暴漢に襲われたときに付けられたものです。私たちはワーナンの都ではメダルをつけた者に注意するように聞いたのですが、その暴漢は真人でしたよ。しかも、その暴漢を退治したのはあなた方ではなく、ケフの騎士団だったのですよ。自らの職務を・・・・。後は言わなくとも分かりますよね」
暴れ姫の異名を取るレヒテが妙に冷静に何かを言おうとする衛士を制止するかのように言葉を続けた。
「あらあら、こんな小さな子に乱暴なことを大人気ない・・・、自分でもそう思うでしょ。貴方、ひょっとして私の娘が嘘をついていると思ってらっしゃるのかしら」
モーガは衛士を睨みつけるレヒテの背後ににこにこしながら立ってネアの襟首をつかんでいる衛士を見つめた。
「・・・、このようなことが無いようにご家中に指導をお願いします・・・」
衛士は勝ち目がないと悟り、力なくネアの襟首から手を離し、モーガに敬礼するとさっさとその場を立ち去った。
「ごめんなさい、つい、むかっとして・・・」
ネアは衛士たちに聞こえないように小声でレヒテとモーガに謝罪した。
「ネア、気持ちは分かるけど、自制してね。貴女ならできるでしょ」
モーガはポンポンと軽くネアの頭を叩くと自分の乗る馬車に向かった。
「あんな首輪、引きちぎってもいいくらいよ」
レヒテはウィンクしてそう言うとモーガの後を追った。
「あれ、うちのも傷がついてる!?」
「あれだけ激しく襲い掛かられたら・・・、あれ、私のにも傷が」
フォニーとラウニはネアと衛士が揉めている間にメダルにこっそりと傷をつけていた。
「しまった、昨日の人たちが激しくてさー、ごめんなさいねー」
ネアたちから少し離れた場所でバトがブレスレットを回収に来た衛士にすりよりながらメダルを返納しようとしていた。そのメダルは明らかにくの字に折れ曲がっていた。
「不本意ながら、私も傷つけてしまいました。でも、これのおかげで命は助かったようなものです」
バトに擦り寄られてドキマギしている衛士にルロが満面の笑みで折れ曲がったメダルのついたブレスレットを手渡していた。
「流石、我が郷の住民たちだよ。一筋縄じゃいかせやしないつもりのようだねー」
馬車の中からメダルを返納する侍女や騎士団員を眺めながらメイザはクスクスと笑った。
「何もかもが思うように行かないことを教えているんでしょう。こんなふざけた制度が長続きさせちゃダメですからね」
モーガも侍女たちの動きを眺めながらメイザの言葉に同意した。
「容姿が違っても皆大事な私の友達だし、家族だから、馬鹿にするヤツは許せないよ」
ふくれっ面でレヒテが衛士たちをにらみつけているのを見たメイザはにこにこしながら
「ケフの郷も安泰だねー」
と一言言うとクスクスと笑い出した。
それからのケフの都までの道のりは気持ち悪いぐらい何も無かった。ただ、ワーナンの都に向かう時と違うことはラウニが馬車に酔いもせずにうっとりとヴィットを見つめていることぐらいだった。
時折、休憩のためにキャラバンが止まるとラウニは真っ先に馬車から飛び降りヴィットのために飲み物や食事を準備した。その姿はまるでヴィット専属の侍女のようにも見えた。当のヴィットはラウニの行動を特に怪しむような素振りも見せず、自然にラウニの淹れたお茶を飲み、ラウニが取り分けた食事を口に運んでいた。そんなヴィットをラウニは何も言わずにただうっとりと眺めているだけであった。
ワーナンの都を発った翌日の夕方、キャラバンは漸く懐かしのお館に辿り着いていた。お館にいた者総出で荷物をそれぞれの部屋に片づけたり、使った食器類を洗ったり、馬車の手入れをしたりと様々な仕事があったが、そこは人海戦術で比較的短期間で片づけてしまった。それでもネアたちが自分達の部屋に入った時には夜になっていた。
「ただいまー、ロロ、いい子でお留守番していたかなー」
部屋に入るとフォニーは自分のベッドの上にちょこんと乗っかっているヌイグルミを抱き上げて思いっきり抱きしめると頬ずりをした。ラウニはそんなフォニーの姿をにこやかに見ながら自分のベッドの上にいるヌイグルミに小声で「ただいま」と話しかけ、そっと抱きしめた。そんな先輩方の様子をネアは見ながら
【まだまだ、子どもなんだよな・・・】と複雑な生い立ちであろう彼女達も年齢相応の少女であることを認識していた。そして、ふと自分のベッドの上にいるヌイグルミを目にした時、今まで考えもしなかった感情が襲ってきた。それは、このヌイグルミが自分をひたすら待っていてくれたことへの感謝と独りぼっちにさせたことの後ろめたい気持ちであった。
「・・・」
ネアは意識せずヌイグルミのユキカゼを抱きしめていた。抱いているヌイグルミの感触を通して改めて自分が帰ってきたことを実感していた。
「今日は、ゆっくりとお風呂に浸かりたいよね」
「そうですね、お夕飯はお弁当だし、じゃ、準備してお風呂に行きましょう。ワーナンではお風呂に疲れなかったのが何よりも辛かったですからね」
先輩方はそっとヌイグルミをベッドに置くと風呂の支度にかかりだした。ネアも無言でそれに倣うことにした。
「お湯に浸からないと、お風呂に入ったって気分になれないよね」
フォニーが湯船の中で全身を伸ばしながら呟いた。
「身体が温まるのがなによりですよ」
フォニーの横で足を投げ出して座ったラウニが目を閉じて気持ち良さそうに呟いた。
「イクルさんと入りたかった・・・」
心地よいお湯に浸りながらネアが独り言のように呟いた。おっさんの目からすると、イクルは絶対に出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるナイスなボディである見えたからである。おっさんの時には望むことすらできなかったが、この身体であるなら身分などを考えなければ、どのような女性のあられの無い姿を拝むことは可能だからである。
「そうねー、きっとキレイな身体なんでしょうね」
ラウニがネアの言葉に頷いて自分も同じ考えであることをネアに伝えた。
「でもさ、ネアってお風呂に入っていると時々、凄い目で他の人の身体を見ていることあるよね」
ネアはフォニーの言葉にドキリとした。
【この子、鋭い?】
「私も、あんな素敵な身体になれるかなー、と思って・・・」
ネアはドキドキしながら誤魔化すように応えた。
「私も時々思っていました。あの視線、何か危険な臭いがします」
ラウニもフォニーと同じことを感じていたようで、ネアを少し疑惑の色が混じった視線でじっくりと見つめた。
「え、そんな、変な風に見えていたんだ・・・」
ネアはがっくりと落ち込んだそぶりを見せた。実際、この身体になってから性欲なんぞどこかへ行ってしまったようで、妙齢のご婦人のあられの無い姿を見てもピクリとも反応しないのである。というか、反応するモノが無いのである。そんな今の状況を寂しいと思っていたが、まだ自分の中に男である部分が残っていることがはっきりしたので少しほっとしたり、将来的にどうやって自分の中の男である部分をを隠していくかを少し考えると、結構難しそうに思えてネアはため息をついた。
「ご馳走様でした」
ネアたちは自分たちの居室で配られたサンドイッチの詰まった弁当を食べ終えると合掌した。
「おいしかったね」
「ケフのパンが一番美味しい」
「ネアの意見には全面的に同意します」
ラウニがナプキンで口の周りを拭きながらネアの意見に賛同していることを伝えた。
「じゃあ、ネア、私の事についてお話しますね・・・」
ラウニは改まってネアを見つめると何かを決心したように口を開いた。
ワーナンの体制にネアたちなりの小さなお返しをしていました。自分達ができる最大限の反抗です。
次回は多分、ラウニの生い立ちとヴィットとの関係についてお話したいと思っています。
駄文にお付き合い頂きありがとうございました。