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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第5章 お針子姫
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58 休憩中

主義を取るか、実利を取るか、判断は難しいものです。

ただ、生命や幸せにかかる場合は主義だけでは苦しいと思っています。

 次の日は朝から子連れのマダム達が途切れることなくモーガの元に尋ねてきた。その内のおおよそ3割が注文した商品を受け取るために来た者で、残りの7割は噂を聞きつけて、友人や自分が勝手に友人だと思い込んでいる者から紹介を受けての新規の客であったが、モデルが獣人であることに嫌悪を示した者は多くなかった。互いに友人同士であると認識してる者同士なら事前にモーガの商売の形態を知らされているだろうし、元々ケフの郷が彼女らが言う「穢れの民」に寛容すぎる郷であるからモーガの周りに真人以外が多くいても不思議ではないことは承知しているからであった。

 新たに注文を受け、客の採寸をしている間、彼女が連れてきた侍女や子供たちの相手はお針子としてもまだまだ修行中であるネアたちに任されていた。


 「うちのお屋敷もねー、貴女たちみたいな娘がさー、次々と他の街に移ったり、里に帰ったりでさー、人手が足りなくて・・・」

 年齢の頃、18ぐらいの真人の侍女が彼女の主人の赤子をあやしながらラウニ相手に愚痴っていた。

 「ずっと、その子のお世話を?」

 「そう、先月までは犬族の娘がつききっきりでお世話していたんだけどね・・・、ああ、いい子だからねー、泣かないで、おねむになったのかしら・・・。あの娘なら、マイコー様が何を求めているのかすぐに分かったのよねー。それに、あのふわふわな毛皮と肉球の感触は小さい子には最強だからね」

 赤子を抱いた侍女はちょっと羨ましげにラウニを見つめた。

 「毛皮も硬い毛だとか、肉球もゴツイのはそうじゃないと思いますけど」

 ラウニは己の黒い手を見つめて肩をすくめた。

 「そうじゃないよ。ほら、ちょっとマイコー様を抱いていて、ミルクの準備しないとね」

 その侍女は、抱きついている赤子を引き剥がすようにしてラウニに差し出した。暖かな感触を奪われた赤子はポーと不満の声をあげ、今にも泣きそうになったが、見ようによっては生きたテディベアのラウニがおっかなびっくりしながら受け取ると、その赤子はがっしりと毛皮で覆われたラウニの腕にしがみ付いてポーっと歓喜の声を上げた。

 「だから言ったでしょ、貴女たちの毛皮と肉球は最強だって」

 真人の侍女はラウニに抱かれてご機嫌なマイコーにそっと哺乳瓶を差し出した。

 「あ、この子かわいいーっ」

 子供用サマードレスのモデルをしていたフォニーが控え室に戻ってくると、ラウニに抱かれたマイコーを見て声を上げた。マイコーは、自分に対してかわいいと言ってくれたフォニーにさっと手を上げて応えた。実は、フォニーから見えない場所でまだ歩けぬ足でムーンウォークをしていたのは彼しか知らないことだった。


 「新たな注文は・・・、その顔からすると、どうも渋いみたいだね」

 日も暮れて、ネアたちは食事を終えて、大部屋でおしゃべりに花を咲かしている頃、最後の客が帰り、ぐったりと椅子に座り込んでいるモーガにメイザはちょっと心配そうに尋ねた。

 「経済が良くないみたいね、どこも人手不足、新たに雇おうにも真人は高くつく、真人以外の行商人も立ち寄らない、獣人達が使うブラシなんて売れるわけも無いから、ブラシを扱っているお店は潰れているみたいだし、ワーナンの景気はますますよくない方向にあるみたい」

 ため息をつきながらモーガはお手上げのポーズをとって見せた。メイザはそれを見て苦笑しながら

 「私のほうは、結構いいモノが手に入ったよ。あの、しみったれな首輪だけど、導入に力を入れたのは、ここで発言力のあるディーコン商会と騎士団関係らしいよ。貴女も耳にしているだろうけど、あそこの阿婆擦れがうまくやったみたいだね」

 メイザは色気が人の形をしたようなアウビナ嬢を思い出して苦い表情を作った。

 「ええ、それについてはルーカから聞きましたわ。そのディーコン商会って、モンテス商会が随分と投資しているみたい。商売仇をこれで一網打尽って考えているみたいだけど」

 ため息混じりにモーガは昼間聞いた様々な噂話から神槍らしきものを類推しながら言葉にした。

 「それは、悪手だよ。このワーナン自体が商売の街として体を為さなくなってしまうよ。わたしゃ、それより、今回の首輪については形だけ残して、締め付けはなくすんじゃないかと考えているんだよ。人ってのは、最初に酷い目にあったら、その後、ちょっとましになると受け入れるものだからね。金貨5枚盗まれて、その内3枚が帰ってくるのと、最初から2枚盗まれるのでは気の持ちようが変わってくるみたいにね」

メイザはうんざりしたように言うと自らグラスにワインを注いで一気にあおった。

 「母様の仰るとおりです。このままでは商売の街としてのワーナンは傾いていくでしょうね」

 酒の肴を乗せたトレイを持ったイクルを従えてクコリが部屋の中に入ってきた。クコリは黙ってメイザとモーガに頭を下げるとテーブルの上にトレイを置いて小分けの皿にトレイの上の肴を取り分け出した。

 「まだ、街には行ってないけど、実際はどうなの?」

 モーガはクコリに尋ねた。

 「私が言うより、イクルがその辺りは良く知ってます。イクル、今日もお買い物に行ったでしょ、その時の様子を話してちょうだい」

 「暫くお待ちを・・・、はい、それでは・・・」

 取り分けた小皿をそれぞれの前に置くと立ったまま姿勢を正してイクルが話し出した。

 「街は荒れているということはありませんが、活気が目に見えてありません。市場の品物も荷物を運ぶ人手の不足と街に入る時の手続きで真人の商人しか商品を仕入れられません。獣人相手のブラシ屋さんも店を畳み始めています。どこの商店も人手が足りない、獣人が営業してた店は休業か店を畳んでいます。他のお屋敷の侍女にもあいましたが、彼女も同じように感じているようです。また、屋敷の真人以外の使用人たちが暇乞いをはじめているようで、ますます人手不足は深刻になるようです」

 イクルはいつものように目を細めてはいるが、沈痛な表情で街の有様を語った。

 「私たちがお昼にお客様から聞いた内容とほぼ同じね」

 「待合でおしゃべりしてても同じような話ばかりだったね。お気に入りのエルフ族の家庭教師が辞めたとか、いつも身の回りの世話をしてくれている獣人の侍女を外に連れて行きにくくなったとかね」

 モーガとメイザは互いに顔を見合わせてため息をついた。

 「今のところ、誰も得をしていません。あのディーコン商会ですら、売り上げがそんなに上がっていないと噂されていますからね」

 クコリはそう言うとイクルについでもらったワインを一口飲んだ。

 「イクルちゃんは、街に出てなにか酷い目にあった?」

 モーガはクコリの横に従っているイクルに尋ねた。

 「食いはぐれた若い男が絡んできましたが、奥方様から頂いたこのバッチを見るとさっさと逃げていきましたよ」

 イクルはニコリとしながら胸に着けているバッチを指さした。そこにはフーディン家の紋章が刻まれたバッチが付けられており、彼女がどこに所属しているかを雄弁に物語っていた。

 「フーディン家に面と向かって喧嘩を売るような馬鹿はまだいませんからね」

 クコリもにこりとしながらイクルの付けているバッチをみつめた。

 「それは、いいアイデアだね。クコリ、よくやった」

 メイザはクコリの頭を撫でて褒めた。

 「差し出がましいのですが、私たちのように名のあるお方に仕えている身であればこその話です。普通の商人に奉公している者、自ら商売をしている者、ワーナンで家族を養っている者はそうでもありません。屋金に余裕のある者はさっさと出て行っています。そうでない者も出て行かざるをえなくなるでしょう」

 イクルが沈痛な表情で訴えた。

 「そうね、そうならないことを祈ることしかできないわね」

 モーガはそう言うと

 「貴女や私たちの心配が杞憂になることをメラニ様にお祈りしましょう」

 モーガは軽く目を閉じて胸の前で手を合わせた。メイザ、クコリ、イクルまでもが黙って手を合わせた。


 次の日は昼からはモーガの商売は休業となっていた。モーガの顧客になるには誰かの紹介がないとなれない、また完全予約制なのでこのようなことは珍しくないのである。そして、この行商に来た侍女たちがケフでは手に入らない物の買い物やワーナンならではの粉物系B級グルメに舌鼓を打ちに街に繰り出す機会なのであるが、今シーズンにおいては誰も外に出ようとはせず、大部屋の中でそれぞれがベッドの上に横たわったり、腰掛けてトランプに似たカードゲームをしていたり、おしゃべりしていたりと退屈と戦っていた。その中でラウニとフォニーはベッドに腰掛けてモデルをさせられた服について、自分ならどのようにアレンジするか、着こなすかと熱い議論を戦わせていた。ネアはそれを感度の悪いラジオから流れてくる異国の言葉のように感じながら、練習用の布相手に運針の稽古に励んでいた。

 そんなてろてろと流れる午後の時間をかき乱すようにレヒテが部屋に飛び込んできた。

 「ラウニ、フォニー、ネア。イクルが稽古をつけてくれるよ、早く、早く」

 ネアたちに呼びかけると、現れた時と同じように風のように部屋から出て行った。

 「やったー、早く行こうよ」

 フォニーが小躍りしながら立ち上がった。

 「ネア、針を置いて、行きますよ」

 ラウニは布と格闘しているネアに告げるとネアが針を置くのを確認してから手を取った。

 「え、私も・・・」

 「お嬢がそう言ったでしょ」

 ネアが戸惑っている間に手を引っ張られ、いつしか小走りで廊下を駆け抜けていることになっていた。

 フーディンの屋敷の裏庭にある倉庫や納屋が建ち並んだ一角の空き地に既にいつもと同じ侍女の衣装を身につけたイクルが立っていた。その手には見慣れぬ棒のような物が握られており、その目はいつもよりも細められ眠っているようにも見えた。

 「ここよ」

 イクルの傍らでぶんぶんと棒のようなものを振り回して素振りしているレヒテがネアたちに声をかけてきた。

 「防具なしで・・・?」

 【いくら剣じゃないっていっても棒っきれで殴られたら下手したら死ぬぞ】

 心配そうにネアは手を引いてきたラウニを見上げて尋ねた。

 「あれは、袋剣、皮袋に布を詰め込んでいるの。叩かれると痛いけど、怪我はしないから大丈夫ですよ」

 ラウニはネアの心配をニコリとしながら軽く受け流した。

 【中が布っきれって言っても、それなりのダメージはあるでしょ・・・】

 ネアは突っ込みたくなったが、ニコニコしながら納屋の壁に立てかけられている袋剣を嬉々として手にしているフォニーを見ると首を振ってあきらめることにした。


 「では、一番乗りのレヒテ様からお相手して頂きたく、お願いします」

 イクルは目を細めたままレヒテに頭を下げた。

 「イクル、手加減はなしよ。私も前より鍛錬したからね」

 レヒテはさっと袋剣を構えるとイクルと対峙した。そんなレヒテを見ているのか、イクルは

 「承知しました」

 と一言答えると、身体の力を抜いたように構えをとることもなく閉じたような目でレヒテを見つめた。



 「変換石を使わないで大きな魔法を使うことなんて・・・、キケンだよ」

 レヒテとイクルが剣を交わそうとしている時、フーディンの屋敷の図書室の中で居眠り王子ことギブンが珍しく寝ぼけもせずに小難しそうな魔法の本と睨めっこをしていた。その隣でカスターとクコリの娘であるメミルが呆れたように突っ込んでいた。メミル、年齢はレヒテより一つ下である。その風貌は両親譲りの丸っこい系であるが、栗色の髪を綺麗にまとめ、利発そうな茶色の瞳をした少女はレヒテより遥かに知識面では上を行っていた。アウトドア系のレヒテとインドア系のメミルは仲は悪くはないが、何かと活動する場が違うため行動を共にすることはあまりなかった。しかし、同じようなインドア系のギブンとは何故か馬があうようで、このように図書室に篭るギブンに付き合っていた。

 「この本には、世界には大きな力が川のようにあちこちに流れているって書いてあるんだ、その流れを捕まえたら変換石なしで大きな魔法を使えると思うんだ」

 僅か4歳であるがギブンは既に大人が読むような本をすらすらと読めるぐらいになっていた。レヒテが体力面で驚異的な力を発揮しているの対して、ギブンは知力面で驚異的な力を発揮しているようであるが、あまりにも姉が良くも悪くも目立つので、その特異性にあまり注目されていないのが現実であった。

 「でも、その流れってまだまだ仮説でしょ。どうやって見つけるの?」

 メミルの問いかけにギブンはうーんと考え込んだ。

 「ドゥ河って凄い力を持っているよね、あの流れをせき止めるなんて一人じゃできないよね。すると、ドゥ河にも力があって、それを利用することが・・・、難しいナー」

 ギブンはうーんと考えると大きな欠伸を一つした。

 「あら、もうお昼寝の時間かしら」

 ギブンはメミルの言葉に無言で頷くと机に突っ伏して眠ってしまった。

 「暴れ姫と居眠り王子、うまく言ったものね」

 メミルは微笑むと自分のひざ掛けをそっとギブンにかぶせてやった。

 

ワーナンの郷、とくに都では景気は悪くなっているようです。

しかし、子供達にはあまり興味がないことかもしれません。

イクルさんは見た目と違ってかなりの遣い手のようです。

また、今まで寝ているところしかなかったギブンが起きて活動しています。

果てして、てこ入れが吉と出るか、丸っこいのは遺伝するのかとなやみつつも駄文にお付き合い頂きありがとうございました。

ただ、8割がた書いたものが消失する事故が発生して地味に堪えました。

来週は、自分の都合でアップできません。もし、このお話を楽しみにしておられ方がおられたなら、すみません。

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