表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第5章 お針子姫
61/342

57 開店

花が咲き、鼻汁が出る春になりました。くしゃみがMG42なみの発射速度で連続するもので大変なことになっていますが、困ったものです。

誰も得をしないことを自分の思いだけでごり押しするには、強烈な意志の力が必要か、それとも何にも感じない図太い神経が必要となるのでしょうね。

 昨夜のことである。ギブンはともかく、レヒテが寝床に入り、侍女たちが寝床に入ろうとしている頃、フーディンの屋敷の客間で、屋敷の主であるカスター、その妻でモーガの妹であるクコリ、モーガとクコリの母であり、カスターの義母にあたるメイザが食後に軽く一献交わそうとしていた。

 「ご丁寧に、このような席を設けていただいて感謝します」

 モーガは屋敷の主であるカスターに礼を述べた。

 「カスター殿には毎度のことながら、無理を聞いて頂いて感謝しておりますぞ。で、クコリ、何故このワーナンでの獣人や亜人についての扱いについて教えてくれなかったのかい?」

 モーガに続いて礼を述べた後、にこやかにではあるが、ちょっと不満の色を滲ませながらクコリに問い質した。

 「え、あのメダルについては先週、いきなりお館様、ガイツ様がお触れを出された後、すぐに文をだしましたが・・・、付いていない?」

 モーガの問いかけに夫のカスターと同じように丸い雰囲気をもつクコリが困惑の表情を浮かべた。

 「このことについては、獣人、亜人が多く住まわれているケフの郷にはいち早く、私からも官職名で連絡をお送りしましたが・・・、手違いがあったようで、申し訳ありません」

 カスターも困惑しながら頭を下げた。

 「それならいいのですが・・・、うちの者たちも随分と戸惑っているようですので・・・、明日からの取引に問題が無ければ良いのですが」

 モーガは不安を口にした。その表情にはいつもふんわりとしたものはなく、困惑と不安が滲み出ていた。

 「・・・、身内の恥を口にするのは気がひけるのですが・・・」

 いつもの笑顔を浮かべず、焦燥したような表情を浮かべたカスターが口を開いた。

 「スージャの関の騒動が、真人が獣人に嬲り殺された戦いであった、と言う噂が立ちましてね。その頃から、幸せに暮らしていた真人の家族が押し入った獣人に皆殺しにされたとか、亜人に呪いをかけられたとかの真人が被害者になるという妙な噂もあちこちで立ち始め、実際そのような事件は無かったのですが、一部の急進的な新人達が騒ぎ出したんですよ。先ほどの連絡に関しても、故意に紛失したものではないかと思います」

 カスターは一端言葉を切って、グラスに注がれていたワインを飲み干した。

 「その急進的な一団に、ワーナンで発言力のある人たちがいましてね。彼らは、真人は真人のみで生活するのが正しいと言い出して、それ以外の排斥に動いているのですが、このおかげで、ワーナンから流出する人口が増え、行商人よるマーケットの規模も小さくなって、郷の収入は厳しくなる一方です」

 カスターはそう言うと深いため息をついた。

 「ワーナンの多くの住民はやりすぎだって、思っているみたいだけど、いつの間にか噂話だけの事件の被害者とかが出てきて、どんな酷い目にあったかを涙ながらに騒ぐものだから、何が事実なんか分からなくなって、何となく今の状況を受け入れてしまっているというのがオチね」

 クコリも丸い顔の眉間に深い皺を刻んで夫の言葉に続いた。

 「噂話の事件の被害者って・・・」

 モーガが首をかしげた。

 「噂だけなのに、被害者がいるってのも妙な話だねー」

 メイザは呆れたような笑みを浮かべてグラスに口をつけた。

 「真偽のほどはともかく、外連味たっぷりにやらかすもんで、その話が矛盾してようが、先日に言ったことと違っていようがお構いなしですよ。挙句の果てには、連中の話をすっかり信じ込んでいる者もいるぐらいで困ったもんです」

 カスターは深いため息を吐くと、表情を一転させ

 「それより、明日からの取引が我々に多くの利益をもたらす事を、商いの神ナーに祈りましょう。では、乾杯」

 それぞれ、新たにグラスにワインを注ぐとカチンとグラスを合わせた。


 「思ったとおりのでき。いいえ、それ以上ですよ」

 喜びの声を上げたのは、モーガが作ったドレスに袖を通した化粧の濃い中年の真人の女性、ワーナンの郷主、ゴイツ・バーソロンの侍従の一人の夫人であった。彼女は少女のように浮かれながら大きな姿見の前でクルリとまわって見せた。

 「そんなに喜んでもらえたら、うれいしわ」

 モーガは彼女のはしゃぎように目を細めた。

 「本当に、春に注文しておいてよかったわ。今だったら、とても払えないですわ。いくら、奥方様が作られる素敵なドレスでも・・・、すみません、今回は注文できないんです」

 モーガの商いは注文を受け付ける時に前金として半額、完成品を手渡す時に残りの半額を受け取るシステムであった。お針子姫の異名を持つモーガが作る服は着心地のよさと、華美ではないものの上品かつシンプルなデザイン、そしてなにより頑丈さに定評があった。ワーナンの上流階級の間ではそれなりに名が知れており、春と秋の行商を首を長くして待っている婦人達も少なからずいるのである。

 「そんな寂しいこと言わないで。今回も、サマードレスの新作持ってきているんですよ。タミー、こっちに来て」

 タミーは、モーガの声に背中が大きく開いたスカイブルーのサマードレスをまとった姿で現れた。

 「ちょっと背中がもこもこしているけど、涼しそうでしょ?他の娘に着てもらおうかと思ったけど、冬にこれを着て大丈夫そうなのはこの娘以外にいないし、それにスタイルもいいし、どうかしら?」

 タミーはドレスを良く見てもらうためにモーガの横でゆっくりと回って見せた。

 「いい感じ・・・、でも、先月からお手当てが少なくなって・・・、このドレスの支払いだけで精一杯なんです。こんなに可愛い娘たちを危険だからって・・・」

 彼女はタミーのつけているメダルを見つめて少し肩を落とした。

 モーガとタミーは寂しそうにサマードレスを見つめる婦人を黙って見つめる以外になかった。

 「素敵なドレスねー、流石はお姉さま、いい仕事するわね」

 重くなった空気を跳ね飛ばすような勢いでクコリが丸っこい姿を現した。その後ろにはティーポット、カップなどを載せたワゴンを押したイクル続いていた。

 「辛気臭い表情は、悪運を呼び込むものよ。イクル、お茶と私の新作のケーキをこの方に」

 「畏まりました」

 イクルは姿見の横にあるテーブルの上にカップやお皿を配置すると無駄の無い動きでお茶を淹れ、ワゴンの中の段に安全に格納されているパウンドケーキを皿ごと取り出し、テーブルの上に置くと分度器で図ったように綺麗に切り分け、その一つをお皿の上に置くと、サマードレスの購入を諦めた婦人にそっと勧めた。

 姉のモーガがお針子姫の異名を持つように、このクコリもお菓子姫の異名を持っていた。彼女はその体型が物語るように食べることと料理を作ることを趣味としており、その料理の腕に関しては並みの料理人を軽く凌駕していた。特にケーキなどのスィーツ系に関しては姉のように独自に商売することも少なからずあった。件の婦人は、イクルの差し出したケーキを見ると表情が明るくなり、新品のドレスを汚さないように注意を払いながらケーキを食べ出した。さっきまで曇っていた表情が一口ごとに晴れてくる情景を見ながら、モーガは料理の持つ力に感心していた。


 「蒼き稲妻騎士団の団長のとこの、ガント様、来年の春に挙式をあげらるそうよ」

 モーガの臨時焦点となっている客間の一角をパーテーションで区切った使用人たちの控え室でサマードレスの発注を断念した婦人に従ってきた30代の真人の侍女が声を潜めてルーカに話し出した。どこの世界もゴシップネタは受けがいいみたいだな、と夏の男の子用の遊び着に袖を通しながらネアは聞き耳を立てていた。

 「まだ、お若いんじゃないの。たしか16歳でしたよね。で、お相手は?」

 「ディーコン商会の会頭のご長女のアウビナ様よ。なんでもね・・・」

 その侍女はお腹が出ている様子を手で示した。

 「えっ、それって」

 「そ、責任取った形ね。噂じゃ、相手に嵌められたとか・・・」

 「お姉さんにいいようにされたわけね」

 2人はクッキー、これもクコリ謹製である、をつまみながらぼそぼそと言葉を交わしていた。

 「アウビナ様って、確か・・・、ヴィット様に言い寄った」

 女の子用の寝間着を身につけながらフォニーが小さく着替えを手伝ってくれるラウニに囁いた。

 「ヴィット様より年上なんて有り得ないでしょ。それに、ヴィット様はあの方を選ばれなかったのは懸命な判断だと思います」

 フォニーの言葉にラウニは嫌悪感を隠さずに小声で返した。ネアは彼女達の言葉を頭の中で統合してみた。

 【いい年齢の商人の娘が、何も分からない坊ちゃんを誘惑して、既成事実をこさえたって事か。騎士団長との繋がりができて、さらに商会の地盤が固くなる腹積りか】

 と、考えながらネアは着替えを終えると姿身に己の姿を映し出した。そこにはハンチングを被った猫の男の子がいた。男の子というには随分線が細く感じられるが、それは仕方ないことであった。

 「・・・」

 久しぶりにズボンを履いたのであるが、あるべき所にあるべき物がないので、妙な心細さを感じていた。そんなネアの気持ちを無視するように

 「ネア、なに、可愛い」

 「こんな弟、欲しいですね」

 先輩方が黄色い声を上げた。

 「ホント、かわいい」

 「やねーさんが可愛がってあげるよ」

 とルーカとお付きの侍女も声を上げた。その声にネアは思わず顔をしかめたくなったが、そこは中身はおっさんである。何とか、踏みこたえた。が、心の中の一部がその言葉に浮かれていたのは事実であった。

 「ボクのこのかっこう、似合っているかな」

 ネアは毒食わば皿までと、ヤケクソになりながら、とってつけたみたいな男の子を演じて見せた。しかし、それはネアの思惑を超えて、ウケが良かったらしく、先輩方やルーカたちにぎゅっと抱きしめられる破目に陥ってしまった。


 「春からまた大きくなったのね」

 年齢の若い母親に連れられた真人の男の子を見てモーガは微笑んだ。その男の子はその言葉に恥ずかしそうに黙ったまま頭を小さく下げて挨拶の代わりとした。

 「この子の服を作って頂きたくて、でも、予算が・・・」

 彼女の夫は最近、騎士団で昇任したため、その子どももエライ人たちの子供と付き合うことになるために新たな服を必要としているのであるが、安物では足元を見られる、価格が張るものは煌びやかすぎる、そこでモーガの噂を聞いてやって来たようであった。

 「ええ、男の子用もありますよ。ネア、来なさい」

 モーガの声を聞いてネアは深呼吸をすると、控え室から元気良く出て行った。


 「どうかしら?」

 ネアを自分の傍らに立たせてモーガはその服の特性やセールスポイントを立て板に水のように、そしていつものほんわかとした雰囲気を醸し出しながら売り込みだした。そして、肝心の値段の交渉に入ると

 「そうねー、初めてだし、それと、ボクはネアと同じような大きさだから、この服を仕立て直してなら、これぐらいかしら」

 モーガは手近にあったメモにさらさらと数字を書き込んで若い母親に見せた。

 「それとも、獣人が着たものを着させるなんてできないってお話なら新たにつくるけど、そのお値段にはならないわよ」

 モーガはちょっと皮肉が混ざった言葉を口にした。その言葉にさっきまで黙っていた男の子が口を開いた。

 「ボクの友達には尻尾のある子もいるよ。あの、黒狼騎士団長だって尻尾があるんだよ」

 「これに、賛同している住民はそんなに多くは無いですよ。私もお友達にエルフ族の方もいますし、それに、この指輪の細工は昔から懇意にしているドワーフ族の職人さんに作ってもらったものなんです」

 彼女は、ワーナンで盛んに言われる穢れの民と言う言葉を使わなかった。第一、ネアや既にいたタミーを目にした時に嫌悪の表情を浮かべなかったのである。彼女の中には多分、尻尾のあるなしより、自分の財布の中身のあるなしの方が問題なのであろう。

 「よかった。うちの使用人たちもこのメダルにはうんざりしているのよ。私たちは帰るところがあるけど

、ここに住んでいる人たちのことを思うと・・・、ね」

 モーガの言葉に若い母親は黙って頷いた。結局、母親の注文したものはネアが着ている服の仕立て直しとなった。

 「うちにも男の子がいれば、欲しいわね」

 さっき、サマードレスを断念した婦人がにこやかに語りかけると、

 「尻尾のあるなし、耳が尖っているとか、髭が濃いとか、どうだっていいことで馬鹿騒ぎするなんて」

 と、最近のワーナンの世情について文句を言い出した。ネアはそれらの言葉を聞いて

 【多くの人に支持されず、それなりの地位にある人たちに経済的に影響が出しているのに、強行するのか・・・、すると庶民の生活は厳しいだろうな・・・】

 と、考えをめぐらせている時

 「っ!」

 いきなり、尻尾を掴まれてその場で飛び上がった。

 「なにしてるのっ、この子は」

 ネアの尻尾を引っ張ったのはネアの着ている服の真のオーナーとなる男の子だった。

 「これ、なにかなって・・・」

 ネアの尾かくしを指差して男の子はすまなそうに自分の動機を語った。

 「それはね、尾かくしって言って、尻尾のある人専用のものなの。仕立て直すから、尻尾穴は気にしなくていいからね、それと、尻尾は敏感なところだから引っ張ったりしたらダメよ」

 モーガが男の子が気になったパーツについて説明した。

 「この子に、誤りなさい」

 若い母親は、厳しい口調で男の子に命じた。男の子は本当にすまなそうにネアに謝罪した。ネアは頭を下げる男の子に対して

 「これからはなしですよ」

 と告げること以外できなかった。


 行商、一日目の結果は、引渡し1件、子供服(仕立て直し)の注文1件であった。これは、果たして商売としてどうなのかと、ネアは首を傾げたが、この行商の最高責任者であるモーガはいつものようにほんわかと構えているので、見積り通りにすすんでいるのであると、ネアは思い込むことにした。 

モーガの商売が始まりました。モーガの商売のシステムは、発注を受けた時点で前金(半額)を支払って貰い、商品を受け渡すときに残りを頂くことで成り立っています。また、商品を渡すとき、侍女たちをモデルとして新作を発表して新たに発注を受けるようにしています。体型さえあえば、仕立て直しで安く手に入れることも可能です。

駄文にお付き合い頂き感謝しております。ネアはチートな能力も血湧き肉踊る冒険も、国の危機を救う大活躍もしませんが、それなりに懸命に生活していると思ってやってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ