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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第5章 お針子姫
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56 重いメダル

がんばった証のメダルはうれしいものですが、何かと区別されるための目印になるようなものはうれしくないものでしょう。他者とは違うというだけで軋轢は生まれるものなのかもしれません。

 カスター・フーディンは、年の頃は30半ば、やや丸っこい系の体格に撫で付けたような薄い髪、さらに背もあまり高くない、お世辞にもモテる要素はあまり無いように見える人物であったが、その丸っこく、細い目は常に笑みをたたえ、柔らかで誰に対しても丁寧かつ親切な言動と時折黒いこともあるユーモアのセンスは彼の外見のハンデを補うどころか、その容姿がどこか人に安心感を与えるらしく、社交界でもそれなりに顔が利き、種族で人を判断しないところはワーナンで言われる「穢れの民」たちに慕われるところであった。彼はワーナンの郷の郷主の重鎮の一人として経理を主として担当していた。もともと、裕福な貴族の流れであったが、郷の金を取り扱う仕事をしているため、他人からいらぬ詮議をされないように華美な生活を遠ざける生活をしており、彼の屋敷も敷地、建物とも大きいものであったが、王都好みの装飾品は無く、庭も庭園と畑が奇妙に入り混じった不思議なものであり、この生活と彼の人柄から、彼の絡んだ汚職等の不名誉な噂はワーナンでは耳にすることが無かった。


 「これで、最後です。奥方様」

 ネアたちとは別の馬車に乗っていた執事風の若い男が商品の入った箱をフーディンの屋敷の大きなダンスホールを兼ねる客間に運び入れた後、受注した服を商い、新たな服をお披露目するためのレイアウトに生き生きと取り組んでいるモーガに恭しく頭を下げながら報告した。

 「ありがとう。ご苦労様、今日は宿でゆっくりして疲れを取ってね。明日は早く帰るのでしょ」

 モーガはニコニコしてその執事風の若い男に労いの言葉をかけると、タミーを手招きした。

 「何か御用でしょうか?」

 「彼と今日ついてきてくれたお館の人たちと、騎士団の人たちにお酒でもと思ってね。私のバッグを持ってきてくれるかな?」

 「畏まりました」

 タミーは一礼すると、奥方様の私物が並べられているコーナーに小走りに駆けていった。

 「そんなお気遣いは無用です・・・」

 執事風の男、彼の名は「南から吹くそよ風」のマレーといい、今年でやっと20歳になったばかりである。今回の行商には荷役役としてルビクから命じられたものであり、彼にとっては初の大仕事とも言えた。勿論、モーガはそれを知らないことはない。そこを汲んでのお駄賃なのである。

 「奥方様、持ってまいりました」

 「タミーちゃん、ありがとう。ちょっと足らないかも知れないけど」

 モーガはマレーに大銀貨を2枚手渡した。ちょいと高級なお酒が4本ほど買える金額である。

 「ありがとうございます。皆、喜びます。では、失礼いたします」

 マレーは深々と頭を下げて退出していった。これで、フーディンの屋敷にはモーガとお嬢、若、そして大奥様、裁縫職人の2人の中年女性、タミーをはじめとする侍女数名となった。

 「今日は、これぐらいにして、続きは明日の朝にしましょう。お客様は早い人でも、明後日のお昼前だから、皆、ご苦労様、今日は身体を休めてね」

 モーガはポンポンと手を打つと仕事をしている侍女たちに声をかけ、手伝っているのか邪魔をしているのか分からないレヒテと床に足を投げ出して眠りこけるギブンを叩き起こしてフーディンの屋敷の客間に足を進めた。

 奥方様の後姿を見送った後、侍女たちは初めて自分たちの身の回りのことに取りかかりだした。馬車から私物の入ったケースや鞄を降ろし、準備中のホールに運びこむとホールに真っ白の猫族の獣人の侍女が微笑みながら待っていた。彼女は白く長い髪を後頭部にゆるくお団子状にし、長めの体毛は白い丈の長い手袋とソックスで覆い、抜け毛等で不愉快な状況を作らないようにしていた。

 「ケフのお館の皆様、こんばんは、私はこの屋敷の奥方様付きの侍女、「淡雪」のイクルです。皆様の荷物はこちらへ」

 イクルと名乗った侍女はホールの脇の小さな扉を開いた。そこはネアたちが寝起きしている部屋が3つぐらい簡単に入るぐらいの大きさで、綺麗にたたまれたシーツなどの寝具類を乗せた折りたたみ式の簡易寝台が8つきちんと並べられていた。見ようによっては、教育中の新兵が入れられるような部屋にも似ていないとは言い切れなかった。

 「・・・懐かしいな・・・」

 思わずネアの口からポツリと漏れた。

 「え、ネア、何か知っているの?」

 ネアの呟きを聞き逃さなかったフォニーが興味津々な表情で尋ねてきた。ネアは思わずドキリとした、ついつい漏らした言葉に喰い付かれるとは。

 「な、なにもない・・・」

 ネアは、あわてて取り繕うと、自分の荷物を抱えて入り口に一番近いベッドの上に置いて、身の回りの準備を整え出した。

 「イクルさんも首輪している・・・」

 ケフのお館の侍女たちがそれぞれの荷物を整理している姿を目を細めて見つめているイクルの首元には銀色のやや大きめの丸いメダルがぶら下がっていた。それを目にしたラウニが少し悲しそうに呟いた。

 「イクルさん、この首輪ってお屋敷の中にいる時も眠る時もつけたままですか?」

 獣人の侍女の中で先任者であるタミーがニコニコしているイクルに尋ねた。

 「これのこと?お風呂の時と、眠る時以外は付けていなくてはなりません。それは、お屋敷の中であっても同じです。このワーナンの都にいる限りはきまりは守らなくてはなりません。これを首輪と呼ぶと反抗心があると思われます。だから、メダルとか識別証などの言い方がいいですよ。まちがっても、糞ったれな首輪なんて言うとイケマセンからね」

 イクルは目を細めたまま事務的にメダルは基本つけたままであることを告げると最後はちょっと茶化したような口調で付け加えた。タミーはイクルの言葉を聞くと悔しそうに首もとのメダルをぎゅっと握り締めた。

 「気持ちは分かりますが、ここでは、これがきまりなんです。それと、残念ながら、もう一つ腹が立つことをお知らせしなくてはなりません」

 イクルはぎゅっと目を閉じて少しの間口を閉ざした。その姿は適切な言葉を捜しているように見えた。

 「・・・亜人と獣人の方は、この屋敷から出る時は真人の方と一緒に出てください。決して亜人、獣人同士や一人で出歩かないでください。いらないトラブルのもとになります。・・・この準市民メダルの私ですら一人で出歩くと絡まれますから・・・」

 イクルはため息をつきながら自分のメダルをそっと撫でた。イクルの言葉を聞いたタミーが食いつくように言葉を投げかけた。

 「準市民って・・・」

 タミーとイクルの会話にケフのお館の侍女たちは黙って耳を傍立てていた。ネアも同じように耳を2人に方向に向けながら、手を止めず、いつものポーカーフェースで聞いていた。

 「真人は郷の民でなくても市民としてケフと同じことができるでしょう。準市民は買い物や郷の中での移動に関しては制限は受けませんが、商売をしたり、人を雇ったりするには面倒な手続きが必要になります」

 沈痛な表情でイクルが淡々と話した。

 「その手続きが認められることはない・・・、手続き自体が心をへし折るぐらい面倒臭い・・・」

 ネアの口から思わず、心に浮かんだ言葉が転び出た。

 「・・・、貴女、よく分かってますね。まだ小さいのに・・・、この子の言うとおりです。こんなのはほんの一例です。夏の初めの月辺りから私たち・・・、彼らが言う穢れの民に対する風当たりは強くなってきています。旦那様も事あるごとに郷主様に意見されているのですが、聞き入れて頂けないようです。その楕円のメダルは、真人と一緒なら準市民として認められるというものです。だから、先ほど出歩く時は真人の方と一緒に、と言ったのです。他の郷から来ていただいているにも関わらずこのような状態で申し訳なく思っています」

 イクルは感情を込めずに事務的に話をしようとしたようであるが、目を細めたままであるが、その眉間に深く縦皺が刻まれていた。

 「ますます、ワーナンの郷が嫌いになりましたよ・・・」

 ラウニが小さな声でネアとフォニーにつぶやいた。フォニーはラウニの言葉に大きく頷いてその言葉を肯定した。

 「・・・、メダルを忘れて、お外に出たらどうなるのですか?」

 重苦しい沈黙が流れる中、ネアが無邪気さを装いながらイクルに尋ねた。

 「それは、絶対やっちゃだめよ、おチビちゃん」

 イクルはにこやかにネアに答えると次の瞬間にはにこやかな表情はなくなっていた。

 「忘れてお屋敷から出た場合、捕まえられて保護所と呼ばれる牢屋に入れられます。そこで3日の間に身元を保証できる真人が来ないと強制的にこの街から追い出されます。それが嫌なら、大銀貨一枚でこのメダルを買わなくてはなりません・・・」

 侍女たちの間に悲痛な空気が流れた。獣人も亜人も、そして真人ですら黙り込んでしまった。

 「お通夜じゃないんだから、明日も忙しいのよ。さっさと寝る準備よ」

 侍女たちの中で一番年嵩の「野辺の花」のルーカが手を打って侍女たちに行動を促した。真人のルーカですら、イクルから聞いた言葉を簡単に信じる気持ちにはなれなかった。ほかの侍女たちがいそいそと寝床の準備をはじめたのを確認すると静かに退出しようとしているイクルの肩をそっとつかんだ。

 「さっきの話だけど、あれってマジなの?」

 この数年ずっと奥方様の行商に付き合っていてイクルとも顔なじみになっているルーカが心配そうに尋ねた。

 「冗談よ、テヘッって言えたらどれだけ気が楽か・・・、分かるでしょ。最近、特にこの一年空気がおかしいの。街の中に見えない壁がいっぱいできて、真人の間にも壁があるみたいだし・・・、だから、できるならこのお屋敷を出ないで、誰も嫌な思いはしたくないから・・・」

 イクルは寂しげに伝えると諦めたように首を振って退出していった。


 「ここは危なくなるぞ・・・」

 侍女たちがそれぞれ布団に潜り込み軽い寝息を立てはじめた頃、寝付けないネアは小さく独り言を呟いた。ワーナンの街には今、穢れの民と言われる自分達のような者の怒りが確実に蓄積されていっている。これは、いつか臨界超過を起こして多くの血が流れることになるだろう。ワーナンの郷に隣接しているケフにこれから多くの獣人や亜人の難民が押し寄せてくることになるだろう。そう考えると、前にいた世界とこの世界の基本は大きく変わらないように思えてきた。心の中の子どもの部分が不安の泣き声をあげ始めていた。ネアは無性にユキカゼが恋しくなってきた。ユキカゼをぎゅっと抱きしめる安心感が恋しくなっている自分に気づくとネアは我がことながら驚きを感じてしまった。不安を消そうとするように己の肩を抱きしめ、くるっと丸くなって目を閉じた。


 「さっさと、起きる。今日は会場を完成させるからね」

 既にいつもの仕事着に着替えたルーカが侍女たちが眠りこけている待機室の真ん中で大声を上げた。その声にあちこちから寝ぼけたような「おはようございます」の声が上がった。

 「仕事にかかりましょ、どうせお屋敷から出られないし、出ても何もできないんだから・・・」

 ため息をつきながらラウニはベッドを整え、着替えをはじめた。

 「どんどん、つまらない街になっていくなー」

 フォニーも面倒臭そうに呟くとベッドを整え、ブラッシングをはじめた。

 「いいブラシが手に入るかなと思っていたけど・・・、難しい・・・」

 商いの街であれば、使い勝手のいい身体の手入れ用のブラシが手に入るとネアは思っていたのであるが、昨夜のイクルの言葉を思い出してため息をついた。

 「そうですね。イクル様の話からすると、私たちのための道具なんて商っていないと思いますよ。下手すると私たちの毛皮が売られているかもしれませんね」

 ラウニはネアの言葉に応えると皮肉気に鼻先で笑った。

 「この毛皮、脱げないよ。それに、これはうち専用だし」

 フォニーが尾の毛を溶かしながらつまらなそうに呟いた。

 「私もさー、尾かくしの素敵なのが見つけたかったけど、無理ね」

 素早く身支度を終えたタミーがネアたちに同意しながら、早く私宅を整えるように促した。


 「おはよう、皆、良く眠れたかしら?」

 昨日の疲れなんぞどこ吹く風でモーガが侍女たちを前に朗らかに話しかけた。

 「お昼までに商品の受け渡しのカウンターと手直しの場所の準備をして、お昼からはお茶を楽しんで頂ける場所と待合場所の準備よ。お披露目のステージも忘れずにね。どんどん前倒しでいくわよ」

 いつもはほわっとしたモーガが人が変わったようにてきぱきと指示を出している姿をネアは不思議そうに見ながら忙しく動き出した。

これから、行商が始まります。この世界では、小さな郷とはいえ、郷主の后が商いをするというのは異色なことなのです。護衛や荷役をしてくれた人たちは行商中は仕事が無いのと、宿泊費もかかるので一足先に郷に帰っています。奥方さまが帰るときにまた迎えにやってきます。・・・お金がないというのはどこの世界も同じようなものです。

駄文にお付き合い頂いた方に感謝いたします。

来週は私事でアップできません。もし楽しみにされている方がおられたなら申し訳ありません。

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