表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第4章 黒
55/342

52 思い出とこれからのこと

もう一人のまれびとのお話です。

 影沼彗星、それが彼の名前であった。彗星と書いてメテオと読ますのであるが、勿論彗星はコメットであるが、初孫が産まれたことによりハイテンションになっていた父方の祖母が誰に相談することもなく勝手に付けた名前である。後日、その祖母は彼に対してしみじみと

 「彗星ってこめっとだったのよねー」

 と笑っていたところを見た時、臍の緒を切ってから初めて殺意なるものを感じたことは大袈裟なことではない。


 そんな彼が、世の中には何か面倒ごとに発生した際に、三種類のタイプの人類が存在することを知ったのは彼がまだ小学生の低学年の頃だった。

 よくある光景で、教室内で二人の生徒がふざけあっていた。その内の一人が教卓の上にあった花瓶を落として割ってしまった。実にありふれた光景である。これを見た教師は花瓶を割った生徒に対して「怪我はない?」と心配そうに聞き、その生徒ふざけあっていたもう一人を「何てことするの」と叱責した。そして、たまたまその場に居合わせた生徒に対して「何故、クラスメートが危ないことをしているのに注意しなかった。割れた花瓶の片付けもしない、お前は他人に対して全く思いやりが無い」と散々その生徒の身に覚えのないことで説教を喰らわせた。つまり、やらかしても然程批難されない存在、やらかした分だけ批難される存在、そして身に覚えがなくともただひたすらに批難される存在である。

 その三つ目の存在が彼だった。さらに彼には天が素晴らしい才能を与えていた。それは、最悪の場所に最悪のタイミングで居合わせる才能であった。さらに、天は彼にマイナス方向の対人運も授けていた。残念ながら、天は彼にそれらを跳ね返すようなバイタリティーを殆ど授けていなかった。


 小学校低学年の時、先ほどの理不尽な目、つまり当事者ではないが、たまたま居合わせただけで全ての責任を押し付けられ、いつの間にか花瓶を割った犯人として見られるようになっていた。彼に理不尽な罪を着せたエキセントリックなオールドミスの教師はそれ以降、学校内での盗難、器物の破損などがあれば確たる証拠もなく彼を犯人にした。勿論、やってはいないので彼が犯人である証拠はないのであるが、この教師は彼が巧妙に証拠を残さない狡賢い人間であると吹聴することにより全てを彼に擦り付けることに成功していた。学校内では教師も生徒も彼を犯罪者のように見ていた。ここで、彼の両親が動いたならば話は変わっていたかも知れないが、彼の両親も教師の言葉を信じ我が息子に対して猜疑の目を向けるようになり、代わりにできの良い彼の弟を溺愛するようになっていた。いつしか、彼は家の面汚しと認識されるようになっていた。


 そんな彼も中学に入学すると少しは状況は変化するかと淡い希望を持っていた。その希望は、いじめられっ子という新たな身分を獲得することで叶った。もとより、影で悪いことをするヤツのイメージが付きまとっていたので誰も彼に同情する者はいなかった。そんな彼も兎に角、歯を食いしばって耐え抜いて何とか高校への進学を果たしたのだが・・・。


 「影沼君に通学中のバスの中で触られた」

 彼のクラスでその顔立ちとスタイルと性格から発言力のある女子生徒がいきなりそんな噂を流しだした。勿論、彼には身に覚えがないのであるが、彼もその路線をつかっており、しかも彼女と偶然にも近くの場所に位置しており、あまつさえ当日は雨で自転車通学組もバスを使用していたため身動き一つできない有様であった。しかも運悪くその時は眼病を患っており左目に眼帯をしていたことが彼がそこにいたという印象を一層強くそのバスの同乗者に与えていた。結果、有無を言わせず、彼は痴漢とみなされ退学するはめになった。それ以降、どこの職場でも身に覚えのない悪評が彼に付きまとい、彼に長く勤めさせることを許すことは無かった。そして、何とか髪の毛ほどつながっていた家族との縁もその事件が綺麗に断ち切ってくれた。

 数年後、何度目かの自己都合という名のクビを味わい、数千円しか持ち合わせぬ身になっていた時、あの時の女子生徒が幸せそうに夫と子供を連れて歩いているのを目撃した。

 「あいつのせいで・・・」

 彼女のおかげで酷い目に合わされたのに、その本人は幸せの真っ最中である。これほど理不尽がこの世にあるのか、彼の怒りはどす黒く、タールのように煮立ってきた。それからの行動は素早かった。なけなしの金でゴツイコンバットナイフを購入した。そして、車検切れ間近の車で彼女が居を構えている辺りを流しながら物色していると、獲物はベビーカーを押していた。彼は車から飛び降りると彼女の前に立ちはだかった。

 「お久しぶり」

 彼は、ニコリともせずに彼女に挨拶した。

 「あの、どちら様でしょうか?」

 さしていた傘を少し上げ、彼を見ると彼女は引きつった笑顔で返してきた。彼の人生を破壊しておきながらこの女が自分の顔すら覚えていない、このことが彼の最後の安全装置を外した。

 「アンタのおかげで、何もかもなくした影沼だよ」

 彼の名乗りを聞いた途端に彼女の目に嘲りの色が浮かんだ。

 「ああ、あの痴漢のね。何もかも無くしたって、あの時、あんた何か持ってたの。友達一人すらいなかったのに」

 彼女は数年前と同じように彼が卑屈な存在であると思い込んでいた。目の前のこの男に何かができる度胸などないと思い込んでいた。しかし、その思い込みは彼が懐から取り出した大きなナイフを見た時に崩れ去った。

 「お前のせいで、お前のせいで・・・」

 彼女は彼のナイフを掴んでいる手が小刻みに震えているのを気づくと何とかなだめようとした。

 「一人で苦しんでいたのね。良ければ昔の仲間と・・・」

 そこまで言って彼女は言葉を詰まらせた。先ほども口にしたようにこの男には友達と言う様な存在が無かったこと、クラスの誰も彼に興味を示さなかったことを思い出して言葉を詰まらせた。

 「俺が独りってことがそんなに面白いのかっ!」

 後は妙なじじいに邪魔され、そして濁流の中にクルマごと突っ込んだ。



 「・・・」

 目を覚ますと、辺りは背の高に草に覆われた平原だった。そして、妙に日差しが強く夏のようであった。

 「な、なんだ・・・?」

 その場に立ち上がって周りを見回すが、見えるのは青空と緑の草原だけであった。彼は自分が死んだのかと思い、体を確かめるように触った。

 「?」

 あの妙なじじいに突かれた肩の傷、殴られた鼻の傷、どちらも痛みを感じることは無く、出欠すらしていなかった。

 「なんだよ・・・」

 ふと、足元を見ると本来の目的を果たしそこなったナイフが1本転がっていた。かれは、それを掴むと草原を取りあえず歩き出した。何度かくぼみや草に足をとられて転びそうになりながらも彼は道らしき草の生えていない地域に出ることができた。

 「暑いな・・・」

 まだ3月でしかも肌寒い日だったはずである。だからここ2、3年着続けている合成皮革のジャンパーを着込んでいたのであるが、これを着込んでいることが苦痛になってきた。かれはジャンパーを脱ぐとクルクルと丸めて小脇に抱えて道らしきものを辿ることにした。

 暫く足を進めると遠くで煙が上がるのが見えた。煙つまり、火があること、火は人しか使わない、つまりそこには人がいる。この簡単な推論が彼に元気を与え、足取りを早くした。


 「なんだ、こりゃ・・・」

 そこには確かに人がいた。壊れた荷馬車に血にまみれてピクリとも動かなくなった人、それらの横で焚き火をして何かを焙っている人とは思えない獣のような連中が聞きなれない言葉で談笑していたが、彼の気配に気づいて一斉に彼を見つめた。


 「今度からは、ちゃーんと会所で紹介してもらうんだな・・・、って言ってももう次はなくなったな・・・」

 大柄な狼族の男が手にかけた商人とその家族の亡骸を眺めて呟いた。この商人は少しの出費を惜しんで流しの傭兵である彼らを護衛として雇ったのであるが、この世界では流しの傭兵ほど危ないものはないといわれていることをこの男ははした金のために無視したのである。これから、この商人の持っていた物を仲間と山分けである。それにしても馬車を壊してしまったことは残念なことをしたと後悔していた。

 「馬に積めるだけ積めるんだ。嵩の高いのは諦めるこったな」

 然程腕は立たないが口だけは歴戦の傭兵の犬族の小男が偉そうに若い猫族の傭兵を指図していた。いつもの光景である。これで、あの街には出入りすることは暫くできないが、これだけあれば暫くは働かなくてすみそうだと狼族の男は算盤を弾いていた。ここは、滅多に人の通らない裏街道である。時間はたっぷりある。この商人の食料を胃袋に詰め込んでからも山分けは遅くないだろう。

 「!」

 いきなりの視線を感じて、その方向に目をやると見慣れぬ服を着た若い真人が驚愕の表情で見つめているのが目に入った。

 「ナンのようだ?」

 狼族の男は脅すようにその男に声をかけた。コイツが騒ぐようならコイツも馬車の近くで転がっている商人家族の仲間入りをさせるだけである。


 「こいつら、バケモノかよ・・・」

 獣じみたのがこちらを睨みつけて何か喚いた。しかし、その言葉は聞いたこともないもの、ひょっとすると言葉ではなく、鳴き声かも知れないと彼は思った。そして、血まみれの死体を見つけた時、恐怖が襲ってきた。

 「う、うわっ」

 ヤバイ、兎に角逃げろ、アイツら何者なんだよ。心の中で叫びながら彼はきびすを返すと走り出した。その背後を動物じみたのが5匹追いかけてきた。

 「っ!」

 走りなれていない彼はちょっと走ると足がもつれ、その場に転んでしまった。そこに剣を手にした犬のような大きな人型のモノが大上段から剣を振り下ろす。彼は思わず目を閉じた。

 「!」

 死んだ、と思ったが一向に身体に痛みも襲ってこない、恐々目を開けるとそこには水中で動くようにノロノロと剣を振り下ろす犬の姿があった。思わず彼は転がって身をかわすとその場に立ち上がった。


 「っ?」

 止めを刺そうと件を振り下ろす、しかし、剣は大地を削ってしまった。そこにいた真人の男はその場から少し離れた所に不思議そうな表情をして立っていた。

 「なんだ、てめぇ」

 狼族の傭兵は短く叫ぶと彼に斬りかかった。


 何とかかわしたものの、この犬は諦める気配は無かった。彼は恐怖を感じながらもこの犬達を始末しなくては生き残れないと本能的に感じ取っていた。

 「クソが」

 コンバットナイフを手にすると彼はノロノロと斬りかかる犬を睨みつけ、その方向に踏み出した。

 「っ!」

 ノロノロと動く犬の首にナイフを走らせる。何かを切る感触が手に伝わってくる。


 いきなり、目の前の真人の姿が消えた、と思ったら首筋に妙な痛みを感じた。いつの間にか真人の男が自分の首筋を切りつけているのを狼族の傭兵は驚愕の目で見た。


 派手に血を吹き出してぶっ倒れる犬を見て彼は勝利を確信した。

 「さあ、来いよ、畜生ども」

 虎縞の猫が身体のバネを生かして飛び込んでくる。以前の彼であれば交すこと、ましてや反撃することもできなかっただろうが、今は違う。猫の動きが妙に遅く感じられる。自分の身体も幾分軽く感じられる。猫もさっきの犬と同じように首筋にナイフを走らせる。これで2匹目である。


 「なんだよ、こいつ、動きが見えねぇぞ」

 小柄な犬族の男はきゃんきゃんと吼えるように喚くと、斬りかかるのを躊躇っている垂れた耳の犬族の傭兵を前に押し出した。

 「やばいよ、こいつやばいよ」

 新入りの兎族の傭兵が泣き言を言い出すが小男はそんな言葉に耳を貸すことは無かった。

 「お前も出るんだよ」

 小男は兎族の若いのの尻を蹴飛ばした。


 「こいつら、学習能力無いのかよ」

 3匹めとなると彼も少々余裕が出てきた。さっきの2匹と同じように首筋にナイフを走らせる。しかし、その瞬間目に兎が剣を振りかざして突っ込んでくるのが見えた。彼は咄嗟にの剣をナイフで受けた。ガツンと衝撃が腕を走る。安物のナイフはグニャリと曲がってその役目を放棄した。 

 「使えねぇっ!」

 彼はナイフを投げ捨てるともう一度斬りかかろうとする兎の顔面に渾身の力をこめて拳を叩き込んだ。段ボール箱を思いっきり殴りつけたような感触が拳に伝わる。ふと拳の先を見ると拳はウサギの顔面の中にあった。

 「気持ち悪い・・・」

 血塗れた拳を兎の顔面から引き抜くと彼は小型犬を見つめた。その犬の尾はくるんと股間に回り込んでおりその犬が怯えている事が手に取るように分かった。


 「ありえねぇ・・・」

 あっと言う間にそれなりに修羅場をくぐってきた仲間が続け様に4人も首を掻き斬られ、顔面を砕かれる様を目にした小男は恐怖していた。全くの素人かと思っていたが、桁違いに素早く、そのうえ馬鹿みたいに力がある。勝ち目はないと悟るまでそんなに時間は要しなかった。彼は生き残るために逃げることにした。


 怯えた小型犬が文字とおり尻尾を待いて逃げる様子を目にした彼はウサギが持っていた剣を手にするとノロノロと逃げる小型犬の背後からその脳天めがけて一直線に片手剣を振り下ろした。それは熱したナイフでバターを切るようにヌルリと小型犬の身体を二つに切り分けた。

 「こいつら、なんなんだよ・・・」

 彼は己の手に付いた血、血塗れで横たわる動物のような連中の屍骸を見つめているといきなり胃の中のものがこみ上げてきて、その場にぶちまけた。

 「・・・どこなんだよ、ここは・・・」

 嘔吐くのをこらえながら呟く彼の言葉に応えるものはいなかった。血塗れの片手剣をその場に投げ捨てると最初に襲い掛かってきた大型犬の手にしていた片手剣を手に取りベルトに差し込んだ。

 「定番通りなら、先立つものが必要になるな・・・」

 彼は、物言わなくなった動物たちのポケットをまさぐりコインらしきものを数枚手にすると、今度は壊れた馬車の近くで転がる死体からも同じようにコインらしきものを集め、山分けされる前の商品らしきものが入った箱を開けた。

 「・・・」

 その中には何かの布が入っているだけであった。これから染色でもするのであろう全くの無地の白っぽい布であった。

 「使えないな・・・」

 彼はぽつりと呟くと惨劇が発生した場所を後にして細い道を歩き出した。

 「街かなにかがあればいいんだけどな・・・」

 彼は、あの動物達と会う前の不安は無く、妙な自信とこれからの展開を楽しみにするような自分がそこにいることに気づくと口角を引きつらせるように苦笑した。

今回は、ネアたちはお休みです。むさ苦しい展開になりました。やはり、お話には花が必要ですね。

彗星君の場合、素直に俺TUEEの世界になりそうです。

この世界では、商人達が長距離、商品とともに移動する際、護衛を雇います。普通は商工会、通称、会所を通じて斡旋される傭兵を雇いますが、紹介料などかかりそれなりなお値段になります。それを嫌って流しの傭兵を雇う場合、作中にあるようなことも少なからず発生します。

駄文にお付き合い頂いた方、評価を下さった方に感謝します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ