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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第3章 うごく世界
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48 失われた主導権

今年最初の投稿です。今年もお付き合いよろしくお願いします。

寒い時は暖かい食事も良いですが、日本人ならやはり、温かいお風呂も捨てがたいですね。

ネアのお嬢に振り回される一日はまだ終わりません。

 いつになく重い足取りで帰ってきたレヒテは迎えに出てきたギブンとタミーへの挨拶もそこそこに自室に向かった。

 「何かあったの?」

 レヒテの後を追おうとするネアにタミーが小首をかしげながら尋ねてきた。

 「会議でちょっとした意見の食い違いがあって・・・」

 困ったような表情を浮かべてネアは応えるとレヒテの後を追った。

 「今夜は大変なことになるけど、がんばってね」

 ネアの背後に同情半分、意地悪さ半分の表情でタミーが声をかけた。

 【何をがんばるのかな・・・、子供だし、しかも今は男じゃないし・・・】

 ちょっとアダルトなことを考えながらレヒテの私室のドアをノックした。

 「入って」

 ドアを開けネアは一礼すると、レヒテのバッグを小物が散らかった机の上に置いてそのまま退出しようとした時、見慣れたものであるが、ここにあるはずが無い物が目に入ってきた。

 「ユキカゼ?」

 レヒテの私室の隅に簡易寝台と寝具、そしてその上にネアと同じ柄の猫のヌイグルミ、そしてお風呂道具、着替えなどが綺麗に整えられて置いてあった。

 「こ、これは?」

 ネアはおそるおそる振りかえりレヒテに尋ねた。

 「今日は、私と一緒にすごすの。勿論、お風呂、お食事、寝るのも一緒よ」

 先ほどまでの仏頂面はどこに行ったのか、そこには満面の笑みを浮かべたレヒテがネアをじっと見つめていた。

 「そんな、畏れ多い・・・」

 ネアは無駄になると思いながらもこの状況から脱出を試みたが

 「お母様、お父様がいない時はいつも付き合ってもらってるの、ラウニもフォニーも朝まで一緒だったよ。だから、ネアも朝まで一緒だよ。あ、お勉強も一緒だったよね」

 満面の笑みから放たれる有無を言わせない言葉にネアは只頷くしかなかった。レヒテはネアが承知したことを確認すると己のベッドに腰掛けた。

 「・・・」

 そしてニコニコしながら、自分の左側をポンポンと叩いた。ネアはそのしぐさが何を意味しているのか分からずその場に立ったままであった。

 「ここに座るの」

 ネアは飼い犬か飼い猫になったような気分でベッドに近づくと

 「失礼します」

 と頭を下げてベッドを乱さないようにそっと腰を降ろした。ネアが腰を降ろしたことを確認するとレヒテはネアをじっと見つめて

 「私は、ネアたちのことを犬っころとか言ってないよね。でも、もし、もしもよ、言ってたらごめんね」

 泣きそうな表情で尋ねてきた。はじめてみるその表情にネアは戸惑いながらもそっとレヒテの背中を撫でた。

 「まだお勤めして長くはないですが、一度もそのような言葉は聞いていないですよ。でも、何度か尻尾を引っ張られたことはありますが」

 ネアは徒っぽい表情でレヒテに答えた。レヒテの行動は郷主の娘らしからぬところは多々あったが、決して人を種族や職業で差別しないことはこの館に仕える者皆が知っていることであり、そこが数えるほどしかない郷主の娘らしい所であり、また、見ようによっては星の数ほどある郷主の娘らしからぬところの一つでもあった。往々にして努力せず、ただ生まれだけで人の上にある存在は何かと人を見下しがちになるのではあるが・・・。

 「どうして、自分を自分のお父様と同じぐらいに偉いと思うのかな・・・。ネアたちのお手当てやお食事のことで私が何かしていることなんてないもの。あの、ルートって子も自分は外交官の娘であるってだけで何であそこまで・・・、パルちゃんみたいないい子にあんな酷いことを・・・」

 レヒテは俯いて、ぎゅっと拳を握り締めた。子供ながらも社会の納得いかないところを何とか己の言葉でネアに伝えようとしているのがネアには良く分かった。

 「知らないからでしょうか。私は数えるほどしかパル様に会ったことはありませんが、それでもパル様が賢くて、綺麗で、お上品で、優しい方だと言う事は知っています。パル様も決して私たちのような者に対してでも酷いことは言わない方だと思っています。ルップ様もそうですから。パル様のことを少しでも知っていたなら・・・、酷いことを言うのはパル様にやきもちを焼いているからじゃないでしょうか」

 「パルちゃんことを少しでも知っていれば、あの子どんなに凄いか知っていれば、どんな酷い言葉も嘘だもんね。パルちゃんは私と違ってなんでもできるし、お料理もできるのよ。最近は、お裁縫の腕も上げているし・・・、パルちゃんと比べると私って・・・、でもやきもちなんて焼かないよ。大切なお友達なんだから」

 レヒテは自分に言い聞かせるようにお友達という言葉を強調した。ネアはにっこりすると

 「それでこそ、お嬢です」

 レヒテを見つめて彼女の気持ちを思いっきり肯定するように深く頷いた。その時、ドアがノックされレヒテが入るように促した。それと同時にネアはベッドから腰を上げてドアを見つめた。ドアを開けて入ってきたのは大きくクルリと巻いた角、その持ち主のタミーだった。

 「お嬢、食事の準備ができました。若もお待ちですよ」

 タミーはそう言うとペコリと頭を下げて部屋から出て行こうとした。ネアもそれに合わせて退出しようとしたが、タミーにそっと止められた。

 「ネアはお嬢と一緒にね」

 「えっ」

 レヒテはその場に立ちすくんでいるネアの手を取るとうれしそうにネアを引っ張った。

 「さっき言ったでしょ。今日はお食事もなにもかも一緒だって」


 この館には食堂が3つある。来客用の大食堂、使用人たちが使う食堂、そして郷主とその家族のための食堂である。ネアは初めて郷主とその家族用の食堂に足を踏み入れた。そこは10人も座れば満席になるような木目は美しいが飾り気のないテーブルと座り心地は良いが華美な装飾がない椅子があるだけの質素でありながらも清潔な空間であった。そのテーブルに野菜や肉を煮込んだスープが入った鍋とサラダボウル、水差し等の日用品が鎮座していた。

 「ネアとの食事って初めてだよね」

 ギブンはタミーを見上げて聞いた。ギブンの横に控えていたタミーはその言葉に頷いた。

 「そうですね。私は食堂でよく一緒になるものですからあまり気にしませんでしたけど」

 タミーはレヒテが席についたのを確認するとスープ皿に鍋からスープをよそってレヒテの前にそっと置いた。ネアもそれぞれの席にあるコップに水を注ぐと、バスケットに入った丸いパンをレヒテとギブンの皿に置いた。郷主の子供たちに食事がいきわたるのを見届けるとタミーと自分の食事の準備をはじめた。しかし、ベテランのタミーが手際よく動いたため、結局ネアはそれ以上することがなくレヒテに促されるままに席についた。

 食事をしつつ、給仕をし、その上話し合い手となり、タミーに至ってはスプーンを持ったまま眠りそうにギブンを起こしながらの侍女たちにとっては食べた気にならないような慌しい食事であったが、レヒテは皆で食べると美味しいね、と満足しているようであった。そんな食事がやっと終わり、レヒテとギブンが退出するとネアとタミーは鍋や汚れた食器を片付け、テーブルを拭いて食堂を掃除してなんとか一息つくことができた。

 「次はお風呂だよ。私は若を洗ってあげるだけだからいいけど、ネアは一緒にお風呂に入らないとね。夜は長いよ。ここで疲れていたら、後が持たないよ」

 深いため息をついているネアの背中をトントンと叩きながらにこやかにタミーがネアに気合を入れるように促した。

 「後はやっておくから、お嬢の部屋に行って。お風呂の準備ができたら知らせるからね。あんまり、お風呂で声を上げないようにね」

 タミーはなにやら意味ありげな言葉を口にするとネアの背中を押して食堂から出るように促した。


 「そうです。リンゴのパイを作るにはリンゴ3つですから、リンゴだけで考えると、パイ1つはリンゴ3つと同じと考えるんです。あ、そうです。良いアイデアです。分からないと簡単な絵にすると分かりやすくなります」

 ネアは食後のお風呂までの時間に何とかレヒテが苦手とする算数の勉強をさせることに成功していた。

 「そっか、頭の中だけで考えるから訳が分からなくなるんだね。ちょっと賢くなったよ」

 掛け算の概念を何とか飲み込むことができたレヒテはうれしそうにネアを見つめた。

 「これが分かれば、後は割り算、分数も分かってきますよ。お嬢の判断でケフの郷が無駄遣いするかしないかが決定されますからね。もし、無駄遣いが増えると、私たちのお手当ても・・・、もう尾かくしも買えなくなるかも知れなくなりますから」

 「それは大袈裟だよー。そこまで酷いことはしないよ。そうならないための勉強だもんね」

 ニコニコしているレヒテの言葉にネアは頷くと

 「リンゴ12個でリンゴパイはいくつ作れますか?」

 新たな問題を出した。レヒテは早速リンゴを現す〇を12個黒板に書き込むと、それらの〇を3つずつ大きな〇で囲んで、その数を数えた。

 「4つ、リンゴパイは4つ作れるよ」

 「正解です。この調子ですよ。それでは・・・」

 ネアが新たな問題を出そうとした時、ドアがノックされ、タミーが入ってきた。

 「お風呂の準備ができました。ギブン様はもう済まされましたので、ごゆっくりできます」

 タミーは横目でネアをチラッと見て微笑んだ。何故かその笑みにネアは寒気を感じてしまった。


 「ネア、早く、早く」

 先に浴場に入ったレヒテが急かす声を聞きながらネアはレヒテが脱ぎ散らかした衣服を丁寧に畳んでいた。子供用の可愛らしい服であり、下着も基本的な作りはネアたちが着用しているものと変わりは無いが、きれいな花柄の刺繍と縫いつけられたレースが核の違いを物語っていた。何とかレヒテの衣類を畳み終えるとネアはやっと自分の脱衣にかかった。

 「お嬢は一人で着たり脱いだりできるのかな・・・」

 自分もやっとこのややこしい衣服の着方をこなさせるようになったばかりである。すると、レヒテはどうかと疑問とも不安ともつかないものが頭をよぎりだした。

 「少なくとも、生まれた時から一日も欠かさず女の子なんだからできて当然だよな・・・」

 ぼそっと独り言を呟いてふと脱衣場の大きな鏡に目をやった。

 【この毛皮は脱ぐわけにはいかないよな・・・】

 変わり果てた己の姿を見て小さなため息をついた。

 【もし、前のままだったら、お嬢とお風呂に入るなんて逮捕されても、その場で射殺されても文句言えないよな。その手の趣味の人には羨ましいことかも知れないけど】

 この身体に慣れ始めたと言ってもまだまだ違和感が残っているし、気分的にはどうしても男であったときのことを引きずっているため、毎度己が男でないと認識されるような場、つまり入浴や用を足す時には複雑な気分になってしまうのが日常になっていた。

 「ネア、まだなの」

 「今、参りますから」

 ネアはタオルで一応胸やら股間を隠すと浴場の扉を開いた。

 「お待たせしました」

ケフのお館のお風呂はかけ流しの温泉になっています。豊かな水と温泉がケフのかけがえのない資産の一つです。そして、一番大きな資産は雑多な種族が共に生活していることあるでしょう。

レヒテは人の価値は種族、職業で決まるものでないと本能的に感じている人です。この姿勢はビケット家の特徴でもあります。勿論、父親の影響も無視できませんが。という訳で、良くも悪くもネアたちはその言動に振り回されるわけですが、ある意味絶叫マシーンを楽しむようなところがあるかもしれません。

今年も、この駄文にお付き合いをよろしくお願いします。お読み頂いた方に感謝します。

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