47 不愉快な動き
そろそろこの作品を手がけてから1年を迎えようとしています。しかし、我ながらここまで書けたものだと自画自賛したり、読み返して悶絶したりしております。
レヒテの集中力はとっくの昔に消え失せて、テーブルの議長席に眠そうに着いていた。その横でパルが懸命に会議を進行させようとしていたが、その熱意とは裏腹に参集した少女たちはおのおの勝手におしゃべりに夢中になっていたり、どうでもいいことで拘ったりと会議と呼べるような体を為していなかった。
「・・・、年迎えの雪像を作る人たちへの温かいスープの差し入れ、ここまでで異議はないですよね」
パルがイライラを必死に押し殺しながら本日何度吐いたか分からない台詞を口にした。
「じゃあさ、スープを入れるカップの色は何色?わたしは絶対に黄色がいい」
「それは、だめ、カップの色はピンクしか有り得ない」
「そもそも、差し入れする必要あるの?それに年迎えの雪像なんて作らなくてもいいんじゃないの」
「スープの具は何にするの?」
何度も何度も同じところの堂々巡り、パルは己の眉間を指先で揉んで気を落ち着けようとしていた。
「うるさいっ!」
いきなりレヒテが大声をあげ立ち上がった。テーブルについていた少女たちは雷に打たれたようにビクリと身体を動かした。
「差し入れすることはは、とっくに決まってる。前回の集まりの時に決めたよね。カップの色がどうとか言っているけど、新しくカップを買うの?そのお金は?今年はスージャの関のこともあったし贅沢なことはやってられないの。カップはそれぞれある物を使う、こんなことにいつまでも時間を使うなんて無駄よ。パルは我慢強いから、一生懸命に貴女たちが納得できるように気を遣っているけど、誰も彼女の気遣いを分かろうとしない、それより、どんなスープを作るのか、どれぐらい作るのか、準備はどうするのか、それを決めていくことが大切じゃないの?」
じっとしていなければならないことや、動きにくいドレスに身を包まれていること、ナゴーに行きそびれたことなどのストレスもあったが、あまりにも集まった少女たちの身勝手さに切れたというのがレヒテの行動の原動力となっていた。
「郷主の娘だからって、勝手すぎないんじゃないの?だいたい、ずーっとそこの犬っころに喋らせていたくせに」
ワーナンの外交官の娘がレヒテにきつい口調で攻め立てようとしたが、一言が多すぎた。
「そこまで言うなら、貴女が全部やれば?それとね、私の友達を馬鹿にすることは許さない。謝罪しなさい。それが気に入らないと言うなら、二度と私の前に顔を出さないで」
その場にいた少女の少なからずはレヒテの独断的な行動にむっとしていたが、獣人を馬鹿にしたような台詞のおかげで彼女の味方は誰もいなくなっていた。侮蔑的な言葉を投げつけられたパルは冷静を装っていたが、その目には悔しさの色が滲んでいた。
「パルさんに酷いことを・・・」
ふくよかな黄金の林檎亭の娘が非難し、
「じゃ、私も貴女にそう見られていたんだ」
兎族の少女が批難がましく彼女を見つめた。
「な、なによ。私は間違ってない。だいたい、こんな獣臭い田舎になんて来たくなかったんだから」
外交官の娘はそう言うと席を立ち部屋から出て行った。そして、派手な音を立ててドアを閉めて姿を消した。
「パル、あんなヤツのこと気にしちゃダメ。ケフにはあんなヤツは必要ないから」
レヒテは、何かを堪えているようなパルの背中をそっと撫でて、座るように促すと自分も席について残った少女たちを見回した。
「それじゃ、どんなスープにするか、考えようか。私はお肉の入っているのがいいけどね。他に何かあるかな。パルはどうかな?」
レヒテはさっきまで見せていた厳しい表情から一転してにっこりすると会議を進め始めた。
「お館のご飯っておいしいの?」
やたらと高度な女子トークに付いて行けず、知恵熱を出しそうなネアにメムがなんとネアが答えられそうなことを話しかけてきた。
「他のところは知らないから・・・、でも、おいしいですよ」
「うちもおいしいんだけど、食べ過ぎると太るから、困ったものだよね」
まさかこの世界でダイエットについての考えがあるのか、いつの時代、どこの世界でも女性が関心を持つといわれていたことは誤りではなかったのだとネアは妙なことに感心していた。
「でも、しっかり食べないとお仕事中にお腹なったりするから。しっかり動くと太らないと思うから」
ネアは先日のラウニのことを思い出して、あのような事態を回避したいと思っていた。
「そうよね、できるだけ動くことが大切よね」
メムはネアの言葉に納得したように大きく頷いた。ネアはメムたちとの何気ない会話をしながらその言葉のあちこちにそれぞれの勤め先、つまり家の内情がなんとなく読めてきた。どこそこの旦那が浮気して奥方にこっぴどく叱られたとか、娘の縁談がまとまらないとか、若旦那が遊び耽っているとかそれぞれが隠したいことが生々しく聞こえてきた。
【下手なことは口にはできないけど、これはこれで結構な情報の収集になるな】
ネアは視点を変える事で、この女子会が重要なモノに思えてきた。しかし、この事について気づいているのは自分だけではないだろうと考えるとこの一見和気藹藹とした光景の裏に何らかの駆け引きがあると思われた。
「帰るよ」
控え室のドアが荒々しく開けられた。そこには仏頂面の外交官の娘が室内をまるでムシの巣を見るような目で見ながら自分の使用人に声をかけ、そのまま背を見せると歩き出した。彼女の付き人と思われる真人の少女があわてて立ち上がってその後をダッシュで追いかけて行った。
「なんだ?、あれ」
思わずネアは口に思ったことを出してしまった。その言葉を目ざとく聞き取ったメムが小声で
「ワーナンの外交官、ロドリゴ・トルデア様の娘のロート様よ。私らみたいな獣人や亜人を毛嫌いしている人、あそこのお家には亜人も獣人も務めてないのよ」
と眉をひそめながら話してくれた。ふと、辺りを見ると近くの使用人たちも無言で頷いて、メムの言葉が嘘でないと証明しようとしていた。
「正義の光・・・」
ネアは思わず呟いていた。しかし、彼女の懸念はメムの一言で否定された。
「ワーナンあたりじゃ、あれが普通だよ。悲しいことだけど、このケフは異常なんだよ。獣人というだけで嫌がらせされても文句は言えない、お勤めしている所からお給金も真人の半額にされるなんてザラにあることなの・・・」
「真人は数があるからね・・・」
ドワーフ族の少女がため息混じりに呟いた。
「皆のことを私がそんな風に考えていると思っているの」
真人の使用人の少女が方を震わせて泣きそうな声で呻いた。
「そんなことない、誰も思っちゃいないよ」
周りの獣人や亜人の少女たちが泣きそうになっている真人の少女を宥めていた。
【嫌なタイプの子だな、空気を悪くさせることに関しては天才的だよ・・・】
ネアは重くなった空気の中でため息をついた。
何とか意見を纏め上げたレヒテとパルは疲れた表情で控え室に顔を出した。
「早く帰ろう・・・」
レヒテにいつもの快活さがなく、パルの耳も項垂れている、それを確認したネアとメムは互いに顔を見合わせた。
お館に帰る道中、衛士たちも首を傾げるほどレヒテもパルも静かだった。そして、そのお付きのネアもメムも同じように押し黙っていた。ロートの言動が、この主従の重苦しい空気を作る原因であった。後にこの子とを知ったネアは、彼女は空気を悪くすることにかけては天才的であると確信することになった。
「・・・、ネア、後でお話聞いてくれるかな?」
これが帰る道中レヒテが発した唯一の言葉だった。ネアはこの言葉に
「勿論です。喜んでお聞きします」
と応えたが、自分も彼女に聞いてもらいたい、吐き出したいことがあったからである。
この世界では身分より、種族が重視されています。穢れの民は結局高い位の仕事につくことが非常に困難なため、おのずと低い階級に属することになるのです。ですから、獣人で郷の中央にいるデーラ家は異色とも言えます。
この一年、駄文にお付き合い頂き、あまつさえブックマークをして頂いた方に感謝します。
(今年のアップはこれが最終となる予定です。もし、この駄文を楽しみされている方がおられたらすみません)