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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第3章 うごく世界
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45 動きに振り回される

天気の良い日に外でくつろぐのは気持ちの良いものです。この季節は寒いのでなかなかそんな気になりにくいものですが。レヒテの弟のギブンは郷の中では「若」と呼ばれています。レヒテとは逆に大人しく、本を読んでいるか、眠っているかといわれているような存在で、「眠り王子」の通名を持っています。レヒテの通名は「暴れ姫」、因みに料理人たちは「ヒメネズミ」と彼女を親しみをこめて呼んでいます。

 次の日の朝、先輩方は慌しく動き回っていた。お披露目の儀に同行するため、自分の荷物を詰め込んだトランクを馬車に積み込んだり、いつもより念入りにブラッシングしたりする姿をネアは外野として眺めていた。

 「もう、忘れ物はありませんね」

 ラウニがフォニーに念を押すように問いかけた。

 「ばっちりよ」

 フォニーは自分の胸をトンと叩いて自信があることを主張した。その姿を見てラウニはニコニコしながら

 「お漏らしした時のための下着は大丈夫かしら?」

 と少し意地悪げに尋ねると、フォニーはむっとしながら大丈夫と繰り返した。そんな二人のやりとりを眺めていたネアは二人のヌイグルミ、クマのブルンとキツネのロロがベッドの上のいつもの位置に寝転がっているのに気づいた。

 「ブルンとロロは連れて行かないの?」

 ネアはヌイグルミを指差して先輩方に確認した。

 「御守のヌイグルミはね、自分の帰るところにいてもらう物なのよ。ウチらが帰るのを待ってくれているの。御守のヌイグルミがあるところに無事に帰れますようにとお願いしてね」

 「私たちにとって帰るところはお館のこの部屋ですからね。ここが私たちのお家ですから」

 ブルンの頭をそっと優しく撫でてラウニは微笑んだ。

 【思ったとおりだ・・・、この子たちに親はいないんだ・・・】

 ネアは複雑な気持ちでヌイグルミと暫しの別れを惜しむ先輩方を見つめた。


 ホールの時計の鐘が9つ鳴らす頃に、お館様、奥方様、大奥方様が乗った馬車と種種の荷物と使用人、ラウニとフォニーも荷物の隙間に挟まれて乗っている馬車、その他の使用人が乗った馬車、護衛の騎士が騎乗した馬が3頭がお館を出発して行った。そのものものしいキャラバンをお館の玄関でご隠居様、タミーに抱きかかえられたギブン、そして背後にネアを従わせているレヒテが見送った。

 「行っちゃったね」

 レヒテはそう言うとニコニコしながら振り返ってネアを見つめた。ネアはレヒテの目を見た時、ドッグランでリードを外された犬、かご出された小鳥、パワハラ常習者の上司に辞表をたたきつけたサラリーマンの目をしているように感じて、何故かブルッと震えてしまった。実際、このお館でレヒテの行動にリミッターをかけられるのはアルア先生しかいないのである。暴れ姫と揶揄されているレヒテの本領が発揮されるのは火を見るより明らかで、その煽りを一番に受けるのは自分しかいない、とネアが気づくのに時間は然程必要ではなかった。


 午前中は大きな問題も無く過ぎていった。これは単にアルア先生が勉強中ににらみを利かせていてくれていたからに過ぎない。しかし、勉強が終わって昼食となった時、最初の嵐がやってきた。

 「では、鐘が一つ打つ頃、お嬢のお部屋にうかがいます」

 午前中の勉強が終わり、レヒテと自分の教科書や小さな黒板を抱えながらネアはレヒテにこれからの自分の動きについて簡単に説明した。いつもなら、そうなの、とか、分かったの返答があるのであるが、今日は違った。

 「一緒にご飯食べよ」

 使用人の食堂に向かおうとするネアの手を取ってレヒテは引っ張った。

 「そ、そんな、とんでもない。わたしは使用人の食堂で食べますから・・・」

 「じゃ、わたしがそっちに行くから」

 レヒテは何事もないようにしれっとすごいことを口にした。仮にレヒテが使用人の食堂で食事を取ったりすると、他の使用人たちは食事どころの騒ぎではなくなってしまう。ネアは助けを求めようと周りを見回したが、既にアルア先生は図書室から出て行っていた。さらに、人影も見えずネアは今、自分が孤立無援の状態に陥っていることに気付いた。

 「親しき仲にも礼儀ありと言いますし、主人と使用人の間はしっかりと分けないとダメだと・・・」

 「ご飯に行くよ」

 レヒテはネアの言葉に耳を貸すことなく、グイグイと腕を引っ張っていく。

 「お嬢、どちらへ?」

 ネアがレヒテに連行されている最中に、ギブンの手を取ったタミーが声をかけてきた。

 「ネアとご飯を食べようと思ってね」

 「まぁ、そうでしたか。今日はお天気もいいので、お外で食べようかと若とお話していたんですよ」

 確かに今日は良い天気で風も無く外で食べるには打って付の日と思われた。ネアは突然の援軍に心から感謝した。しかし、一つ気になることがあった。

 「若?」

 「ギブンのこと、私がお嬢で、ギブンは若」

 ネアはレヒテの簡単な説明に頷いて理解したことを示した。

 「私たちもお外で食べたいですね」

 ネアは自分が外で食事したいことを言葉と目で伝えようとした。そして、その努力は報われた。

 「いいわね。今日みたいな日にお部屋の中なんて勿体無いし、それにお昼から奉仕会の集まりで嫌でもお部屋の中にいなくちゃならないから」

 「そう来ると思って、お嬢とネアちゃんの分も準備してもらっているんですよ」

 タミーはニコニコしながらネアに頷いた。おそらく、タミーはこうなることを読んでいたようであった。その予測能力と手回しのよさにネアはタミーに心の中で深々と頭を下げた。


 図書室の窓の外に小さいながらも綺麗な芝生の庭があり、そこにシートをタミーと協力して広げていると、食堂から両手にバスケットを持った真人のメイドが二人急ぎ足でタミーのところまでやってきた。

 「今日のお昼、ちゃんとお手拭も入れてあるからお嬢と若に使わせてね。特にお嬢にはね」

 「大変ねー、ネアちゃん、がんばるのよ」

 二人は小声でタミーに告げるとレヒテとギブンに頭を下げて建物の中に来た時のように急ぎ足で入って行った。

 「タミーさん、ありがとうございます。助かりました」

 「お嬢はね、奥方様たちがいないと一緒に食事をしたがられるのよ。ラウニもフォニーも何回となく付きあわされているからね。私もあったから」

 タミーはそう言うと意味ありげな微笑を浮かべて

 「まだ、夜の部があるからね、気を抜いちゃダメよ」

 タミーはそう言うとポンとネアの背中を励ますように叩いた。


 「お腹すいたよ」

 「眠い・・・」

 シートの上に腰を降ろしたレヒテは期待のこもった目でネアとタミーが手にしているバスケットを見つめた。その隣でギブンは目を閉じて船を漕ぎ出そうとしていた。

 「若、寝るのはご飯を食べてからにしてください」

 タミーはそう言うと眠そうなギブンにお手拭を手渡し、今にもバスケットに飛び掛りそうなレヒテを猛獣使いのように押しとどめながら、ネアに手伝わせながら皿を並べそこに昼食であるサンドウィッチやサラダなどを手際よく盛り付けていった。いかにも草食獣であるタミーが肉食獣を従わせているような光景を目の当たりにしてネアは笑いを堪えるのに苦労した。


 晩秋の日差しと抜けるような青空の下、ハラハラと落ちる木の葉を気にすることなく無言で食べるレヒテを見つめながら、タミーが言った夜の部とは何かと考え、不安がどんどんと大きくなっていくことに気づいた。

一番厄介なモンスターとの戦いが始まります。相手は純真かつわがまま、しかもネアのことが好きと厄介な特性を持っています。それに対するネアは最近失われつつある落ち着きとおっさんの知恵で戦うことになるかもしれませんが、厄介な戦いになりそうな予感がします。

このお話にお付き合い頂いた方、感謝申し上げます。

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