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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第3章 うごく世界
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43 次につながっていく動き

ネアが知らないところでケフの危険人物リストでめきめきと頭角を現しつつある期待の新人となっています。世の中、良かれと思って行動したことが逆に窮地追い込むことも「まれによくある」ことで、難しいものです。そして、何気ない行動も面倒なことの原因になり苦労することにもなります。

ままならんものです。

 ネアが目を覚ますとそこは、前回ぶっ倒れた時に運び込まれた病室であった。

 「やっと気づいたか。その年齢でラッパを吹くにはまだまだ早すぎるぞ」

 医者のジングルが髭モジャの顔にしかめっ面を作って目覚めたネアの体温、脈拍を測りながらこぼした。

 「しかし、噂ではいい呑みっぷりだと聞いておるぞ。あと10年もしたら、一緒に呑めるな」

 未来の呑み仲間を確保したと思ったのかドクターはしかめっ面でありながらも上機嫌であった。

 「レイシーさんは・・・」

 自分がテントを出る時は大丈夫だったが、ひょっとしてテントが倒れた時に怪我でもしていないかと心配になり尋ねた。

 「アイツは大丈夫じゃよ。わしの足が役に立ったようじゃしの」

 そう言うとドクターは一晩安静にしておけと言い残して病室から出て行った。

 【一体どれだけ気を失ってたんだ? 】

 ヨロヨロとベッドから降りると背伸びしながらカーテンを開けた。そこには、真っ暗な夜が広がっていた。

 【やらかしたのが昼過ぎだったから・・・、この身体結構いけるくちなのか? 】

 新たな身体のアルコール分解速度に感心しながら再びベッドに潜り込んだ。


 「巫女はどうなった? 」

 モンテス商会ケフ支店の店長室の己のデスクにどっかりと腰をおろしたトバナは夜の食事とお茶を運んできたメイドに問い詰めるように尋ねた。

 「な、なんにも聞いていません」

 真人のメイドはそう応え一礼するとさっさと部屋から出て行った。

 「どうなってるんだ・・・」

 トバナは頭を抱えた。しかし、これはトバナの明らかな采配ミスである。仕事が完遂されるまで誰かに巫女を監視させておかなくてはならないのに、それに気づきもしなかったのである。彼の部下も敢えてその任務が必要であるとか、志願したいと言い出す者もおらず、お祭り騒ぎに浮かれて街に繰り出すという体たらくであった。噂では、巫女のテントの前で一騒動あったようであるが、それも館の下男と侍女のつまみ食いに端を発した騒ぎであり、「影なし」のゲレトが行動に移ったという話は聞こえてこない。

 「アイツ、前金だけ持って逃げたのか・・・」

 仕事を頼んだ相手を批難するが、それ以前に標的となった巫女がどんな人物なのかの前調べもしていないのである。ゲレトにも足の悪い雌の獣人としか伝えていない、もし彼が標的が「宵闇」の通名を持つ者であると知っており、それをゲレトに伝えていたならば、話は変わっていたかも知れないが、そんなことに気づくような男ではなかった。それを棚に上げ、手をきつく握ると、怒りにまかせて己のデスクに叩きつけた。手に痛みが走るがヤツに払った金額を考えるとこんなものは痛みには入らない。しかし、一番痛い目にあったのは、何も知らされずに仕事を請け負ったゲレトであるが、これについては、彼に霊感が少しでもあればゲレトの恨み言により知ることも出来たが、彼に欠けている要素の一つに霊感が含まれているため、どうしようもなかった。

 「足の悪い、雌の獣人一匹すら始末できんとは・・・。しかし、これは不味い・・・」

 トバナのツルツルの額から脂汗が流れる。仕事をすっぽかしたアイツに払った金の出所は

 「帳簿をどうするか・・・」

 つまり、店の金から支払ったのである。本店からの定期的な検査の際には必ず明るみに出てしまう。そうなると、今回の独断専行がバレてしまう。教会本部の意向に逆らったとなると自分の地位はどうなるか分かったものではない。ゲレトはここまで追い込まれながら、自分が溜め込んだ金から補填するという考えは起きなかった。「膨らんだ財布」のトバナは、こと、金に関しては真っ当に稼いだ金なら胸を張って、表ざたにできないようなことで稼いだ金なら良心をごみ箱に捨てて胸を張って手に入れる、そんな男であった。目先の金で動いてしまうところが彼を成功から遠ざけている要因であった。

 「騒ぎになるが・・・、あの手を使うか・・・」

 ふと、何かを思いついたらしく、満面の笑みを太って脂ぎった顔に浮かべた。


 「これで、大人と言うのか」

 お館の地下の表沙汰にできない牢屋とそれに連なる様々な部屋が続く一角の死体安置所に置かれ、裸にむかれたた「影なし」のゲレトをハンレイ先生に見せられてお館様は呻いた。そこには、子供ぐらいの背丈であるにも拘わらず、おっさんの顔が付いた死体が寝かされていた。

 「この体躯を利用して、潜り込んだり、逃げおおせたりしてきたのだろうね」

 ご隠居様は死体の検死をしたハンレイ先生に尋ねた。

 「ご隠居様の仰るとおりです。かわいい服を着ていたから、楽しみにしていたのに・・・、こんなおっさんが出てくるとは」

 不穏なことを言うハンレイ先生にちょっと眉をひそめながら

 「プロだと見てよいのかな? 」

 お館様は死体を覗き込みながら同席している鉄の壁騎士団長の「仮面」のヴィットに聞いた。

 「襲われたレイシー殿の話では、結構な使い手であったようです。今、持ち物や聞き込みでコイツの正体、雇った者を捜査中です」

 鉄の壁騎士団長、「仮面」のヴィットこと、ヴィット・マークスは、身長は2メートルに少し足らないぐらいの巨躯の持ち主で、年齢も22歳と若い身でありながら、物腰は柔らかく、誰に対しても丁寧に対応する紳士であるが、常に鉄のマスクをつけており飲食するために切りかいた口元以外は顔を見せぬことで有名であった。本人の話では、幼い頃、顔面に大火傷を負っており、見る人を不愉快にするからと言うことであった。この彼が、ケフの郷の警察的な組織のトップであった。何故若くして、そこまで重要な地位についているかと言えば、早世した彼の父親の功績、彼自身の卓越した能力によるところ、また彼の性格に若くして上り詰めた者の傲慢さがなく、父親の代からの優秀なスタッフが自発的に彼を補佐していることによるところが大きかった。実際、彼の背後には2名ほ中年の騎士団員が同行していた。

 「コイツをレイシー殿に近づかせてしまったのは、私の失態です。これに関しては如何なる申し開きもできません。襲われたのが「宵闇」のレイシー殿でなければ、今頃私めは、この首、侘びの代償として遺族の方に捧げているところでしょう」

 ヴィットは深々とお館様に頭を下げた。それにあわせて部下達も同じように頭を下げていた。

 「襲撃はなかったことになっているからね。君が育て上げたバトとルロがうまく立ち回ってくれたおかげで騒ぎにならずにすんでいるんだよ。それに、コイツのやり方は我々の裏を見事にかいてくれていたからね、どうすることもできなかったよ。次は、これを教訓にしてうまくやってくれよ」

 ご隠居様は恐縮するヴィットの大きな背中をパンパンと叩いて慰め、お館様も手で「もうよい」と合図して済ませただけであった。

 「ボクとしては、モンテス商会が動いているかもしれないと考えているよ。警備している団員にモンテス商会の社員を現場で見たものはいたのかい? 」

 「見張っておりましたが、誰も現場に近づいていません。それどころか、お祭りに浮かれて騒いでいるぐらいですから。支店長のトバナはずっと店の中でした」

 ご隠居様の問いかけに即座にヴィットは応えた。

 「すると、誰がコイツを雇ったかですな」

 お館様は渋面を作り、ヴィットを見つめて

 「モンテス商会の監視を継続するんだ。あの連中のことだ、きっと何かの動きを起こすと思うからな。義父上、なにか他にありますか?」

 ご隠居様に確認するように尋ねた。ご隠居様は、娘婿を見て静かに頷いた。



 「なかなかの呑みっぷりだったようだな。どうだった? 初ワインの味は」

 収穫感謝祭の三日目、つまり使用人の日に先輩方と繰り出したネアにいつも買っている尾かくしの屋台の若いイヌ族の主人が楽しげに声をかけてきた。

 「・・・」

 ネアはだまって俯いてしまった。咄嗟のこととは言え己のやらかした行為は大きくない街の津々浦々に響いている事実に居たたまれない気分になってきたためである。

 「あんまり、突っ込まないでくれるかなー。この子結構気にしているみたいで、ウチらになーんにも話してくれないの」

 フォニーがネアにこれ以上この件で関わらないでくれと店の主人にやんわりと注意を促した。

 【前のマーケットでの人攫いとの流血事件、今回の飲酒事件・・・、オレの評価ってきっとアブナイ子供になるんだろうな】

 そう考えるとネアは暗鬱とした気分になってきた。決して自分は揉め事を起こそうとしているわけでも、凶暴なわけでもないが、何故かこの世界では何だかんだのトラブルが飼い主と長い間離れていた犬が、飼い主を見つけた時の様に飛びついてくるのである。

 「怖い子認定されているのかな・・・」

 ネアの口から思わず弱気とも取れる言葉が漏れた。

 「そうね、同じ年齢の男を簡単にシメるし、大人にすら手傷を負わせるぐらいですからね・・・。でも、私たちはネアを怖い子とか危険な子とか思ってませんよ。本当に怖いのはは・・・」

 ラウニはネアを慰めるように声をかけたが、言葉の最後は飲み込んでしまった。

 「本当に怖いのって?」

 ネアは自分の口を手で塞いだラウニに首をかしげて見上げた。

 「それは・・・」

 ラウニは答えにくそうにモゴモゴと言葉を濁した。ネアはこれは聞いてはいけないことだと咄嗟に判断して、興味のないそぶりをしようとした。

 「ねー、ほら、あそこにかわいいリボンがあるよ。あれだったらラウニの短い尻尾にも似合うよ」

 気を利かせたのかフォニーが微妙な空気を醸し出している二人の間に割って入った。

 「そ、そうね。かわいいですね。そう思わない?」

 焦ったようにラウニがネアに同意を求めてきた。気まずい雰囲気から何とか脱したいがために興味は無いが、思いっきり頷いて同意を示した。

 使用人の日、ネアが寝床に入るまでに少なくとも17回は昨日の呑みっぷりについての賞賛や冷やかしを耳にすることになった。


 「怖かった・・・」

 「修理屋」のジングルの診療所の上にある居住区域でビブを寝かしつけ、居間の椅子に前かがみに腰掛けたレイシーが酒をちびちびとやっているドクターに涙をうっすらと浮かべながら呟いた。

 「あの「宵闇」の言葉としては意外じゃな。わしの作った足に問題でもあったのか?」

 グラスをテーブルの上に置くとドクターはレイシーを見つめた。レイシーはうつむきながら首を振った。

 「足はとても良かった。いつものより使い易いぐらい・・・、「宵闇」もダメね」

 レイシーは涙の浮かんだ目でドクターを見つめた。

 「お前ほどの腕の持ち主が怖いと感じるとすると、相手はよほどの手練だったのか? 」

 レイシーはドクターの問いにまた首を振った。

 「昔・・・、「宵闇」って言われていた頃は、只、自分が強くなりたい、自分の強さを認めてもらいたい、それしかなかった。でも、昨日、アイツと剣を交した時、アナタやビブのことが頭に浮かんで、死にたくないって、そう思うと怖くなって・・・、それが動きを鈍らせた、昔なら剣を抜いたら、半分死んだものと思ってたけど、今じゃそんな気持ちにならない。もう、剣士としてはダメ」

 ドクターは、吐き出すように喋るレイシーの言葉を頷きながら聞いた。

 「そうかのう・・・、恐怖を知らんヤツはすぐにくたばりおるぞ。母親が常に死を覚悟して生活なんぞされたらビブも安心して眠ることもできんじゃろ」

 ドクターはそう言うと、ちょっと考え込んで

 「わしは、お前が死にたくないって思ってくれることがありがたい。レイシー、今は、剣士ではなく、ビブの母親であり、わしの妻であることを忘れてくれるなよ。わしも、常々、ビブの父親、お前の夫であることを忘れんようにしておるぞ。決して、簡単に死を選ぶな、宵闇の名は死ぬかも知れんが、わしらには宵闇より、レイシーの方が大切なんじゃよ」

 ドクターの言葉に反応したようにレイシーが無言で飛びついてきた。そして、ブルブルと震えながら涙を流した。ドクターはそんな妻の頭をそっと撫でてやった。


 デーラ家では、使用人の日の朝は遅い。昨日までの警備やそれなりに偉い人たちとの付き合いで心身とも疲れきっており、さらに朝食などを準備する使用人がそろって休んでいるため、どうしても動きたくないと言うのがデーラ家の統一した意見であった。しかし、只一人、それに異を唱える者がいた。

 「・・・」

 慣れぬ手つきで、トーストを作り、お茶を淹れ、あまつさえ簡単な目玉焼きなども作っている白い影がデーラの屋敷の厨房の片隅にあった。本来、彼女がこのようなことをする身分ではないが、それでも自ら進んでやっているのには、それなりの理由があった。彼女が何かと気になる存在が、自分と同い年でありながら、両親の庇護も受けず、自立して生活している姿を目にしているためであった。

 「何もできない、お嬢様と思われたくない」

 そのために、時折厨房を訪ねては料理人たちから手ほどきを受けてもいるのである。あの子は剣の腕でも、自分と同格、いやそれ以上かも知れないと思うとますます落ち着かない気分になってくるのである。

 「いい匂いだねー、おはよ」

 彼女が面倒臭い思いに捉われている時に匂いに釣られて兄のルップが寝間着のまま厨房にやってきた。

 「兄様、なんですか、その格好は、ちゃんと着替えて来てください。朝食は逃げませんから」

 彼女はちらりと振り向くと忙しそうに作業に没頭し始めた。

 「分かったよ・・・」

 ルップは妹の言葉に素直に従うことにした。パルが不機嫌な時は、そっとしておくのが一番であることを彼は経験から学んでいた。もし、ここでつまみ食いなんぞしでかしたら、自分が父親に隠していることの何を暴露されるか知れたものではない。いくら、彼がのほほんとした性格であってもそこはしっかりと学習していた。

 「兄様・・・」

 パルが面倒臭く、複雑な思いにしている大きな原因の一つである存在を口にした。昨日、パレード見かけた兄の姿は彼女がもっとも見たくない姿であった。あの時、兄の隣に自分がいればこんな思いはしなくてすんだのである。自分以外でもレイシーや、ネア、ラウニだったら・・・、しかし、あの時隣にいたのは、フォニーであった。自分と同い年で、見事に自立した生活をし、器用に家事をこなし、剣の腕は自分と互角かそれ以上、行儀作法も荒削りではあるが、基本はしっかりと押さえている。もし、彼女が侍女でなく、自分と同じような立場で、キツネ族ではなく、オオカミ族、もしくは真人であったなら、到底勝ち目はないと思えてくるのである。

 「・・・、あっ」

 難しい顔しながら卵を焼いていたが、思わず焼きすぎてしまったことに気づいて小さな声を上げた。あの子ならこんな下手なことはしないはずと思い、表情がますます険しくなっていく。なにも、あの子に何かされたわけでもないし、いい子だと思っている、しかし、心の中のどこかが妙に引っかかるのである。

 「何を気にしているの、何が気に入らないの・・・」

 自分に問いかけるように独り言を口にする。自分に問いかけながらも自分の中にある答えには簡単に辿り着けそうになかった。その内、食堂に両親や兄が入ってきた気配を感じた。

 「丁度いい感じで、できた」

 シンプルかつ素朴な自分の手料理を自画自賛し

 「兄様、運ぶの手伝ってくださいね」

 自らの心の中を隠すようにできるだけ明るい口調で兄を呼んだ。彼女の気持ちをかき乱している要因である、ルップはものの見事に朝食を完食し、あまつさえ、どこかからか見つけてきたクッキーまで口にしている姿を見たパルの機嫌はさらに良くない方向に動くことになり、その日一日、兄にきつく当たったが、当の兄は何故妹がそんなに機嫌が悪いのかを理解することができなかった。

ルップの苦労はまだまだ序の口です。これから、もっともっと苦労することになりそうです。仕事をするときにはキチンとした情報やフォローが必要ですね。それをしくじるとゲレト氏のように痛い目にあってしまいます。(何度もやらかしていますが)駄文にお付き合い頂いた方に感謝します。

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