42 騒動
お仕事の都合で短くなってしまいました。スミマセン。
こんな時に凸凹コンビは強さを発揮します。また、ハチもこんなことにうってつけの人材のようです。
ネアにはあまり飲ませないほうがいいのかもしれませんが。
「痛っ!」
パレードの見物が終わったお館前の庭ではゲストと郷主の関係の者達が和やかそうに軽食をつまんだり、酒を飲んだりと賑やかな雰囲気であった。只、彼ら、彼女らのお世話をする侍女たちはそんなことはどうでもよく、早く終わってくれとしか思っていなかった。そんな中、数日前からご隠居様直属の下男となったタロハチこと、ハチの輝く額に何かがコツンと当たった。
「なんだ?あ、クッキーぃ?」
ハチの額にヒットしたのは、小さなおみくじ入りクッキーだった。
「ハチ、それをよこせ」
ハチの声を聞いたご隠居様がハチに手を出したが
「このクッキーはオレのものですよ。いくらご隠居様とは言え、食べ物については・・・」
「そのおみくじが入用なんだ。クッキーはお前にやる、ほら出しなさい」
ハチは大きな手で小さなクッキーを器用に割ると、渋々中のおみくじをご隠居様に手渡した。ハチの手からひったくるようにおみくじを取るとご隠居様は難しい顔をしておみくじに書いてある文を読み出した。
「・・・、失敗したか、刺客はまだテントの中か・・・」
ご隠居様は、おみくじを見ながらブツブツと独り言を呟くとぱっと顔を上げてハチを見つめた。
「ハチ、お前にしかできないことを命じる。あそこの切り分けていないローストビーフとワインを瓶ごと2本ほど持って教会の巫女様のテントまで走れ、つまみ食いがバレて追いかけられながらな」
真剣な表情で見つめるご隠居様にハチは目をパチパチさせながら
「つまみ食いなら誰にもバレないようにできますけど」
何か腑に落ちない表情を浮かべたが
「騒ぎを起こすんだよ。お前に周りの人の視線を集中させる。巫女様のテントから視線をズレさせろ。さ、行け、追っ手に捕まるなよ」
「え、追っ手までつけるんですか?」
ちょっと不満そうな表情を浮かべるハチにご隠居様は
「そこまでしないと騒ぎにはならないからね」
と冷徹に言い放つと、ハチの背中を叩いて行動に移らせた。
「ちょいとごめんなさいよ」
和やかに歓談中の人々の間を縫って、禿げた大男がぬーっと現れて、テーブルの上の肉の塊を右手で鷲づかみすると同時にワインの瓶を2本左手で確保して、
「はい、ごめんなさいよ」
と一言かけて大通りに向けて走り出した。歓談していた人々はいきなりのことに呆気に取られてみている以外になかった。
「バト!、ルロ!」
ご隠居様は、侍女兼護衛に転職させた凸凹コンビを呼び寄せた。
「大騒ぎしながら、ハチを追え、教会の巫女様のテントの近くまで捕まえるな、巫女様のテントから周りの目をお前たちに集中させろ」
駆けつけた二人に命令すると、ちょっと声を落として
「テントの中の刺客を人目に曝させるな、巫女様に不埒を働いたやつはいない。いいな」
「はい」
二人は頷くと門からドタドタと出て行くハチを見て、一呼吸ついてから
「待ちなさい」
「私のワインを返せっ」
「アンタのじゃないでしょ」
「隙を見て、貰う予定だったの」
「アンタもアイツと一緒じゃない」
「私の方がかわいい」
二人は互いにいつもの調子でやり取りしながら敢えて大げさにスカートを摘み上げて走り出した。
「コイツ、どうしたものかな・・・」
レイシーはテントの中に横たわる小柄な刺客を見つめながら、テントに飛び込んできた騎士団員に尋ねた。
「暫くそのままでお願いします。コイツに関しては存在しないものとして扱いますので、くれぐれも口外されませんようにお願いします」
騎士団員はそう言うと深々と頭を垂れた。下っ端の彼にはただ上司から巫女様はお守りしろ、ただし刺客は捕まえても倒しても口外するなと厳しく言われていたため横たわる刺客を運び出すこともレイシーを他の場所に急いで避難させることもできなかった。騎士団員は一礼すると何事もなかったようにテントから出て行った。
「ネア、これをかけいして、目に触れるだけでも気持ち悪いから」
ハトゥアは床に敷いてある毛布をネアに手渡した。ネアは横たわる刺客にそっと手を合わせるとその上から毛布をかけた。
「宵闇のって、レイシーさんって有名人だったんですか?」
ネアは静まり返ったテントの空気を何とかしたくて声を出した。
「宵闇のレイシーって言ったら、黒狼騎士団のナンバー2の腕だったのよー」
何とか落ち着いたハトゥアが死体を見ないようにしながら応えた。
「昔のことでしょ」
恥ずかしげにレイシーは言うとドクターの自信作である杖を眺めた。
「さっきの啖呵と剣捌きはレイシーの言う昔のままだったよー」
やっとハトゥアの顔に笑顔が戻ってきた。
「素早く、正確な剣捌きで期待されていたんだよー」
ハトゥアはネアに懐かしそうに語りかけた。しかし、それ以上は押し黙ってしまった。
【左足のことか・・・、それが騎士を引退した理由なのか・・・】
ハトゥアの言葉やレイシーの仕草と表情からネアはそれなりに複雑そうな背景がありそうなことに気づいた。再び、沈黙がテント内に霜のように舞い降りてきた時、外からけたたましい声が響いてきた。
「待ちやがれ、このタコ坊主っ」
「待てと言われて待つヤツはいねぇーよ」
バタバタと走り回る音がした。声のほうはネアも聞いたことがあるバト、そしてハチであった。
「何しでかしたのかな・・・」
ネアが呟いた時、ルロがそっとテントの中に入ってきた。
「コレを騒ぎに乗じて運び出します。このテントを私たちが倒してしまいますのでレイシーさんたちは注意してください。コレはテントに巻き込んで運んでいきます」
ルロは手短に説明すると、テントからそっと抜け出した。そして
「どこまで喰い意地がはってるんですかー」
騒ぎを大きくするために大声を張り上げた。
「騒ぎを大きくしてきますね」
ネアはレイシーに告げるとテントから飛んで出て行った。
ネアの視界に入ってきたのは巨大な肉の塊を齧りつつ、手にしたワインを飲みながら走り回るハチ、それをギャーギャーいいながら追いかける凸凹コンビ、教会に礼拝に訪れた人、街行く人なとが不思議そうに彼らのドタバタ劇を見ている、まるで下手な映画か芝居の1シーンのような風景であった。
「つまみ食いは、漢の浪漫、こっそり食べるから美味しいし、悪いことしているなー、と思う心がスパイスになるのです。そうですよね」
ドタバタと逃げ回るハチに伴走しながらネアがウィンクしつつ呼びかけた。
「流石、姐さん、話が分かるね。アイツら何か言ってやってくださいよ」
ハチは追いかけてくる凸凹コンビを振り返って大声で応えた。
「ネア、裏切るの?」
ルロがハチの言葉を聞いて大声で尋ねてくる。
「何かくれたら協力するよ」
ネアがハチに聞く、ハチは齧りついている肉を見て
「コレはオレの物、ワインはまだだめだ・・・」
ハチの言葉を聞いたネアは伴走からいきなり体当たりに移行し、ハチとともに転がりながら巫女様のテントにぶつかった。テントの中でもレイシーとハトゥアが細工していたようでまるでコントで使う建物のように気持ちよく倒れてしまった。それと同時に中から悲鳴が響き、レイシーとハトゥアがテントの下から這い出てきた。
「アンタら、何してんのよー」
身体に付いた汚れをはたきながらハトゥアが元凶であるハチとネアを睨みつけた。杖をつきながらわざとヨロヨロと立ち上がったレイシーがさらに
「巫女である、私に対しての無礼、ことと場合によっては許しませんよ」
大音声で二人を責め立てる。ネアは、その声を聞いてポカーンとしているハチからワインをひったくると
「こんなので、暴れるなんて、サイテー」
瓶を抱きかかえるように走り出して、潰れたテントから充分に距離を空けるとワインの栓(抜きやすいように最初から半分ほどコルクが飛び出させあった)を抜くと
「わたしが責任を持って、片づけます」
そう叫ぶと、いきなり瓶に口をつけてラッパのみを始めた。前の世界では決して下戸ではなかったが、付き合いで飲む程度だったので決して強いとは言い切れなかったが、今の身体ではアルコールを摂取したことはなく、どうなるか分からなかったが、人の注意をテントからそらすにはコレしかないと思っての咄嗟の行為であった。
【あれ、結構甘いぞ、それに呑みやすい】
ちょっと暴れて咽喉が渇いていたこともあって、ワインはすっと身体に流れ込んできた。しかし、瓶の半分も空けないうちに異変が現れてきた。
「くそっ、これだけで酔っ払うなんて・・・」
ネアはペタンとその場に座り込んだ。と言うか、天地がぐるぐると回転を始めたために立っていられなくなっただけなのであるが。
「何も、好き好んで少女やってるわけじゃないっての。毎日毎日、一日も欠かさず、少女やってんだよ」 自分でも何を言っているのか良く分からなかったが、心に思い浮かんだことが口から次々と吐き出される。
「しっかし、今日は暑いなー」
ネアは妙に暑くなってきたので服を脱ぎだした。この行為に野次馬から
「いいぞー」とか「もっとやれー」などの声援がかかった。
「やめなさいっ」
服を脱ぎだしたネアをルロががっしりと抱きしめて動きを止めた。
「あらら、こんなに飲んじゃって・・・」
バトはネアから瓶を取り上げると残っている量を確認して呆れたように呟いた。
「ネアにはまだ早いからね。それと、こんな子の裸が見たいのがいるなんてねー」
バトは、ネアが脱ごうとした時に声援がかかった辺りを汚物を見るような目で眺めて敢えて聴こえるようにつぶやいた。
「脱げばいいってもんじゃないのよ。脱ぎ方にもねコツがあってね、焦らしつつ、ぶっ」
バトは脳天に衝撃が走るのを感じた。いつも肉体的つっこみを入れてくる相方は目の前でネアを押さえつけているし、では誰がつっこんだのか、と振り返ると
「子供に何を教えようとしているのですか?貴女、ハンレイ先生と同類なのかしら」
目だけ笑わずにっこりしたレイシーが杖を片手に立っているのが見えた。騎士団が違うとは言え、目の前には巫女様、否、「宵闇」のレイシーが立っているのである。生きた伝説でもある彼女を目の前にしてバトはシュンとなりながら
「ハンレイ先生の同類なんて・・・」
と呟いてそのばに座り込んでしまった。そんな騒ぎの中、ネアはルロのふくよかな胸にホールドされながら意識を失っていた。心なしかその表情はスケベなおっさんのそれに似たようなものであった。
ドタバタ劇はリズム感や歯切れのよさが要求されるように思います。しかし・・・、自分はまだまだであります。難しいですね。
駄文にお付き合いいただきありがとうございます。見ていただいているだけでも作者としては励みになります。感謝します。