40 忙しなく動く
お祭りと言えば、忙しないものです。特に裏方となると、本当に好きでないとやってられないぐらいの仕事です。
そんな熱意で様々なお祭りは支えられているんでしょうね。勿論、このお話でもその例に漏れません。文字の裏に多くの汗が流れているものと勝手に思っています。
何をどのように感謝しろ、と言うのだ。これは、収穫感謝祭を迎えた日のネアの感想だった。お館に来るお客様を案内するだけでも、既にお館に入っている時点で出来上がって千鳥足になっている者、紹介状もなしにむりやり入ろうとする者(警備の者たちに入れないことを身体に直接説明されて、ご丁寧に放り出されたが・・・)、一々細かいこと(ホール飾られている花の色がおかしい、使用人の服装が華美であるとか)、このような御仁に関しては、誰もその言に耳を貸さない、と言う丁寧な対応を心がけた。そんな連中、しかもあまりぞんざいに扱えない連中か、やたらと自尊心が高い連中、悲しいかなどちらも併せ持った連中が押し寄せるのが世の常である。特に隣のワーナンの郷からの使者や、豪商はその最たるものであり、さすがに警備の者も直接身体に説明することもできず、怒りを押し殺した引きつった笑顔で対応せざるを得なかった。
そんな中で、ネアは待合室に案内した人数を数えることを放棄していた。ホールで当然のように後れてくる来客を待ちながら時計を見ると、やっと11時になったばかりである。厨房では今正に修羅場が熱く繰り広げているであろうことを思い、いつも笑顔でデザートをちょっと多めにくれる料理人たちのことを思い出し、彼らに心の中で手を合わせた。
「お腹減ったね・・・」
ラウニ、フォニー、ネアと大中小でホールで待機している中、フォニーがそっと尻尾でネアの尻尾をつついて小さく呟いた。
「うん・・・」
ネアもいつもより空腹を感じていたので、小さく頷いた。その時、小さくであるが誰かのお腹のムシが待遇の悪さに不満の声を上げた。
「? 」
ネアが辺りを見回すと、ラウニが恥ずかしげに俯いていた。
「ラウニ姐さんもお腹空いた? 」
ラウニが真人だったら顔が真っ赤になっていたのが手に取るように分かっただろうが、幸いなるかな黒い体毛のおかげでそれを悟られることはなかった。そして、ラウニは小さく頷き、
「私たちのお昼までまだまだありますよ。ガンバリましょ」
と自分に気合を入れるように力強くつぶやいた。
来客相手の昼食会は彼女たちに非常に辛い思いを強いることとなった。それぞれのテーブルに次々と料理を運ぶのである。ケフの郷では正式な食事会であっても大皿で供されるようで、来賓はその皿から自分で取り分けるのであるから、来客に料理を給仕することは最小限で抑えられるのであるが、自らが口にできない料理を空腹を抱えテーブルに運び、その料理を他の人たちが食べるのを見ることはまだ幼い少女たちとっては大きな試練となった。何度となくつまみ食いをしたくなる衝動を崩れがちな理性で必死で押さえ込み、他人が飲食する姿を見ないようにじっと床を見つめ、時折汚れた皿の交換や、お茶や水を空になったグラスに注いでまわり、新たな料理が出されれば、空になった皿を下げる。下げる皿に料理が少しばかり残っていると思わす手に取りたくなるが、そこも必死で押し堪える。
こんなこと、なんともなかろうと思っていたネアであるが、身体が精神より空腹、料理の匂いにずいぶんと痛めつけられ、己の理性を試すはめになってしまっていた。
昼食会が済み、最後の客が食堂から出るのを確認すると、ネアたちは深いため息をついた。
「死ぬかと思った・・・」
フォニーはそう言うと壁に背を預けるようにもたれかかった。
「お腹空きました・・・」
ラウニはそう呟くとその場にしゃがみこんでしまった。
「ネアは平気なの? 」
フォニーが無言のまま姿勢も崩さずたち続けているネアを覗き込んだ。
「え? 終わり・・・? 」
ネアは食事から意識を外していたのと、空腹のため考えられないことではあるが、現状を認識できていなかった。
【・・・、こんなことが・・・】
幼い身体は、精神のままには動かず、またその精神にすら影響を与えることをネアは認識し、愕然とした気持ちになってしまった。
「流石のネアもお腹の減るのには勝てないみたいですね」
ラウニはそう言うとクスリと笑った。
「そこ、まだお仕事は残っている。さっさとお皿を片づける。終わったらお食事だから、がんばりなさい」
パンパンと手を叩きながら最古参の使用人であるエルマが疲れきっている侍女たちに厳しく命じた。
「料理長が手にかけたデザートをつけるから、気合を入れろ」
エルマはそう言うとにっこりと微笑み、自ら散らかった食器を片付けだした。
「さ、かかりましょう」
「気合だ、気合だ」
「がんばろ・・・」
侍女たちはそれぞれ己を奮い立たせるように呟くと、エルマに倣って皿やコップなどを片づけだした。
仕事の後に出された料理は余りものを調理したものであったが、いつもの食事より手が込んでおり、貴重な香辛料もふんだんに使われていたため、空腹と相まって最高の美味となった。侍女たちはダイエットなんぞそんな概念すら存在しないと言わんばかりにそれらの料理を胃袋に詰め込んでいった。大量に食べた後の特製デザートは勿論、別腹であった。
遅い昼食をとった侍女たちは、今度は晩餐会の準備に駆り立てられる。食堂を清掃し、テーブルクロスを換え、新たな花が生けられた花瓶を配置し、皿やグラスを配置していく。準備が整った頃にはすっかり日は傾き、その姿を隠そうとしていた。
「疲れたね・・・」
フォニーは手をヒザについて身体を前かがみにして、大きなため息をついた。
「本当にそうですね・・・」
いつもなら、そんな言葉に対して、「しっかりしなさい」などの小言を言うラウニですら、その顔に疲労の色を浮かべていた。
「でも、この後、給仕の仕事もあるでしょ」
ネアがうんざりした表情を浮かべラウニを見上げた。エライ人たちはアルコールが入るとさらに我が儘になるのを今まで散々見てきたネアは深いため息をついた。
「晩餐はね、お客様の数は少ないからお昼ほどじゃないですよ。お酒の席になるともっと少なくなるし、それに私たちはお酒の席でのお仕事はないですからね」
「子供にはふさわしくないってこと、らしいよ」
心配げなネアに先輩方は安心させるように微笑んで見せた。
「夜のご飯はどうなるのかな?」
これは、ネアの身体がつぶやかせた言葉だった。思いもしない己の発言に当の本人が驚いていた。しかし、そんなネアの心境を察することもなくラウニがやさしく
「お弁当が用意されていますから、心配しなくていいですよ」
ネアにかたりかけると、そっと頭を撫でた。そして、また思わずネアは咽喉が鳴っているのに気づきさらに驚愕した。
【俺がどんどん子供になっている・・・、それに咽喉を鳴らすなんて】
ショックを必死に表情に浮かべないように努力しているネアにフォニーが
「さすが、ネコ族ね。かわいいゴロゴロができるなんて、うらやましいなー」
と、無情に追い討ちをかけてきた。しかも、全く悪気がないからその攻撃は結構キツイ一撃であった。
「もう一がんばりです。気合を入れていきましょう」
ラウニの言葉にフォニーが手を上げて「おぅ」と応えた。ネアもそれにあわせて力なく手を上げた。
「今日は、キツかったねー」
侍女たちの部屋の窓は鏡のように部屋の中を映していた。その窓には、小さなテーブルを囲んだ、大、中、小の少女たちが映し出されていた。テーブルの上の変換石を使ったランプが暖かな光を小さな部屋を照らしていた。可愛い花柄の文様がついた木製の弁当箱からサンドウィッチを摘み上げながらフォニーが明るく語りかけた。
「そうですね。でも、明日は女神様のパレードだから、皆バラバラでのお仕事になりますね。しっかりとお勤めしないと・・・」
ネアが淹れたお茶を飲みながらラウニが一息つきながら自分に言い聞かせるように呟いた。
「ウチは、明日はドクターの診療所でドクターのお手伝いと、ビブちゃんの子守のお仕事」
フォニーはお茶でサンドウィッチを流し込んでから、明日のことを再確認するように言った。
「私は、お館でパレードをご覧になられるお客様のお世話ですね。ネアは大丈夫かしら?」
ラウニは最年長者らしく、心配気にネアを覗き込むように尋ねてきた。
【ラウニよりある意味、俺のほうが年上だぞ、しかもラウニの父上より年かさだぞ、多分。子供に心配されるなんて・・・】
ネアは内心ちょっとむっと来たが、そこは表情にも尻尾にも表さなかった。これはこの身体になってから毎日鍛錬してきたことの成果であった。
「女神様の教会で、レイシーさんの身の回りのお手伝い。時計の鐘が6っつ鳴るころに教会行きの馬車が出るから、それに乗るの」
「完璧じゃん。でも、お手入れセットは忘れるかもね」
フォニーがネアの言葉に感心しつつもネアがやりがちなことを指摘してきた。
お手入れセットとは、体毛や頭髪を整える大小の数種類のブラシと毛を整える小さなハサミを入れたポーチのことである。獣人、しかも小さいとは女性たるもの乱れた体毛や頭髪はなによりも恥ずべきことなのである。あまつさえ、パレードの主人公の巫女様の身の回りのお世話を仰せつかっている以上、常にピシッとした身なりでいることは絶対条件であった。そのために、綺麗に洗濯され、手が切れるようにアイロンを当てられ、衣装ロッカーにしわが付かないように吊るされた濃紺のワンピースと真っ白なエプロンをネアは確認するように見つめた。
「それと、アレは忘れないようにね、奥方様から妙な人たちが騒ぎを起こすかも知れないからって・・・」
ラウニがちょっと低い声で、明日持って行くもので、忘れてはならないものについて注意を促した。彼女の言うアレとは
「ちゃんと、エプロンの裏にセットしているよ。ネアも最近、買ってもらったんだよね」
「私たちはまだ見てないけど・・・、何を貰ったの?」
先輩方がネアが買ってもらったものについて興味深げに尋ねてきた。ネアは無言でその4っつの瞳に頷くと、ベッドの下にある行李を引き出して、その中から長細い黒い皮のケース取り出し、その中から金属製の棒を取り出した。
「それって、伸ばせるみたいね」
フォニーが目ざとくその棒の特性に気づいたようであった。ラウニはネアの手にしている棒をしげしげと見つめて
「皆、アレを使わないでいられるようにお祈りして、もう休みましょう。明日も早くから忙しくなりますらね。ちゃんと、歯を磨いて、おしっこも済ますんですよ」
ラウニが明日のことを考えて、いつもより少し早く床に入るように促してきた。
「ハレの日にお寝小なんてやらかしたら、ずっと言われ続けちゃうよ」
「心の傷になる・・・」
侍女たちは、明日のパレードを半ば楽しみに、そして半ばうんざりしながら、ホールの時計が9回鳴るのを聞かずにそれぞれ眠りについていった。
収穫感謝祭のパレード、毎年選ばれる巫女を乗せた輿を中心として、その前後に街の少女たちがきれいなドレスをまとって花びらをまいたり、観客の子供たちにお菓子を配りながらケフの街を練り歩く、収穫感謝祭が最大に盛り上がるイベントである。しかし、ある一部の少女たちにとっては苦痛を感じるものでもあった。パレードに参加すること自体なんら特別の資格が必要である、と言うことはなく、誰でも参加できるのであるが、パレードに参加するための衣装が手に入れられない者、心は少女でありながら、肉体は男である者、そしてネアたちのように仕事をしている者は自ずと参加することはできない、これが彼女たちに現実を冷徹なまでに突きつけるのであった。
また、参加している少女たちの中には、己の立場上嫌でも参加しなくてはならない者も少なからず居た。その最たる者がレヒテであった。収穫感謝祭の間ずっと、お淑やかに振舞わなくてはならぬという彼女にとって何よりもの苦手なことを強いられ、さらに動きづらくてごちゃごちゃしたドレスを着せらることは苦痛以外の何ものでもなかった。
「貴女たちがうらやましいわ」
パレードを見物される来賓のためにポットやらカップをせわしなく準備しているラウニを見かけたレヒテは思わず彼女にこぼしていた。
「お嬢、それがお嬢のお仕事ですよ。それに、私たちみたいにパレードに出られない者もいるんですから」
ラウニは手を止めてやんわりとレヒテに注意を促した。
「代わって上げてもいいよ」
「こんな毛むくじゃらがお嬢の代わりは務められません。それに、そんなことを言っていると・・・」
ラウニがそっとレヒテの背後を見つめた。
「え、なに?」
振り向いたレヒテの目に飛び込んできたのは、微笑んではいるが、目は笑っていないアルア先生の姿だった。
「お嬢、こんな所で油を売ってないで、さ、準備しましょう。馬車も待たせています。人の時間を無駄にしてはいけませんから」
アルア先生は問答無用とばかりにそう言うと嫌がるレヒテの首根っこを掴んで引きずっていった。
「みんなそれなりに大変なんですね・・・」
肩をすくめながらラウニはつぶやくとまた忙しなくお茶とお菓子の準備を続けた。
「ビブちゃん、元気ねー」
閑散とした診療所の待合室でフォニーは床にペタンと座り込んだビブをあやしながら楽しそうに語りかけていた。その言葉を理解しているのか、ビブはにっこりと笑った。
「子守はやっぱり女子がいいみたいじゃな」
白衣のポケットからスキットルを取り出してちびちびと飲みながらドクターがフォニーと我が子が戯れている姿を目を細めて見つめていた。
「赤ちゃんって可愛いから・・・、いいなー」
ビブの頬を指でやさしくつついてフォニーも目を細めた。
「なーに、あと10年もすれば、お前さんもお母さんになっとるかも知れんぞ」
「お母さんか・・・」
ドクターの言葉に、フォニーがちょっと寂しげな表情を浮かべた。そして、それを追い払うように明るい声で
「自分で言うのもなんだけど、ウチって結構いいお嫁さんになれる気がするんよね」
と、ドクターを見つめて言うとケラケラと笑った。
そんな中、今までご機嫌だったビブがいきなりぐずり始めた。
「どうしたのかな・・・、お腹空いたのかな」
「その泣きかたは、オムツの交換じゃな。ここに綺麗なのがある、使い終わったのはこのバケツに入れるといいぞ。良いお母さんになるためのいい練習じゃな」
「え、オムツの交換・・・」
ドクターはいきなりのことに戸惑っているフォニーを楽しげに見つめて
「わしが教えてやるから、言ったとおりに手を動かすんじゃよ」
と言うと、きれいなオムツとタオルが一式入った篭をもってきて、フォニーの横に腰を降ろした。
「では、さっそく、取りかかろうか」
「きれい・・・」
教会の庭の一角に張られた巫女の控え用のテントの中でパレードのためにドレスアップしたレイシーを見てネアは思わず見とれてしまった。初めてケフに来て会った時は若いお母さん程度にしか思えなかったが、今、目の前にいるのはとても一児の母には見えない少女の趣きさえ漂わせた真っ黒の美女であった。
「こんなおばさんが巫女様だなんて・・・、若い子達に恨まれそう」
ハトゥアに髪を整えて貰いながらレイシーは困ったように口にした。
「なーに言ってるの、今から数十年前はいくら寄進したかできまってたのよー、だからねー、昔の娘さんばかりでそりゃ、凄まじい光景だったみたいよー。年寄りが無理やり若作り化粧したもんだからねー、小さい子は大泣きだったって、うちのじぃさまが言ってたぐらいだしねー」
レイシーの不安を追い払うように欠伸をかみ殺したハトゥアが語りかけた。
「想像するだけで夢に見そう・・・」
ハトゥアの言葉をネアもそう言って肯定した。それに、今のレイシーは十分に若いし、化粧しなくても充分に美しかった。
「歩かなくてすむのはいいんだけどね。今年はどうして私なのかしら」
レイシーは首を傾げた。
「奇跡の黒猫の少女よー。騎士団を勝利に導いた女神様がお遣わしになったっていうー、子に因んでよ、多分ねー」
レイシーにハトゥアは呆れた様に彼女の疑問に答えた。
【その子がここにいるなんて、ちょっとした皮肉だなー】
二人のやり取りを耳にしてネアはニタリと微笑んだ。
「そろそろ時間ですので、輿の所まで来てください」
テントの外から教会の見習い祭司が声をかけてきた。
「レイシーさん、これを」
ネアは、立ち上がろうとするレイシーにこの日のために特別にドクターが作った杖を手渡した。その杖はいつもの杖より長く、そしてきれいな彫刻が施され、あちこちに宝石を模したガラス細工が埋め込まれていた。
「今日のために作った、うちの人の自信作の一つよ」
レイシーはうれしそうにその杖をネアに見せ、その杖に体重をかけて立ち上がった。
「いつものよりちょっと重いぐらいだけど、バランスがいいからそれほども苦にならないのがいいのよ」
先ほどまでの若い子に恨まれるかもと言っていた表情とは打って変わった明るい表情だった。その姿はまさしく、巫女の少女の姿だった。
「自信作の一つって、他にもあるのか・・・」
レイシーを見送ったネアはそう言うと首をかしげた。暫くすると、外からにぎやかなラッパや太鼓の音が響いてきた。パレードが始まったようであった。
やっと、パレードにこぎつけました。巫女様はミスコンとは違うので基本、既婚者もOKです。
しかし、やはり見た目も重要視されますので、最近は、オールドミスは選定からはずされるようです。
その内、どこかの団体が抗議活動をしでかすかもしれませんが、それをやると本筋が逸脱甚だしくなるのでちょっと・・・・・
駄文にお付き合いいただき感謝します。ブックマークいただいた方、評価して頂いた方、ありがとうございます。