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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第3章 うごく世界
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39 面倒な動き

面倒なことは、時間とともに大きくなっていきます。厄介な出来物と一緒で早めの処置が理想的ですが、気分が乗らないとなかなか動き出せないものです。そして、尻に火がついて・・・、ええ、成長はしてないようです。

 収穫感謝祭は、秋の盛りの月の最後の休日である黒曜をはさんだ茶曜から黄曜までの3日間で行われる。1日目は、大地母神である女神メラニに秋の実りの感謝を捧げるため、街の教会に詣で、その後今年の実りを美味しく頂く宴会へとつながる。2日目は、毎年選ばれる巫女の乗った輿を中心としたパレードとなる。実質的にはお祭りはこれで終わりとなるが、3日目は使用人の日とされ、お館や貴族、商家の使用人が余った食材や酒を平らげるための日となっている。


 凡そ、催し物、イベントの類は、準備の進捗の如何に関わらず無情にやってくるものであり、その前日となるや満身創痍の軍艦のダメージコントロール並みの騒ぎと成り果てるのはどこの世界も変わりは無かった。


 「皿の枚数はこれでいいのか? おい、柄が違うぞ、お前の目は節穴かよ」

 「お客様の席次は? なに、招待の確認がとれないって・・・、もっと早く言えっ、ボケがっ! 」

 「おい、肉が足りないぞ、それに、この果物、色が悪いぞ」

 と、お館のあちこちで怒声が飛び交い、使用人たちは慌しく動き回っていた。勿論、ネアたちも例外ではなかった。

 「私が、来られた方のお名前を読み上げますから、貴女たちは、こちらの待合室のその方の席までご案内して下さい。では、練習しましょう」

 来賓用食堂前の廊下で、お館の事務を担当している歳若い真人の文官が大量の書き込みを施した紙を見ながら侍女たちに説明していた。

 大・中・小と綺麗に並んだ奥方様付きの侍女たちは真剣な表情で文官の話を聞いていた。服装こそいつものモノであるが、本番となれば綺麗な濃紺のワンピースとフリルが3割増し-当社比-の純白のエプロンにレースがあしらわれ、ヘッドドレスも本来の耳すら凌駕するようなボリュームとなり、首もとのリボンも中央に綺麗なガラスを嵌めた大きなものと成り果てるのである。

 「イジュの村長、ルヒカ様、ご来館されました」

 文官は、いきなり声を張り上げた。

 「いらっしゃいませ、ルヒカ様、お席までご案内します」

 弾かれたようにフォニーが飛び出して、当日はそこにルヒカがいるであろう何もない空間に深々とおじぎし、とびっきりの笑顔を浮かべた。

 「足元、ご注意ください。こちらです」

 フォニーはいつもは見せない澄ました表情と、上品な足取りでエスコートし始めた。

 「上出来ですよ。では、ミオウの郷、銀の飛沫騎士団、副団長、ケーリス様、ご来館されました」

 「・・・いらっしゃいませ、ケーリス様、お・・・席までご案内します」

 ぎこちなく、前に出たラウニはいつもの落ち着きは見られず、少し声も上ずっていた。笑顔も引きつり、おじぎも機械のような動きになっていた。

 「足元、ご注意ください。こちらです」

 ラウニの歩き方は玩具かアヒルを思わせる不思議な足取りになっていた。

 「もっと、リラックスして、貴女の笑顔はそれだけで最高のおもてなしになります。では、シデカシマ商会、ダイコク様、ご来館されました」

 文官は、にっこりとラウニに微笑むと、新たな名前を読み上げた。

 「いらっしゃいませ。ダイコク様、お席までご案内致します」

 ビシッと直立不動の姿勢をとったネアはばね仕掛けのようにおじぎをすると

 「足元、ご注意ください。こちらであります」

 その場で、クルリと回れ右して方向転換すると、騎士団が観閲行進をするかのように歩き出した。

 「・・・、キビキビしているのは良いんですが、その、何と言うか、親しみやすさとか、女の子らしい愛らしさがないですね。それと、笑顔ですよ。ラウニさん、ネアさん、その辺りよーく練習してくださいね。気取らない自然な笑顔、愛らしさ、これが重要ですからね」

 文官はそう言い残すと、今度は宴会の進行について司会者となるエルマとの打ち合わせをするために食堂の中に入っていった。

 「どうしても、緊張しますね・・・」

 うまくいかなかったラウニがちょっと肩を落とし、ため息をついた。

 「大丈夫だよ、ラウニは本番に強いタイプだし、糞度胸もあるしね。ネアは、まるで騎士団みたい、もっと柔らかくしたらいいよ」

 一人合格を貰ったフォニーがそれぞれにアドバイスをし始めた。それは、何も優越感からではなく、仲間として意識からだった。

 「笑顔・・・」

 頭の中で、先ほどの状況を反芻しながらネアは笑顔を作ろうと、懸命に顔面の筋肉に意識を集中した。獣人の表情筋は真人や亜人より少なく、しかも体毛のおかげで顔面のみで微妙な表情を出すのは難しい作業であった。

 「あ、尻尾だ」

 何事か思いついたネアは自分で思うところの笑顔を作ると、ピンと尻尾を立てた。

 「あ、その手もあったね。ウチもその手を使わしてもらうよ」

 ネアの尻尾の動きを目にしたフォニーは早速自分の尻尾もピンと立てて見せた。

 「尻尾の長い人はいいかも知れないけど・・・」

 ラウニは今度は深いため息をついた。

 「尻尾にリボンつけたらどうかな」

 ちょっと落ち込みの色を滲ませているラウニを見上げるようにネアがアイデアを一つ出してみた。

 「リボンか・・・、尻尾用のはあるから、それいいかも・・・、ありがとうね、ネア」

 ネアの一言にラウニは笑顔を浮かべて、ネアの手を取って礼を述べた。

 「た、助けてっ! 」

 「待ちなさいっ! 」

 侍女たちが互いに仕事のやり方の確認をしている時、いきなり場違いな悲鳴と怒声が飛んできた。侍女たちは驚いて声がした方向を見ると、お嬢がアルア先生に追いかけられ、こちらに走ってきている姿が目に飛び込んできた。

 「これは、郷主の娘としての義務なんですっ」

 「私は、その日は熱だして寝込んでいるからーっ」

 どうやら、お嬢はお館に来られるお客様対応の行儀作法についての勉強が気に入らないらしく逃げている最中であるらしかった。

 「♪~」

 お嬢が目の前を通り過ぎようとしたとき、ネアはそ知らぬ顔をしながら、足を出してお嬢を躓かせた。

 「あーっ」

 バランスを崩したお嬢は見事な受身を取り、ころころと廊下を転がり立ち上がろうとした時、目の前に憤怒の形相のアルアがいることに気づいた。

 「来なさい、逃げ出したら、今日のおやつは抜きですから」

 「それは、ないよー。それより、誰? 私を転ばしたのは」

 アルア先生に首根っこをつままれて引きずられていくお嬢は恨みがましく侍女たちをにらみつけたが、三女たちは素早く視線をずらしてそ知らぬ顔をした。

 「逃げ出す、お嬢が悪いんです」

 アルア先生に一喝されるとお嬢はズルズルと来た方向に引きずられていった。

 「エグイことしますね」

 ネアにニタリ笑いながらラウニが声をかけてきた。

 「え、なんのこと?」

 ネアは首をかしげ、相手の言っている言葉の意味が分からないと体でも示した。

 「ウチは見てたよ。しかし、郷主様の娘を・・・」

 フォニーはニヒヒと笑いながらネアの肩を抱き寄せた。

 「今度、奢ってくれたら、黙っていてあげるよ」

 フォニーはネアを強請りにかけてきたが、ネアはしらばっくれながら

 「もし、そうだとしたら、それに気づいて何もしなかったフォニー姐さんの監督不行き届き、しかもそれをネタにして奢らせようとしたことも知られてしまいますよ」

 「ネア、お主も悪よのう・・・」

 ラウニはそうつぶやくとネアの頭をゴシゴシと強めになでた。

 「・・・それは、そうと、次はお庭の掃除じゃなかったかなー」

 フォニーが今までのことは何も無かったように呟くと腕を頭の後ろに組んで庭に向かって歩き出した。

 「そうね、お嬢のドタバタに巻き込まれると面倒ですからね」

 「あ、郷主の娘を面倒といいましたね」

 ネアはそう言うとクスクスと笑った。

 「その表情で、お迎えするんですよ」

 思わぬカウンター喰らったラウニは話題を変えるように来賓のお迎えについてアドバイスした。

 「姐さんたちもなかなか、いい表情ですよ」

 しらばっくれたり、話題を変えようとして躍起になっている先輩方にネアは笑いながら声をかけるとフォニーの後を小走りしながら追いかけていった。

 「一筋縄じゃいかないって、私たちじゃなくて、あの子のことじゃないのかしら・・・」

 何となく、後味の悪い思いをしながらラウニも後に続いた。


 「支店長、本店からは監視を続行せよ、との命令ですよ」

 バトに剣の柄で殴られた傷も癒えかけた真人の男が支店長の「膨らんだ財布」のトバナに注進した。しかし、トバナはその言葉を鼻先で笑って吹き飛ばした。

 「このままでは、いつまでたっても俺達は無能扱いだ。ここで、本店の連中を見返して、教区長に俺たちを認めさせるんだよ」

 トバナは肉付きのいい顔に汗を浮かべて思いを述べた。しかし、聞かされた部下達は

 「俺達は、じゃなくて、俺でしょうに・・・」

 との言葉が咽喉から出掛かるのを必死に飲み込んでいた。

 「今年の巫女を始末する。噂じゃ、今年は穢れの連中がなるらしいからな。あの糞女神の糞祭りで糞畜生がくたばるんだ。正義は必ず成し遂げられることを畜生どもに思い知らせてやらなくてはならぬのだ」

 トバナは拳を硬く握り締めて、組織内での自分の立場を引き上げる思い付きについて熱く語り始めた。

 「パレードで浮かれている畜生どもは自然に警備も甘くなる。しかも、今年の巫女は足が悪い、逃げることはできんのだ。しかも、巫女の控え室は独立したテントになっているからな、忍び込めれば、簡単なものよ」

 「で、誰がやるんですか?」

 部下の一人がしごく真っ当な疑問を口にした。

 「そうだ、俺達は面がわれている。だから、俺が刺客を雇った。「影なし」のゲレトと呼ばれる男だ。確実に始末してくれるだろう。お前たちは、ゲレトの全面的な支援だ。合言葉は「新鮮な肉を食わす店を知らないか?」、「行商人がテントで商っているぞ」だ。俺もゲレトの顔を知らん。ヤツとは書面と、背中合わせで話しただけだからな」

 トバナは自慢げに部下達に語った。

 「影なしのゲレトって聞いたことあるか?」

 「初めて聞いた」

 部下達が小声でやり取りしているのは自分の計画に酔っているトバナの耳には入ってこなかった。

 

  

何とか義務から逃げようとするのや、よからぬことを企てているのや、なーんにも考えてないようなのが、収穫感謝祭を迎えようとしています。しかし、真面目な愚か者は厄介なモノです。

駄文にお付き合いいただき、あまつさえブックマークしてくださった方に感謝します。

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