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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第1章 おはなしのはじまり
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04 水辺にて

主人公が何とか動き出したようですが、まだまだ混乱中です。

 ゲインズ・ビケットは驚く周囲の者を無視するように手馴れた手つきで、混乱する子猫に何とか大きめのシャツをワンピースのように着させた。

 「子供が居ると、自然と出来るようになるモノさ。ルップ、この子をドクターの所まで連れて行ってくれ、打ち所が悪かったかも知れんからな」

 ゲインズ・ビケットは驚いている騎士団長ほかの者達に微笑むと、子猫の頭を一撫でし、父親の脇に控えている灰色の狼族の子どもに命じた。

 周囲の動きとは関係なく

 「な、なに?ここ、ここは?」

 助け上げた猫族の子は、大いに混乱しているようであった。

 「落ち着いたら、その子を俺の所まで連れて来るんだ。その子から目を離すなよ」

 彼が騎士団長の息子に直々に命じると、少年はそのままで不動の姿勢をとって誇らしげに了解したことを主君に返事し、そっと猫族の子の手をとってドクターのいる、救護所のテントまでレディを誘導するように丁寧に前進して行った。その姿を微笑ましそうに見つめていたが、


 「ガング、スージャの関が落ちていないとすると、やはり、奴が臭いな。」

 ゲインズ・ビケットは息子の成長を楽しげに見つめていた狼族の騎士団長に己の考えについて意見を求めた。

 「スージャの関の代官のデルク・ヌビスですか、彼奴は我々が大嫌いですからな、お館様の穢れの民への接し方が気に入らんのでしょう。ひょっとするとどこかの国に唆されて・・・」

 デルク・ヌビスが代官に赴任する際の領主による任命式の時、式典に参列していた騎士団長をはじめとする穢れの民に対して、声高に自分の晴れの日の姿を穢れどもに?見せて台無しにするのかと叫んだような男である。勿論、その場でゲインズ・ビケットに一喝されたのであるが。そんな男がスージャの関の代官を務められるのは、デルクの父が陰日なたと無くビケット家、ケフの国に仕えていたおかげである。しかし、彼は、能力がついていけないぐらいの野望を持っており、それを誰かにくすぐられたのかもしれない、さらに獣人が国の要職に就いている事すら許せないのかもしれないというのが騎士団長の考えであった。

 「僅か、18歳にして、王都に遊学に行った割には、身に付いたものが、酒と博打と女遊び、ここまでは大目に見ても、正義の光教会にかぶれるとは、奴の父親も草葉の陰で嘆いているだろうな。それと、もう一つあった、宮廷での下衆な保身術・・・」

 20代半ばで代官に抜擢したのも、病で弱った奴の父親に対する最後の恩であったが、裏目に出たようだ。ゲインズ・ビケットは自分の悪い予想が的中しそうなことにため息をついた。


 「まずは、小便を取ってこい」

 狼族の少年が野戦病院のテントに入って、猫族の幼女について説明したところ、ドワーフの医師であるジングルは、開口一番、銀のカップを子猫に突きつけた。

 「しょうべん・・・。」

 自分の置かれた立場も、自分自身が何者かも分からない状態でいきなり検尿せよとカップを押し付けられて子猫は戸惑っていた。

 【トイレはどこにあるんだ・・・】

 「どこで?」

 発することが出来る言葉は姿にあったものしかないが、せめて人としての尊厳を保ちたいと言う願いが、その言葉の裏にあった。

 「この中でするな、この辺りの茂みでやれ。」

 赤い髭もじゃの白衣のようなものを着たがっしりした小男を珍しげに眺めて、再びカップを見る。今出来る、最大の抗議であるが、

 「そんなにドワーフが珍しいか、それよりさっさと取ってこい」

 「でも、この子、女の子ですよ」

 灰色の狼族の少年が子猫を弁護する。

 「なら、お前がこの子がしている時に、覗かれんように見張っとけ」

 「わかった」

 子猫は、取り付く島も無いドクターの言葉にむっとして応え、無言でテントを出る。

 「いい場所」

 辺りを見回すと丁度良い茂みが泉とは反対方向にあった。その場所まで大事そうにカップを両手で持って行き、新たな己の身体にこのカップに入れるべきものがあるかを確認する。うまい具合にカップに入れるものは在るようであるが・・・

 「・・・」

 そこで固まった。さっきちらっと確認したが、現在の自分にはこのカップに器用に注げるツールは存在しない。もう一度シャツをまくって確認する。そして手でも確認する。

 「な・・・い・・・」

 強烈な喪失感を味わっていると、それ以上の尿意が襲ってきた。どうすべきか、行動方針を列挙しようとしても今まで想定していないことだけに何も思いつかない。大体、半世紀近く生きてきて、いきなり見知らぬ生物、しかも雌になるなんて想定している奴がいればお目にかかりたいぐらいだと思うが、肉体の危険信号はそんな思いを踏みにじるように警報を強めてくる。とりあえず、しゃがんで・・・。

 【情けない】

 何とか、カップに入れることはできたものの、自分の下半身は結構厳しい状態になっているのが分かる。泣きそうな気分になっていると、

 「大丈夫かい?」

 あの、狼族の子どもが無神経に離れた所から声をかけてくる。

 「うん・・・」

 大丈夫であると応えようとしても、口から出る言葉は子供の言葉、これがさらに情けなさを加速させてくる。

 【まるで、子供じゃないか・・・、子供?、子供なら許される範囲ではないか?】

 一か八かの賭けで、液体の入ったカップを持って立ち上がり、野戦病院のテントへと向かう。濡れてしまった下半身がすーすーするが、それは大切なモノを失ったことを嫌でも思い知らせてくれた。

 子猫の惨状に気付いたルップ・ガングは、何かの処置をすべきか、それとも見てみぬ振りをするかの判断を迫られたが、幼い女の子に一体自分が何ができるのかと考えたところ、見てみぬ振りを選択し、気まずそうな子猫をドクターのもとへと連れて行った。


 「なんちゅう様だ。泉で洗ってこい、その間に検査しておく」

 子猫から、銀のカップをひったくるように受け取ると、医師のドワーフは手で追い払うようなしぐさをしてみせると、銀のカップに入った液体をじっと凝視しだした。

 「ああなると、誰の言葉も耳に入らないんだよ。さ、洗ってこようか」

 ルップ・ガングは気まずそうにしている子猫の背中をそっと押して泉に連れて行った。


 泉の水で下半身を洗っていると、つくづく自分が男ではなくなったことをすーすー感より激しく子猫に突きつけてきた。

 【こんなことがあるのか?悪夢なら醒めて欲しい】

 そんな思いは、今身を浸している泉の水の冷たさにかき消される。混乱が続く頭を抱えたまま、洗い終え、先ほどのドクターの所へと向かう。

 【男は狼、だとか表現するが、こいつは紳士らしいな】

 手を引いてくれる狼族の少年を見上げる。身体を洗っている時、この少年は子猫に背を向けて、そのあられもない姿を見ないようにしていてくれたからである。


 「内臓は大丈夫のようだ、血も妙なもんも入っておらん、純粋な小便だったぞ」

 テントに入るとドワーフの医師は液体の入ったカップを掲げて子猫に見せた。

 「では、怪我してないか、診察するぞ。ルップ、お前は外で待ってろ」

 子猫は、この姿になって、初めて生物学的に屈辱的な思いをすることになった。特に尻尾の付け根辺りの診察は、どんなに軽く見てもセクハラ以外の何ものでもないように思われた。そんな屈辱を味わっていると、毛の生えていないお腹がかわいい鳴き声をあげた。

 「腹へったのか、そうか、ルップ、食いもんを持ってきてくれ、それとワシ専用の飲み物もな」

 ドワーフの医師は一通りの診察を終えると、テントの外で待機しているであろう。ルップ・ガングに声をかけた。

 「その子の食べ物は持ってきます。・・・が、ドクター専用の飲み物は、団長の許可がないと持って来る事ができません」

 テントの外から生真面目そうな返事が聞こえ、足早に移動していく音が聞こえた。

 「ったく、融通のきかんヤツじゃ」

 ドワーフの医師は舌打ちすると、白衣のポケットからスキットルを取り出して一口あおった。

 「お前さんもそう思うだろ」

 混乱し、きょとんとしている子猫に同意を求めるが、当の子猫はまだ現在置かれている状況が飲み込めずにいるので、そこまでの対応はできず、小さな唸りのような声を出すのが精一杯であった。

 【これは手なのか】

 愚痴をこぼしている医師を傍目に子猫は自分の掌をじっと見つめていた。毛に覆われているが、5本の指はある。掌のあたりにピンク色をしたかわいい肉球がついていて人の手とは似ているようでどこか違う手である。しかし、その奇妙な手は自分の思い通りに動いてくれるのである。この手とは一生付き合っていくことになるのであろうと思うと小さなため息がこぼれた。


 「君の口にあえばいいんだけど」

 ルップ・ガングは丸いパンのようなものが入った篭とポットとカップを持ってテントの中に入ると、テントの中の医師の机の上にそっと置いた。

 「ドクターの飲み物は・・・」

 彼はポケットから小さなボトルを取り出してドワーフの医師に手渡した。

 「気が利くな、よし、今度の戦いで怪我したら、真っ先に修理・・・、治してやるぞ」

 医師は、ニコニコしながらその小さなボトルをポケットにしまいこんだ。そして

 「さっさと食え、腹が膨れれば、心が落ち着くもんだ」

 医師は子猫にさっさと食べるように促すと、子猫の動きを見つめた。いきなり、進軍中の騎士団が小さな女の子、しかも素っ裸を拾うとは面白いこともあるもんだ、とヒゲで覆われた顔に笑顔を浮かべた。


 【これは、パンなのか】

 目の前に置かれたパンのようなものを手に取り、そっと匂いを嗅ぐ

 「っ!」

 今まで感じたことの無い感触に驚く、この食べ物の甘ったるい匂いの奥にこの食品に関わった人や物の臭いがあることである。

 【鼻が利くようになったのか、これは便利なのか】

 新たな混乱を発生させながら、そっとパンのようなものを口に運ぶ、それはメロンパンとクッキーが不義密通してできたようなものであった。この食べ物の甘さが身体に心地よくしみこんで行くのを感じながら、がっつくように食いついていった。ひととおり食べ終え、カップから水を飲もうとした時、自分の顔すら大きく変わってしまっていることに気付いた。何故なら、今までのようにカップから水を飲もうとした時に自分に口吻があることを思い知らされたからである。


 「随分、落ち着いたようだね。流石ドクター、お腹が満たされると落ち着くものなんですね」

 ルップ・ガングはさっき手渡した小さなボトルをポケットの外から撫でてその存在を楽しげに確認しているドワーフの医師に声をかけた。

 「腹が減れば、赤子も泣くだろ。それは、生き物がいくつになっても変わらん。穢れの民も、無辜の民も何も変わらん」

 ドワーフの医師はヒゲ面に笑みを浮かべて応えると

 「その子をお館様の所に連れて行くんだろ、まだ暑い時期じゃが、これでも着させておけ、イロイロと見えるのはお前ら若い衆には毒だからな」

 行李から白衣を取り出すと子猫に突きつけ、さっさと着ろと促す。戸惑いながらも子猫はそれを受け取り身につける。それを確認すると、ドワーフの医師は袖が長すぎるところは綺麗に折って、裾はナイフで切って邪魔にならないように整えてやった。

 「待たせるんじゃないぞ」

 狼族の少年の背をぽんと叩き、

 「ちゃんとエスコートしてやれ、小さいがこの子もレディだぞ」

 そう言うと、何がおかしいのか、ヒゲ面満面に笑みを浮かべて笑った。


 「お館様が、君を助けてくれたんだ、きちんとお礼を言わないとだめだぞ」

 ルップ・デーラは子猫の小さな手を引いて歩きながら子猫に注意を促した。

 「うん・・・」

 子猫は彼を見上げて頷いた。


 【お館様って、それとあのヒゲもじゃが戦いとか言っていたが、戦国時代なのか?】

 落ち着いてくるにしたがって周りの状況が少しずつ見えてくる。

 季節は、この温度から考えると夏、日の高さから考えると昼過ぎぐらい、そしてここにいる者は戦場に向かっている最中であること、そして食べ物は素朴であるが、悪くは無いことがはっきりしてきた。

 「おやかたさま?」

 手を引いてくれている狼族の少年を見上げて首をかしげながら尋ねる。

 「お館様、ゲインズ・ビケット様のこと、僕らが暮らしているケフの国の領主様のことだよ。それすら分からないのかい?」

 狼族の少年は少し呆れたように子猫を見つめた。


 「さぁ、着いたよ」

 大きなテントの入り口の左右に護衛の兵士が槍を持って出入りする者達を見張っている。一人は普通の人、もう一人は角の生えた鹿のような人であった。ルップ・ガングは彼らにさっと敬礼すると、テントの中に子猫を伴って入っていった。

 

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