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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第3章 うごく世界
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37 動き始めるために

最近、妙に冷え込んできました。しかし、ものを書くという情熱は冷えません。

(しかし、案外簡単に消えることもあるから侮れませんが)

この季節、暖かいものが美味しくなっていく季節でもありますね。

 仕事中にぶっ倒れてから、3日後にネアは何とかハンレイ先生からのお許しを得て現場復帰することができた。現場復帰して最初の2時間は奥方様からのお説教に費やされてしまった。もっと自分を大切にせよや、焦ることはないとか子供らしくせよ、挙句の果てには女の子らしくせよとまで言われてしまったが、どれも中々難しそうな課題であったが、ネアはそれらに果敢に挑戦することを奥方様に約束することになってしまったのである。

 【限られた時間で、これらの課題をどうするか・・・、厄介だ・・・】

 ネアは新たな課題に対するアプローチがコレまでのように睡眠時間を削って時間を捻出することや、遊びや休みのための時間を潰して捻出するということができなくなってしまったことに大いに頭を悩ますこととなった。


 ネアが床を払ってから1週間ほどたち、もう、収穫感謝祭まで一月をきった頃、いつものように午後からの仕事の準備をしている奥方様付きの侍女たちのところにご隠居様がふらりと姿を現した。

 「元気にしているかい?ネアはもう大丈夫かな」

 いつものようにラフな格好と妙に軽いノリで侍女たちに畏まることないよ、と手をひらひらとさせながら、来客用の椅子に腰をおろした。

 「モーガはまだかな?」

 「もう少しすれば、来られると思いますが」

 ラウニがフォニーとネアにお茶の準備をするように指図しながら答えた。

 「お茶はいいよ。今日はちょっと野暮用があってね」

 ご隠居様はニコニコとしながら侍女たちを見つめた。そんな時、ドアが開いて奥方様が部屋に入ってきた。奥方様はすぐにご隠居様を見つけるとちょっと驚いたような表情を浮かべた。

 「お父様、今日は何のご用ですか?よからぬことのアリバイ作りは娘と言えども協力はできませんよ」

 「そんなに、ボクって信用ないのかなー、実はね、これからネアを借りたいんだよ」

 ご隠居様はネアに手招きした。

 「ネアはレヒテ付きですから、レヒテがどう言うか、レヒテ次第ですけど」

 ちょっと困惑しながら、ニコニコしているご隠居様に奥方様は答えた。

 「レヒテは承知しているよ。さっき、ちょいと話をつけてきたんだよ。でも、お土産を要求されたけどね」

 ご隠居様はクスクス笑いながら立ち上がると、傍らに立つネアの肩にそっと手を置いて

 「ボクの買い物に付き合ってもらうよ。お出かけの衣装はそのままでいいから、じゃ、行ってくるよ」

 ネアの意見や思いは全く考慮されるることもなく、本日の午後の仕事が決定された。

 【勤めると言うことはこういうことなんだよな・・・】

 ネアは、前の世界でも、散々おエライさんの我が儘に付き合わされて来たのであるが、おエライ人の我が儘は世界をまたいでも不変であることを思い知らせされた。


 エライ人、つまりお館の正門から出入りする人と一緒なら侍女も正門から出入りすることができる。それは、ヤンカの池に行った時以来であった。護衛もつけず歩くご隠居様の後を姿を見失わないように注意しながらを影のようにちょっと早足で付いていく姿は親鳥の後を追う雛のような光景にも似ていたが、当の本人にとってはそんなににこやかなものではなかった。なんせ、前の世界にいたときに比して圧倒的に視線が低くなっているし、歩幅も小さくなっている。だから、前は簡単だったことも今は結構キツイ仕事なっているのである。しかし、そこは女性の扱いに長けたご隠居様である。いくら小さいとは言え女性相手であれば、歩調を合わせることは朝飯前の日常茶飯事であり、今や完全に習性化されていたのである。

 「これから、便箋とインクなんかを買いに行くんだ、それ以外もあるから結構な荷物の量になると思うけど、そこは頼んだよ」

 ご隠居様は振り返りながらにこやかにネアに話しかけた。

 「帰りには何か美味しいものでも食べて帰ろうか。勿論、ボクのおごりだよ」

 ご隠居様はネアの答えを待たずに、にっこりとすると、またスタスタと歩き出した。

 「ご隠居様、今日はバトさんもルロさんも姿は見えませんが・・・」

 ネアは辺りをきょろきょろと見回してご隠居様に尋ねた。

 「ん?彼女らは今日はいないよ。新たな仕事に就くために、ちょっとした訓練を受けている最中だからね」

 振り返りもせずにネアの問いかけに応えた。

 「では、護衛は他の人が・・・」

 「いないよ」

 ご隠居様は、当然のことのように言い切った。ネアは、いくら小さな郷とは言え、前郷主が護衛もつけず、侍女、それも子どもを連れただけで街を歩くとは信じられないと思ったが、ここはこれが普通なのかもと柔軟に受け入れることに努めた。

 「でも、危ないと思います」

 「ネアは心配性だな、ここには一流クラスの暗殺者なんて来ないよ。ここは、そんなに注目されることがない所でもあるんだよ。だから、自由なこともできるってこと」

 なんら辺りを警戒するではなく、気楽そうに歩く・・・、厳密に言えば、可愛い娘、美人がいれば目ざとく見つけて声をかけることは怠ることはないようであった。


 「ここで、便箋と封筒、あとはインクを購入するぞ。ここのお店はボクのお気に入りだから、お使いで便箋とかを頼まれたらここに買いに来るといいよ」

 ご隠居は鵞ペンとインク壷が描かれた扉を開け、店の中に入るとネアを手招きした。

 薄暗い店内はインクの臭いがあちこちに漂っていた。そしてきっちりと区分けされた棚には様々な紙やら羊皮紙が神経質なまでにビシッと角を合わされた状態で陳列されていた。ご隠居様は店の奥で調度品のようにじっと鎮座している店主に近づき

 「起きているかい?例の物を買いに来たよ」

 気安く声をかけた、店主は面倒臭そうに目を開け、立ち上がると店の奥に姿を消し、暫くすると便箋とインクが満たされた香水の瓶と間違えるような綺麗なガラス製の壷を数個トレイの上に乗せて出てきた。インクを満たした

 「ビケットの紋章の入った便箋、おしゃれかつ発色も鮮やかなインク、仰せのままにご準備いたしました」

 店主はそれらの品々をカウンターの上に綺麗に配置するとご隠居様に深々と頭を下げた。

 「いい便箋だ。ここの便箋はどんなペンでも引っかからず綺麗にかけるからお気に入りなんだよ。ネア、お館から出す正式なお手紙の便箋はちゃんと紋章が入ったもの使うことになっているんだよ。そして、その便箋を扱うことができるのはここのお店だけなんだよ」

 「はい」

 ネアは店の位置、取り扱うものを頭に叩き込んでいくことにした。

 「請求は、後日お館に、ということでよろしいでしょうか」

 「それで頼むよ。いつも、助かるよ」

 「勿体無いお言葉です。ありがとうございます」

 店主は丁寧に便箋やインクを紙袋に詰め込んむと

 「これは、私からのお駄賃です」

 小さなメモ帳をネアに手渡してくれた。それは、花をあしらった表紙を持ったネアの掌にすっぽりと収まる可愛らしいメモ帳だった。

 「ありがとうございます」

 「良かったな、ネア。気を遣わせてしまってすまないね」

 ネアの貰ったメモ帳を見て、ご隠居様は軽く店主に会釈した。

 「いつもご贔屓いただいておりますので。これからもよろしくお願いします」

 深々と頭を下げる店主を背にしてご隠居様は店を出ると、荷物を抱えたネアのために扉を開けた。

 「ありがとうございます」

 ネアはご隠居様に頭を下げて店の外に出た。

 「次は、ワインだ」

 そう言うと、またご隠居様はスタスタと歩き出した。その後をネアは荷物を大事そうに抱えてはぐれまいと付いていった。

 ご隠居様は酒屋でワインを3本購入すると、それを手提げの布袋に入れさせてネアに持たせた。ネアはその袋を肩からかけるとご隠居様について次の店に向かうことにした。


 「精が出るね、ところで例のモノはできたかい?」

 鉄の焼けた臭いが漂う工房が立ち並ぶ街外れの一角に敢えて目立たぬように建てられているとしか思えないような一軒の工房に入ると槌を振るっているドワーフ族の男にご隠居様は声をかけた。

 「後は微調整だけだ。使う者に合わせないと良い武器とは言えないからな」

 その男は顔を上げることもせずにぶっきらぼうに答えた。その失礼な態度にネアは少しむっとして注意するため踏み出そうとするのをご隠居様はそっと手で制して

 「ここの職人たちはあれが普通なんだよ。相手が誰であれ、自分が納得したものを作り上げる、それが全てなんだよ」

 「エライ人でそこまで仰る方はそうおられんからな」

 その男はゆっくり立ち上がると、髭モジャの顔に少し笑顔を浮かべ

 「その子猫か・・・」

 「そうだ、この子だよ。なかなか、いい筋をしているよ」

 その男はネアを睨みつけるように見て、種種雑多なものが陳列されている棚から一本の40センチ程度の金属製の棒を取り出して、ネアの目の前に突きつけた。

 「お前さんの武器だ」

 「ネア、荷物はそのテーブルの上に置いて、その棒を受け取ってくれ」

 ネアはワインや便箋をテーブルの上にそっと置くと突き出された鉄の棒を手に取った。それはずしりと重いがバランスの取れた安心を与える重みであった。

 「そこのボタンを押して振ってみろ」

 その男に言われるままにネアは棒の端っこより少し手前についているボタンを押してそれを振ると、その棒は特殊警棒のように延びて脇差程度の長さになった。

 「元に戻すときは、そのボタンを押しながら少し回して押し込めば良い」

 また、言われるままに操作すると棒はモトの長さに戻った。

 「それを伸ばしてちょっと振ってくれ」

 「はい」

 ネアはまたもや言われるままに鉄の棒を伸ばして振ってみた、あまり違和感なく手になじむつくりであることに驚いた。

 「貸しな・・・、握りの皮をまく、これで完成となる、お前さんの手にちょうどいい皮があるからな」

 ネアから棒を取り上げるとその男は棚から細長く切られた皮を取り出して丁寧に棒に巻いていった。そして、それをずれないようにしっかりと固定すると黒い皮製のホルダーに入れてネアに手渡した。

 「そのホルダーはサービスだ。これでよかったのか?」

 その男はご隠居を見上げて尋ねると、ご隠居様はにっこりしながら

 「流石、鉄床のゴーブル、いつも見事な仕事だよ。その棒はネアのものだから、護身用に身につけていると良いよ。ラウニのナックルもフォニーのナイフもここで作ってもらったんだよ」

 「え、先輩方も・・・、と言うか見たことありませんでした。」

 「見せびらかす武器じゃないからね、あの子達はエプロンの裏やポケットの奥にそっと隠し持っているよ。ネアのエプロンも裏にいろいろとポケットとか輪っかが付いているだろ、それを利用して持つと良いよ。これは、ビケット家を守ってくれと言う意味でもあるからね。決して自分の喧嘩に使っちゃだめだよ」

 「はい」

 ネアは早速、ホルダーをエプロンの裏の端に取り付けた。ちょっと、違和感はあるが、身体が成長すればそれほどにも感じなくなるだろう、と考えた。

 「ここに、代金を置いておくよ。いつも、見事な仕事に感謝しているよ」

 「その言葉が何よりもの報酬だ」

 むっつりしながらも、ちょっとうれしそうな表情を髭の下に滲ませてゴーブルは軽く頭を下げた。ここの頑固な職人連中に頭を下げさせることが如何に困難なことなのかをネアが知ったのは、それから暫くしてからになる。


 ネアは店を出るとそのままお館に戻るものと思っていたが、ご隠居様の足はお館とは違う方向に向いていた。工房街から少し離れた小さな広場に面したオープンテラスに辿り着くと、ご隠居様はテーブルの一つに腰をすえ、ネアも席につくように促した。

 「パンケーキなんかどうだい?前はどうか知らないが、今の身体じゃ甘いものは結構いけるんじゃないのかい」

 「はい、甘いものは苦手なんですが、でもケーキやクッキーはとても美味しく感じられます」

 ネアの言葉を聞くと、ご隠居はお茶とパンケーキのセットを二つイヌ族のウェイトレスに注文した。その時に彼女のキュートさや毛並みを褒めることは忘れていなかった。

 「ネア、今、どれだけ前のことを覚えているのかい?名前とか仕事とか・・・、仕事に関してはどうも普通の仕事をしていたように思えないんだが」

 ご隠居様はネアを見つめて尋ねてきた。

 「隠しても何もなりませんが、名前は思い出せません。ただ、年喰ったおっさんだったことは確かです。それと、仕事ですが、騎士団のような仕事だったと思います。それも、戦うことだけを目的としたような・・・、その後は訓練をするためのお金の見積りと請求、必要なモノを買うための書類作りなんかをしていたように思います。妻子や家族についてはなかったと思います。それと、この身体の本来の記憶もはっきりとはしませんがあるようです。ここの言葉を話せるのもそのためかもしれません」

 ネアは自分の現在の状況を隠すことなくご隠居様に伝えた。ご隠居様はネアの言葉を黙って聞いているうちに注文したお茶とパンケーキのセットがテーブルに運ばれてきた。テーブルの上にカップを置いてお茶を注ぐウェイトレスにご隠居様はありがとうと言葉をかけ、そしてチップを手渡した。

 「君のステキな笑顔代だよ」

 その行動を見てネアはつくづく自分とは全く違う世界があることを思い知った。前の世界でゆっくりとお茶を飲んでいるヒマなんて作らなかったし、お茶と言えばいつもコーヒーメーカーの漢方薬みたいな珈琲を使い捨てのカップで流し込むか、ペットボトルのお茶をラッパのみすることしかしてこなかった。勿論、食事もそんなに気を使ったことはなかった。気づけば2日ほど何も食べないこともあったが、それが普通だと思っていた。ネアは前の生活を思い出すと深いため息をついた。

 「長く生きていれば、それなりに思いがある存在があるんですよね。私には仕事しかありませんでしたが・・・」

 「寝る時間を削って勉強したりするのを普通にする子どもは将来そうなるかもね」

 ご隠居様はお茶を一口飲むと

 「前はどうかは知らないけど、今回も同じようなことはしないでくれよ。ボクはそんな偏った生活をしてまで働いて欲しくないからね。ボクは、そんな人たちが仕事しかない人を増やしていくと思うよ。そして、生活のために働くのか、働くために生活するのか分からなくなってくる。そして、お館がそんな風になると、この郷全体がそうなって行く。それって、楽しいことかな」

 ネアはご隠居様の言葉をしみじみと味わっていた。前の世界はそうなっていた。命令を受ける者も命令をする者も、目に見えない何かに追い立てられるように働いていた。そして、それが楽しいとかなんて考えることもしなかった。それが、当然であり、普通なことだと思い込んでいたから。

 「どんなに立派なことを口にしても、お腹は減るし、眠くなる。それなら、美味しく食べて、気持ちよく眠れたら幸せに通じることだとボクは思っている。そして、ボクがしようとしていることも、面倒なことかも知れないけど面白いことだし、楽しいことだし、そしてこの郷のためになることであるから。何をしようとしているかはまだ詳しくは言えないけど、君とラウニ、フォニーにも協力してもらう予定だよ。そのための下準備はちゃくちゃくと進んでいるからね」

 ご隠居様は意味深な笑みを浮かべると

 「パンケーキが冷めないうちに食べようか。蜂蜜はラウニがいないから、遠慮することはないからね」

 ネアは無言で頷くと、最近美味しいと思い始めた甘いもの、俗に言うスィーツを無心でほおばり始めた。その姿をご隠居様は楽しげに見つめていた。

ご隠居様のしたいことにネアたちが巻き込まれていくのでしょうか。

軽いノリのご隠居様のしたいことはなんなのか、バトとルロが受けている訓練とは、

謎のような謎でないような、含みを持たせつつ、お話は展開できたらいいなしていく予定です。

駄文にお付き合い頂き、ありがとうございました。

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